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九十七話 

悠馬の戦いに一段落がつく数十分前。

別方面ではもう一つの戦いが行われていた。

それはもはや戦いと呼べるものではなく、一方的な魔法を駆使した猛攻と言えよう。

通りの中央にて腕を組んでただじっと立つだけのジグルドは一切の反撃を行わない。

ひたすらに少女の心を煽り、八つ当たりをさせているだけ。

しかし、その八つ当たりもジグルドの前では一切通用しないため、少女は余計に腹を立てる。

影を実体化させ、鋭い棘となってジグルドの身体を貫かんとするも身体に当たる寸前で影は消滅する。

理解の出来ない不思議な現象に頭を悩まされ、怒りの沸点が軽く通り越す。


「なんなの!それ!」


魔法が一切通じないという反則的な能力。

何か魔法を身に纏わせているのかと思いきや、ジグルドからは全くと言っていいほど魔力は感じない。

寧ろ、別の因果が少女の魔法を搔き消している。

何かは分からないが反則級(チート)の能力なのは確か。

なら答えはおおよそ出ている。


「これが俺の恩恵(ギフト)だ」

「……だから、なんなの」


ペースが狂う。

この男と全く話が嚙み合わない事にストレスが溜まる。


「お前も見て分かったと思うが俺には魔法が効かない」

「……それがあんたの恩恵(ギフト)なの?」

「そうだ」


……いや、噓だ。

魔法が一切効かないのであれば昨晩に見た、お姫様の魔法でこの男が何処かに転送された事実と矛盾する。


「噓だと思うか?」

「読まないでウザイ」

「噓ではない。俺の恩恵(ギフト)は害意ある攻撃を防ぐ能力、だからな。名付けて天使(ホーリー)加護(ベル)

「その年で厨二臭いのはマジでキモイ」


ゴリラみたいな体型して『天使に守られているぜ』みたいな名前を恩恵(ギフト)に付けるのは流石にドン引き。

しかも厨二なんて拗らせている年でもない大人から自信たっぷりと聞かされるのは勘弁して欲しい。

私、この男を生理的受け付けられないわ。

うざくて、キモくて……鬱陶しい。

しかもこの感情が全て筒抜けだと言うのに、余裕な顔してこっち見てるのマジで無理。


「酷い嫌われようだな。ここまでドス黒い色は初めてみた」

「じゃあ、消えて」

「そうはいかない。お前を足止めすると悠馬と約束してしまったしな」

「なら、戦いなさい!」

「……」

「戦う気がないなら……私の邪魔をしないで!」


本当にウザイ。

うざくて……うざくてキモイ。


「俺が本気を出せばお前を一撃で無力化できる。それにお前はいつだって自分の魔法でここから逃げれた筈だ。なのに、わざわざ俺を目の敵にしてまでここに居続ける理由はなんだ?」

「……」

「敢えて、言ってやる。お前は人を殺すことを躊躇っている。だから、ここにいる違うか?」

「……うざ。そうやって私のこと見透かそうとしてきて説教とか」

「俺は自分と向き合えと言っているだけだ。お前の抱える悩みも悠馬達となら解決出来るんじゃないか?」

「黙れ!私の事を知らないあんたが……私を否定しないで!」


人間なんて……皆信用出来ない。

元の世界でも、この世界でも……私は人間に裏切られた。

裏切られたというより見捨てられた。

この世界で貴族の娘として生まれた私は家の中で疎まれて育った。

私は当主の父が密かに真に愛を注いでいた母の元に生まれた。母の身分は平民で地位もない。遥か昔に落ちぶれたラフォント家に仕えるただの使用人。

故に正式的には結ばれず、裏でお互いに愛を深め合っていた。当然のことに、それを知った正妻の義母は詰まらなく思い、父が遠征に行っている最中に母を……今となっては生まれたばかりの弟諸共を殺そうと暗躍した。

義母の思惑通り、母は死んで、弟も死んだ事になった。

唯一生き残った私はある特別な理由から生かされていた。

一応、父の血を引くラフォルト家の正当な後継者。

公的にも顔を出していた私を殺すのは流石に不味いと当時の義母はそう思ったに違いない。

そしてそれから十年後。私が十三歳の誕生日を迎え、ある程度魔法の扱いにも慣れ、私自身に与えられた裏の仕事をこなすようになり、その任務を遂行していた時だった。

王国内のとある領地を牛耳る貴族から彼の汚職に関わる重要機密を奪うという仕事。

そういった仕事は初めてではなく、むしろ何回もこなしていた。

私の持つ魔法が潜入系に適していたため、影の世界で並ぶ者はいなかった。

しかし、その仕事は私を殺すための罠だった。

父の目を欺き、任務と称して私を殺す算段を立てていた。

まんまと思惑にハマった私は魔法を阻害する結界の中で孤立無援となり、義母が裏で雇い入れたその貴族に捕まり、酷い拷問を受けた。

酷い恥辱を受け、身体を汚され……思い出すだけでも地獄の様な三日間を屋敷の牢で過ごした。

両手足に特殊な枷を嵌められ、魔法も使えず逃げる事も出来ない。

下手に根をあげなかったせいか、日に日に彼らの拷問がエスカレートしていった。

私の精神年齢が十三歳であれば完全に心が折れていたに違いない。

この世界に生まれた時から新たな人生に端から期待していなかった。

こうなることもある程度、予想していた。

なのに……現実はもっと悲惨だ。

次第に心は折れ、いずれ来る死を早急に望んだ。

こんな目に合うなら死んだ方がマシ。


しかし、私の命はあっさりと救われた。

あの屋敷に突如現れたあの人のお陰で。


拷問で疲れ果て、いつの間にか眠っていた私は屋敷全体に響く轟音で目を覚ました。

薄っすらと目を開けて状況を確認すると眠っていた間に屋敷は半壊し、牢の壁も大きく壊れ外に逃れられるようになっていた。

助かった?

訳も分からず、牢から外に出る。

暫く歩いて屋敷全体を見渡す。

あちらこちらから黒い火の手があがり、半分以上が大きく燃えていた。

数分経たずに先程いた牢屋にも火が燃え移る。

そんな業火に包まれた建物から熱さを苦ともせず、ゆったりと歩く人の姿が見えた。

次第に近づいて、私の元までやってくる。

そして、月明かりに照らされた顔を見て私は驚いた。

『日本人……』

その顔は紛れもなく前世の記憶にある国の人間が持つ特徴を帯びていた。

この世界に日本人はいない。正確に言えば、日本人同様の特徴をした人はいない。

私を含め、全員が西洋風な顔をしている。

彼は『日本人』という私の言葉に反応し、冷酷な目を向けて興味なさげに伺う。

そしてこう呟いた。


『転生者か?』


この世界の言語ではなく日本語で。

理解を示した私は『そうです』と声を震わせながらも応じる。


『影の力か……』


彼は一目で私の持つ魔法を見破った。

この世界に新たな生を受けた私に与えられた力。それが影魔法(シャドウ)

空間属性の一つである影魔法(シャドウ)希少(ユニーク)魔法であると言われ、その力を有していたが故に遊女の娘である私は特別な立ち位置でいた。

暗殺や潜入に優れた能力として幼少期から特殊な訓練を受け、育った。それが裏目に出たのか、力を付けた私が正妻の命を狙おうと暗躍するのではないかというデマが流れた。

それが今回、私の命が狙われた主な要因なのだが…今となってはどうだっていい。

もう私に生きる気力などないのだから。

なら、いっそここで……


『その程度で絶望か?』


落ちていたガラスの破片を首筋に当て、命を断とうとしていた私を嘲笑う。


『私には何もない。この世界に来てからずっと絶望している』

『……同感だ』


彼は私の言葉に同調した。

同郷であるが故にこの世界の落差に彼もまた絶望している。


『だが、その程度の絶望でお前は終わらせるのか?』


何が言いたいのか、私には上手く伝わらなかった。


『……励ましているの?』

『好きに捉えろ。お前が死のうが生きようが自分の勝手だ。望むならこの場で殺してやる』


死ぬ覚悟は出来ていた。

その筈なのに、私は自分で命を断つ事に恐怖していた。

一度死を経験すれば慣れるものと勝手に決めつけていたが、死に慣れなんてものはない。

この恐怖こそ、死に抗う私の意志。


『私は……まだ…生きたい』


心の底で押し殺していた感情を現実に呼び戻す。

頬に伝う大粒の涙がボロボロと零れだす。


『なら、俺と来い。お前には利用価値がある』


利用。私の事を道具としか見ていない家の人間達と同じ言葉。

けれども、掛けられた言葉の温かさが違った。

それでも構わない。

私がこの世界でまだ生きれるのなら、道具であっても。

ボロボロとなった私に陽の光を浴びて生きていくことは出来ない。

学校に通い、魔法を学び、多くの人と交流し、愛する人を作り、子を成して平和に過ごす。

そんな理想を抱くつもりはもうない。

影魔法(シャドウ)恩恵(ギフト)として受け取った時から私はこうなる運命だった。

影の世界で……光には当たらず、光の世界を見ている。

数日前、王都で見た多くの人々に祝福され、脚光を浴びたあのお姫様に私はなれない。

彼について行ってもそれは同じこと。

今までと何も変わらない。

変わることがあるとすればまだこの先に未来があるということ。

それが栄光か、破滅に続くかその時の私は予想だにしなかった。


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