もしも狐の娘が人間の女の子に恋をしてしまったら…
この物語は祖母から聞いた子雨の呼び方、『狐の嫁入り』を題材としています。
「ねえお婆ちゃん」
僕は台所にいるお婆ちゃんを呼ぶ。お婆ちゃんはゆっくり振り返って
「どうしたの、幸実ちゃん?」
「天気雨が降ってきたよ。洗濯物を入れないと」
「そうだね。ありがとう、幸実ちゃん」
「うん」
僕とお婆ちゃんは洗濯物を急いで入れる。
お婆ちゃんと洗濯物を入れ終わって縁側に座っていた。その時、お婆ちゃんが僕にそっと言う。
「幸実ちゃん知ってるかい?」
「何を?」
「こういう天気雨をね、狐の嫁入りって言うんだよ」
「狐の嫁入り?」
「そう、狐の嫁入り。狐さんがね、嫁入りに行く時にこんな雨が降るんだよ」
「狐さんが嫁入りをしているの?お婆ちゃん見たことある?」
「うん、この家の裏手の神社で1度だけ見たことがあるよ。あれは凄い行列だったよ〜」
お婆ちゃんが緑茶を飲みながら頷く。
「そうなんだ……僕の時も天気雨降るかな〜」
「幸実ちゃんの時は晴れがいいよ……幸実ちゃん晴れてきたよ〜」
「うん。あ、お婆ちゃん虹だよ!」
「これは縁起が良いね〜なんか良い事が起きそうだね〜」
僕がお婆ちゃん家に行った時、毎回お話を語ってくれた。僕は休みの時によくお婆ちゃん家に預けてもらっていた。お婆ちゃん家が好きだから……
「お婆ちゃん、ちょっと遊びに行って来るね」
「はいよ〜」
僕は運動靴を履いて家の裏手の神社の方に向かった。まだ、狐の嫁入りしてるかな?
階段を大急ぎで駆け上がって、僕は神社の鳥居を走り抜けて行く。神社の建物の辺りでまだやってるはず。
僕は駆け上がるとそこには巫女服を着た女の子が建物の石段に座って俯いていた。あの女の子なんか……悲しそう。僕は近づいて声を掛けてみた。
「君、どうかしたの?」
「……」
この女の子寝癖なのかな……なんか髪の毛が狐の耳みたいになってる。僕は肩にかかるのが嫌だから肩にかかったら切っちゃうかな。僕はどうしたらいいかわからなかったから、とりあえず頭を撫でてみた。ふわふわしてて気持ちいい。
「……どうして頭を撫でるの?」
「君が悲しそうだったから……何かあったの?」
「お姉さんが嫁入りに行ってしまったのだ……」
「嫁入り……もしかして狐さん?」
「うん、お姉さんが嫁入りに行ってしまった……」
そう言って泣き始めた。目に涙を沢山浮かべて……
「お姉さんはいつ帰ってくるの?」
「わからない。けど多分帰ってこない」
「そう……」
僕は少し考えながらそっと言う。
「良かったら僕と一緒にいる?」
「え……」
「僕で良かったら一緒に居ようか?」
女の子が目を見開く。
「うん!」
これが僕とコンの出逢いだった。
僕はポケットからハンカチを出して、コンの涙を拭いてあげる。僕はコンの涙を拭き終わると、そっと聞いてみた。
「さっきはどうして泣いていたの?」
しばらくコンは無言だった。僕の顔を何度か見るとコンは話し始めた。
「それはお姉さんが嫁入りに行ってしまったから。嫁入りに行くとしばらく会えなくなってしまうから」
「そうなんだ」
「狐は嫁入りに行くとしばらくの間、神の使いとして地上にはいなくなる。そして神の使いが終わると地上で子供を産むらしいのだ」
僕はハンカチをポケットにしまって聞く。
「神の使いが終われば会えるんだよね……」
「うん、けどその神の使いがいつ終わるのかは誰にもわからないの……だから私が嫁入りに行った後かもしれない。そう考えるともう会えないような気がして……そんな事を考えていたらいつの間にか目から涙が……」
コンの頰にはまた涙で川ができていた。
「コン……」
僕はただコンの名前しか口から出て来なかった。会えないと思うと涙が出る……
「私もそういう事あるよ。私もお母さんが病気になった時にこのままお母さんが治らなかったらどうしようって……そう思うと自然と涙が出ちゃうよね」
いつの間にか自分が私口調になっている事も忘れて……
「いつも一緒にいる人が急にいなくなっちゃうのってすごい怖いよね。私もその時は凄い泣いたよ」
私はコンの頭を撫でながらそっと
「泣きたい時は泣いていいんだよ」
お母さんが病気になった時、お婆ちゃんが私を慰めてくれた時に繰り返し言ってくれた言葉。普段聞いても何も感じないけど、追い詰められた時やすごく悲しくなった時に言われるととても心に響く。
コンは太陽が山に隠れるまで泣いていた。私は泣いている間、そっと背中を撫でてあげた。
「今日はありがとう」
コンは涙を拭いながら言う。私はハンカチをコンに渡す。なんかスッキリしたのかな。さっきよりも良い顔になってる。
「僕で良ければいつでも聞いてあげるから」
「うん」
「僕はそろそろ帰るけど、コンはどうするの?」
「私も帰るよ。今日は本当にありがとね。それで……良かったらまた会いたい」
「別に良いよ」
「え、良いの?」
「うん、だって一緒にいるって約束したでしょ」
「うん!」
僕は学校が連休や夏休み、冬休みになるとその度お婆ちゃん家に来ていた。そして必ずコンと遊んでいた。
いつもお婆ちゃん家の家の裏手の神社で待ち合わせをしてかけっこやかくれんぼ、鬼ごっこをしていた。
遊ぶ度、僕とコンは仲良くなって行った。遊ぶ度に足が遅かった僕にコンは
「幸遅いよ〜」
と急かしてくる。コンちゃんは僕に比べて足が速かった。巫女装束が風でヒラヒラしていて動きづらそうなのにとても速かった。
「コンが速いんだよ」
「私は遅いほうだぞ〜」
「そんなに速いのに?」
「うん。母上は50メートルを7秒で走り抜けてしまうよ」
50メートルを7秒……速過ぎだよ。
「速いんだね」
「うん!」
コンは家族のお話をしている時が一番明るい。
僕たちは川で草舟作りをしたり、お魚を釣ったり……
僕は学校では友達が少ない。学校じゃいつも本を読んでいた。僕も女の子たちと楽しくお話ししたかった。けどその勇気がなかった。だけどここでコンと話しているとそんな事もそっと忘れられるようだった。
「幸はよくどっかに行ってしまうがどこに行っているの?」
「学校だよ。僕はお婆ちゃんが好きだから休みの度に遊びに来てるんだよ」
「ガッコウ?とは何をするところなの?」
「学校って勉強をしたり、運動したりするところだよ」
「そうか……学校とは楽しいのか?」
僕の口が神社の石段のように硬くなる。学校はあまり楽しくない……普通の人は楽しいのだろう。けど僕は学校で先生としか話したことがない。授業で手を挙げたことなんて一度もない。
「幸?」
「……普通だよ」
「普通なのか」
「うん」
僕はあまり学校が良いものだとは思っていなかった。1人で本を読んで、勉強をして、本を読んで、勉強をして……その繰り返し。
本当の僕を出せるのはここしかなかった。いつも自分を押し込んでいた。どうにかしたいと思っていた。けどどうすればいいのか分からなかった。
「幸はお嫁さんは決まっているの?」
「決まっていないよ」
「そっか!」
コンは笑顔で聞いてくる。
「僕にお嫁さんなんて出来ないよ……」
「けど幸はカッコいいからすぐにお嫁さんんができるよ」
「そんな……出来ないよ……」
僕は女の子だから出来ない。僕が男の子だったらコンと結婚出来るのに……とよく考えていた。
ある日、コンとお社の前でボール遊びをしていた。ポツリ……ポツリ……急に雨が降り出した。見た感じ通り雨のようだった……
「あ!」
コンが小さく声を上げる。そしてコンはボールを地面に落とし走り始める。
僕は急に走り出したコンの後を追いかけながら
「急にどうしたのコン?」
と大きな声で言う。すると前から
「今日は杉の木神社で親戚の嫁入りだった」
杉の木神社って確か、ここから5キロ先にある神社だったはず……遠いけど狐の嫁入りを見てみたい。
「嫁入り……僕も行くよ!狐の嫁入りを見てみたい」
「そうか」
コンが急に止まってしゃがむ。急にどうしたのか困惑していた僕にコンは
「幸、乗って!」
「え、あ、うん!」
僕は幸に抱きつく。い、意外と柔らかい。コンも僕と同じで全く胸がないと思ったら意外と軟かかった事にがっかりしている。
コンは木々の合間を走り抜けていく。ちょっと怖い……
僕はしばらく目を瞑っていた。
「幸、着いたぞ」
僕がそっと目を開けるとそこは神社のお社に行く途中の石階段のそばの草むらだった。
「静かに見るんだよ」
コンが耳元でささやく。
「うん」
僕は小さく頷く。下の方から赤い光の列がこちらに向かってくる。狐火が並んで、こっちに向かってきていた。
太鼓の音が鳴っている。
ドン……ドン……ドン……ドン……なんか不思議な感じがする。
「あの前の方にいる女の人が親戚。男の人が親戚の婿……」
「なんか悲しい感じだね……」
「うん」
まるで太鼓の音がどんどん重たくなっていき、心に突き刺さるようだった。まるでお葬式の帰りのようだった。僕とコンの前を通り過ぎて行った。僕はコンもいずれ嫁入りしてしまうと思うと突然、悲しくなった。
僕はその日からコンと一緒にいる事に少し恐怖を覚えた。
月日はまるで川のように流れて3年。
僕は小学6年生になっていた。あの時からもう3年経ったのか……
時間が流れるのって早い。僕は6年生になっても相変わらず一人ぼっちだった。けど僕にはコンがいたから寂しくは無かった。僕は夏休みに入ってお婆ちゃん家に来ていた。僕は毎日のようにコンと遊んでいた。
今日もいつも通り、お婆ちゃん家の裏手の神社に向かう。
僕が行くとコンがシンミリしていた。なんか今日のコンは、僕とコンが出会った時のようだった。
「コン、どうかしたの?」
「幸……」
「私、これから会えない」
「え……」
それは唐突だった。
「どういう事?」
「私……嫁入りに行かなくちゃいけなくなった」
僕が3年前からずっと恐れていた事が起きてしまった。幸は悲しそうに俯いていた。まだ、まだ別れたくない。僕のワガママかもしれないけど……
「嫌だ」
「……え」
俯いていたコンが顔を上げる。
「僕はまだコンといたい」
「私もまだ幸といたい。けどね……神の使いは毎年絶対に1組必要なの!」
「他にいないの?」
「この近くだと女の子は私しかいない」
「そんな……」
「私も嫌なの!」
そう言ってコンは森の中に走り去ってしまった。
「コン!」
僕も森の中に入っていく。森の中は蝉の鳴き声で満ち溢れていた。3年前の僕じゃ追いつかなかったけど、今なら追いつける。
「コン待ってよ!」
「嫌だ!」
コンがさらに速く走る。僕も速く走った……けど追いつかなかった。
僕が走って追っていると突然、木に囲まれているところに出た。こんなところあったんだ……
僕は走るのを止める。真ん中の大きな桜の木の下に1人の少年が座っていた。
僕が見えると待っていたかのように立ち上がり、歩き寄ってきた。
「君が幸か?」
「そうだけど」
一瞬、僕の体に悪寒が走る。今の感覚は何なのだろう。
「それは良かった。丁度、君に会いたかった」
「そうですか」
僕はそのまま立ち去ろうとすると、少年が行く手を阻む。
「どいて!僕はコンのところに行くの!」
「それはダメだ。コンはもう、僕の嫁だ」
「え……」
もしかしてコンのお婿さん……じゃあこの人は狐?でも!
「どいてください!僕はコンとしっかり話さなきゃいけないの!」
そんな気がする。今、今追わなかったらきっと後悔する。
「ダメだ!コンはもう俺のものだ」
「だとしてもお話しぐらいは良いはずです!」
「もう君とコンを会わせる訳にはいかない!」
僕がワガママなのか。それは違う。会う事ぐらい良いはず!
「僕は3年前からコンが好きだった!好きな人に会ってはいけない理由なんてないはずです!」
「な……君は人の嫁を愛していたと言うのか!」
「別に良いでしょ!」
「なら尚更通せない」
僕と彼は睨み会う。
「ならコンを奪い合ったらどうだ?」
僕と彼の間に1人の老人が入った。この人も狐なのかな?
「長老様!」
「長老様?」
僕はその老人を見る。長老と呼ばれている狐さんは毛がすごいモッフモッフしている。毛切らないのかな……
「ホッホッホ……2人ともコンちゃんの事が好きなら、勝負をしなさい」
「でもこいつは人間ですよ!」
「常良、人間であろうと狐であろうと変わらん!」
「く……」
悔しそうな声を彼は漏らす。長老は少し悩んでスッと手を出して言う。
「勝負はかけっこだ!」
「「か、かけっこ」」
「お主ら知らんのか。かけっことは走って、どちらが早いか競争することじゃ!」
そのままか……
「勝負はそうじゃな……3日後!」
「3日後……」
僕と常良はかけっこによって勝負する事になった。
不安だけどそうしないと、コンに会えないなら勝たないと!
僕は3日後の事を縁側で考えていた。僕のワガママでこれがいけないことなのか心配だった。僕なんかでコンさんのお婿さんに勝てるのかな……
「幸ちゃん、今日はお外行かないの?」
「うん」
「毎日遊びに行ったけど今日は疲れたかい?」
「うん……ちょっと」
「そうかい……3年前から幸ちゃんはよく表に出て遊んでたね」
「うん」
お婆ちゃんが隣に座る。お婆ちゃん、僕の事よく覚えているな……僕はお婆ちゃんが入れてくれたお茶を手に取る。入れてもらってからしばらく経ったのにまだ生暖かい。
「もしかして3年前から遊んでいる友達と喧嘩したかい?」
僕はそっと首を横に振る。
「……お婆ちゃんで良ければ相談に乗るよ」
「ありがとう、お婆ちゃん。でも僕は喧嘩してないよ」
「けど今日の幸ちゃんはなんか元気がないよ」
「うん……ちょっと」
「そうかい、そうかい。気のゆくまま悩めば良い。お婆ちゃんは悩んでいる時が一番幸せだったよ」
「どうして?」
「悩めるって事は自分で自由に選べるって事だよ。お婆ちゃんの子供の時は戦争中で何1つ、自由に選べなかったんだから」
「そうなんだ……」
「だからいっぱい悩んで後悔しないようにしなさい」
「はい」
僕はこれまでの行動を振り返ってみた。自分のワガママを押し通そうとしてるのかな……相手の事を考えてないのかな。本当は僕、もうコンとは合わない方がいいのかな……
僕はお茶をゆっくりと飲む。温かいお茶が体中に流れるみたい。
後悔しない選択肢……
違う。僕はきっともう一度コンと会って話さなければいけない!しっかり話し合う必要があるはず……
後悔しない選択肢は分かってるのに何故かそれを選べない。
「お婆ちゃん、僕ってワガママなのかな?」
「……幸ちゃんはワガママじゃないよ。誰にでも優しくできるいい子だよ。だからお婆ちゃんはもう少しワガママになっても良いと思うよ」
お婆ちゃんが私のお茶を継ぎ足す。そしてそっと口を開く。
「お婆ちゃんも幸ちゃんと同じ年の時、恋をしたよ。けど彼にはお嫁さんがいたんだ。私は彼に自分の気持ちを伝えたかったんだよ。でもお婆ちゃんは自分の気持ちを伝えられなかった。自分の気持ちを相手に伝えて気持ちを変えてしまったらどうしようと怖くて……結局、言えなかった。だからお婆ちゃんは今でも後悔してるよ」
「うん」
「だからワガママでも何でも自分の気持ちに正直になりなさい」
「私もワガママになって良いのかな」
「ええ、後悔するよりも気持ちを伝えた方が良いわよ」
「うん。ありがとうお婆ちゃん」
私は心に決めた。
「自分の気持ちをコンにしっかり伝える!」
お婆ちゃんはその意気込みを見て笑顔で微笑む。そして
「幸実ちゃん頑張ってね!」
「うん!」
3日後、僕は大きな桜の木の前で常良と向き合っていた。
「よく逃げなかったな!」
「逃げないよ」
僕は言い返す。もう一度コンと会って伝えたい事を伝えるんだ!
「ではこれからかけっこの勝負を行う。コースはここから神社に向かい。神社のお狐様に私が用意した油揚げをお供えして先に戻った者の勝ちだ。コンは勝った者の物だが、2人とも準備はいいか」
「いつでも」
と自信満々に答える常良。
「はい」
と僕。
「では行くぞ!……位置についてヨーイどん!」
僕は勢い駆け出す。右手に油揚げの包まった竹の葉を持って。
僕と常良は森へと入っていく。僕は神社に向かって一直線で進んで行く。僕は絶対に後悔しない!
「へ、そんなもんで俺に挑んだのかよ。遅えな」
「うるさい!」
彼は木の枝を足場に進んでいく。一方、僕は草木を掛け分けて進んで行く。彼の方が速いのは一目瞭然だった。けど僕はコンと話がしたい。だから何としても勝たなきゃいけないんだ!
「お、速くなってきたじゃん」
「……」
僕は集中し過ぎて彼の声が届かなかった。僕は無我夢中で森を抜け、竹の葉に包まれた油揚げをお狐様にお供えする。僕がお供えしている間に常良が走り始める。僕もスタート地点に戻り始める。僕は常良を追うが一向に追いつかない。
「ペースが落ちてきたぞ。俺は先にゴールしてるぜ」
常良がさらに速く移動する。もう……追いつかない。そう、僕は諦めかけていた。
ドーン……前の方から重たい音がした。目の前を走っていた常良が木の枝から滑り落ちたようだ。
「痛っ……枝が折れやがって。クソ!」
常良が立ち上がって走っているのが見えるが歩き方がおかしい。怪我をしたのかな……
常良が草むらに倒れ込む。僕は自分が勝ったことを確信する。僕は常良を無視して通り過ぎようとしていた。けど何故かそれが出来なかった。
僕は常良の前で止まってそっと右手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「お前、俺はこれしきの事で怪我はしない!ほら、こうやって歩け……」
ドン……常良がまたよろけて倒れてしまう。
「無理をしないで」
「無理をする!」
「無理をしても良い事はないから!足を出して」
僕が強く言うと常良が渋々足を出す。僕は常良の足の具合を見る。木から落ちて、足を骨折しているようだった。けど骨折でもこれは一週間も経てば治るだろう。
「ちょっと待ってて」
僕は周りに落ちている枝の中からまっすぐな一本の枝を見つけてくる。僕は枝を足に合わせて周りのツタで固定する。
「どうして敵のお前がそんな事してくれるんだ?」
「敵だろうと何だろうと、困った時はお互い様だから」
そう言うと常良は黙る。これで一時的に応急処置ができた。
「一時的に応急処置はできたからこれで安静にしてれば大丈夫だよ」
「そ、そうか。一応、礼だけ言っておく。……ありがとう」
「どういたしまして。でもまだ1人で歩くのは危ないから、僕が肩車をするよ」
「よせ、そんな事しなくていい」
「しないと応急処置の意味がなくなっちゃうでしょ」
常良は渋々僕に従う。僕は右肩を常良に貸して、2人でのんびり歩いて行く。
森を抜けるまで常良はずっと無言だった。僕たちが森を抜けた時、遠く向こう。ゴールより向こうで何かが爆発したような気がした。長老さんの周りの人たちがあたふたしていた。僕は大きな声で叫ぶ。
「何かあったんですか?」
「人間の建物が爆発したんじゃ」
「爆発……」
確かあっちの方には火力発電所があったはず……
「長老、森が焼けていると報告が!」
「何じゃと!皆、森の奥に避難を呼びかけよ!」
「「はい!」」
「老人たちの手伝いを呼びかけるんじゃ!」
「「はい!」」
長老さんの周りの人が一目散に森に走って行く。
「長老さん、僕は常良を運びますね」
「任せた、道はワシが案内しよう」
「お願いします」
「幸、君は人間だろ。速く1人で逃げろよ」
「うるさい。その怪我だと逃げられないだろ。黙ってついて来い!」
「……」
僕は常良を背負って長老の後について行く。森の奥にどんどん進んで行く。
「何で俺を助けるんだよ」
常良は吐き捨てるように言う。
「そんなの困った時はお互い様だから」
「俺は人間は自分勝手な生き物だと思ってた。なのに何でお前は俺を助けた」
「僕のお婆ちゃんがどんな行えでも自分に帰ってくるって教えてもらったから。自分が良いことをすればいつか良いことが帰ってくる。悪いことをすれば自分にも悪いことが帰ってくるから。それにコンのお婿さんだったら尚更守らなくちゃいけないし」
「……」
森を先導していた長老さんが言う。
「常良、お前さんの負けじゃ。幸は素晴らしい考えを持っている。決して悪い子ではない」
「……」
「常良もしっかりしている。けど常良はお母さんを人に殺された事で人を憎みすぎじゃ」
え、常良さんのお母さんは人に殺された……僕を必要以上に敵視したのかな。
「……」
「人間が全て悪いわけではない。幸を見てそれがわかっただろう」
「……」
「大丈夫。きっと幸はコンを幸せにしてくれるだろう」
「……はい、コンを任せたぞ。絶対に幸せにしろよ!」
「はい!」
僕はしっかり返事をする。僕は返事をした後に後ろを振り返る。このペースなら火が来るまでに避難できるはず。森の奥で避難の呼びかけをしていた人がやって来る。
「全員、森の奥への避難が終わりました。ですがコンさんがいません!」
森の奥の避難場所にコンがいない。
「何じゃと!コンを捜索するのじゃ!」
「今、探しております。ですが見つかりません!」
コンが行きそうなところ、行きそうなところ。もしかして常良さんが心配になって大きな桜の木の下に……
「なんとしてでも探すのじゃ!」
「あの、長老さん!」
「何じゃ、幸。もしかして心当たりがあるのか!」
「はい、僕たちがかけっこのゴールにしていた大きな桜の木の下にいるのかもしれません!」
「分かった、幸は大きな桜の木の下を見て来るのじゃ!ワシらはこのそばを探す。常良、もう歩けるか?」
「はい!」
僕は常良をゆっくり降ろす。常良は折れてしまった片足を上げて一本立ち状態だった。
「幸、そこに落ちてる棒を取ってもらっていいか」
「うん」
僕はそばに落ちていた棒を常良に拾い渡す。
「ありがとう。じゃあコンは任せたぞ!」
「はい!」
僕は来た道を全力で森を駆け抜けていく。まるで風のように
森の中から大きな桜の木の下が見えてきた。桜の木の下には誰かが立っていた。あれは……
「コンだ!」
僕はさらに速く走る。
僕が大きな桜の木の前に着いた頃にはもう周りの森は火の海になっていた。コンの巫女装束も僕の服と同じように焦げていた。
「コン!」
僕が叫ぶとコンが僕の事に気づいて振り返る。
「幸!」
ミシミシ……上から鈍い音がなっていることに僕は気づく。大きな桜の木の枝が火で燃えて脆くなって落ちそうになっていた。
「コン危ない!」
僕はコンに飛びつく。
ドシーン……気づくと僕の後ろに大きな枝が落ちていた。
「幸、大丈夫!」
「うん、コンこそ大丈夫?」
「大丈夫」
僕は立ち上がって、コンに手を貸す。
「あ、ありがとう」
「うん、早く森の奥に避難しよ」
「うん」
僕はコンの手を引いて進もうとした。けどコンは何かを躊躇っているようだった。
「コン、どうしたの?」
「私……幸は好きな人いるの?」
「それは後にしよう。とりあえず今は逃げよう」
「答えて!」
コンがお腹のそこから声を出したようだった。コンの肩が小刻みに震えていた。僕は深呼吸をして一度落ち着いてから答える。
「僕はまだいないよ」
「そう……あのさ、もし私で良ければ結婚してもらえないかな」
「け、結婚!コンには常良さんがいるでしょ。それに僕も女の子だし……」
「え、女の子だったの!」
3年間、男の子だと思われてたの……
「僕、たまにスカート穿いてたよ」
「そ、そんな……」
コンが地面に膝をつく。え、僕って男の子要素あったかな……
「幸が女の子だったら私、結婚できないよ」
コンが泣き始める。
「ぼ、僕は性別なんて関係なく、コンのことが好きですよ」
「え……」
「3年間、一緒に過ごして僕はコンの事が好きになったんだよ。嫁入りに行くって知っても、自分の気持ちを正直に伝えたかったから常良さんと勝負したんだよ」
僕はコンの頭をそっと撫でる。3年間、コンの髪の毛はフワフワしている……
僕は笑顔で言う。
「さぁ、避難しよ」
「うん!」
コンが元気に言う。僕は森の奥の方に行こうとした。しかし火の勢いが強くて森に入れなそうだった。
ど、どうしよう。が、学校の先生が言ってたよね。こういう時こそ、おかしもを守らないと!
えっと……
おさない、かけない、しゃべらない、もどらないだ。
あれ……考えてみたらさっき僕、コンに飛びついて押したような感じになって、森の中を駆け回って、コンとしゃべった。それに避難途中に戻ってきた。僕、全部破ってるよ……
ど、どうしよう。悩んでいるうちに火が僕たちの周りにまわってしまっていた。僕はハンカチを出してコンに渡す。
「コン、僕のハンカチで鼻と口を押さえて。あまり煙を吸わないようにして」
「うん、ありがとう」
コンが僕のハンカチで鼻と口を抑える。僕は手で花と口を軽く押さえる。
このままだと無事に常良とコンを会わせられない。
「幸……」
僕はコンの方に向く。
「どうかしたの?」
「私……」
「い、息苦しい?」
「ち、違うよ。私……幸の事が大好き!」
コンが僕の唇に唇を合わせる。こ、これってキス……
僕とコンがキスをしていると、空からポツリポツリと雨が降ってきた。コンが僕の唇から離す。
周りを見てみると通り雨みたいだけど、しばらく続きそうだ。もしかしてこれ……狐の嫁入り?
コンが僕に笑顔で言う。
「私たち、狐の嫁入りをしたよ」
「え……」
周りを再び見てみると、火が通り雨によってどんどん消されて行く。この雨は……狐の嫁入り……
「幸」
「どうかしたの、コン?」
「私たちはこれからずっと一緒だよ」
「え……うん」
僕とコンはこの日からずっと一緒に過ごすようになった。長老様に報告をすると
「結婚おめでとう」
と笑顔で言われた。僕ってほとんどの人から男の子って思われてるのかな。僕は女の子なのに……
僕はお婆ちゃんが心配してると思って、コンと一緒にお婆ちゃん家に帰った。
かなりあとで聞いた話だけど、嫁入りとはお嫁さんがお婿さんの元に行くことらしい。そして狐の嫁入りとは狐のお嫁さんがお婿さんの元に行くことらしい。
僕とコンの場合は、僕がお婿さんということになってしまうらしい。
家の玄関のそばでお婆ちゃんが周りをキョロキョロしていた。
「お婆ちゃん」
僕はお婆ちゃんが見えるとすぐに走って行った。
「幸実ちゃん!大丈夫だった……服に焦げ跡があるじゃない。どこも火傷してない。とても怖かったでしょう、痛いところある?」
「大丈夫だよ……それよりも、お婆ちゃん相談があるんだけど良いかな……」
「良いわよ。その前に怪我がないか確認させて」
僕とコンはお婆ちゃんに引っ張られて家の中に入っていた。
家の中で焦げ跡のある服から着替える。コンには僕の服を貸してあげた。
「それで相談ってどうしたの?」
「この子と僕、結婚しても良いかな」
「……」
「……」
「幸実ちゃん、病院に行きましょう!」
「お、お婆ちゃん。僕は怪我してないから……」
僕はお婆ちゃんにコンと出会った時から最近の出来事まですべてを話した。
「そういうことだったの……」
「お婆ちゃん。僕、コンと一緒に暮らしたい。ダメかな……」
「良いと思うよ。幸実ちゃんの考えなら、おばあちゃんは反対しないよ。それどころか応援するよ!」
「ありがとう、お婆ちゃん!」
「うん、コンさん……」
「はい、何でしょう?」
「私の孫娘をどうかよろしくお願いします」
「は、はい!」
コンは元気よく返事をする。僕とコンはこうして一緒に暮らすことになった。
僕が火力発電所の火事に巻き込まれたと聞いて、お母さんとお父さんが職場から飛んできたてくれた。僕はコンのことをお母さんとお父さんに相談するとしばらく無言になったけど快く許可してくれた。お母さんとお父さんは仕事が忙しくて、相手にしてあげられなくていつもお婆ちゃんに任せてしまっているということに負い目を感じていたらしい。お婆ちゃんから説明を聞くと泣きながら喜んでくれた。
お父さんは泣きながら
「幸実、お父さんが知らない間にそこまで成長していたんだね。気づいてあげられなくてごめんな。これからもお母さんと仕事を頑張って幸実といられる時間を増やせるように頑張るよ」
「お母さんもよ。これからも頑張るからね」
僕はコンと無事暮らせるようになった。そしてお父さんやお母さんの帰ってくる時間が遅くなったけど毎週休日はお仕事が無くなった。コンは僕と同い年だったから一緒に学校にも行くことになった。
僕はコンと学校に通っていると、いつの間にか周りの人と仲良くなっていた。まだ、1人じゃ上手く喋れないけどいつかうまく喋れたらいいな。
「幸、早く学校に行こ!」
僕は3年前のあの時、コンと出会えてなければ僕はずっとひとりぼっちに押し潰されていた。家でも学校でもひとりぼっちでひとりぼっちには慣れていたけど本当はすごく寂しかった。誰かと一緒にいたかった。だから今はすごく嬉しい。
いつも1人で食事、1人で洗濯、1人でお風呂、1人で眠る生活が、いつもコンと一緒に変わった。何をするにもコンと一緒。僕はコンといる中で、この生活をいつからか願っていたのかもしれない……
「うん!」
僕は家の鍵を閉めながら返事をする。ランドセルを背負ったコンが僕の隣を歩く。コンは歩きながら、僕に聞いてくる。
「幸、今日の給食は何だっけ?」
「今日はきつねうどんがでるよ」
「ホント!」
「うん」
「やった〜」
僕とコンは今日も元気よく学校へ登校していく。
コンの髪が風でゆっくり揺れる。僕も髪……伸ばそうかな。
「コン、僕が髪を伸ばしたら似合うかな……」
「似合うと思うよ。私とお揃いのロングが良いと思うよ!」
コンが笑顔で言う。コンに言われるとなんか恥ずかしい。けど……なんか嬉しい。
「うん、ありがとう!」
「いえいえ、旦那様の相談に乗るのは当たり前ですよ」
「僕はコンの夫じゃないって……」
そんな冗談を言いながら、僕たちは登校していく。そんな僕たちの背中を押すように涼風が優しく吹いていた。
もしも狐の嫁が人間に恋をしてしまったら…を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この物語は前書きでも書いた通り『狐の嫁入り』という子雨を題材にした物語です。本当の狐の嫁入りは狐を罠から逃がしてあげるお話です。
このお話は狐の女の子、コンが人間の女の子、幸実にいつしか恋をしてしまうお話です。この物語の最初は実際に聞いた時の事を参考に書きました。
どうでしたでしょうか?童話は初めて書きました。普段は猫愛好家がVRMMOに猫を連れてきました!というライトノベルを書いています。良かったらそっちも読んでみてください。
良かったら感想などもお願いします!