第一夜[誕生]
「じゃあ、オーダーを聞いて行こうかな。ご要望をお伺いしても?」
「……ああ。子どもの人形が欲しいんだ。生まれたての、女の子の人形が。」
「女の子の、赤ちゃんってこと? わかった、じゃあそれで作ろう。髪とか目の色はどうしようか?」
男は少し俯いて考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「髪と目は……黒く。できれば髪は軽くくせのある毛がいい。」
男が言った通りの要望を、慣れたようにメモ帳に取っていく少年。一通り書き終えた少年は目を細めて帳面を眺めながら薄く笑みを溢した。
「本当に買いに来るつもりでいたんだね、君。僕の、客を見る目もまだまだ捨てたもんじゃないかな。さて、裏の人形のことを知ってるなら、人間のように年を取る人形を作れることも知ってるよね? それはどうする? もちろん、普通の人形みたいに年を取らないものもできるよ。」
「……本当に、できるのか?」
少しずつ目の光が確かなものに変わり始めてきた男に、少年は言葉を続ける。
「ああ、できるよ。人と同じように年を取り、人と同じように成長し、人と同じように“心”を持つ、そんな人形をね。ただ、ちゃんと年を取るように設定された人形は、そうでない人形よりも寿命が短いのが難点かな。それでも、大きな事故とか、余程のことがなければ少なくとも二十年は一緒にいられるよ。ほんの少しの時間でガタが来るような不良品はここでは扱っていないからね。」
寿命。
そう聞いて男の顔が微かに曇った。誰しも死を前提とした話を聞いて、あまりいい気分ができるものではない。これから自分が受け取る命の話なら尚更だ。けれど、そんなの分かりきっていたこと、と男は頭を振ると、凛と通る声で言った。
「それでも、構わない。人間と同じ、成長する人形が欲しい。」
少年はそれを聞き、そうかい、とメモ帳にオーダーを書き足した。
「じゃあこれで大体の要望は聞き終えた。君もこれでいいなら、今日から製作に移ろう。生まれたての赤子の人形なら、小さいから四日ほどで仕上がると思うけど、一応保険を掛けて、五日後にまたここに取りにきてほしい。それでいいかい?」
「ああ、それでいい。宜しく頼む。」
男は立ち上がり、少年に丁寧に頭を下げると、軽くコートの襟を直してまた外の暗闇の中へと消えていった。瓦礫の欠片を踏みつけながら、来たときよりも少し穏やかに足を進めていく。
徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら、少年はメモ帳を手に、椅子を立ち、カウンターテーブルの奥の扉に手を掛けた。店の入口のドア以上に年季の入った軋む扉を開けると、さらにその奥へと続く扉と、地下へと繋がる階段に分かれており、少年はランプを手に地下へと降りていく。
その少年が再び階段を上がってきたのはその三日後の深夜のことだった。
階段を降りていった時には小さなメモ帳しか持っていなかった少年だが、上がってきた時には、白い毛布に包まれた玉のような赤子を確かに腕に抱いていた。柔らかな桃色の頬、いずれ訪れる光を待つ目、ゆっくりと上下動を繰り返す胸、その赤子の持つどれもが人形という言葉とは程遠いものだった。
少年は雪のように白い赤子を大事そうに抱いて微笑みながらカウンターテーブルへと戻り、椅子に座る。世界の時間を引き止めるかのように暖かな天使の寝息と砂の落ちる音は、冷たい瓦礫の街にいつまでも鳴りながら来るべき来訪者を待っていた。