玻璃の誕生日
9月5日、誕生日を迎える刹那玻璃さんへのギフト小説です。
私のン回目の誕生日。大好きなあの人が誕生日を祝ってくれた。
その一週間ほど前。デートの帰りに彼が突然言った。
「なあ、もうすぐ玻璃の誕生日だよな。お前んちで俺が料理を作って祝ってやるよ」
「えっ! お前んちって私んち?」
「そうさ。俺んちは会社の寮だし、女の子を連れ込んだなんて言ったら大騒ぎになるからな」
焦った! 彼が料理得意なのは知っている。そんな彼の料理を食べてみたいとずっと思ってもいた。けれど…。
別に彼を部屋に呼ぶことに抵抗があるわけではない。彼の手料理で誕生日を過ごすなんて夢のようではあるのだけれど…。
「ねえ、それならどこかおしゃれなレストランとかカフェでっていうのはどうかしら?」
「なんでだ? 俺の料理じゃ不満か?」
めっそうもない! でも…。でも…。でも…。なんで私んちなの? 問答無用で私の目を見つめる彼に“NO”とは言えず、不本意ながら返事をしてしまった私。
「よ…。よろしくお願いします」
「よっしゃあ! じゃあ、今からメニューを考えなくちゃ」
そう言って彼はルンルンしながら帰って行った。
部屋に戻った私は辺りを見渡して途方に暮れた。
「なんとかしなくちゃ…」
そう。私の部屋は足の踏み場がないくらい散らかっている。いや、決して散らかっているわけではない。だって、チリ一つ落ちてはいないんですもの。落ちている…。もとい、置いてあるのは必要なものばかり。これまでせっせと集めた書籍にテディちゃんの材料、フリマで見つけてきた掘り出し物の雑貨や骨とう品。いろんなものが増えちゃって整理整頓が追いついていないだけ。でも、さすがにこれを見たら彼も引いちゃうかも。とは言っても、何をどうすればいいのか分からない。考えれば考えるほどパニックになっちゃ!
「まだ、一週間あるわ。それまでには…」
で、あっという間に一週間。もうすぐ彼がやって来る。
“ピンポ~ン”
「あっ!」
言っている間に彼がドアを開けた。私は急いで玄関へ。両手に食材が入った袋をぶら下げて微笑む彼。
「玻璃、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます。えっと、あの、その…」
結局、何も片付けられなかった私。そんな部屋を見られることに狼狽えている私をよそに彼はニコッと爽やかな笑みを浮かべて言い放った。
「まずは部屋の片付けからやろうか」
「えっ?」
「だって、いつも言っていただろう。部屋がいろんなもので溢れちゃってるって。玻璃がそういうの苦手なのは知ってるし。今日は俺が家政婦になってやる」
そう言って彼は部屋に入って来た。
「こりゃあ、やりがいがあるな。玻璃はそっちでゆっくりしてて。その袋の中に缶ビール入ってるから、先に一杯やってていいよ。ついでに食材を冷蔵庫にしまっておいてね」
「は、はい…」
さすがにひとりでビールはないっしょ。なので、せめて、食材を…。そして、冷蔵庫の扉を開けた私は思わず目を伏せた。そうこうしているうちに、彼はきびきびと体を動かしている。床に置いてあるものが次々と棚やラックに収められていく。私は冷蔵庫の前で彼が買って来た食材の数々を眺めているだけ。
「玻璃! こっちへおいで」
呼ばれて行くと、すっかり整理整頓されてきれいになった部屋には誕生日の飾りつけまでされていた。
「バドちょうだい」
言われて私は彼が持って来たバドワイザーを渡す。
「玻璃も好きなもの取って。取り敢えず、乾杯!」
そして、彼はキッチンへ。
「何か手伝おうか?」
「何言ってるんだよ。今日は玻璃の誕生日なんだからゆっくりしてろよ」
そう言われてハッとした。確かに今日は私の誕生日だけれど、良く考えてみたら、いつもこんな感じで私は彼に何でもしてもらっているだけ。そんな私のどこが彼はいいのかしら…。
「さあ、料理をそっちに運んでくれ。ま、大したものはないけれどな」
彼の作った料理に特別なものはない。だけど、私が好きなものばかりがそこに並べられていた。
料理を運び終えて改めて乾杯。初めて口にしたのだけれど、自慢するだけのことはあって彼が作ってくれた料理はことのほか美味かった。普段の何気ない会話の中から私の好みを解かってくれていたのも嬉しかった。
「ねえ、どうして私?」
「なにが?」
「他にもっと素敵な人が居ると思うけど」
「君が玻璃だからさ」
20年前のこの日、マザーテレサが命を落とした。私にとって、それはとても悲しい出来事だった。私の誕生日と同じ日の出来事に私はただならぬショックを覚えた。誕生日が来るたびにそのことが思い出され、誕生日を祝ってくれる人たちの好意を素直に喜ぶことが出来ずにいた。
彼は私のそんな心中を知ってか知らずか、決して派手ではないのだけれど心が癒されるひと時を与えてくれた。
私の誕生日に逝ってしまったあの人の分まで私は幸せになりたいと思った。そんな願いを彼なら叶えてくれるかも知れない。そんな想いを確かめるように私は彼が用意してくれたバースデーケーキのろうそくの炎を揺らした。