73話 ナタリア・ワリ・ホーメント
私は転生した瞬間を覚えていなかった。
最後に記憶があったのは、仕事が終わりタクシーに乗って。家に着いてベットに眠りについた所だ。少し曖昧だが、大きく揺れた気がするし。何が起こったとしても、疲れ切って起きる事が出来なかっただろう。
目を開けて起きた時は、知らない天井だった。何故か酷く疲れた体と、咳がでかかる程の喉から込み上げてきた。動かそうとしても、動けなかった。
脇にいる女性が、メイド服を着ていて。私の頭に冷えたタオルを乗せるのがわかった。
そこで気づいたのは自分の中にある。この体の記憶だ。混乱は無く、自分の中にすっと入ってきた。
前世の名前も覚えている。刃音 香織しがないOLで会社の社長が2重の違反運転から男の子を庇って死んでからは、酷い扱いな上。異常残業の日々だった。
この体の主の名前はナタリア・ワリ・ホーメント、年齢は11歳で病弱で歩くことすら難しい程。また、こんな状態なのは、ハルデルト王国の双子の弟メオドール・セル・ハンドレッドに散々振り回されていたためだ。
その反動が来たのではないかと言われている。しかも、今の状態は下手すれば死んでいたかもしれない程だった……らしい。
ただ、1つ言えたのは食生活と適度の運動をしていないため。体が弱いのではないかと思った。彼女の食事は偏っていた。好き嫌いが多く、野菜類はキャベツなどを除けば殆ど食わなかった上。だからと言って肉類を食べてる訳ではなかった。
食べているとしても、スープなどの汁類だった。
運動であっても、彼女は本を読んでばかりで、動く事も無かったから、体が弱り切ったのではないか。
私は、顔を横に向けて先程、タオルを乗せてくれたメイドの方に向ける……そこには、普通の生活ではお目にかかれない綺麗なメイドが居た。私が見ているのがわかったのか、笑顔を向けてくれた。
声を出そうとなんとか、喉に力を入れて喋ってみる。
「……ど、どのくらい……寝てたの……?」
「倒られてから、6時間は経っております。それよりも、お体の様子はどうですか?」
「……だ、大丈夫」
「あ、まだ動かないでください。起きたばっかりなのですから、無理なさらないでください!」
私は体を起こそうとしたが、メイドの人に止められてしまった。その時、碧い髪が見えたので改めて起きる前の体では無いことを身にしみた。
体がダルい……でも、今からでも食生活と運動を改善していかないと……。
しかし、体が言うことを聞かないため。その日はそのまま寝てしまった。
それから、1週間程でようやく動けるくらいには回復していた。
1週間は、母が心配に来て私に色々良くしてくれたり、メイドの人達も色々気を掛けてもらっていた。
廊下を出ると、メイド達がいそいそと動き回っているのが分かる。屋敷は広く、記憶を頼りに調理場へ進んでいく。少し大変ではあるが何とか、体を動かして進む。
ガラスに映る自分の姿を見て。流石に、140以上はあるだろう体なのに記憶にあるこの体は。凄く人見知りのする子だった。通り過ぎるメイド達が私を見て凄く驚いているのが分かる。
昔は人見知りだったみたいだが、メオドールに付き合わされる度に慣れていったらしい。
調理場に着くと私は、コック長に色々食事の改善をしたいと話しかけた。
コック長は凄く驚いていたが、私が料理のバランスを考えた料理を言ってそれを出してもらう事にした。
調理場を後にした。屋敷の様子を一通り周って見ようと思ったのだ。記憶にある場所と照らし合わせながら、歩いて行くとふと思ったことがあったから、この屋敷には女性しか見たことがなかった、コック長も女性だった。
記憶を更に引っ張り出してみる。それはこの国の事、ただ出処が違った……。前世の記憶からあるゲームからだった。
題名までは思い出せなかったが、その中にある出て来る国と名前が。この記憶からの名前と一致していた。
アダムイブ国、女性だけの国。嫁ぐ者は国からの許可を得て、国外にでる。ただ子は国の資産となるため、国外での生活許可を得られない限り……国に強制送還される。
ナタリア・ワリ・ホーメント、12歳にして学校へ通うことになる。今の状況と同じ、病弱という設定だった。魔法の才能もそこそこであり……魔法を使う度に、血を咳き込むという設定だったはず。
しかも、入学からさほど経たない頃に思いを寄せていたメオドール・セル・ハンドレッドに無理やりにでっちあげられた。悪戯内容によって婚約破棄をさせられる悲しき令嬢だったはず。
このゲームの主人公の名前は、ノーム・ハーネスある男爵令嬢で……物語は入学前の1ヶ月程前から。そこでメオドールと出会いルートによって婚約破棄をされるみたいだ。
攻略人数は4人、元勇者の息子ケルト・シライシ、平民のセラート・モルタナ、双子の兄、テオドール・セル・ハンドレッド、そして弟のメオドールだ。
ケルト・シライシのルートは誰にも攻略が不可能と言える程、厳しい道だった。実際にやったわけじゃないが、即死フラグが9割を超えているらしく。1つでも選択肢を間違えると、ヒロインが殺されるらしい。
ナタリアという人物は、全部の攻略対象に対して何もしないし。出来る勇気がなかったが……ヒロインの悪事を知っていて、消されたり。その場に居合わせただけで、殺されたりと悲惨な末路しかなかった。
ふぅ……記憶の中の整理は1週間の内にしたはずだけど。更に整理し直す必要があるとはね。
歩き疲れたけど、なんとか屋敷を一周するまでには至った。そろそろ食事の時間なので、屋敷の広間に向かう。
メイド達は私を見ると、手伝おうとするけど私は「……大丈夫」と言って、広間に着いて自分の席へ腰を下ろす。
パジャマの代わりは、控えめなヒラヒラしたワンピースだった。嫌いではないけど、前世とは違う感じにそわそわしてしまう。
「あら、ナタリア大丈夫なの?」
「……うん」
ここに1人で来たことを母はびっくりしていた。だけど、私は素っ気なくそう答えると。少し安心した様な表情をしていた。
母の名前は、フォーネル・ワリ・ホーメント。この屋敷の主、伯爵の地位を持っているため。凄くお金持ちである。
運ばれた料理は、野菜や肉を使った料理やパンだ。母はコック長に講義しようとしたけど、私が「……私がお願い……した」というと、最初の様にびっくりした表情をしていた。
私は食事をしながら、思うことがあった。
もし、入学の時点で病弱でなくなった場合どうなるだろうか。あまり変わらないかもしれないし、異世界というのであれば、イレギュラーが起きるのかもしれない……など考えていた。
母は黙々と食事をしている私を見ていた。そんなに珍しいだろうか? 好き嫌いとは言ったけど、嘔吐やキツイなどの事は無かった。ただ、変わったものが好きじゃ無かったのでは無いかと思った。
周りのメイド達も母と同じ、驚いた表情をしているため。凄く食事が続けにくいのだけど。
「……どう、したの?」
「い、いえ……ナタリアがこんなに食べることなんて無かったから。びっくりしたのよ」
手を止めて聞いてみると、そんな言葉が聞こえてきた。周りのメイド達もうんうんと頷いているためそうなのだろう。
そんなこんなで、色々あった時間はあっという間に過ぎていった。
12歳の入学当初まで色々な事をしていった。
例えば運動、最初の内は全然と言っていい程動けなかった体は走っても問題無いほど改善されていた。
次に病弱と言われた健康について、食生活をあの後事ある事に、コック長に頼んで料理の幅を聞かせて改善を測った結果……メイドと同じ様に、仕事を手伝えるまでに体が丈夫になった。
母から言われたことは「あの頃より見違えたわ~、これならどんな男もイチコロね」とハートマークまでだして私を見ている程だった。改善された後は、素の喋り方……前世の喋り方を母にだけ出している様にした。
何故かそれは、母に「素は信頼出来る友達だけにしなさい? それは大きな武器なのだから」など言われたからだ。実践する気は無かったけど、何かあった時に役に立つのでは? という1周した結果だった。
12歳の誕生日では、色々な物をプレゼントされた。ただ……メオドールの贈り物は1年間何も無かったのは、私の中にあるこの子が落ち込んでいた様な気がする。
入学試験と共に入学をするため、私は支度を整えた。
メイドからも「今日も凛々しいです! もう少し喋り方を……」など色々言われたけど。寮に住むため、特に気にせず屋敷の外にある馬車に向かい。
私はその日……学校へ向かった。
次は、試験とその他の騒動




