プライド!
勇者A達を乗せた馬車は、途中、何度か野にいる魔物たちと、戦闘を交えながらも
オルカ村にある、有限会社「冥府魔党」の事務所の前に到着した。
勇者Aの住むキル村の倍の大きさを誇るこの村は、インフラ整備が行き届いている。
地面は舗装されていて、コンクリートの道が多数を占める。
事務所の前は、この街一番の大通りとなっていて、人々の往行は盛んである。
大通りは歩道と馬車の走る道に分かれていて、歩道にはポプラの木が等間隔に植えられている。
事務所の玄関外は広い。石階段を上がると高級そうな石タイルが地面を隙間無く
埋め尽くし、入口のすぐ前には、大理石の大きな支柱が、人が楽に通れる空間を
真ん中に挟むように立ち、事務所から突き出た形の屋根を支えている。
「事務所はいるぞ」
「プルは魔物ルームに先に行ってくれ」
「俺はタケシを連れて、事務所に行ってくるから」
「OK!」
三人は入口で分かれると、右の従業員通路である細い道へとプルは入っていく。
その先には魔物ルームへの入口があるからだ。
勇者Aとタケシは事務所の正面玄関の曇り硝子のドアを開けると、中に入っていった。
「おはよう、フィーネ」
「あらおはよ〜、勇者A」
玄関を入ると、受付テーブルがあり、そこには、この事務所で事務や接客応対を
一人でこなすフィーネが座っている。
肩まで伸ばした金色の髪に大きな瞳、近眼が少し入っているので
度がそれほどきつくないメガネをかけている。
清楚な感じを醸し出す年若い美系の女性。
彼女は、オルカ村に生まれた時から住んでいて、この事務所の長シギトとは
幼馴染である。フィーネの家の2軒隣にはシギトの家がある。
二人は子供の時から、良く一緒に遊んでいた。小学校、中学校は同じ学校に
通っていた。その縁もあって、シギトはこの事務所を開く際、失業中の彼女に
声を掛け、事務として働いてもらっている。
フィーネと軽く話しをすると、勇者Aはタケシを連れて奥のシギトのいる席にまで
やってきた。
「シギト、おはよ〜」
「おはよ〜、早いな」
通気性のある薄い生地の黒の長シャツを着たシギトが、足を組んで座っている。
木で出来た回転椅子に軽く腰を落とし、手を机で軽く組むと
勇者Aとタケシを見つめている。
「あのさ〜、シギト」
「何だ?」
「こいつ、タケシって言うんだけど」
「ちょっと前までいた、俺の魔物なんだけどさ」
「最近まで、行方不明になってて」
「昨日俺達の家を見つけて、帰ってきたんだ」
「で、よければ・・・」
青い眼でシギトはタケシをじっと観察している。勇者Aはタケシを雇ってもらおうと
思ってはいるが、それは全てシギトの判断に委ねられている。金銭上の
事もあるので、少しシギトの顔色を伺い、言葉を抑えながら、自分の希望を暗にちらつかせる。
「言いたい事は分かる」
「その横にいるゴーレムを雇って欲しいんだな」
「そ・そうなんだけど・いいかな?」
「ふむ・・・」
シギトは頭に金銭的な事を計算にいれながら、タケシがどういう性格の魔物で
雇うだけの力量を備えたモンスターであるか、気になっている。
タケシを無言で食い入るように見つめると、何か頭に浮かんだのか、
眼をカッと見開くと口を開いた。
「勇者Aの魔物だし、すぐにうちで働いてもらうのもいいが」
「俺は自分の眼で確かめた奴でないと、信用できないんだ。」
「一度そのタケシと戦わせてくれないか?」
「え・・・・?」
勇者Aは思ってもいない、シギトの言葉に不意を付かれると
どう答えていいか迷い、横にいるタケシに目をやる。
タケシはしばらく、押し黙っていたが、やがて重い口を開き始めた。
「俺を試したいんですね?」
「そうだ」
「構いませんよ」
「じゃあ、事務所の裏にある広場に来てくれるか」
「分かりました」
「ちょ、ちょっと待てよ」
淡々と二人の間で交わされるやり取りに、勇者Aは動揺を隠し切れない。
勇者Aの慌てた様子に気遣うようにシギトは言葉を繋いだ。
「大丈夫!殺しはせん」
「タケシのハートと力量を試したいだけだ」
「本気は出さないさ」
「そ・・そうか?」
「それなら良いけど・・」
勇者Aはシギトのその言葉にほっと息をつき安堵する。
しかし、シギトの眼にはその言葉とは裏腹に、本気で戦う決意が滲み出ている。
「じゃ行きますか」
タケシはそう言うと、手に握りこぶしを作ると、闘志を燃やしている。
勇者Aが勤める事務所の長とは言え、知らない人間に戦いを挑まれたのだ。
・・・・・・・殺しはせん
・・・・・・・本気は出さない
このシギトの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
多少腕に覚えのあるタケシは、プライドを傷つけられ
憤りを覚えている。
(・・・・・・ふ・・・その俺を見下ろした態度・・)
(・・・・・気にいらねぇ・・調子こきやがって・・)
(・・・・その天狗の鼻へし折ってやる・)
タケシは肩をいからせながら、シギトの後を付いていく。
勇者Aはさっきまで、余裕をもって二人の様子を見ていたが
タケシから溢れる居様な気合を感じ取ると、不安がよぎり始める。
(・・・・大丈夫だろうか・・)
(・・・・無茶しなければいいが・・)
・・・・・・・・・・
「ま・・待てよ〜俺も行く」
勇者Aは少し気後れをしながらも、二人が先に行くのに気づくと
駆け寄り、二人の背中を見つめながら後ろについて歩く。
通り際にある廊下の窓から、裏庭の広場の芝生が激しく揺れているのが見える。
(・・・今日は風が強いな・)