目力
「あー。右」
ったく。
何だってんだ。
視力はともに2.0、なのになんで再検査なんか。
今日は家でゆっくりしようと思ったのに。
今まで視力検査になんか引っかかったことなんて無かったのに。
今は視力検査の真っ最中。
学校での検査に引っかかり、こうして病院で再検査を受けている。
俺が住んでいるのは比較的田舎。
肌も真っ黒に焼けていて髪はスポーツ刈り。
まさに健康男児の代名詞ともいえる。
ゲームだってほとんどしないで外で遊んでいる。
当然勉強にも手をつけない。
よって視力がそんなに下がるわけが無いのだが・・・。
「コレはわかりますかぁ?」
若い看護婦が最近の女性の話し方で聞いてくる。
もちろん余裕である。
「下です」
全然見える。
こんなことしたって意味が無いな。
明日学校に文句つけてやる。
「あれ、おかしいですねぇ。
学校からの書類にはには視力がともに0.5未満との事だったのですが・・・」
だから視力はまったく問題ないって。
「少々お待ちくださいねぇ」
なんだよ。
問題ないんだからさっさと帰らせろよ。
「お待たせしましたぁ。
それではこちらにどうぞぉ」
なんだなんだ。
別室?
診察か?
部屋に入る。
部屋はいたって簡素で壁一面が白。
それにデスクとその前に担当医と思しき男性。
それともう一ついす。
「ではそちらのいすにおかけください」
なんかおかしい。
なんだ?
あぁ、そうか。
医師が一向に顔を上げないから。
じっとデスクの上の書類を見つめている。
相手の顔は見えない。
失礼な奴だと思いつつもいすに座る。
「えぇっと。
なんか学校からの報告が間違っているみたいで。
今からもっと詳しく検査してみますので」
そういうと看護婦に何か指示を出す。
数秒すると奥からさっき使ったランドルト環のボードが運ばれてきた。
が、さっきとは明らかに違う。
ランドルト環のサイズが以上に小さいのだ。
最初のほうは辛うじて見えるが後のほうは裸眼で見えるやつなんているのか?
「じゃぁ検査しますねぇ」
そういうと片方がふさがれた眼鏡をかけられる。
「これはどうですかぁ?」
「あーっと、上」
最初は快調。
数回繰り返す。
「これはどうですかぁ?」
「あー・・・」
やば。
さすがに見えなくなってきたな。
「えーっと、右?」
数秒の沈黙。
「ではこれは?」
みえないんだよなぁ。
「あー、下」
コレを両目とも行う。
どうやら右のほうが若干視力はいいようだ。
「ハイ、おしまいですよぉ」
眼鏡がはずされる。
「まぁ、こんなものか。
最後までいくかと思ったんだがな」
視力検査をするに当たって医師は自分の真後ろに位置する。
そこから先程とはまるで違う、
感情が全て抜けたような、何も感じない声がした。
実際にそんな声は聞いたことが無いのでわからないが、
聞くことが出来たならきっとこんな声なのだろう。
この異変に恐る恐る後ろを振り返る。
医師が顔を上げていた。
だがその顔の目に当たる部分は。
空洞。
まさしくその言葉が相応しい。
それだけをきれいに取り出したかのようになっていた。
「君なら最後までいけると思ったのだがな」
余りの驚きと恐怖に声が出ない。
逃げ出そうにも足が竦み動く事が出来ない。
「あ・・・うあぁ・・ぁ・・・」
声にならない声を喉から搾り出す。
「しかしとてもいい眼だ。
コレで私もはれて自由の身」
声を出すのは大事な事だ。
それによって少なからずとも力が湧く。
「う・・あぁ・・・あぁぁあぁぁぁぁっぁあぁぁ!」
いすを蹴飛ばしドアに駆け寄る。
無我夢中でドアにかじりついた。
が、ドアはまったく動かない。
「くそっ!
何であかねぇんだよ!
チクショウ!
開けっ!」
ドアを殴る。
「まぁまぁ、そんなに取り乱さないでくださいよ」
医師が近寄る。
「あぁ・・・くるなぁ!」
身体を押さえつけられる。
医師の指が眼に伸びて・・・・・。
少年が入っていった部屋からは一人の青年が出てきた。
きれいな眼をしていた。
しかし常人には気付かないだろうが、その目玉は左右非対称に動いていた。
青年は振り返ると部屋の中に声をかけた。
「ありがとうございました。
おかげさまでスッカリよく見えます。
それでは、先生も眼をお大事に。
頑張ってください、新院長」
そこにはただ下を向いていすにすわる少年の姿があった。