沈黙の代償Ⅱ
第一章 告発者の死
雨が降っていた。
私——桐島ケイコは、傘も差さずに警察署の前に立っていた。
三十五歳。フリージャーナリスト。
かつては大手新聞社に所属していたが、五年前に辞めた。
真実を書けなくなったから。
「桐島さん、こんなところで何を?」
声をかけてきたのは、刑事の村田サトシだった。
四十代、疲れた顔をした、正義感の強い男。
「村田さん......橋本タケシが死んだって、本当ですか?」
村田の表情が、曇った。
「ああ......今朝、自宅マンションから転落死した」
「自殺、ですか?」
「......現場の状況から、そう判断された」
橋本タケシ——
彼は、私の情報提供者だった。
東都建設という大手ゼネコンの元社員で、会社の不正を内部告発しようとしていた。
「でも、おかしいじゃないですか。橋本さんは、明日記者会見を開く予定だったんです」
私は、村田に詰め寄った。
「東都建設と政治家の癒着、違法な献金、そして再開発事業での不正入札——全てを公表するって」
「桐島さん......」
村田が、周囲を確認してから小声で言った。
「これは、上からの指示だ。事件性なし。自殺で処理しろと」
「上から? 誰からですか?」
「言えない。だが......」
村田は、私に一枚のメモを渡した。
『気をつけろ。お前も狙われている』
私の背筋が、凍った。
「村田さん、これは......」
「俺は、何も知らない。だが、橋本の部屋から見つかったメモだ」
村田は、そう言って立ち去った。
私は、メモを握りしめた。
橋本は、殺された。
そして、次は私かもしれない。
だが、私は諦めない。
真実を、明らかにする。
それが、ジャーナリストの使命だから。
私は、橋本のマンションに向かった。
警察の規制線が張られているが、顔見知りの警備員に頼んで中に入れてもらった。
十階建てマンションの七階。
橋本の部屋だ。
部屋は、既に警察の検証が終わっていた。
私は、慎重に部屋を調べた。
机の上には、書類が散乱していた。
だが、肝心の告発資料——東都建設の不正を証明する書類は、なかった。
「持ち去られたのか......」
その時、床に一枚の名刺が落ちているのを見つけた。
『国会議員・佐々木ヒデオ事務所』
佐々木ヒデオ——
与党の実力者で、国土交通委員会の委員長。
そして、東都建設と深い繋がりがあると噂されている人物。
「佐々木......」
私は、名刺をポケットに入れた。
橋本は、佐々木に会っていたのか。
それとも——
部屋を出ようとした時、背後から声がした。
「桐島ケイコさん、ですね」
振り向くと、スーツを着た三十代の男が立っていた。
鋭い目つき、冷たい笑み。
「誰ですか?」
「私は、東都建設の法務部長、高橋マサルと申します」
高橋は、名刺を差し出した。
「何の用ですか?」
「橋本タケシの件で、お話ししたいことがあります」
「話すことなど、ありません」
私は、高橋を無視して歩き出した。
だが、高橋が私の腕を掴んだ。
「忠告しておきます。これ以上、詮索しないほうがいい」
「脅しですか?」
「忠告です。橋本のようになりたくなければ」
高橋は、私の腕を離した。
そして、冷たい笑みを浮かべながら立ち去った。
私は、拳を握りしめた。
やはり、橋本は殺された。
そして、東都建設が関わっている。
私は、真実を暴く決意を固めた。
その夜、私は元同僚の記者、山口リョウに連絡を取った。
山口は、今も大手新聞社で働いている。
「ケイコ、久しぶりだな」
山口は、居酒屋で私を迎えてくれた。
「相談があるの」
私は、橋本の件を説明した。
山口の表情が、段々と険しくなった。
「それは......危険すぎる」
「分かってる。でも、やらなきゃいけない」
「佐々木ヒデオと東都建設を敵に回すんだぞ? 個人じゃ無理だ」
「だから、協力してほしいの」
山口は、しばらく黙っていた。
そして、深いため息をついた。
「分かった。だが、慎重にやろう」
「ありがとう」
山口は、資料を取り出した。
「実は、俺も東都建設を調べてたんだ」
「本当?」
「ああ。都市再開発事業『グランドタワー計画』——総工費五千億円の巨大プロジェクトだ」
山口が、資料を見せた。
「この計画、入札が不自然なんだ。東都建設が、圧倒的に有利な条件で受注してる」
「政治家の介入?」
「間違いない。そして、その政治家が——」
「佐々木ヒデオ」
「ああ」
私たちは、顔を見合わせた。
これは、単なる企業の不正ではない。
政治家と企業が結託した、巨大な汚職事件だ。
その時、山口の携帯が鳴った。
「もしもし......何!?」
山口の顔が、青ざめた。
「分かった。すぐに行く」
山口が、電話を切った。
「どうしたの?」
「社の先輩記者、田中ケンジが事故に遭った」
「事故!?」
「車に轢かれて、重体だ。田中も、東都建設を調べてたんだ」
私の心臓が、激しく鼓動した。
これは、偶然じゃない。
橋本の死、田中の事故——
全て、繋がっている。
第二章 隠された真実
田中ケンジは、三日後に意識を取り戻した。
私と山口は、病院に駆けつけた。
「田中さん、大丈夫ですか?」
田中は、包帯だらけの体で、弱々しく頷いた。
「すまない......心配かけた」
「何があったんですか?」
「尾行されてた。黒いバンに」
田中の声が、震えていた。
「そして、横断歩道を渡ってる時に、そのバンが突っ込んできた」
「ナンバーは?」
「覚えてない......だが、確信犯だ」
山口が、拳を握りしめた。
「畜生......」
私は、田中に尋ねた。
「田中さん、何か掴んでいたんですか? 東都建設の不正について」
田中は、少し考えてから答えた。
「ああ......実は、内部文書を手に入れた」
「内部文書?」
「東都建設から佐々木ヒデオへの献金リスト。そして、再開発事業での談合の証拠」
私と山口は、息を呑んだ。
「その文書は?」
「自宅のパソコンに保存してある。パスワードは......『truth2025』だ」
「ありがとうございます」
私たちは、田中の自宅に向かった。
だが、着いた時——
部屋は、荒らされていた。
「くそっ! 先を越された!」
山口が、叫んだ。
パソコンは、持ち去られていた。
「終わりか......」
山口が、諦めた顔をした。
だが、私は諦めなかった。
「待って」
私は、部屋を調べ始めた。
そして、本棚の裏に、USBメモリを見つけた。
「これ......」
USBメモリには、『バックアップ』と書かれていた。
「田中さん、用心深いな」
山口が、微笑んだ。
私たちは、USBメモリを持って私のアパートに戻った。
そして、中身を確認した。
そこには——
東都建設から佐々木ヒデオへの違法献金、総額三億円。
再開発事業での談合の証拠。
そして、驚くべき情報が記されていた。
「これ......見て」
山口が、ある文書を指差した。
『住民立ち退き妨害工作』
再開発予定地の住民たちを、強制的に立ち退かせるための工作が記されていた。
嫌がらせ、脅迫、そして——暴力。
「ひどい......」
私は、怒りで震えた。
「これが、政治家と企業のやることか......」
山口も、暗い顔をしていた。
「だが、これで記事にできる」
「ああ。明日、編集長に相談する」
だが、その夜——
私のアパートに、不審な男が侵入しようとした。
幸い、防犯カメラが作動して、男は逃げた。
だが、メッセージが残されていた。
『やめろ。さもなくば、お前も橋本のようになる』
私は、恐怖を感じた。
だが、同時に確信した。
私たちは、核心に近づいている。
翌日、山口は編集長に資料を見せた。
だが——
「これは、掲載できない」
編集長は、冷たく断った。
「なぜですか!? 証拠もあります!」
「証拠があっても、政治家を相手にするのはリスクが大きすぎる」
「リスク!? 真実を報道するのが、新聞の役目じゃないですか!」
「山口、分かってくれ。会社を守らなきゃいけないんだ」
山口は、怒りで震えていた。
だが、編集長は聞く耳を持たなかった。
山口は、会社を出た。
そして、私に電話をかけた。
「ダメだった。編集長は、政治家を恐れてる」
「そう......」
私は、失望した。
大手メディアは、もう真実を報道する気概を失っていた。
「どうする?」
「私が、ネットで公開する」
「ケイコ......危険だぞ」
「分かってる。でも、やるしかない」
私は、覚悟を決めた。
その夜、私は記事を書き始めた。
『東都建設と佐々木ヒデオ国会議員の癒着——五千億円再開発事業の闇』
そして、証拠となる文書をスキャンして、記事に添付した。
公開ボタンを押す前に、私は深呼吸した。
これを公開すれば、私の人生は変わる。
だが、橋本の無念を晴らすために——
私は、ボタンを押した。
記事が、公開された。
数分後、記事は瞬く間に拡散された。
SNSで、何千、何万とシェアされていく。
『これ、マジ!?』
『政治家と企業の癒着、ひどすぎる』
『桐島ケイコ、勇気ある!』
コメントが、次々と寄せられた。
だが、同時に——
私の携帯に、脅迫電話がかかってきた。
「桐島ケイコだな。記事を削除しろ」
「誰ですか?」
「削除しなければ、お前の家族を——」
私は、電話を切った。
手が、震えていた。
だが、もう後戻りはできない。
その時、ドアがノックされた。
恐る恐る開けると——
村田刑事が立っていた。
「村田さん......」
「桐島さん、すぐに逃げろ」
「え?」
「佐々木の差し金で、お前を逮捕しようとしてる。名誉毀損でな」
「そんな......証拠もあるのに!」
「証拠は、捏造だと主張するつもりだ。そして、お前を潰す」
村田が、真剣な顔で言った。
「俺が、時間を稼ぐ。その間に、逃げろ」
「でも......」
「いいから! 真実を守るんだ!」
村田に押されて、私はアパートを出た。
そして、山口に電話をかけた。
「山口、助けて——」
だが、その時——
背後から、誰かが私を羽交い締めにした。
第三章 権力の牙
「離して!」
私は、必死に抵抗した。
だが、男たちの力は強かった。
「静かにしろ。佐々木先生が、お会いになりたいそうだ」
男たちは、私を黒塗りの車に押し込んだ。
車は、都心の高級ホテルに向かった。
最上階のスイートルームに連れて行かれると——
そこには、佐々木ヒデオが座っていた。
六十代、白髪混じりの髪、威圧的な雰囲気。
「桐島ケイコさん、ですね」
佐々木が、冷たい笑みを浮かべた。
「あなたの記事、読ませていただきました」
「......」
「なかなか、よく書けている。だが、残念ながら全て虚偽です」
「虚偽!? 証拠があります!」
「証拠?」
佐々木が、笑った。
「あんな偽造文書が、証拠になると思っているのですか?」
「偽造じゃありません! 田中記者が、東都建設から入手したんです!」
「田中ケンジですか。彼は、交通事故で重体だそうですね。可哀想に」
佐々木の言葉には、同情のかけらもなかった。
「あなたが......橋本さんも、田中さんも......!」
「私が何をしたと?」
佐々木が、私に近づいた。
「証拠がなければ、何も言えませんよ、桐島さん」
私は、拳を握りしめた。
「では、取引をしましょう」
「取引?」
「記事を削除して、公式に謝罪する。そうすれば、あなたの安全を保証します」
「断ります」
「本当に?」
佐々木が、タブレットを取り出した。
そこには、私の母の写真が映っていた。
「お母様、田舎で一人暮らしだそうですね」
私の顔が、青ざめた。
「母に、何かしたら......!」
「何もしませんよ。あなたが、協力してくれれば」
佐々木の目が、冷たく光った。
私は、どうすればいいのか分からなかった。
真実を守るべきか、母を守るべきか——
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「警察だ! 動くな!」
村田刑事と、数人の警察官が入ってきた。
「村田!?」
「桐島さん、大丈夫か!?」
村田が、私を助け起こした。
佐々木は、冷静だった。
「村田刑事、これは誤解です」
「誤解? 監禁罪と脅迫罪で、あなたを逮捕します」
「証拠は?」
その時、私のポケットから、録音機が取り出された。
山口が、事前に私に渡していたものだ。
「全て、録音されています」
村田が、録音機を再生した。
佐々木の脅迫の言葉が、流れた。
佐々木の顔が、初めて歪んだ。
「くそっ......」
佐々木は、その場で逮捕された。
だが——
「これで、終わりじゃない」
佐々木が、連行されながら言った。
「私の背後には、もっと大きな力がある。お前たちでは、勝てない」
その言葉が、不吉に響いた。
翌日、佐々木の逮捕は大きく報道された。
だが、政府は素早く動いた。
「佐々木議員の行為は、個人的なものであり、政府とは無関係」
官房長官が、そう発表した。
そして、東都建設も声明を出した。
「一部社員の独断であり、会社としては関与していない」
全てを、個人の責任にしようとしている。
「許せない......」
私は、怒りで震えた。
山口も、同じ気持ちだった。
「でも、まだ終わってない」
「何か、あるの?」
「ああ。田中さんが、もう一つの証拠を隠していたんだ」
山口が、封筒を取り出した。
中には、一枚のSDカードが入っていた。
「これは?」
「佐々木と東都建設の社長、そして——もう一人の政治家との密談の録音だ」
「もう一人の政治家?」
「ああ。内閣官房長官、西村タダシだ」
私は、息を呑んだ。
西村タダシ——
政府のナンバー2。
次期総理大臣候補とも言われている人物。
「これが公開されれば......」
「政府が倒れる」
山口と私は、顔を見合わせた。
だが、その時——
山口の携帯に、メッセージが届いた。
『田中ケンジが、病院から姿を消した』
「何!?」
私たちは、慌てて病院に向かった。
だが、田中の病室は、もぬけの殻だった。
看護師に聞いても、誰も見ていないという。
「連れ去られたのか......」
山口が、絶望した顔をした。
その時、私の携帯が鳴った。
非通知番号からだった。
「もしもし?」
『桐島ケイコか。田中ケンジは、預かっている』
冷たい、機械的な声だった。
「誰ですか!?」
『SDカードを渡せ。さもなくば、田中は殺す』
「待って!」
だが、電話は切れた。
私は、どうすればいいのか分からなかった。
真実を公開すべきか、田中の命を守るべきか——
そして、私は決断した。
第四章 最後の賭け
「山口、SDカードのコピーを作って」
「え?」
「オリジナルは、敵に渡す。でも、コピーを公開する」
山口が、目を見開いた。
「それは......危険すぎる。田中さんが殺されるかもしれない」
「分かってる。でも、このまま黙っていたら、もっと多くの人が犠牲になる」
私は、覚悟を決めた。
「田中さんも、きっと同じことを望むはず」
山口は、しばらく黙っていた。
そして、頷いた。
「分かった。やろう」
私たちは、SDカードを複製した。
そして、オリジナルを持って、指定された場所に向かった。
港の倉庫——
薄暗く、人気のない場所だった。
「来たか、桐島ケイコ」
倉庫の奥から、男が現れた。
高橋マサル——東都建設の法務部長だった。
「田中さんは、どこですか?」
「心配するな。SDカードを渡せば、返してやる」
私は、SDカードを取り出した。
「まず、田中さんを」
「いいだろう」
高橋が、合図すると——
奥の部屋から、田中が連れ出されてきた。
ボロボロの状態だったが、生きていた。
「田中さん!」
「桐島さん......すまない......」
「いいから、早くSDカードを渡せ」
高橋が、焦れた様子で言った。
私は、SDカードを投げた。
高橋が、それを掴んだ。
「よし。田中を返す」
田中が、解放された。
私は、田中を支えて倉庫を出ようとした。
だが——
「待て」
高橋が、拳銃を構えた。
「お前たちを、生かして帰すわけにはいかない」
「約束が違う!」
「馬鹿め。最初から、そのつもりだ」
高橋が、引き金に指をかけた。
その瞬間——
倉庫の外から、大勢の足音が聞こえた。
「警察だ! 投降しろ!」
村田刑事の声だった。
高橋の顔が、青ざめた。
「くそっ......!」
高橋は、拳銃を捨てて逃げようとした。
だが、警察官に取り押さえられた。
「桐島さん、無事か!?」
村田が、駆け寄ってきた。
「はい......ありがとうございます」
「山口から連絡を受けて、すぐに駆けつけた」
村田が、微笑んだ。
私は、安堵の涙を流した。
そして、その夜——
山口が、SDカードの内容を公開した。
録音には、佐々木、東都建設社長・藤田シゲル、そして西村官房長官の声が記録されていた。
『再開発事業は、必ず東都建設に落とす。その代わり、献金を三億円』
『住民の反対は、強制的に排除しろ。警察も、我々の味方だ』
『この計画が成功すれば、次の総理は西村だ。全員、利益を得られる』
内容は、衝撃的だった。
政府、企業、そして警察までもが結託した、巨大な汚職事件。
翌朝、マスコミは大騒ぎになった。
野党は、内閣不信任案を提出した。
そして、世論も政府を糾弾した。
一週間後——
西村官房長官は、辞任した。
東都建設の社長・藤田も、逮捕された。
再開発事業は、白紙に戻された。
だが——
全てが解決したわけではなかった。
汚職に関わった政治家は、西村だけではない。
もっと多くの議員が、企業から金を受け取っていた。
「これは、氷山の一角だ」
村田が、私に言った。
「本当の闇は、もっと深い」
「それでも、一歩前進です」
私は、微笑んだ。
「橋本さんの無念も、少しは晴れたと思います」
村田も、頷いた。
「ああ。お前は、よくやった」
私は、橋本の墓前に立った。
雨が、静かに降っていた。
「橋本さん、約束を果たしました」
私は、墓に手を合わせた。
「真実を、明らかにしました」
風が、優しく吹いた。
まるで、橋本が「ありがとう」と言っているようだった。
第五章 沈黙の代償
それから三ヶ月が経った。
私は、今も真実を追い続けている。
フリージャーナリストとして、権力の闇を暴く仕事を。
ある日、一通のメールが届いた。
差出人不明。
だが、件名には『新たな告発』と書かれていた。
メールを開くと——
『厚生労働省の官僚が、製薬会社から賄賂を受け取っている。証拠があります。協力してください』
私は、深呼吸した。
また、新しい戦いが始まる。
だが、私は恐れない。
真実を求める者がいる限り、私は戦い続ける。
山口も、新聞社を辞めて、私と一緒にネットメディアを立ち上げた。
「新しい告発、来たぞ」
山口が、私のデスクに来た。
「見た。厚労省の件でしょ?」
「ああ。調べてみる価値はある」
「でも、また危険が——」
「分かってる」
山口が、微笑んだ。
「でも、俺たちがやらなきゃ、誰がやる?」
私も、微笑み返した。
「そうね」
私たちは、新しい調査を始めた。
村田刑事も、協力してくれた。
彼は、警察内部の腐敗とも戦っていた。
「桐島さん、気をつけてくれ」
村田が、心配そうに言った。
「今度の相手も、強大だ」
「大丈夫です。もう、慣れました」
私は、強がって見せた。
だが、心の中では不安もあった。
権力と戦うことは、常に命がけだ。
だが、諦めるわけにはいかない。
橋本、田中、そして名もなき告発者たちの勇気に応えるために。
ある夜、私は一人で資料を整理していた。
その時、窓の外に人影が見えた。
「誰!?」
慌てて窓を開けると——
誰もいなかった。
だが、窓ガラスに、メッセージが書かれていた。
『やめろ。次は、お前だ』
私の心臓が、激しく鼓動した。
脅迫——
また、始まった。
だが、私は負けない。
恐怖に屈しない。
私は、窓ガラスのメッセージを写真に撮った。
そして、警察に通報した。
村田が、すぐに駆けつけてくれた。
「また、脅迫か」
村田が、窓ガラスを確認した。
「ああ。でも、今回は証拠を撮った」
「警備を強化しよう。護衛もつける」
「いえ、大丈夫です」
私は、首を横に振った。
「護衛がつけば、相手も警戒する。普段通りに動きます」
「桐島さん......無茶はするな」
「分かってます」
だが、私は覚悟していた。
真実を追う者は、常に狙われる。
それが、ジャーナリストの宿命だ。
翌日、私は情報提供者と会うことにした。
待ち合わせ場所は、都心の喫茶店。
午後三時、約束の時間に着くと——
一人の女性が座っていた。
三十代前半、疲れた顔、不安そうな目。
「桐島さん、ですか?」
「はい。あなたが、メールを?」
「私は、鈴木アヤと言います。厚労省で働いています」
鈴木は、周囲を確認してから小声で話し始めた。
「私の上司、医薬品審査課長の森田ケイスケが、製薬会社『メディファーマ』から賄賂を受け取っています」
「証拠は?」
鈴木は、封筒を取り出した。
中には、銀行の送金記録と、森田とメディファーマ社長の会食写真が入っていた。
「森田は、メディファーマの新薬を優先的に承認しています。本来なら、安全性に問題があるのに」
「それは......」
「その新薬は、既に市場に出回っています。でも、副作用の報告が多数あるんです」
鈴木の目に、涙が浮かんでいた。
「私の妹も、その新薬を服用して......重い副作用で入院しました」
「そんな......」
私は、怒りで拳を握りしめた。
また、権力者たちが無実の人々を犠牲にしている。
「鈴木さん、この情報、使わせてください」
「はい。でも......私の身元は、明かさないでください」
「分かりました。匿名で報道します」
鈴木は、安堵の表情を浮かべた。
だが、その時——
喫茶店の外で、黒いスーツの男たちが立っているのが見えた。
「鈴木さん、あなた尾行されてませんでしたか?」
「え......?」
鈴木が、窓の外を見た。
そして、顔が青ざめた。
「あれ......森田の部下です」
「まずい。すぐに逃げましょう」
私たちは、喫茶店の裏口から逃げ出した。
だが、男たちも追いかけてきた。
「こっちです!」
私は、鈴木の手を引いて路地を走った。
だが、前方からも男が現れた。
「挟まれた......」
その時、一台の車が急停車した。
運転席から、山口が顔を出した。
「早く乗れ!」
私たちは、車に飛び乗った。
山口が、アクセルを踏み込んだ。
男たちが、車を追いかけてきたが、振り切った。
「山口、どうして?」
「お前の居場所を追跡してたんだ。念のためにな」
山口が、苦笑いした。
「助かった......」
私は、深く息を吐いた。
鈴木を安全な場所——山口の友人が経営する民宿に匿った。
そして、私たちは資料の分析を始めた。
「これ、見ろ」
山口が、送金記録を指差した。
「森田への送金、総額五千万円。しかも、定期的に振り込まれてる」
「完全に賄賂だ」
「ああ。そして、このメディファーマの新薬『ヘルスケアX』——副作用の報告が、半年で三百件以上」
「三百件!?」
「本来なら、販売停止になるレベルだ。でも、森田が握り潰してる」
私は、資料を睨んだ。
「許せない......これを公開しよう」
「待て。今回は慎重にやろう」
山口が、私を止めた。
「前回の件で、敵も警戒してる。証拠を固めてから動くべきだ」
「でも、その間にも被害者が増える」
「分かってる。だが、中途半端に動けば、また潰される」
山口の言葉は、正しかった。
私は、歯を食いしばった。
その夜、鈴木が私たちに言った。
「実は、もう一つ情報があります」
「何ですか?」
「森田の上司、厚労大臣の北川ヨシオも関わっています」
「厚労大臣が!?」
「はい。メディファーマは、北川大臣の選挙にも献金しています」
鈴木が、資料を見せた。
そこには、メディファーマから北川への政治献金、総額一億円の記録があった。
「これは......国を揺るがす大スキャンダルだ」
山口が、唸った。
「でも、これで厚労省全体の腐敗を暴ける」
私は、決意を新たにした。
数日後、私たちは追加調査を進めた。
そして、決定的な証拠を掴んだ。
メディファーマの内部告発者——元研究員の松本ヒロシから、新薬の臨床試験データを入手したのだ。
「このデータ、改ざんされてる」
松本が、説明した。
「本当は、重大な副作用が確認されていた。でも、会社はそれを隠蔽して、承認申請した」
「なぜ、そんなことを?」
「利益です。この新薬が承認されれば、年間売上一千億円が見込める」
松本の目には、後悔の色があった。
「私も、その改ざんに加担しました。でも、もう耐えられない。罪を償いたいんです」
私は、松本の手を握った。
「勇気を出してくれて、ありがとうございます」
こうして、私たちは完璧な証拠を揃えた。
メディファーマの新薬データ改ざん。
森田課長への賄賂。
北川厚労大臣への献金。
全てが、一本の線で繋がった。
「これで、記事にできる」
山口が、満足そうに言った。
「ああ。今度こそ、権力の腐敗を暴く」
私たちは、記事を書き上げた。
そして、公開の準備を整えた。
だが、公開の前日——
鈴木が、行方不明になった。
「何!?」
山口から連絡を受けて、私は民宿に駆けつけた。
だが、鈴木の部屋は、もぬけの殻だった。
窓が開いていて、争った形跡があった。
「連れ去られたのか......」
村田刑事も、現場に来た。
「桐島さん、これを」
村田が、床に落ちていたメモを拾った。
『記事を公開すれば、鈴木アヤは死ぬ』
私の体が、震えた。
「どうする......」
山口が、苦渋の表情で尋ねた。
私は、しばらく考えた。
そして、決断した。
「公開する」
「桐島!?」
「鈴木さんも、きっとそう望んでる。真実を明らかにすることを」
私は、涙を堪えながら言った。
「私たちが、ここで屈したら、鈴木さんの勇気が無駄になる」
村田が、私の肩に手を置いた。
「分かった。俺が、全力で鈴木さんを探す」
「お願いします」
私は、記事の公開ボタンを押した。
『厚労省と製薬会社の癒着——新薬データ改ざんと大臣への献金』
記事は、瞬く間に拡散された。
そして、日本中が衝撃を受けた。
テレビ、新聞、ネット——
全てのメディアが、この事件を報道した。
北川厚労大臣は、辞任会見を開いた。
森田課長は、逮捕された。
メディファーマの社長も、逮捕された。
そして、新薬『ヘルスケアX』は、販売停止になった。
だが——
鈴木アヤは、まだ見つからなかった。
私は、毎日祈り続けた。
鈴木さん、無事でいて——
そして、公開から一週間後——
村田から連絡があった。
「鈴木さんを、見つけた」
「本当ですか!?」
「ああ。郊外の倉庫に監禁されていた。無事だ」
私は、安堵の涙を流した。
すぐに病院に駆けつけると、鈴木が笑顔で迎えてくれた。
「桐島さん......ありがとうございます」
「いえ、鈴木さんこそ。勇気を出してくれて」
二人で、抱き合った。
「私の妹も、回復しました。新薬の服用を止めて、別の治療を始めたら」
「良かった......」
私は、心から喜んだ。
これで、また一つ、真実が明らかになった。
エピローグ
それから半年が経った。
私と山口のネットメディア『真実の声』は、多くの読者を得た。
権力の腐敗を暴く、独立系メディアとして。
ある日、私は橋本の墓を訪れた。
「橋本さん、見てますか?」
私は、墓に語りかけた。
「あなたの死は、無駄じゃなかった。多くの不正が暴かれ、多くの人が救われました」
風が、優しく吹いた。
「でも、まだ終わりじゃない。権力の闇は、まだまだ深い」
私は、決意を新たにした。
「だから、私は戦い続けます。真実のために」
墓前に、一輪の花を供えた。
そして、振り返った。
山口が、車の中で待っていた。
「次の取材、準備できたぞ」
「どこ?」
「防衛省だ。武器調達で、不正があるらしい」
私は、微笑んだ。
「行きましょう」
私たちは、車に乗り込んだ。
新しい戦いが、また始まる。
だが、私は恐れない。
沈黙の代償は、あまりにも大きい。
だから、私は声を上げ続ける。
権力に立ち向かい、真実を明らかにする。
それが、ジャーナリストとしての私の使命。
そして、橋本をはじめとする告発者たちへの、私の答えだ。
車は、東京の街を走り抜けていった。
私の戦いは、これからも続く。
真実が、完全に明らかになる日まで——
最後まで読んでいただきありがとうございました。
本作「沈黙の代償Ⅱ」を読んでいただいた読者には、
前作の「沈黙の代償」↓も一緒に読んでいただけると幸いです。
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