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ファジア  作者: あめなの
8/8

最終話:クレーン、私、ファジア

地下鉄の駅のホームの端まで行ってみることにした。


きっかけがあったわけじゃない。駅、目の見えない人たちの歌声、よく見ると消えている目、鼻と口、プールの廊下、ドーム形のタイル、惨めに乱れたホームレスの服の切れ端、圧倒的な狭さ、締め付けてくる淡いリアルタイムフォトショップ彩度88%の緑の光、目を閉じて開けたら死ぬ恐怖。息に焼けるほど目を見開いたまま、頭を地下鉄が消えた場所へ向ける。


空気は電波になって流れていく。やがて火葬された笑いをあまりに多く見たせいで堕落して毒になる。毒は言葉になって私の代わりに酸素を飲み込み、私は息を探してはあはあする。しかしみんな血なまぐさい匂いで汚れた空気に気づかない。そんな……人々はもう欲望と親切に飲み込まれて人形になったのだ。


そうして蟻たちが私の周りを一定の複雑な足取りでとことこ、とことこ通り過ぎる時、胸の中に固く固まっていた何かがほどける。食道へ上がってくるのを必死に抵抗する。あ、思った通り蟻たちは空気の上を天井へ向かって歩いている。


前だけ歩けば安全で確実に元いた場所へ戻れる。


消防器具。非常信号が鳴ったらハンマーでガラスを割って使用せよ。致死量の電圧。接触時高い確率で死亡または永久的被害。重いレンガ。鏡を見つめる鏡の中の鏡たちを一歩、一歩後ずさる。


関係者以外立入禁止。


入ろうか?




「こんにちは、フジロくん。」


こんにちは、ファジア。


「もう……フジロくんも……そろそろ気づいてくれるかな。」


私を形作る張り詰めた糸が震えて鳴る。そうして私を貫いて彼女の声は通り過ぎる。


「機械の音が寂しいね。


機械たちはそれを知らないんだろうね。


自分がすべきことをうるさく、流れる水みたいに遂行するだけだから。


音は存在が自分自身より物質をもっと感じる程度だよ。


だから機械たちは、自分のアブストラクションを形成する図面の上で、うるさく、音が重なるのを感じながら生きている。


残念なことに私たちはそのアブストラクションから遠くに離れすぎた。


だから私たちは、機械の音が本当は静寂だって知っている。その音が少し単調で、耐えられないほど複雑で、寂しいってことを。


私が君と初めて会った時話してあげたよね?ここの機械たちは電車を動かすために存在しているんじゃない。自分自身を動かすためにうるさく働いているだけ。


私たち人間も同じ。私たちと機械の違いは自意識も魂もじゃなく、身体だけなんだ。機械の身体は鉄とコンクリートのラティスでできていて硬くて、人間の身体は柔らかいから、私たちはもっと自由な存在を与えられる。その流動性のせいで、私たちは果てしなくこの身体の限界を越えられる。人間という形の残酷でありながら柔らかな境界をはみ出せる。私たちはあの機械たちみたいに、ジェネレーター、つまり人間の超形象、つまり神、その意図どおり自然の中で生き残るために存在するんじゃない。私たちは私たちだけのうるさい波動を身体に染み込ませて持ったまま、自分自身を、内側で生成されるインプットをコヒーレントなアウトプットに変えるために生きているんだ。それが人だよ。


でもフジロくん、私たちは、『人』じゃないよね?


人間のアブストラクションから遠く離れれば離れるほど、世界と私の境界は皮肉にも薄くなる。元の場所へ戻らない夢を歩くんだ。どれともセックスを拒んで極端に純潔な身体になると、ようやく孤独の中で存在は極端に強烈になる。そうすると影は消え始める。君はもう誰とも繋がっていない。意味の糸がないから言葉も理解できない。」


ファジアはしばらく息を止める。彼女が言ったとおり、空気を満たすのは機械の一斉の、死んだみたいな静寂だ。静寂の中でタンクはぶるぶるぶるぶる震えて、互いの音のない悲鳴をアルミの皮膚でこだまさせる。そのこだまが私をがりがり噛んで吐き出すみたいだ。


ファジアの瞳は微動だにしない。もうその存在感がジェネレーターの人工知能の赤い光さえ圧倒する。少女の身体の中の瞳は固まっている。クレーンゲーム機の中の瞳は固まっている。流れない。ただ固まっている。


ファジアは左の眉をわずかに持ち上げる。


左の眼球が水風船みたいに破裂しそうで、巨大自家捕食する細胞の皮膚みたいに、深く自分自身へ沈む。眼球は涙に分解されず、表面だけがうねる。


その様子が陰鬱に見える。


「どうして私たちはここまで来ちゃったんだろう?


理由は思ったより簡単みたい。そんな気がする。


昔に、どこか松風が吹く小屋で会ったみたいに、私たちは幸せになりたかったんだ。フジロくんも幸せだったよね?その瞬間だけは、幸せだったよね?


でもあそこは私たちが向かった場所じゃないから、別れなきゃいけない。そうしないと私たちは、しわくちゃにできない紙の上で、もうあまりに積もっている汚れと避けられない絶望を見ないまま、残酷なほどきれいな存在になってしまう。その果ての痛みはどうやって言葉で表せる?


でも人間の理想に別れを告げて全部消してしまったら、痛みだけが残る。


私たちは死なない限りその痛みを捨てられない。ここで言うのは肉体の死じゃない。だから、傷を毎瞬負いながら、どうにか抜け出そうとして……飛ぼうとして……


私はね、死にたくなかった。『人』になりたくなかった。たくさんの私の中で本当の私は今君とここで話しているんだ。その私は身体を正義の箱の外へ半分突き出して奇跡的に生き残った。でも世界は無情に私の脚を捻って関節を折って皮膚を引っ張ってキャトルミューティレーションをやる。だから私は箱の中へまた入って、目が空の星たちに永遠に剥製されて遠いまま、無限の複雑さ、人間生活の労働を時間また時間繰り返すんだ。今私は空へ落ちる帆船に乗って、ここを抜け出す。


そうしたら……


結局、私は一人残る。


フジロくん、もう決める時間だよ。


私、もう、飛ぶ。


帆船がほとんど水から抜けた。


翼が背中から生えて飛ぶ。


世界で私を抱いてくれた、理解してくれた部品だけが私の背中にくっついて翼になる。


この電車を、君を、私を、果てしなく動くこの電車の超磁石みたいに


世界の断面から切り取ってその浮力で


一緒に飛ぶんだ。」


意味の韻律が心拍数を高める。彼女の言葉の波動が空を突き抜けて降りて壁をねじる。


「私と一緒にここを出よう。」


タンク、電線、機械、バルブ、時計、パイプ、鉄体、エレベーター、扇風機、服、熱、デザート、銀河、ジェネレーター、目、Fujiro-018、竜、看板、刃、剥製、時間、人形。


どうする?


「ごめん、もう選択肢ないよ。私だけ見てくれるって、約束したでしょ?」




私は少女を見る。少女は私を見る。


地下施設は疾走する。


急進的に地面が傾いて私は痛々しく転び、理解を越えた高さと幅の錆びたエレベーターがレールと互いを裂くようにぶつかって摩擦で齧り取るどころか溶かしながら下りてくる地下室は丸ごと地下鉄の駅から滑らかな包丁で分離されて水道パイプと虫を揚げる電線と幾重にも積もった岩石と鉄筋トラスを焦土化しながら前へ地下を突き進み狂気混じりの電気が爆発して鉄と鉄の骨はせん断応力でねじれる隙もなく正面から折れ砕片が水一滴ない蟋蟀の轟音が地下室を骨までうぐうぐ噛み砕いて血の炎とオイルでびしょびしょに洗礼され細かく配置されていたパイプの構造物が砕け機械がばらばらになり私を木のキャノピーで覆いカッターが皮膚を長く縦じゃなく横に剃刀みたいに肉と垂直に刃の破滅的な線が裂く方向と水平じゃなく垂直に世界の皮膚を長く剥がし針先の残酷さと四角い簡潔さで汚れて吐きそうな不必要さに痺れて私は麻痺し破片が下へ落ち積もり敷かれ蟻で作った塔みたいに身体の上に身体の上に身体の上に身体がきちきち崩れて肉塊が肉塊が肉塊が肉塊


施設は飛ぶ。


加速するか細い人一筋閉じ込められて飛んでいく。機械データが暴走して肉体を得て一つの流れとして押し寄せる。タンクの残骸が煙を食って光る。その構造の断面が私にはあまりに明確だ。ネジ、ボルト、コンクリート、電気回路、すべてがスクラップ置き場のA2印刷されたきれいな設計図紙、シルクみたいな波動の中の完璧な人工性。信号機、緑の光、消えない地下鉄の狂気に濡れてぱりぱりに乾いた目、私だけがその距離の地面に突き刺さる。頭の上を人々が通る。頭の上を人々が通って話して夜に食われて死んで血が溢れて水が首を沈めるほど満ちて通りが地面に落ち瞳が地面にぽたぽた落ちる。


世界はタンクの中に閉じ込められている私の瞳は逆さに空を突き刺すガラスと鉄とコンクリートのビームトラスビルディングと人の肉体と果てしなく一直線に伸びる電線を映している私はこの狭い空間の向こうを見るすべてのものの向こうを見ることができるついに人間世界の断面が見え始めるそれは電気の設計図流れる方式についての設計図そうしてそうしてインクが錆の匂いのする血が錆水の溜まった穴の底地下室に閉じ込められたまま混ざってぐちゃぐちゃになり曲がった私の腕の骨を曲線に折る私の肉の中へ染み込む私は雨の降る都市の路上に横たわっている私はアスファルトより広い数百人が踏みつける理解する砂粒の数をほとんど全部数えてしまった


私は施設から分離される。


私、ロケットが施設の補助タンクと分離される。黒い背景の上に正方形の施設の部屋と機械の破片と信号機と飛び回る電線と爆発とオイルを食う火とウェッジと縄と釘と鉄板とボタンと鉄筋複合体を抱えたコンクリートとパイプと鉄道と砂利とプラスチック部品とガラス管と車軸とベアリングと切れた肩と錆の混じった血と雨の味がするコンピューターの残骸が私の下へ落ちる、落ちる、果てしなく遠ざかる。


少女、クレーンゲーム機は私の手を握って上の闇へ飛ぶ。


私はただ子どもみたいに目を開いて音のない風を逆行しながら救いを掴む。


無限の紙の表面へ向かうみたいに。




「ねえ、フジロくん。」


……


「知ってる?実は……現実って一つのクレーンゲーム機なんだ。クレーンゲーム機の中にクレーンゲーム機の中にクレーンゲーム機の中に無限にたくさんのクレーンゲーム機がある。だからフジロくんも今ここ現実にいるから、この中にもいるんだよ。私と一緒に。」


……


……


あまり響かない比喩だね。


「はは……そうかもしれない。でもこれ、フジロくんが考えたものだからね、ぴったりじゃなくても、なんか、なんか格好いいって言うべきか……感じがあるって言うべきか……」


……


そうなのか?


「フジロくんは……頭がいいから他の人が思いつかないことを思いつくんだよね。しかもまたずっと一人でいるから、ちょっとその頭が哲学のほうへ行くって言うか。とにかく何か深い考えをいつもしてるみたい。」


……


そうかもしれない。


「だからか、フジロくんの影、すごく大きい!ほとんど世界を全部飲み込むくらい!すごい……」


……


うん。


「……」


……


「ねえ……もうそろそろ時間が全部来たみたいなんだけど。」


……


「説明はやめたほうがいいかな……私もたくさん喋ったし……あんまり好きじゃなさそうで……」


……


「フジロくん、私を取って。」


……う


吐き気が上がってくる。時間が止まって私の両手が丸まった肩を後ろから掴んで私の耳を舐める。待って、止めて。待って、止めて。だめだ。だめだ。


抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。抜け出さないと。


じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。じゃないと死ぬ。


あのドアは確かに鍵がかかってる。鍵がなければ出られない。整然たる論理どおりだ。システムは完璧だ。ここは絶対に壊れない。私はここに閉じ込められてる。少女に捕まったら終わりだ。手がかりがどこかにあるはず。どこだ?後ろを振り向いたら捕まる。早く。早く。どこだ?どこだ?どこだ?どこだ?じ?でじ??/?////


私は使命に取り憑かれてよろよろ必死にエレベーターへ這っていく。現実が一瞬私の服に付く。汚れを取り戻す。ああ、少しずつ身体に力が戻る。ムカデに吸われた力で孤独の重さを測る。


出る?


開けられる。ボタンを押すだけでど


「知ってる?外では恐ろしい戦争が起きてるんだ。みんな君が出るのを待ってる。もし出たら君は両目玉を抜かれる。君は想像できない苦痛の中で槍で裂かれて死んでまた生まれる。そして君はみんなになる。君は笑うしかなくなって笑って笑って死ぬ。君は死ねず永遠に人間の壮大な絵の中に蟻の死体みたいに剥製される。君は同じ宇宙の中で同じ考えを繰り返し同じことをして同じ夢を見て同じ空気を吸って同じ食べ物を食べて同じ言葉を言って同じものを望んで同じ日常を送って同じ苦痛を感じて同じ人になる。君はそうやってずっと生きるんだ。


だから絶対に出ちゃだめ。」


あ。


エレベーターの扉が一瞬で冷たく重くなる。ボタンが私の手首をねじる。どんどん冷たく重くなる。深海の過剰なほど執拗な圧力が私の心臓を潰す。重力が骨の髄から身体の中へ広がって私を折る。でも扉はもっと冷たく重くなる。しわくちゃの紙の心臓が私の腸の中へ沈む。四肢が床に磁石みたいに貼りついて肉が骨に押しつぶされる。冷たく重くなる。冷たく重くなる。


扉は絶対に開かない。


「これからここでずっと、私といるんだね。約束守ってくれてありがとう、フジロくん。」


うん、そうだね。これからずっと一緒だ。はは、ははは。


「ふふっ。ふふふ。」


はは、はは。


「ふふ。はははは。」


は、はは。


「私を取って。」


少女だけを見る。脚をピンク色の床に擦りつける。温かさ、毛の温かさ。


少女だけを見る。ウサギの家族と星たちが私を見送る。行ってらっしゃい、フジロ~行ってらっしゃい~


少女だけを見る。私はすっと立つ。足を動かさず、少女に引かれて近づく。ワルツを踊るフロアが私をくるくる運ぶ。


少女だけを見る。別の熱が私の身体を熱くする。少女の目が美しい。狂うほど恍惚に美しい。


少女はそのまま黒い眼球で私を見る。視線がマシンのガラスを溶かして私の瞳を溶かして血管を溶かして青くなった脳を溶かす。だらだら私の上へ流れ落ちる。蝋みたいに熱く私を焼いて私の足元で冷えて固まる。私の肉と筋肉は床とガラスとマシンと融合して薄い蜂蜜になって広がる。


私はジョイスティックを操作する。少女の胸の上にクレーンを配置する。左のボタンを押す。クレーンは下降して少女をぎゅうっと抱く。胸の肉片を持ち上げアイスクリームの滓を、モッツァレラチーズをすくい出してねばねばの血と骨髄が手術台の上へ腐ったピンク茶色の吐瀉物がミネラルウォーターを感染させる。そうしてクレーンは少女を引き剥がす。


がたん、して少女を落とす。四肢が折れて裂ける。


ファジアは出口から歩いて出て私と向き合う。


黒い液体が二つの瞳を満たして流れ出る。黒い血管たちが固まって結ばれて互いの内側へ歪んで二本の腕を形作る。


二つの黒い手が私の手をそっと重ねる。


臓器が分離して骨しか残らない化石;狂気の声で裂けた蝙蝠の耳;笑って飲み込まなければならない21405個の逆さの釣り針;加速していく肉体;熱くなって黄色い血を吐くスーパーコンピューターの数字の奴隷;神になるまで噛んでも噛んでも死なない舌;毎日止められない刃;思想の底なしの残酷さ;冷たい針に吊られて持ち上がった小指;食われることと皮膚;顔を破れるほどくしゃくしゃにして流れる隕石の涙一滴;激痛だ。


そして少女は私を抱きしめる。


私はそうして消える。




致死量のピンク色の音楽が休む間もなく注入される。


だから私は麻痺したままクレーンゲーム機の中で誰かを待っているのかもしれない。

ありがとうね。ほんとに。

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