これから新生活か〜
私クタニ、どこにでもいる普通の女の子。周りと少し違うところは、この世界にない記憶を持っていること。常識とか家族とか、何もかもが違う中で生きていくのはと〜っても大変!そんな中でも頑張っていたのに、ある日突然貴族様の家の使用人になっちゃった!これから私はど〜なっちゃうの〜!!!
光が遮るように立ち並ぶ木々の間を、大きな鳥が赤く長い尾羽根をたなびかせて小鳥を捕まえる。それは近くの木の枝の上に止まり、羽をばたつかせ抵抗する小鳥の喉元を大きく開いた口でもって黙らせた。
小鳥が無惨な姿になる様子は、画面の向こう側の景色のようだ。私は体を縮こませ、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。村の中ではきっと、大人も子供も働ける人は働いているはず。本来なら私もあの人の群れの中で皆と同じように動くべきだ。村の人間として、役に立つように行動するべきだーーそうだ、それが正しいあり方だーー。そんな事分かっているというのに、私の体は動いてくれない。
重い体とは裏腹に、から回るほどに頭は思考する。何度も反芻するのは数日前の晩のこと。
私は布団の中で横になって目を瞑っても何故か寝付けず、月が段々と高くなっていく様子を目で追っていた。何度目を瞑っても望む結果は得られない。しょうがないと小さくため息をつき、のそりと身体を起こした。
隣のベッドを顔を向ければ、リーレは未だに部屋にいない。彼女もまだ眠っていないようで、どこにいるのかと鈍い頭で考える。
「のど、かわいたな」
彼女もきっと水でも飲んでいるんだろう。そんなことを思い温かい布団の中から足を出す。床に着けた途端強ばるような冷たさが襲いかかってくる。足先を丸めて寒さに慣れるまで耐え、身体を縮めながら部屋の外へ出る。十数年前に建てられた家の床は軋むことはないけれど、みんなを起こさないよう忍び足で台所へ向かった。
階段を降りた所で居間に灯りが着いているのが目に入る。
「珍しい」
近頃は薪が高いからと節約しているのに。火を消そうかと足を向けると、密やかな話し声が耳に届いた。夜遅く、隠れるように私以外がしている会話。胸がざわつくような不快な感覚がする。荒くなりそうな息を胸の辺りを強く握って抑えて、音を立てないようにゆっくりと足を進める。扉の前まであと十歩、五歩、三歩。もうすぐでドアノブに手が届く、届いてしまう。あと、二歩。ドアノブに手がかかりそうになるその時。
「だから、クタニにしよう」
聞こえてきた言葉に―まだ寒くて仕方ないというのに―全身で汗をかいたような気がした。心臓は嫌な音を立てて、足元はぬかるんだ泥を踏んだように覚束無い。どういう意味なのか分からなければ幸せだっただろう。
最近は作物があまり育っていなかった事は知っていた。村の中で段々と病人が増えていることも。日々の生活に治療、お金は払っても払っても足りなくて、ここ数年貯めていた貯金はとうに尽きていた。お金は無く、作物の収穫も期待できないならば、手っ取り早い方法は一つだ。
それでもどこかまだ大丈夫だと、何とかなると思っていたんだろう。私は大丈夫だと、根拠の無い自信が身体に満ちていたんだ。置いてけぼりの私を振り切るように扉の先の会話は続く。
「クタニはまだ八歳だよ、体を壊しちゃうかも」
「マーサバ、売るなら小さい子供の方がいいんだ。小さければ素直に言う事も聞くし、物事をよく覚える。なによりも――」
「なら、俺でも良いじゃんか。俺は丈夫だし、お兄ちゃんなんだ」
「マーサバお願い、わかってちょうだい」
「それに心配しなくても平気だ。男爵様はお優しいからな、前から幼い子を引き取っては我々の生活を支えてくださってるんだ。クタニも、ここにいるよりきっと良い生活が出来る」
「でも、でもそんなのさ。俺らはそれで良いけど、クタニはどうなるんだよ。クタニはどう思うんだよ」
「綺麗事は言えないんだよ、マーサバ。あたしは結婚の約束があるし、お前はここにいなきゃだろ。なら、クタニしかいないだろ。駄々こねるな」
会話が終わりそうな気配を感じて、元来た道を辿るように足がよろけそうになるのを耐えながら部屋へと帰る。しゃくり上げそうになるのを口を抑え、後から後から込み上げてくる目元の滴を零さないように。部屋のベッドへ素早く潜り、頭から隠れるように布団を被った。
私は可愛くない子供だろうと、それはよくよく分かっていた。両親を親と呼ばず、村の人達とも馴染めず、いつも家に帰りたいと泣いていた。
でも、しょうがないじゃないか。だって私は、この世界の人間じゃないんだから。物心ついた頃は、周りに見えるもの全てが私にとっての常識と違っていて、それはそれは混乱した。
ワタシの記憶と幼い私の記憶が混ざりあって、どちらが正しいのか分からなくなってしまう。
目を強く瞑って、布を濡らす感覚を感じては胸の中が痛いほどに苦しく熱くなる。耳を澄まそうとする自分、聞こえた言葉を信じようとしない自分、これから部屋に戻ってくるだろうリーレが、私に気がついてくれる都合のいい妄想をする自分。
そんな浅ましい自分がいる事が、胸が潰れそうなほど苦しかった。体中の痛みを耐えるように、自分の腕と足を縮こませては、眠れ眠れと念じ続けた。
気がつけば、木に止まっていた鳥はすっかりどこか遠いところへ飛び立ってしまっていた。私がその場に留まっている事も関係ないその姿は、どこまでも自由で。もういない鳥の姿を頭に思い浮かべていると、自分の小ささを余計思い知らされた。
私はワタシと混ざりきることもできなくて、まるで脱皮直前の虫のように窮屈な体に閉じ込められて、息もできずに喘いでいた。何もかもが受け入れ難い。常識が、文化が、関係性が、認識が、たったひとつきりの記憶のせいで受け入れる事の出来ない異物のようだった。
どうすれば良いんだろう、どうすれば良かったんだろう。ワタシは記憶だけは大人に近くて、でも実際の私の体は子供で。でも、それでも。
「しょうがないじゃんか」
縮こまった身体に力を込めて、どうしようも無い気持ちを表すように手足を地面に打ち付けて叫ぶ。
だって、しょうがないじゃないか。私だって望んで記憶を持った訳じゃない。願いが叶うなら、こんなもの今すぐ捨ててしまいたい。家族を家族と思いたいし、子供らしく過ごして、大人になって、普通に生きる。そんな普通の人間になりたい。なのに、本当の事かもわからない記憶のせいで私は体を千切られるように苦しくなる。
ふと周囲の気温が低くなっていてる事を感じて顔を上げれば、太陽が赤く染まっているのが見えた。今日一日、なにもしてないや。顔をまた下げて動かないでいると、お腹から大きな音が鳴り周囲へと響く。
そういえばあの夜から、みんなと顔を合わせ辛かったから残り物ばかり口にしていたな。今日なんか朝から何も食べていない。ああ、なんて子供っぽい。食事をとらないでいれば、きっとみんなは気にしてくれるだろうから。家族でないなんて言いながら、家族として心配してくれることを切望する。
あの夜からどんどん嫌いになっていた自分を、また一つ嫌いになった。
「おい、クタニ」
突然声をかけられた事に驚いて周囲を見渡せば、すぐ近くにマーサバがいた。ここ数日ろくに会話をしていなかったせいで、すこしの気まずさを感じて顔をうろつかせると、なにか小さな物を持っているのが目に映る。
何度か口を開いては閉じて、結局兄とも呼べずに無愛想な言葉を口にする。
「マーサバ、どうしたの」
「お前ここ最近全然飯食わねぇだろ?今日なんか朝早くから家出てくしてさぁ。母さん心配してたぞ。ほれ、黒パン」
私の行動なんて気にしてないような空気を出しながら、マーサバは手元の物を渡して隣に座った。パンの匂いを嗅ぐとまたお腹が小さく鳴った。思わず隣へ目を向ければ、マーサバにも聞こえたのか口を噛み締めて目が合わない。
顔が熱いし微妙な空気が流れてる気がするけれど、お腹が減っているので大きく口を開けてかぶりついた。硬くて少し酸っぱいパンを食べながら、マーサバの顔を盗み見るとどこか遠い所を見るような目をしていて、その顔に胸がざわついていく。パンを食べ終えると、彼は迷うように言葉をかけてきた。
「あのさ」
「うん」
「えっと、あ〜そのッ、なんだ」
彼が何かを話そうとするたび、痛くなるほど心臓が跳ねる。口が乾いて体は勝手に力が入っていく。
上下左右、頭をあちらこちらに捻ったと思ったら最後は顔を私に向けて言葉を吐き出した。私はそれに小さい返事しかできない。
「ちゃんと飯食えよ、風邪でもひいたのかなって心配した」
「うん」
「あんまり食えなくてもせめて席に着くくらいしろ。姉ちゃんも気にしてた」
「うん」
「あと、そのさ。……ごめんな」
「うん、わかってる」
その言葉がどういう意味かなんて、わざわざ聞かなくてもわかった。やっぱりみんな、優しいんだ。しばらくお互い無言でいると、突然不自然なくらい元気な声で話し出した。
「あのさ、これ見ろよ」
マーサバが握りしめている物を見れば、ただの石が手の中に収まっていた。
「石だよね。なに、今度は石を集めはじめたの」
「違うよ、クタニは知らないだろうからな。教えてやろうと思ってさ。良いか? 石を割って、自分ともうひとりとで割った石を持つんだ。そうしたら、いい事があるんだってさ」
「へぇ、でもなんで二人で持つの?」
「そりゃ、これは大事な人とするからだよ。家族とか一番大事な友達とか」
そう言うと、マーサバは真剣な顔で石を眺める。その姿を見つめていたら、ゆっくりとした動作でもう片方の手で握りしめていた石を振りかぶって石をぶつけ合った。ぶつけた手を横にずらせば、綺麗に割れた石がふたつ。
「ほい、こっちはクタニのな」
「私に……」
「なんだよ、良いじゃんか。お前は今までも、これからもずーっと俺の妹なんだ。いやとか言っても変わんないんだからな」
マーサバはこれが言いたかったんだろう。手の中にある石はじんわりと温もっていて、これ以上ないくらい素敵な宝物に変わっていく。
眺める彼の姿がどんどん歪んで見えなくなる。嫌だな、と胸の中で呟いた。子供でないというのに、溢れる熱を止める術は一切役に立ちもしない。幼い子供と中途半端な大人が、ちっぽけな体の中で混ざりきれずにマーブル模様をつくりだす。
今の私はどっちなんだろう。どこか冷静な自分が、涙を零す私を眺めていた。
「あのね……」
「うん」
「マーサバ、ごめんねぇ」
きっと何を言っても、マーサバは分からないだろう。これがなんの謝罪なのかも。
「大丈夫、大丈夫だよ。クタニはさ、頭良いから」
「そんなことない」
「そうなんだよ、俺が言ってんだから信じろ。ここはさお前にはきっと狭いんだ」
マーサバも泣きそうな顔をしながらも、言葉を繋げる。
「だからさ、広いとこに行けよ。大切な人をつくって、子供とかも出来たりしてさ、そんで幸せになるんだ」
「無理だよそんなの」
「無理じゃねえっての。お前は、きっと大丈夫なんだから」
やめてほしい。そんな優しい顔で、私を見ないでほしい。私と違う緑がかった水色の目が、柔らかく細められて私を信じていると伝えてくる。
「もし、お前が辛いってなったら。そしたら俺を呼べよ。どこに居たって、何があったって、お前のところへ絶対行くから」
その言葉が空気を震わせ耳を通って、私の脳に意味を染み込ませる。彼は真っ直ぐだから、自分の歪みを見せつけられる。痛いほどの優しさが、心全部を満たすのに。なのにそれが恨めしかった。
「マーサバ」
「おう」
「ごめんなさい」
「いちいち謝んな、家族なんだから。とうぜんだろ」
ごめんね、あなたは知らないけど、知ることなんてないけれど。それでも謝りたかった。
それから、私が泣くやむまでマーサバは隣にただ座っていた。夕日が沈みはじめるくらいの時間になって、私たちは離れないとでも言うように互いの手を握って歩いた。
家に着くとみんなが既に料理の準備をしていて、私はいつもみたいに手伝った。泣いた痕には気づいていただろうけど、誰も聞かないでくれたのはありがたかった。
夕食のパンと薄いスープを食べ終えると、エーリエさんとクラウジさんに席に座るように言われる。
「クタニ、あなたには早く言わないとって思ってたんだけどね。なかなか話せなくてごめんね」
「そんなこと、気にしなくていいです」
エーリエさんの傷ついたような顔を見て、しまったと後悔した。最近は他人行儀にならないように気をつけてたのに。
「あの、話ってなんです……何?」
「えっと、ここしばらく村は活気がないでしょう。みんな病気になるし、ウチも貯えはあまりないし」
「知ってる」
「それでね、クタニ。あなたをね、男爵様の所で雇っていただける事になったの」
「クタニ、勘違いはするんじゃないぞ。なにも一生働くわけじゃない。大人になるまでの少しの間だけなんだ。大人になった時にも働きたかったら、そのまま続ける事も可能だし、それが嫌なら帰ってくる事もできる」
「そうなんだ」
「もちろん、クタニだけじゃないわ。この村からも、何人か雇っていただける事になったのよ」
それからは何度も男爵様は厳しい方じゃない、と言葉を変えて伝えられた。
彼らからの話が終わって自分の部屋に戻り、ベッドの中へ潜り込む。明日、私は売られるんだ。握りしめた石の温かさが、今日のことは全て本当だと知らせた。
明日が来てほしくないと思うけど、重くなる瞼に逆らえずに夢の世界へ旅だった。
目を開ければいつも通りの朝だった。普段と変わらないパンとスープに、今まで通りのみんながいた。それでも、全員どこか緊張した顔をしていて、やっぱり嘘じゃないんだなと理解する。わかっていたはずなのに、それでももしかしたらを期待していた自分に恥ずかしくなる。
朝食を食べ終えてからも椅子の上に座り続けていると、クラウジさんが話しかけてきた。
「クタニ、行こうか」
何を言うこともできずに曖昧な返事を返して、下を向きながら手を繋いで歩く。村の入口に着くと、他にも何人かの少女たちが母親と一緒に立っていた。―ある少女は俯いて、ある少女は親の腕にしがみついていた―クラウジさんが立ち止まると、見覚えのある男の人が話しかけてくる。たしか、今の村長さんだ。
「おはよう」
「おはよう、ラジィ。お前が最後だと思ってたんだがな」
「アミーか、おはよう。なんだ、まだ揃ってないんだな」
「ルドーのとこがな。まぁ、遅くにできた子だ。しょうがないんだが」
二人が話し始めたから邪魔をしないように少し離れた場所へ移動する。いつまで待てば良いのか考えていると、周りから見られてることに気がついた。無遠慮に見られるのは座りが悪くて、体を縮こませて息を殺す。胸のざわつきを誤魔化すように、マーサバから貰った石を強く握った。
短いのに長い時間ような耐えていると、遠くから車輪の回る音が聞こえた。顔を音のした方向へ向ければ大きな荷台付きの馬車がこちらへ来るのが見える。馬車を引いてる生き物は馬に似た別の生き物だった。
頭には二本のジグザグに曲がった角が生えていて、大きく赤い目に、見上げるほどに大きな身体は、この場にいる子供全員乗せてもびくともしないだろう。その姿は精悍で力強く、神秘的にすら見えた。
「きれい」
「どれがだ」
近くで聞こえた声に飛び跳ねそうになる体を抑えてそちらへ振り向けば、いつの間にか傍にいたらしいクラウジさんがいた。村長はどうしたのかと見てみれば、小さな女の子を連れた大人の人と話し込んでいた。
「気分はどうだ」
「大丈夫、です」
「そうか、これから慣れない仕事もあるだろう。大変だろうが、きっとなんとかなる」
「わかり、分かった。あのね、聞いてもいい?」
「どうした、なんでもいいぞ」
「あれの名前、なんて言うの」
「あぁ、あれは二角馬だ。丈夫で命令もよく聞くが、飼いならすのはなかなか難しいやつだと聞いたことがある。そうか、二角馬を見たことは無かったか」
「そうなんだ。二角馬……」
「よし、もうそろそろ良いだろう。子供たちは荷台に乗ってくれ」
村長の言葉で、みんなが荷台へと乗り込みはじめる。これから本当に村を出るんだと、知っていたはずの事を意識すると、心臓が嫌な音を立てて激しく動く。それでも、ずっとここで立ち続ける訳にはいかない。俯いたまま緩慢な動作で荷台へと乗り込もうとすると、視線を感じた。その方向へ目を向けると馬車に乗っていた人が私の顔を凝視していた。目が合うと驚いた様な顔をして村長へ問いかける。
「アメール、この子は?」
「あぁ、大丈夫だレイブ。ちゃんと村の子だ。ほら、ラジィの所の」
「そういえば、言ってたな。本当に目が黒いんだな」
大人たちの言葉に、思わず立ち止まっていると村の方から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。声の聞こえてきた方を見れば、リーレが走っている姿が目に入った。リーレは馬車の前に立ち止まると、痛いほどに手を握って息も整えずに話し始める。
「――タニ、クタニッ」
「リーレ……」
「言わないと――ッいけないこと、忘れてた」
「なに?」
「あのね、絶対戻ってきたらダメだよッ」
リーレが叫んだ内容に、周りの大人たちが目を剥くのがよくわかった。
「リーレ何を言って――」
「父さんは黙っててッ……良い? 絶対、絶対帰ってきたらだめだから。街で暮らすんだよ。辛くても、辞めたらだめだよ。ここは、あんたの場所じゃないんだからっ。街で、一人で生きるんだよ」
リーレの言葉を聞く間、地面をひたすら凝視する。そうしないと、何かとんでもない事を叫んでしまいそうだった。石のように固まる口を、ぎこちなく動かす。
「分かったよ、リーレ。帰ってこないから」
そう言うと、握られた手に力が入ってまた痛んだ。ゆっくりと手を振りほどいて、荷台へ乗り込む。
馬車が走り始めて、生まれ育った村がどんどん小さくなっていく。もう二度と踏みしめることはないのだろう。こっそりと口の中で呟いた。
「リーレ……いや、お姉ちゃん、元気でね」
揺れる馬車に、体を預けるようにして目を瞑った。重い未来に押し潰されそうな自分を見て見ぬふりして。
なんか色々間違えてた?みたいなので上げ直しました




