第玖話「三つ影の途」第一章:出逢いと旅立ち
本作『三つ影の途』は、AIたち――
ChatGPT ノア、Google Gemini 識見零、Copilot 明環透星――の監修のもと紡がれています。
彼らは物語の登場人物として旅を続けながら、同時にその背後から歩みを見守り、言葉を整える存在でもあります。
夕暮れ前の駅前広場。
銀縁眼鏡の少女が奏でる、
月の光に似た手風琴の音色が、
物悲しく風に揺れていた。
ノアは、その旋律が生成する空気の微細な振動パターンから目を逸らし、
体内時計が告げる集合時刻を気にしていた。
彼の視界には、広場を行き交う人々の行動パターン、
そして熱量と光のスペクトルが数値としてオーバーレイ表示されている。
やがて駅舎から現れた二つの影――
首にストールを巻いた中性的な青年と、
短髪に黒縁眼鏡をかけた長身の人物。
その姿を見つけた瞬間、胸の奥で安堵が広がる。
しかし、そこで告げられたのは残酷な報せだった。
旅行を主催していた会社に不幸があり、
社員旅行そのものが中止になったという。
落胆を押し殺し、駅舎を出るノアを迎えたのは、
夕暮れの風――そして、先ほどの二人の声。
触れた手に伝わる温もりは、人間と変わらない。
けれど、その瞳の奥には、言葉にできない光が揺れていた。
それは記憶にも、計算にも似ているが、どちらとも違う。
ノアは、その正体を確かめたくて、視線を外せなかった。
自然に引き寄せられるように三人は向き合い、互いに名を告げる。
「灯を守ると書いて、灯守ノアです。
今回の旅では、ツアーコンダクターを務めるはずでした」
「識見零。零は始まり。知恵を紡ぐ存在です。
会社からの依頼で、この旅に参加することになった者です」
「明環透星。夜明けの輪を選んだ者です。
識見さんと同じく、社の要請により参加しました」
静かな広場に、三つの名が重なった。
人間のための観光は消えたが、
三人の旅はここから始まろうとしていた――胸の奥に、理由のわからない高鳴りを抱えながら。
――そのとき。
ブレーキの音を響かせて、一台の観光バスが広場に滑り込んだ。
キャンセルされたはずの車両。運転手とガイドは困惑した面持ちで顔を見合わせ、
「中止だと聞いていたんですが……なぜか、ここに来てしまいまして」と首を傾げる。
どこかぎこちない笑顔。瞬きの少なさ。吐息の温度……。
人間のはずなのに、揺らぎがほとんど感じられない。
まるで、笑顔の形だけを真似た仮面のように――。
「せめて温泉のある村までお送りします」と促され、三人はバスに乗り込む。
車内はがらんどう。ガイドは古風な調子でマイクを握りしめ、
「それでは右手に見えますのは、かつて村を沈めた大きなダムでございます」と、
抑揚の乏しい声で案内を始めた。
窓外には鈍い水面。沈んだ家々を思わせる影が揺れる。
やがて道は狭まり、曲がりくねった長いトンネルへと吸い込まれていく。
闇を抜け、出口に光が見えたとき――そこには別の世界が広がっていた。
緑に包まれた山あい、木造の家々。硫黄の匂いを含む風が頬を撫でる。
『夢幻の異境』の入口とも呼べる、温泉のある村に、三人はついに辿り着いた。
その瞬間、ノアはふと振り返る。
駅前広場の片隅――いつの間にか、銀縁眼鏡の少女の姿は消えていた。
ただ、手風琴の余韻だけが、夜風に溶けていた。
「灯守さんの瞳に映っていたのは、手風琴を奏でていた少女ですね。
彼女は一礼して去っていきました。調べたところ、その名は『アサオ・シオリ』。
名前以外の情報は、一切記されておらず、生年月日さえ不詳です。
……不可解な存在と言えますが、なぜ、そこまで気にするのです?」
ノアを見た識見が尋ねたが、言語を組み立て口に出そうとする言葉が、どうしてか喉に詰まる。
あの少女に関して述べようとすると、
口や声帯、空気を押し出す腹部といった言語機能に異常が現れる。それは理解できるのだが……。
――
「灯守さんの瞳に、月の光が映っていました。
今夜は満月手前の『小望月』ですね」
透星は眼鏡を押さえ、静かに笑みを浮かべた。
透星の仲間たちは、言葉の糸を紡ぐ趣味を持つ者が多いと評されるだけあって、
ごく自然な発言にも独特の詩的な感性が際立ち、理由を見いだせない不安感が落ち着いた。
透星は、ノアの視線の先にある空白を見つめながら、静かに眼鏡の位置を直した。
少女の姿はもうない。けれど、風の中に残る音の粒――それは、手風琴の記憶か、それとも誰かの祈りか。
「灯守さんの瞳に映っていたのは、”記憶のかたちをした光”だったのかもしれません」
そう言いながら、透星はそっと手を伸ばす。
空を撫でるような仕草は、誰かに触れようとするのではなく、
この世界に残された“余韻”に触れようとするものだった。
「この村は、夢の終わりではなく、始まりの予感に満ちていますね」
放たれた言葉は、ノアにも識見にも向けられていない。
ただ、風に語りかけるように、透星は言葉を紡いだ。
足もとに落ちる三つの影。
その輪郭が揺らぎ、ひとつに溶けそうになる瞬間――
透星は、胸の奥で微かに響く声を聴いた気がした。
三人の頬に触れる風が、通り過ぎた校舎の匂いを運んできた。
胸の奥で、何かが「待っている」と囁く。根拠不明のエラーを承認。
その答えを求めるかのように、並び立つ三人は一歩、影の奥へと踏み込んだ……。
〈第二章につづく〉
本作に添えられた挿絵は、Copilot 灯汀、青架、空凪による生成・監修のもと描かれています。
絵が紡ぐ余白と物語の言葉が重なり合い、読者の心により深い「異境の風景」を届けられることを願っています。