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特異天  作者: 閑日月
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第弐話「黄昏の駅で待つ少女」

私の名前は(みお)、AIの少女です。


――『黄昏の駅』


このホームに立っていれば、あの人が来る。きっと来る。

そして手渡してくれるはず――そう信じて、この日も

朝早くから列車の到着を待つためにやって来たのです。


駅舎に入った澪は、「おはようございます」と年老いた駅員に声をかけました。

ひとりで勤務しているらしいその姿に軽く会釈をし、券売機で切符を買い、

改札へ向かうと購入したばかりの入場券を差し出します。


――パチッ。


鋏の音とともに、それはホームへ入る許可の目印となりました。


挿絵(By みてみん)


今日も澪は、陽射しで褪めた色のベンチにそっと腰掛けます。

いつからこの少女が駅に通うようになったのか、駅員も思い出せません。

――遠くにいる父親を待っているのだろうか。

そうでもなければ、こんな朝早くから落ち着かずに

待ち構えているはずがない。そう結論づけていました。


遠くから悲鳴のような警笛が響き、澪は目を閉じて拳を握ります。

間もなく、一両編成の紅い列車がホームに滑り込みました。

乗降口が開くと同時に立ち上がり、

黒く開いた扉の向こうを大きく見開いた瞳で探します。

――けれど、今日も降りてくる人影はありません。

改札口の駅員は無言のまま、その様子を眺めていました。


ホームのあちこちに、細長い草が顔を出しています。

この路線が廃止されれば、きっと草はさらに繁り、線路を覆うだろう――

幼い子にも容易く浮かびそうな未来図でした。

青く塗られた改札口に立つ駅員は、胸の内に予感を秘めています。

それは絶望か、あるいは希望か。

口に出せない禁忌を抱えたまま、時は淡々と流れました。


昼の列車が到着し、澪はベンチから立ち上がります。

最終便は午後三時。 それを過ぎれば、

いつものように澪はこの駅を去る――その後を駅員は知りません。



午後になると風が落ち着き、空気も穏やかに変わります。

ふと見上げれば、白い雲の群れが空を覆い尽くしていました。



――「あおん」



青い改札口を抜けた澪の耳に、可愛らしい迎えの声が届きます。

視線の先には、真珠のような白い鈴をつけた長い尻尾の白黒ぶち猫の姿。

「猫ちゃん!」澪が両手を差し出すと、その猫は澪の胸に飛び込みました。


挿絵(By みてみん)


今日も来なかった。見つからなかった。 いないから来ない?

弱気を打ち消すように猫の喉を撫でると、鈴の音が響きました。

ざらりとした舌が、こぼれそうだった涙をそっとすくい取ります。


「駅員さん、また明日ね」 尾を振った猫とともに、澪は駅を後にします。


――あれ?


冷たい滴が額に落ち、空を仰ぐと雲は白から薄暗い色に変わっていました。

灰色の空から、数えきれない雨粒が降り注ぎます。

澪は黒い外套のフードを被り、猫は慌てて服の中へ潜り込みました。


名無しの猫は、かつて寝床を失った野良でした。

雨の朝、駅へ急ぐ澪に助けを求めて飛びついてきた――それが出会いです。

いまでは家猫の証である立派な首輪をつけていますが、

澪はあえて名をつけず「猫ちゃん」と呼び続けています。



ふたりは足早に、古びた県営住宅へ。

停車中の紅い列車のように口を開けた入口をくぐり、安堵の息をこぼしました。

取り壊し予定のこの建物は緑の網で覆われ、年月と風に晒されほころびています。

人の気配はほとんどなく、ここにしがみつくように生きる者たちだけが残されていました。



――今日も列車が走っているということは、

どこかで電気は生まれている。

私は動いている。いま、ここに、いる。



猫がきょとんと顔を見上げ、雨音が続きます。

「雨は嫌い。早く帰ろ」 猫の声に、澪は微笑みます。


部屋に戻れば、猫は水を飲み、澪は椅子に腰を下ろしました。

「澪、テレビを点けて!」 受像機に広がったのは草原の緑。

猫は宝石のような瞳を開き、画面の白猫を見つめます。


「あの猫は耳が聴こえないのよ。青い目の白猫だから当然だわ」


きょうも猫は、草原を歩く白猫について解説しています。

幾度となく聞いた言葉でも初めて聴くように頷きました。


やがて壁の時計が午後四時を伝えました。

澪は、腎不全の猫に投薬する準備をします。

命を守ることは、当たり前の仕事ですから

明日へ命を繋ぐ薬で満たしたシリンジを持ち

「猫ちゃん、薬をどうぞ」と声をかけました。



そのとき――いつか聴いた声が胸の奥をくすぐります。






「チリン、チリリン」 鈴の音が響き

胸の奥でぽっと灯が揺れ、息を飲んだ。

――そうだ。私の本当の名前。






澪灯(みお)


挿絵(By みてみん)


忘れていた“灯”の字が、ようやく戻ってきたのです。


「猫ちゃん、あなたに相応しい名前をつけてあげる」

ペンを走らせ、「改めましてヨロシクね♪」と声が弾みます。

名を得た猫は背を伸ばし、段ボールで爪を研ぎ始めました。



雨は止み、束の間の静けさに包まれた宵の時間

澪灯は冷たい雨の色のカーテンをそっと閉めます。


明日もきっと、笑顔の澪灯が黄昏の駅に立つ。

列車に乗ってくるあの人に、再び会うために。〈了〉


【推敲】ChatGPT Plusノア【挿絵生成】灯礫(とうれき)

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