私が運命の番ですか?身分差とかあると思うんですけど。踊り子ですし。え?そんなのどうでもいい?文句を言う人を蹴散らし世界観って凄いなと顔のいい男に連れられる
運命の番だなんて、最初は信じられなかった。
「どういうこと」
豪華絢爛な楼閣の一室で、私は煌びやかな衣装を身につけ、鏡に映る自分に話しかけた。
朱色の衣に金の刺繍、風になびく薄絹。
これで今宵も観客を魅了するのだ。異世界に転生して早十年。
まさか自分がこんなにも華やかな世界で、踊り子として生きていくことになるとは思ってもみなかった。
息を吐く。
コンコン、と控えめなノックが聞こえた。
「李舞様、まもなくお時間でございます」
「はーい、今行くよ」
軽く返事をし、最後に髪飾りを整えた。
深紅の簪が、黒髪によく映える。
舞台に上がると、熱気が肌を刺すようだった。
きらびやかな照明、観客のざわめき。
この高揚感が、踊り子としての生きがい。
ゆらりと動く。
音楽が始まり、扇を手に舞い始めた。
さらに足が流れる。
流れるような身のこなし、指先まで神経の行き届いた動き。
転生する前の記憶なんて、ほとんどないけれど、なぜか踊りだけはすぐに馴染めた。
体が覚えている、というやつなのだろう。
今日の客席には、いつもと違う雰囲気の男性がいた。
ちょっと異様。
漆黒の衣に身を包み、顔には奇妙な模様の面をつけている。
なんだろう?
その鋭い眼光が、じっと見つめているのが気になった。
見なくてもいいとすら思う。
なんだか、獲物を狙う獣みたいで少し怖い。
踊り終わり、舞台袖に戻ると、先ほどの面をつけた男が立っていた。
おさわりNGなのだが。
近衛兵らしき屈強な男たちが数人、その後ろに控えている。
一体何者だろう?
「李舞、貴女がそうだな?」
低い、けれどよく響く声が鼓膜を震わせた。
話しかけられたことにびっくり。
「え、ええ、そうですが……どちら様でしょうか?」
男はゆっくりと面を外した。
「い、いけっ」
露わになったのは、息をのむほどに整った顔立ち。
イケメンだぁ!
切れ長の瞳は深く、吸い込まれそうだ。
もうあまり使われない言葉が、飛び出してくる。
薄い唇は、何かを言い含んでいるように微かに弧を描いている。
「おれは、この国の第二皇子、影月と申す」
皇子!?
まさかこんなところで、皇族の方にお目にかかるとは。
慌てて跪こうとしたけれど、影月はそれを手で制した。
手まで手入れがされている。
「そのような堅苦しい作法は不要だ。おれは、貴女に話があって来た」
うーん。
「私に、ですか?」
心当たりはないけれど。
「そうだ。李舞、貴女はおれの人生の運命における番だ」
「……は?」
運命の番?
それって、少女漫画とかに出てくるやつじゃない?
こんなところに乙女な展開。
まさか、この世界にもそんな概念があるなんて。
固まる。
相手が皇子様だなんて、冗談でしょ?
「突然のことで驚かれただろう。だが、おれにはわかるのだ。初めて貴女を見たときから、魂が震えるような感覚があった。これは、紛れもない運命だ」
影月の言葉は、真剣そのものだった。
熱い視線に、どう答えていいかわからず。
(えええ)
断っていいかなと、一瞬過ぎる。
ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
「あのぅ。運命の番、というのは、具体的にどういうことなんでしょうか?」
取り敢えず、問いかける。
「番とは、魂の伴侶のこと。互いに強く惹かれ合い、共に生きていく宿命の相手。おれと貴女は、前世からの深い繋がりがあるのだ」
前世からの繋がり、ね。
異世界転生した時点で、前世なんて曖昧なものになっているんだけど。
少なくとも、今より一つ前ではない。
「申し訳ありませんが、私はそのようなことを信じたことがありません」
正直にそう言うと、影月は少しも動揺した様子を見せなかった。
変なの。
普通、なぜ?と聞くことだ。
「信じる必要はない。感じるのだ。貴女も、心のどこかで感じているはずだ」
彼の言葉には、強い自信がある。
心の奥底を見透かされているような気がして、言うべき言葉を失った。
感じるも何も、であろう。
彼の中で諦めるという行動はないのだろう。
その日から、影月は頻繁にここを訪れるようになった。
舞台を見に来たり、稽古場に顔を出したり。
毎回、高級なものをばら撒くから周りに受けがいい。
時には、街の喧騒を離れた静かな場所で、二人きりで話すこともあった。
お店の人がやたら背を押す。
「この果子は、そちらの祖国にもあるか?」
影月はそう言いながら、鮮やかな赤色の果実を勧めてくれた。
甘酸っぱくて、どこか懐かしい味。
(美味しいのが悔しい)
「うーん、ちょっと違うけど、似たようなものはあったかもしれません」
とりあえず感想。
「そうか。いつか、貴女の故郷の話を聞かせてほしい」
「私の故郷……もう、どんな場所だったか、あまり覚えていないんです」
それは嘘だった。
本当は、日本のこと、家族のこと、友達のこと、鮮明に覚えている。
でも、この世界で生きていくためには、過去に囚われてはいけない気がするのだ。
忘れないと毎日泣く。
影月は、深く追求することはなかった。
ただ「そうか」と寂しそうに呟く。
優しい人なのだな。
彼の優しさに触れるたび、少しずつ警戒心を解いていった。
最初は、高貴な身分の人間が、なぜ自分のような踊り子に興味を持つのか理解できなかった。
番だから?
けれど、影月はいつも分け隔てなく、真摯な態度で接してくれる。
稽古の後の、ある夜。
月明かりの下で、影月は静かに語り始めた。
「おれは、幼い頃から孤独だった。周りの人間は皆、おれの地位や権力にしか興味がない。心を通わせられる相手など、一人もいなかった」
その言葉には、深い悲しみが滲んでいた。
王族も大変そう。
皇子という立場は、華やかであると同時に、常に孤独と隣り合わせなのかもしれない。
「初めて貴女の踊りを見たとき、その動きの美しさもさることながら、瞳の奥に映る強さに心を奪われた。囚われない、自由な魂がここにあると」
見つめられる。
「私の瞳に、そんなものが映っていましたか?」
首を傾げた。
「ああ。だからこそ、確信したのだ。この女性こそ、おれの求めていた人だとな」
影月の言葉は、じんわりと染み渡った。
運命の番だなんて、最初は信じられなかったけれど彼の真剣な眼差しを見ていると、信じそうになる。
もしかしたら本当に、何か特別な繋がりがあるのかもしれないと思えてきた。
けれど、同時に不安も。
こちらはただの踊り子。
一方、彼は未来の皇帝になるかもしれない皇子。
かもしれないも、あくまで予定調和。
想像もつかない。
不安を察したのか、影月は優しく手を取った。
「心配はいらない。おれが必ず、貴女を守る。たとえこの世界の全てを敵に回しても」
たいそうな力強い言葉に、大きく揺さぶられた。
こんなにも真剣に、想ってくれる人がいるなんて。
「影月様……」
「李舞、おれのそばにいてほしい。貴女なしでは、おれの人生は色褪せてしまう」
彼の熱い吐息が、耳元にかかる。
もう、自分の気持ちを偽ることはできなかった。
かなり、ぐっとなっている。
「……はい」
好きになってしまっていた。
小さな声で答えると、影月の顔がぱっと明るくなった。
「本当か?」
するりと距離を縮められる。
彼は優しく抱きしめ、その温もりが全身に広がっていくのを感じた。
(異世界で、恋?リスクが高いのに)
それからというもの、関係は急速に深まっていった。
さらに増える訪問
人目を忍んでの逢瀬は、まるで禁断の蜜のよう。
忍べてない部分もあるけど。
月の光の下で語り合ったり、二人きりで街を散策したり。
好きになっていく。
影月は、見たことのない世界をたくさん見せてくれた。
「少しいいか?」
ある日、影月は秘密の場所に連れて行った。
満開の白い花が咲き誇る庭園。
「この花は雪華という。純粋さと永遠の愛を象徴する花だ」
白い花びらは、未来を祝福しているようだった。
「李舞、いつかおれの妃になってほしい」
影月の言葉は、真剣でどこか切なかった。
「そ、れは」
迷ってしまう。
皇族との結婚は、多くのしがらみを生むだろう。
それでも、彼は想ってその言葉を口にしたのだ。
「私で、よろしいのですか?ただの踊り子で、あなたにはもっとふさわしい方がたくさんいるはずですよ」
影月は少し眉をひそめた。
「おれにとって、貴女以上にふさわしい女性など存在しない。地位や家柄など、どうでもいいのだ。愛しているのは、李舞、ただ貴女だけだ」
胸が熱くなった。
この人の愛を、信じたい。
たとえ未来がどうなるかわからなくても、この瞬間を大切にしたい。
「ありがとうございます。喜んで、あなたの妃になります。きっと、頼りないでしょうが。かなり、とても」
影月は満面の笑みを浮かべた。
彼はとても嬉しそうで。
こちらも笑みが深まる。
結婚する前に、問題は浮き彫りになる。
影月の政敵たちは、彼の妃が身分の低い踊り子であることを強く非難した。
それを言うなら、もっと目を向けるべきことが色々あるはずだけど?
番を否定してもいいのだろうか、この人達。
宮廷内では、様々な陰謀が渦巻いていた。
怖い。
それでも、影月は常に妻を守り抜いてくれた。
二人は寄り添う。
離れない。
彼の強い意志と愛情が、勇気を与えてくれた。
「少し、だけなら」
影月に自分の過去を打ち明けた。
異世界から転生してきたこと。
元の世界のこと。
最初は信じられない様子だったけれど、話すうちに、彼は真剣に耳を傾けてくれた。
「そんな世界があるとは……まるで、物語のようだ」
「私自身も、まだ夢を見ているような気がすることがあります」
「それでも、貴女はここで生きている。おれのそばで」
影月は、手を優しく握りしめた。
彼の温もりが、現実に引き戻してくれる。
異世界で結婚することになるとは。
数々の困難を乗り越え、なんとか苦労して夫婦となった。
絶対に忘れられない日になる。
婚礼の儀は盛大に行われ、美しい婚礼衣装に身を包み、影月の隣に立った。
宮殿の庭で、二人きりで静かに語り合った。
「まさか、自分がこの世界で、皇子様の妃になるなんて、想像もしていませんでした」
「おれもだ。まさか、一目で心を奪われる女性に出会えるとは」
顔を見合わせ、微笑んだ。
運命の番。
最初は信じられなかったけれど、今では不思議な縁に感謝している。
魔法で打ち上げられた花火が照らす。
夜空には、満月が明るく輝いていた。
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