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彼は、掴みどころのない男の子だった。

初めて会ったのは、中学3年生になったばかりの頃。

放課後、もう使われていない教室でピアノを弾いていた時のことだった。


「あ………少し聞いていってもいい?」


ガチャリと開かれた扉の方を見ると、男の子がいた。

自分で扉を開けたくせに、少し戸惑ったような顔をする。

不安そうに持ち上げられた眉毛と、すぐに逸らされて地面を右往左往する瞳。


「うん、いいよ。」


急に開いた扉に少しびっくりして、ピアノを弾く手が止まったけれど、にこりと微笑みながら私はそう返した。


これが彼と私の初めての出会いだった。

短く揃えられた坊主頭に小柄な彼の姿は、2年間この中学校に通っていて初めて見た。

きっと、学年が違うのだろう。

彼は少し離れたところに 腰を下ろし、静かに私のピアノを聞いた。

とても静かに。まるで、いることを忘れてしまいそうなほどだった。

たまに彼の方に見ると、彼の目から一筋の涙が零れ落ちた。

伏目がちなまぶたから伸びる長いまつ毛と、陽に照らされて輝くその涙があまりにも美しくて、目が離せない。

ふと、我に返った時、想像していたよりも時間が進んでいることに気がついた。

レッスンの時間が近づいていたのだ。


「もう行かなきゃ…」


そう呟き、急いでピアノを閉め、足早に扉へ向かう。


「ねえ!また聞きに来てもいい?」


扉に手が触れたとき、後ろから声がして振り向く。


「うん、もちろん!」


手短に返事をし、その場を後にした。

名前も何も知らないけれど、彼の涙が頭をチラつく。

たった3クラスの学校で、見たことのない顔。

取れかけたボタンのある、少しくたびれた制服。

どこか寂しそうに床を見つめる瞳。

まだ雪の溶けきらない道を早歩きで帰宅しながらも、彼のことを考えてしまう。


この2年間で訪問者は、彼が初めてだった。

私が放課後にピアノを弾くのは、今はほとんど使われることのない学校の最上階。更には突き当たりの教室だ。

人通りは滅多にない。

月に数回ほど母親がお茶会で留守にしている日だけ、気晴らしにあのピアノに触れてみる。

強く夕日が差し込む静かなこの場所で、弾きたいと思った曲を弾く。

まるで、自分を調律しているようだった。



彼と再び会ったのは、慌ただしい日々の中でそんなこともすっかり忘れた2週間以上経過した日のこと。

放課後、角の教室の扉を開けるとそこには彼がいた。


「あっ!」


私は声をあげたが、続ける言葉がなく曖昧に微笑んでピアノに向かって歩き出した。

下を向いていた彼は、勢いよく顔を上げた。が、目が合ってすぐに視線を落とし、


「…もう、来ないんだと思った」


そう小さく呟いた。


「え?どうして?」


私はピアノを開きながら首を傾げた。


「…毎日ここで待ってたんだ。また、聞きたくて。」


相変わらず床を彷徨っていた瞳が、不安そうに持ち上がってくる。

外はまだ明るいのに、彼の瞳には光が入らない。

…飲み込まれる。咄嗟に目を逸らした。


「あー…私、たまにしかここに来れなくて…次、いつ来られるかな……あ!でも来れる時言います!」


時を忘れかけて止まっていた手が、慌ただしく動き出す。


「…いいの?」


聞いたことのない少しだけ嬉しそうな声色に、また手が止まってしまう。

今どんな顔をしているの?

逸らしたはずの目が、また彼にピントを合わせる。

揺れる瞳。少しだけ上がった口角。


私は、わざとらしく笑顔を作った。

目を細めて、咄嗟に視界をぼやけさせる。


「もちろん!私、3年1組の和泉いずみです。」


「3組、宮坂みやさか。転校してきたんだ。4月から。」

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