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♡-1:星降る夜~運命の出会い

 パチパチと爆ぜる焚き火の炎が、二人の顔を赤々と照らし出す。


 闇に浮かぶ彼女の横顔は、まるで古い映画のワンシーンのように美しい。


 時折、薪がはぜる音が静寂を破り、遠くでフクロウが物寂しげに鳴く声が聞こえる。


 潮騒の音が、まるでふたりの会話を優しく見守るかのように、静かに繰り返される。


「ねぇ、見て。流れ星!」


 彼女の声に、俺は思わず顔を上げた。


 吸い込まれそうなほど深い藍色の夜空を、一条の光が音もなく駆け抜けていく。


 一瞬の輝きを残して、流れ星は闇に消えた。


「願い事、しなきゃ!」


 彼女は目を閉じ、そっと両手を合わせた。


 その横顔は、月明かりに照らされて、まるで聖女のように神々しい。


 ここは、神奈川県茅ヶ崎市にある、知る人ぞ知る小さなキャンプ場。


 都会の喧騒から逃れ、束の間の休息を求めて、俺は一人でこの場所を訪れていた。


 テントを張り、夕食のカレーを煮込みながら、クラフトビールを片手に焚き火を楽しんでいた。


 かつて、深く人を愛したこともあった。


 しかし、彼女が元カレの所に戻ってしまったあの日から、俺は心を閉ざしてしまった。


 人と深く関わることを恐れ、孤独を愛するようになっていた。


 すると、どこからともなく、ギターの音色が聞こえてきた。


 吸い寄せられるように、俺は音のする方へと足を進めた。


 そして、焚き火の傍らで、ギターを奏でる彼女を見つけたのだ。


 ユイと名乗る彼女は、一人でギターを弾きながら、静かに焚き火を見つめていた。


 使い込まれたバックパックと、可愛らしい花柄のテント。


 ギターケースには、旅先で集めたのであろうステッカーが所狭しと貼られており、彼女の自由な魂を物語っていた。


「こんばんは。素敵な曲ですね。ボサノバですか?」


 俺は、少し緊張しながら声をかけた。


 ユイは、驚いたような表情を見せた後、ふわりと優しい笑みを浮かべた。


「こんばんは。ありがとうございます。はい、ボサノバです。アントニオ・カルロス・ジョビンが好きなんです」


 ユイは、ギターを置き、焚き火の近くに座るように促してくれた。


「僕もジョビン好きです。イパネマの娘とか、波とか」


 俺は、ユイの隣に座り、パチパチと音を立てる焚き火を見つめた。


「わかります! 私も、イパネマの娘は大好きです。あのゆったりとしたリズムと、哀愁漂うメロディが、心に染みますよね」


 ユイは、少し目を細めて、遠くの水平線を見つめながら言った。


 彼女の瞳には、まるで海のように深い哀愁が漂っていた。


「こんなところで、あなたと出会えるなんて、思ってもみませんでした」


 ユイは、焚き火の炎を見つめながら、ポツリと呟いた。


 その横顔は、どこか寂しげで、それでいて、芯の強さを感じさせるものだった。


「僕もです。これも何かの縁ですね」


 俺は、ユイの横顔を見つめながら、心の中で呟いた。


「もしかして、ギター弾けます?」


 ユイが、いたずらっぽく微笑みながら聞いてきた。


 俺は、少し戸惑いながらも、頷いた。


 ユイが自分のギターを差し出し、「じゃあ、一緒に弾きませんか?」と誘ってきた。


 俺は、ギターを受け取り、チューニングを始めた。


「何かリクエストありますか?」と尋ねると、ユイは「じゃあ、『星に願いを』」と答えた。


 俺は、イントロを弾き始め、ユイが歌い始めた。


 ユイの歌声は、透き通るように美しく、夜空に響き渡った。


 俺は、ユイの歌声に合わせ、ギターを奏でた。


 二人の心が、音楽を通して共鳴していくのを感じた。


 一曲が終わると、ユイは、「ありがとう。とっても楽しかった」と笑顔で言った。


 俺も、「こちらこそ」と微笑み返した。


「運命の出会い、かもしれない」


 私たちは、焚き火を囲み、夜空を見上げながら、語り合った。


 お互いの仕事のこと、趣味のこと、将来の夢のこと。


 ユイは、東京のデザイン事務所で忙しい日々を送っているが、いつか地元の湘南に戻り、海が見えるカフェを開きたいという夢を持っているという。


「私、コーヒー淹れるの上手なんです。いつか、自分のカフェで、お客さんに美味しいコーヒーを振る舞いたいなって」


 ユイは、目を輝かせて語った。


 その夢を語る姿は、まるで少女のように無邪気で、俺の心を掴んで離さなかった。


 話をするうちに、俺は、ユイに惹かれている自分に気づいた。


 彼女の笑顔は、まるで太陽のように明るく、彼女の言葉は、まるで魔法のように俺の心を癒してくれた。


 無数の星々が、漆黒のキャンバスに散りばめられたように煌めいている。


 天の川が、夜空を横切る白いアーチを描き、その荘厳な美しさに言葉を失う。


 時折、流れ星が静寂を破り、夜空に光の軌跡を残していく。


 夜が更け、焚き火の炎が小さくなっていくにつれて、東の空が少しずつ白み始めた。


 夜明けが近い。


 水平線から太陽がゆっくりと顔を出し、辺りをオレンジ色に染め上げていく。


 波の音、鳥のさえずり、風の音。


 自然のシンフォニーが、新しい一日の始まりを告げる。


「あっ、流れ星!」


 ユイの声に、俺は再び夜空を見上げた。


 しかし、そこにはもう、流れ星の姿はなかった。


「願い事、叶うといいですね」


 俺は、ユイの瞳を見つめながら、そう言った。


 彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。


 それは、一体何を意味する涙なのだろうか。


 俺は、ユイの横顔を見つめながら、心の中で誓った。


「ユイさん、もっとあなたのことを知りたい。そして、あなたの夢を応援したい」


 それは、流れ星には願わなかった、俺のもう一つの切なる願いだった。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます!




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