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09 ネイト・ガーランド




「………マイセン様、お時間です」


 マリーが部屋を訪れると、マイセンは慌ただしい物音を立てながら中から出て来た。首元にたくさんの赤い花が咲くのを見て、マリーは目を逸らす。


「シャツの襟を止めた方が良いと思います」


「あっ、あぁ。君は気が利くなぁ!」


「お車はもう外で待っているそうです。領主様にご挨拶する際にお渡しするワインは赤と白どちらになさいますか?いずれも去年の試飲会でマイセン様が気に入ったと仰っていたものです」


「んん、決められないな。ママに聞いてくれ」


「承知いたしました」


 あせあせとマイセンがボタンを止める間に、マリーは近くで様子を見守る義母の方へと歩み寄る。義母はマリーの持った二本のワインのうち、赤い方を扇子の先で突きながら「こちらのになさい」と言った。


 マリーはそれを包むようにメイドの一人に頼み、支度に追われる夫の方に目を向ける。いつの間にやら部屋の中から出て来たジュリアが、甲斐甲斐しくマイセンの着替えを手伝っていた。


「ジュリア、いつも悪いわねぇ」


「いいえ、お義母様!今日はマイセン様にとっても大事な日ですから。私も何かお力になりたくって」


「良い心意気だこと。本当にジュリアはハワード家の女として申し分ないわ……」


 マリーは刺さるような視線を感じながら俯く。


 そんなに嫌味ったらしく言うぐらいなら、さっさと離縁でも何でもすれば良い。男爵家側から言い渡してくれれば、両親だって納得するしかないはずだ。


 小さな街での評判を気にして、いつまでも自分を縛り付けるハワード男爵家のやり口はなかなかに心を削る。そんなことなら結婚を受け入れるな、と頭を小突かれるかもしれないけれど、皆が皆夫を愛し抜けるわけではない。


 少なくとも、マリーには出来なかった。

 夫の愛を素直に受け取ることも。それを返すことも。





 ◇◇◇





 ガーランド伯爵家には既に多くの貴族が集まっていた。


 王都を囲むように配置されたいくつかの領土の中で、ここルーコックは小さいものの、領内においては領主が絶対的な存在となる。普段は領地経営など下級貴族の仕事であると馬鹿にする公爵家の人たちも、今日ばかりは期待に満ちた面持ちでさかんに周囲をキョロキョロしている。



「マリー、ママはどちらのワインを選んだんだっけ?」


「赤ワインです」


「へぇ、そうか。気に入ってくれると良いが……」


 マリーは腕に抱いた綺麗に包装されたワインの瓶に目を向ける。ガーランド伯爵がどんな人物で何を好むのか、そういった話は一切自分の耳に届いていない。西の塔に閉じ込められていた間に本邸では何か噂でも広まっていたのかもしれないけれど、マリーが知る由もない。


 その時、わいわいと騒いでいた広間が急に静かになった。


 人々の視線を辿るとその先には階段の上に立つ男の姿がある。体躯の良い長身に白いスーツを着た若い男が、隣に引き連れた男とにこやかに会話しながら皆が待つ広間へと降りて来ていた。


 短く整えられたプラチナブロンドの髪。

 そして、見る者を惹きつける優しい目元。



「………ネイト…?」


 マリーの小さな独り言は、ドッと湧き上がった歓声に飲まれた。人々の高揚する雰囲気で分かる。今目の前で声援に応えるこの男こそが、新しい領主であるガーランド伯爵なのだと。


「っふん、あんなに若い男が領主様なのか?」


「…………」


「まだ家でママの膝で寝るような小僧だろう。前領主がこの地を去る際に、僕に声を掛けてくれれば良かったのに。そうすれば、この僕が今頃あそこに……」


 夫の声は徐々に遠のいて聞こえなくなった。


 頭の中でシャンパンの泡が弾けるみたいな感覚。

 もう二度と会わないと思っていたネイトとこんな形で再会するとは。


 というのも、あの後でマリーが使用人に頼んで送り届けた宿代などを含んだ小切手は、受取不可で戻って来たのだ。ネイトが教えてくれたのは彼の名前のスペルと住所だけで、配達人の話を信じればその地は更地となっており、誰も住んでいないとのことだった。


(…………予想外の再会ね)


 マリーはネイトから視線を外して小さく息を吐いた。

 憤る夫と共に挨拶をするのかと思うと、胃が痛い。




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