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04 目覚め



 パチリと目を覚ましたら、知らない部屋だった。


 瞬時に冷えていく頭の中に様々な記憶が蘇る。

 いったい何が起こったのか?


 マリーはハワード男爵家から逃げ出して、街の外れにある飲み屋に逃げ込んだ。そこで店員のシンシアと仲良くなって周りの女たちと盛大に夫の不満を言い合って、それからそれから。


(…………ネイト!)


 そうだった。

 あの美しい男が自分に声を掛けて来て、まんざらでもない顔で応じたのだ。深夜にパスタを食べる様をやいやい言いながら揶揄って。そうしたらまた、集まって来た何人かの女が彼を囲んで話し始めて。手持ち無沙汰になったから一人でボトルを開けて飲んでいた。


 それで?




「目が覚めたんだね。朝まで寝るかと思ったよ」


 声のした方を振り返ると、扉の横にネイトが立っていた。

 水の滴る半裸の身体にバスタオルを巻いている。


「ちょっと待って…!そんなつもり無かったの、」


「そんなつもり?」


「ごめんなさい、私もしかして、何か取り返しのつかないことをしたりした…?」


 ネイトは瞬きを数回しておかしそうに笑った。


「取り返しはまぁ、つかないだろうね」


「嘘でしょう……っ!?」


「でも俺は責任を取れなんて言わないよ。大した価値はないし、君がこれっきりで許してほしいって言うなら代償を求めたりもしない」


「代償?ちょっと待ってよ、私はいったいどんなハードなプレイを貴方に要求したの!?ごめんなさい、本当に記憶がなくって……!」


 ネイトはとうとう身体を折って吹き出す。


 マリーはただ呆然と、笑い転げる男を見つめた。

 いったい何がそんなに面白いのだろう。こちらはこんな失態がハワード男爵家にバレたら恐ろしいことになるのが明白だ。もしかしたら、どこがでそうなることを望んでいたのかもしれないけれど。


 落ち着かない様子で相手の返事を待つマリーを見上げて、ネイトは「ごめんごめん」と言った。


「俺たちの間に間違いは起こってないよ。君は馬鹿みたいに飲み過ぎて、椅子から転げ落ちそうになったんだ。咄嗟に伸ばした俺の腕の中で気持ち良く吐いただけ」


「………冗談よね?」


「残念だけどこれは本当。着替える必要があったし、あのまま君を店に残すわけにもいかなかったから、とりあえず近くの宿に入ったんだ」


「えっと……私の服で良ければ貸す?」


「そうだねぇ、きっと宿を出る前に破れるね」


 それは確かにその通り。マリーは冷静になるために部屋の中を歩き回りながら、これから取るべき行動について考えた。先ず、ハワード家へ戻るべきか否か。


 答えは考える前から分かっている。

 帰る以外に道はない。


 どんなにマイセンを嫌っても、どんなに義母が意地悪を言ってきても、マリーの居場所はもうそこにしか無かった。男爵家と離縁するなんて田舎の両親が許すはずもないし、そんなことをしたら小さな街では生きて行けない。



「今何時かしら?」


「まだ夜明け前だよ。四時を少し過ぎたところ」


「……どうりで眠いはずだわ」


「少し眠らないか?このベッドは随分と広い」


 ほら、と言ってネイトが指さす先を見る。

 無意識に乾いた笑い声が自分の口から溢れた。


「知らない人の隣では眠れないの」


「知らない男に向かって嘔吐は出来るのに?」


「………何度も言わないでよ」


 マリーは目をぐるりと回してベッドの方へ歩いて行った。カーテンレールにはネイトが引っ掛けたのか、濡れた白いシャツが干してある。朝までに乾くと良いけれど。


「眠る気はないけど、話ならどう?」


「良いね。途中で反応がなくなったら俺は夢の中を彷徨ってると思ってくれ」


 ネイトがベッドの上をぽんぽんと叩くので、黙ってそこに腰掛けた。半裸の男は見慣れない、と言うと不貞腐れた顔で黙ってリネンを被る。大きなお化けのような身なりをした男の隣で、マリーはポツリポツリと話し始めた。



 それはマリーの今までの人生のこと。


 田舎町で物売りをしていたマリーが、偶然通り掛かったマイセンに気に入られるところから始まって、義母との確執、夫からの執愛について。


 ネイトは話を聞いているのか、それとも眠っているのか分からない。時折動く金色の髪からは清潔なせっけんの香りがした。


 話せば話すほど、実感する。

 自分はハワード男爵家から抜け出せないのだと。



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