少年
エキナセア王国の外れにある森の中。
ゴブリンと戦う12,3歳くらいの少年と少女の姿があった。
「【氷矢】」
ローブを着た魔法使いの少女は、ゴブリン目がけて氷の矢を撃ち込む。
矢はゴブリンの眉間を貫き、その命を刈り取った。
「オラァ!」
1mほどの長さの剣を持つ少年は、その剣を横薙ぎに振るうと、ゴブリンに致命傷を与える。
「ふう、これで終わりか。」
彼らは傷一つ負うことなく、ごく短時間でゴブリンの討伐を終えた。
「これで今回の依頼は完了よ。あとはギルドに戻って報告するだけね。」
「おう!じゃあ素材だけ剥ぎ取ってさっさと帰ろうぜ。つってもゴブリンから取れる素材なんてたかが知れてるけどな。」
2人は冒険者だった。
冒険者とは、魔物の討伐や素材の採取など、魔物に関する荒事を生業とする者たちのことだ。
冒険者ギルドという冒険者の組合を通して、依頼人から様々な依頼を受ける。
そんな彼らは、年齢の割に優秀な冒険者として知られていた。
これくらいの子どもは普通、魔物の討伐ではなく街の外壁工事の手伝いなど、雑用のような仕事を受けることが多い。
いきなり魔物と戦うのは危険なので、まだまだ未熟な子どもの冒険者たちにはギルドからの配慮があり、優先的に雑用の仕事が回されるのだ。
そうして雑用で基礎体力をつけたところで、ようやく魔物と戦うような仕事を受けられるようになる。
だが、ここにいる少年と少女は例外だ。
子どもながらも自分たちの実力を示し、一人前の冒険者としてギルドに認められた。
下手をすれば、大人の冒険者よりも強いかもしれない。
この年齢で現場に出られているのはそのためだった。
そんな2人は素材の剥ぎ取りを終えて、ギルドへの帰路につく。
するとその道中、少女は気になるものを発見したのか、その場に立ち止まった。
「…あら?」
「どうしたんだ、ハンナ?」
少年は立ち止まった少女―――ハンナに声をかける。
「いや…あそこの洞窟だけど、前からあんな感じだったかしら?」
そう言ってハンナは洞窟を指差す。
「洞窟?ああ、そういえばあったな。コボルトが何匹か住み着いてたとこだっけか?言われてみれば入口が大きくなってるような気が…」
そこは数ヶ月前、彼らがコボルト退治に入った洞窟だった。
入口が小さくて道も狭く、人が2人並んで歩くのがせいぜいだろうと彼は記憶していた。
しかしどうだろうか。
今見えている洞窟の入口は、彼の記憶の倍以上の大きさがある。
この様子だと、洞窟の中も広くなっているかもしれない。
「なんか前見たときよりも大きくなってるわね。それに、ここからでも濃い魔素の気配を感じるし。もしかして新しいダンジョンができたのかしら…?」
「ええっ!ダンジョンだって!?」
ダンジョンというハンナの言葉に、少年が食い気味に反応した。
そして、目を輝かせて年相応の表情になると、
「ちょっと行ってみようぜ!この前ゴルドのジジイの店でいい感じの剣を見つけたんだよ。サクサクっとダンジョンを攻略して、コアの魔石を売って荒稼ぎしようぜ!」
と言って洞窟の方へ向かって歩き出す。
「あ!ちょっと待ってよエル!」
ハンナは先へ行ってしまった少年―――エルヴィンを慌てて追いかけるのだった。
〜〜〜
「魔王様、食糧の調達をしてまいりますので、しばらくの間留守にいたします。」
そう言ってレモリーがダンジョンの外に出ていったのは、1時間ほど前のことだ。
『転移』で魔王城に行けば食べるものはいくらでもあるのだが、ここに備蓄している食糧はなく、現地調達しなければならない。
ダンジョン製作が楽しくなって来てしまった俺は、連日泊まり込みで作業を続けていた。
いや、泊まるというよりも住んでいると言う方が正しいかもしれない。
なので、食べられる食材の知識や土地勘があるレモリーに、食糧のことは全部任せていた。
ちなみに彼女は料理も上手く、この間食べたミノタウロスのステーキは絶品だった。
「えーっと…このスライムの位置を調整して…それでこの部屋を狭くして…」
俺は一人ダンジョン製作に精を出していた。
今やっているのは、この間のスライム爆撃の改良だ。
あれから少しずつ部屋の形やスライムの位置を調整して、ゴブリンパーティーくらいなら簡単に勝てるようになった。
だが、肝心の人間相手にどれだけ通用するのかは、試せていないのでまだわからない。
「そんでもってここにコボルトを置いて…」
ダンジョンコアが成長してから、新たにゴブリンとコボルトという魔物の召喚ができるようになった。
ゴブリンは言わずもがな。
コボルトはゴブリンとかなり似ていて、単体だと最弱クラスで群れを作る魔物だ。
ゴブリンにはない特徴といえば、外見が2足歩行の犬であることくらいだろう。
モッフモフだった。
「で、最後にここにゴブリンとスライムを置くと。」
スライム爆撃の第2弾が完成した。
至ってシンプルな仕掛けだが、初見で完璧に対応するのは難しいだろう。
なんせ、知能も低く共生関係にあるわけでもない3体の魔物が連携を取るという、自然界ではありえない出来事が起こるのだから。
今しがた完成した作り終えた罠に満足していると、ダンジョン内に妙な気配を感じた。
ダンジョンの入口付近に意識を向ける。
すると、そこには人間の子どもの姿があった。
「侵入者が現れました。マスターは直ちに侵入者を撃退してください。」
ダンジョンコアが警告してくる。
初めての人間の侵入者だ。
「ガキが2人か。本当はもうとょっと強い相手で試したかったけど仕方ねえな。」
俺は侵入者を迎え撃つべく準備を始めた。