ありがとう
「魔王様、こちらが本日の昼食でございます。」
レモリーが慣れた手つきで料理を運んでくる。
細長いバゲットのようなパンに黄色いポタージュのようなスープ、ミノタウロスという牛の魔物の肉を使ったステーキがテーブルの上に並べられた。
いい香りが俺の鼻腔をくすぐり腹の虫が鳴る。
俺がレモリーに胸の内を伝えた翌日、リリスとベルがダンジョンに帰ってきたので、俺達は皆で昼食を取ることにしていた。
「ああ………ありがとう。」
俺がそう言うと、この場にいた全員が一斉にこちらを向く。
「…驚いた…!魔王様ってちゃんと感謝とかできたんだね…」
わざとらしく口に手を当てて、いかにも驚いてますアピールをするコーニー。
「ううむ…となるとこりゃあ、明日は嵐でも来るのかのう…?」
ベルは顎に手を当て、難しい顔をしながら天井を見る。
「…お前ら…」
…このダンジョンの主が誰であるかを今一度こいつらに教え込むべきだろうか?
「ワ…ワフッ!?ワウッワウッ!?」
「…っ!……っっ???」
ベルとコーニーをどうボコボコにしてやろうかと考えていたら、フィンが困惑した様子で俺の周りをウロウロと歩き回った後、心配そうに俺の手を舐めてきた。
ソフィアに至っては、何を思ったのか俺の目の前まで一直線に飛んできて、慌てた様子で俺の頭に手を添えて治癒魔法を連発している。
お前らもお前らで何をやってるのかと問いただしてやりたかったが、彼女達のそのあまりにも真剣な表情を見て怒る気になれなかった。
その分あのバカ共へ余分に怒りをぶつけてやろう。
俺はよだれでベトベトになった左手でフィンの頭をなで、右手の人差し指でソフィアの両手を払い、治癒魔法を止めさせてから彼女の頭を軽くなでた。
「ウフフ…魔王様ぁ。」
そんな俺にリリスは優しいまなざしを送ってくる。
「ま…マオ君!ウッ…!」
サラはなぜか涙ぐんでいた。
「ウッ…『ありがとう』が言えるなんて…マオ君の成長が見れて私は嬉しいぞ!」
…コイツもか。
「…ハァ…」
俺はため息をつく。
「マオ君!その…今じゃなくてもいいから…たまには私にも今の言葉を聞かせてほしいな…なんて…」
サラから謎の催促を受ける。
コイツは何を言ってるんだろうなんて言葉が喉元まで出かかったが、思えばサラは俺が戦いに出る度に俺の事を気遣ってくれていた。
それ以外にも、レモリーの事で悩んでいた時によく声をかけてくれていた。
たった一言で機嫌がよくなるのであれば、彼女のお願いを聞き入れて礼の一つくらい言ってももいいかもしれない。
「あ、それならワシにも感謝の言葉の一つや二つ、あってもいいじゃろう!ほれ、大将に色を教えたのは誰だったかのう?」
サラのお願いを聞いていたベルが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらこっちを見て話しに割り込んでくる。
…いや、おまえはダメだ。
ベルの顔を見ていたらなんだかムカついてきた。
そろそろ我慢の限界だ。
一発ぶん殴ってやろうか。
そう思って椅子から立ち上がろうとすると、背中に柔らかいものが当たって俺の体が椅子へ押し返された。
「魔王様ぁ、ベルちゃん…せっかくのお料理が冷めちゃうわよぉ?」
いつの間にか後ろに立っていたリリスが椅子の背もたれ越しに手を回してきて、俺の耳元まで顔を近づけてそう言った。
「…そうだな。」
彼女の甘い声に毒気を抜かれ、怒る気が失せてしまった。
「ガハハハハハハ!すまんのう、大将!あんまりにもええ反応をしてくれるもんじゃから、ついやりすぎちまったわい!リリス殿の言う通りじゃな!」
特に反省する様子もなく、自分の席へと着くベル。
それを見てリリスは俺の頬に口づけを落としてから自分の席へと歩いていった。
ふと、料理をテーブルの上に並べてからここまで静かだったレモリーの事が気になり、ちらりと彼女の方を見る。
レモリーはいつも通りの優しい笑みを浮かべながら皆の様子を見ているだけだったのだが、なぜか今日の彼女はいつもより楽しそうに思えた。
そんな事があってから数日が経った。
「…暇だ。」
俺は何もないコアルームの天井を見つめながら呟く。
今日の分のダンジョン改修を終え、やることがなくなってしまった。
「おや、魔王様。退屈そうだね。」
そんな俺を見て、たまたまこの場に居合わせたコーニーが声をかけてきた。
「ああ、今日のダンジョンコアに溜まってた魔素を使い切っちまったからな。…珍しいな、お前が緊急時以外で部屋から出てくるなんて。」
コーニーは普段、一日のほとんどを自室に籠って自身の研究に時間を費やしている。
そんな彼が珍しく部屋の外に出てきたという事は、何かあったのだろうか?
「ここ最近ちょっと研究が行き詰っててね。たまには外の空気でも吸おうかと思って。まあ、ここも屋内だけど。」
そう言って「ハハハ!」笑うコーニー。
顔をよく見たら目の下に隈ができている。
俺はあまりコーニーの部屋に行かないので、どのように研究を進めているのかはよく知らないのだが、彼は彼で結構苦労しているようだ。
「うーん…ここはいい素体がたくさん転がってるんだけど…いかんせん研究に必要な人手が足りてないんだよね。」
そう言って頭を掻くコーニー。
「人手か…」
一応コーニーには手先が器用なコボルトを何体か貸し出している。
なので、彼が言っている人手はそういう手を動かす人員ではなく、頭を動かす専門知識を持った人員の事なのだろう。
「こればっかりはどうしようもねえな。まさかエスノムにお前の言う人手なんてのはいねえだろうし。」
コーニーと言う男はとてつもなく賢い。
彼はたまに研究の成果を報告してくれるのだが、彼の話が高度過ぎて魔王の知識をもってしても理解できないというのがよくある。
そんな彼と対等に話ができ、さらに死者の蘇生という途方もない研究に力を貸してくれる者など、エスノムにはいないだろう。
「だよね…ハァ…」
コーニーがため息をつく。
いつもは飄々としている彼のこんな姿は珍しいな。
そんなふうに思っていたら、彼はブツブツと何かを呟き始めた。
「…いや…でも…」
何を言っているのかは聞き取れないが、難しい顔をして考え事をしている様子。
すると、たまたまコアルームの前を通りがかったフィンが俺を見つけ、嬉しそうにこの部屋へ入ってきた。
「ワンッ!ワンッ!」
尻尾を大きく振りながら俺の目の前で待機するフィン。
「ワフゥ…!」
しかたがないので頭をなでてやったら、気持ちよさそうな声を上げて全身を俺に預けてきた。
「…よし!」
そんなことをしていたら、コーニーの考えがまとまったらしい。
一応彼の話を聞いておくか。
「どうしたんだ?」
「実は、僕の研究についてこれる人員に心当たりがあってね。ただ、その人は今どこにいるかわからないし、協力してくれるかもわからないけど。」
コーニーはヤレヤレと首を振った後、ニヤリと笑って俺の方を見る。
「まあそれはさておき、魔王様。僕の妻と息子の墓参りに行きたいんだけど、護衛としてついて来てくれないかな?」




