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怖かったのかもしれねえ

 シェイドと名乗った人物を倒した俺は、残りの人間達を探してダンジョン内を歩き回った。

 シェイド以外の人間は大したことがなく、疲労感が抜けきっていない状態でも簡単に倒すことができた。

 全ての侵入者を始末することはできなかったが、最終的に約七十人もの人間達がこのダンジョンでスライムの餌となった。


「ハァ…ハァ…」


 息を切らしながらダンジョンを下って仲間の待つコアルームへと向かう。


 あの力を使った揺り返しが来たのだろうか?

 今頃になって俺の疲労感がピークに達していた。


「ハァ…チッ!」


 その場に座り込みたくなる衝動を無理やり抑え、壁に手をつきながら足を前に出す。


 あの力を使った後は毎回こんな感じで、体の調子を取り戻すまでにかなりの時間を要する。

 もしかしたら俺は自分の中にある何か大切なものを犠牲に、無理やり力を引き出しているのかもしれない。

 このままでは、俺はいずれこの力に取り込まれてしまうのだろうか…


 疲れていたからなのか、思考がどうしても後ろ向きになってしまう。

 この嫌な想像がドロドロとしたスライムのように付きまとって離れない。


 暗い気分のままコアルームへと帰ってきた俺を、激しい体当たりでフィンとソフィアが出迎えた。


「ワウッ!ワウーン…!」


「……ッ!」


 普段ならばこれくらいなんともないが、疲労がピークに達していた俺は受け止めきれずに尻もちをついてしまう。

 フィンに俺の左側の頬をベロベロととなめ回され、ソフィアにはその反対側の頬を両手で引っ張られた。


 フィンとソフィアから少し遅れてサラがやって来る。


「マオ君…よかった!」


 彼女はそう言って俺の背中へ両腕を回し、フィンとソフィアごと俺の事を抱きしめた。


「ハハハ!モテる男は大変だね、魔王様。」


 コーニーはそんな俺達を遠巻きに見て、何が可笑しいのか笑っていた。


 すると、レモリーがゆっくりと歩いて俺の側までやって来た。

 俺は顔を上げて彼女の方を見る。


「おかえりなさいませ、魔王様。」


 俺を出迎える彼女の優しい笑顔に、なんだかホッとするような安心感を覚えた。

 沈んでいた気分が落ち着いてくる。


「ああ。」


 俺はサラとフィンとソフィアを無理やり引きはがす。

 立ち上がって服に付いていた埃を軽く払うと、仲間達の顔を見た。


 今はあの力の事を考えるのはやめよう。

 そう思って俺は、とりあえず近くにいたフィンの頭を軽くなでた。




「失礼します。」


 ドアをノックする音の後に、扉を開けてレモリーが俺の部屋に入ってきた。


「ああ、そこに座ってくれ。」


 コアルームで少し休んで解散した後、俺は侵入者達と戦う前に約束した通り、レモリーを自分の部屋まで呼び出していた。


「かしこまりました。」


 近くに置かれていた椅子へと腰かけるレモリー。

 彼女は緊張しているのか、一つ一つの動作に若干の硬さを感じる。


 かくいう俺も緊張で脈が速くなり、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくるような不快感を感じていた。


「あ…」


 これから話を始めようとしたのだが、踏ん切りがつかずに言葉に詰まってしまう。

 どう話を切り出すかは事前に考えてあった。

 頭の中で何度も繰り返しシミュレーションもしていた。

 だが、いざその時が来たら頭が真っ白になって、準備していたものが全て吹っ飛んでしまった。


「………」


 二人しかいないこの部屋に嫌な沈黙が走る。


 何を言えばいいかわからないが、このままではまた問題が先送りになってしまう。

 なにか喋らなければ!


「レモ…」


「魔王様。」


 焦って出した俺の声に、レモリーの声が被る。

 意を決したような彼女の迫力に気圧され、俺は思わず口を閉じた。


「今日なぜここに呼ばれたのかは…なんとなく理解しております。その…私から先によろしいでしょうか?」


「あ…ああ。」


 俺は小さく頷く。


「私は…魔王様もご存じの通り、今までの記憶がございません。なので申し訳ないのですが…魔王様とこのダンジョンで過ごしてきた日々も全く憶えていないのです。」


 俺と共に過ごした日々を憶えていない。

 もちろん知っている事なのだが、彼女の口から改めて言われると心にくるものがあった。


「魔王様に起こしていただいた時は…正直不安でいっぱいでした。何が起こったのかもわからず、知らない方々に囲まれ…そしてあの時私が初めて出会った魔王様は何やらお顔が優れないご様子…そんな中で右も左もわからない私がここで受け入れていただけるのかと。」


 あの時の胸の内を吐露したレモリーに、そこまで彼女を不安にさせてしまっていたのかと申し訳なくなってくる。

 だが、それと共に彼女の顔でそんな言葉が出てきた事に、少しだけモヤモヤとしてしまった。


「それからというもの、このダンジョンの方々に受け入れていただけるよう、自分にできることをと必死で探しました。そんな私をここの方々は優しく受け入れてくれました!…ですが…」


 レモリーは悲しそうに俯いて俺から視線を逸らす。

 胸がズキリと痛んだ。


「…魔王様のことで悩んでいたある日、サラ様とリリス様から伺いました。私が眠っている間、毎日のように魔王様が顔を見に来てくださっていた事。そして、私を起こす方法を必死になって探してくださっていた事を。」


 あの時はレモリーを起こすためにとにかく必死だった。

 俺の持つ全てを投げ打ってでも、優しい笑顔で微笑みかける彼女を取り戻したかった。


「その話を聞いた時、正直嬉しかったです。魔王様が私のためにそこまでしてくれていたという事が!…それと同時に、このご恩を魔王様へ返す機会を与えられない悲しさも込み上げてきました。」


 感情が昂ってしまったのか、彼女は椅子から立ち上がった。


「私は知りたいのです!記憶を失う以前の私は魔王様にとってどんな存在だったのか!そして、魔王様は今の私の事をどう思っているのか!…私は…知りたいのです…」


 ここまで感情を露にするレモリーを見るのは初めてだ。

 そんな彼女に俺は戸惑いを感じてしまった。


「…魔王様に対して過ぎた発言をしてしまい、申し訳ありません。私がこの場でお話ししたかったことは以上です。」


 彼女はそう言うと、小さく息を吐いて椅子に座る。


 レモリーの穏やかな性格は、記憶を失う前から今も変わらない。

 そんな彼女にここまで言わせたのだ。

 俺もそれに応えねばいけないのだろう。


 深呼吸をして心を落ち着けてから、俺は彼女に対する想いを打ち明けることにした。


「お前が目覚めた時…また昔のような日々が戻って来るんだと思って俺は嬉しかった。けど…記憶がないとわかって絶望したんだ。今までお前と過ごしてきた日々が…全部…なくなっちまったみたいで…」


 あの時最初に感じたのは、レモリーをこんな状態にしたフィリップに対する怒りでもなければ、彼女を守れなかったことに対する後悔でもなく、レモリーとの日々を全てを無かった事にされたような虚無感だった。


「俺はお前に召喚されてこの世界に来るまで…孤独だった。この世界に来なければ、孤独なままどっかで野垂れ死んでたかもしれねえ。…そんな俺を…あの時のお前は無条件で受け入れた。魔族を救ってほしいなんて言われたが…救われたのは俺の方だったのかもしれねえな…」


 何もない俺の事を、あの時のレモリーは無条件で受け入れてくれた。

 そして、俺がこの世界で生きていくために必要なものを全て与えてくれた。

 …俺には親がいないからわからないが、もし親というものがいるのならこんな感じだったのだろうか?


「…そうか…俺はもしかして…怖かったのかもしれねえ。記憶を失ったお前が、昔と同じように俺の事を受け入れてくれるのかどうかが…」


「魔王様…」


 レモリーの本心を聞き、自分の気持ちを彼女に伝える中で、俺はふとそんな考えに至った。

 この胸につっかえるようなモヤモヤとした気持ちは、きっとそういう事なのだろう。


「別にお前のことが嫌いとか邪魔だとかそういうんじゃねえ。…どうしても昔のお前と比べちまってたんだ…」


 もし今のレモリーに自分の事を受け入れてもらえなければ、俺は立ち直れないかもしれない。

 そんな考えが邪魔をして、俺は今まで彼女を遠ざけてしまっていた。


「その…今まで悪かったな…どうすればいいのかは…わからねえ…けど、お前には…レモリーには俺の側にいてほしい。」


 俺は自分の心の奥底にあった本心をなんとか見つけ出し、絞り出すようにしてレモリーへ打ち明けた。


 俺の話を最後まで聞いていたレモリーは、俯いて黙ったままだ。

 何を考えているのかは分らない。


 不意に彼女は椅子から立ち上がると、片方の手で俺の事を抱き寄せ、もう片方の手で俺の頭を優しくなでた。

 突然の出来事に俺は困惑した。

 リリスやサラにも似たようなことをされるのだが、彼女達の時とは違い全身を優しい物に包まれたかのような安心感を覚え、レモリーを引きはがす気にはならなかった。


「あ…す、すみません!魔王様!」


 しばらくして、レモリーが慌てたように俺を解放して離れる。

 無意識のうちに体が動いてしまったかのようなリアクションだった。


「…いや…」


 名残惜しい気もしたが、俺は居住まいを正して彼女と向き合う。

 少しの間、お互いに見つめ合うような形となった。


「魔王様…魔王様の想いを知れて、私は安心いたしました。それでは改めて、これからもよろしくお願いいたしますね。」


 そんな事を言うレモリーの顔には、優しい笑みが浮かんでいた。


「ああ。」


 俺の心のモヤモヤは完全に解消したわけではないし、レモリーとの問題が解決できたのかもわからない。

 けれども、俺達はこれからきっと前に進めるのだという予感がした。

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