仇敵
コアルームにて、ダンジョン内にいる者達が集められていた。
その中には当然レモリーの姿もある。
「さて、それじゃあ詳しい話を聞こうじゃねえか。」
俺は人間達の侵攻の情報を伝えに来た魔族へと話を振る。
その魔族は額にある角が特徴的なオーガの青年だった。
「はい、魔王様。現在人間の軍は、魔王様のダンジョンに向かってくる部隊とエスノムを襲う部隊の二手に分かれている模様です。」
「数は?」
「ダンジョンへやって来る方が百人弱、エスノムの街へ向かっているのが千五百程です。なお、エスノムへと向かった方の部隊は青地の布に斧と世界樹の葉を象った模様の旗を掲げております。」
退屈そうにオーガの報告を聞いていたベルだったが、敵の旗に描かれている紋章の話を聞くと、目を見開いて急に立ち上がった。
報告の途中ではあったが、この場の注目が彼に集まる。
「青地の布に斧と世界樹の旗…指揮官はどんな奴じゃったかわかるかのう?」
何か心当た出もあるのだろうか。
ベルは食い入るようにオーガへと質問する。
「え…ええ。我々の偵察隊によると、旗と同じ紋章が刻印されている鎧を着た貴族らしき男とのことです。」
その報告を聞いたベルは、納得したように目を閉じて何かを考え込んだ。
「ふむ…そうか…ならば…」
彼はそう呟くと、俺の方へと向き直る。
「大将!エスノムの街に関してはワシに任せてくれんか?」
そんなことを言うベルの目は強い決意に満ちていた。
別に彼をエスノムの防衛に回すことに異論はない。
「ああ、それに関しちゃ構わねえが…エスノムへ向かって来る奴らに心当たりでもあんのか?」
なんとなく察しはつくのだが、疑問に思ったことをそのまま聞いてみることにした。
「…恐らく今エスノムへ向かっとるのはヴェルツ家の奴ら…ワシを故郷から追い出した奴らじゃ。」
どうやら今回の敵はベルの復讐の対象でもあるらしい。
それならば止める気はないし、むしろ思う存分恨みを晴らしてきてほしいところだ。
「そうか。…ベル、別に意図してこうなったわけじゃねえが、これでお前と出会った時の約束は果たしたぞ。」
「ガハハハハ!テキトーなことを言いよって…まったく!…でもまあ、今回はそう言うことにしておくわい!」
俺の言葉にベルは軽口で返すと、エスノムへ向かう準備をするべくコアルームを出ていった。
「あ、魔王様ぁ。今回は私もエスノムの方に回ってもいいかしらぁ?うちの子達の事もあるし…」
リリスの店で働いていたサキュバス達は現在、魔族の街となったエスノムに新しく開いた店で商売を続けている。
ベルとリリスが抜けてもダンジョンの戦力は充分あるし、サキュバス達もエスノムの戦力ではあるため、リリスに指揮を執らせて最大限力を発揮してもらうのも悪くない。
「おう。それじゃあリリスもエスノム側を頼む。」
「ありがとぉ。了解したわぁ、魔王様ぁ。」
リリスはそう言うと俺に軽くハグをしてからコアルームを出ていった。
「さて…まあエスノムは現地の人達に任せるとして、他には何かあるかい?」
リリスの姿が見えなくなったところで、コーニーがオーガに尋ねる。
「いえ、私からの報告は以上です。」
どうやらこれ以上の情報はないらしく、俺の顔を伺うようにオーガはこちらを見ていた。
「そうか。それじゃあお前も持ち場に戻ってくれ。」
俺がそう言うと、オーガは一礼してコアルームを後にする。
その後しばらくダンジョンに向かって来る奴らの対策を練ったところで解散となった。
コアルームにいた面々は自分の部屋へと帰っていき、この場にいるのは俺と片づけをするために残ったレモリーだけになっていた。
俺は彼女の方を見る。
忙しそうにパタパタと動いていた。
なんとなく声をかけづらい気もするが、俺は小さく息を吐くとレモリーの名を呼んだ。
「…レモリー。」
少し緊張して声が小さくなってしまったかもしれない。
するとレモリーは部屋の片づけをしていたその手を止め、俺の方に振り返った。
「はい、何でしょう魔王様…?」
俺から声をかけてくることが珍しいのか、彼女は不思議そうな顔でこちらを見ていた。
その視線を受けて心臓の鼓動が速くなり、俺の頭が真っ白になる。
レモリーを呼び止めたはいいが、次の言葉をなかなか出せずに微妙な間ができてしまう。
その間彼女は黙って俺の言葉を待ってくれていた。
「…その…今回の件が片付いたら話がある…」
本当は今、この場でレモリーに自分の想いを伝えるつもりだった。
けれども、彼女の顔を見た時にその決心が揺らいでしまい、それを行動に移せず問題の解決を先延ばしにしてしまった。
「…?わかりました、魔王様。」
…だが、話をする場を設ける約束は取り付けた。
次こそきちんとレモリーと向き合わねば。
そんなことを考えながら、俺はコアルームから出ていった。
~~~
エスノムへと向かう人間の軍勢、その中心には立派な鎧を着て一際大きな馬に乗った男の姿があった。
彼はこの軍勢を率いる今回の将軍で名をアンドレ・フォン・ヴェルツといい、エキナセア王国の有力貴族の当主でもあった。
「フン…まさかこのようなところに潜んでいたとはな。」
誰にも聞こえないような声量でそんなことを呟くアンドレ。
すると、近くにいた彼の部下らしき男がアンドレに声をかけてくる。
「全軍、出撃の準備が整いました。いよいよですな、ヴェルツ様。…しかし、つかぬ事を伺いますが、今回は本当にヴェルツ様が出撃される必要があったので?」
アンドレは今回、魔王の討伐という名目で軍を率いているのだが、この男の言う通り当主自ら前線に出て危険を冒さずとも、代理を立ててその者に軍の指揮を任せても良かったはずだ。
それなのになぜアンドレが自らこの軍の将軍を買って出たのか疑問に思った部下の男は、その疑問をアンドレにぶつけてみた。
「…本当はそうしたいところだったのだがな。なんせ奴が魔王の下にいるのだ。この軍で奴の相手をできる者なぞ、私以外にはおるまい。それに…」
外部の者に手を下させるわけにはいかない。
アンドレは言葉に出さず、心の中でそう呟いた。
「左様ですか。それならば我々も気を引き締めませんとな。」
ある程度内情を知っていた部下の男は、アンドレの言葉に納得したようでそれ以上何も聞かなかった。
「さて…そろそろだな。」
目の前の景色を見ながらアンドレが呟く。
進軍するために使っていた道路がだんだんと綺麗に整えられたものになっていき、エスノムの街が近づいてきた事がうかがえる。
近づく決戦の時を前に、やや緊張した面持ちでアンドレは進軍を続けていった。




