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不安

「いやあ、結構な量になったね。」


 コーニーはフェニックスの灰を集めた袋を見ながら、ホクホク顔でそんな事を言った。

 ちなみに袋はマジックアイテムで、ある程度の量であれば何を入れても袋の大きさが変わらないというものだ。


「さて、魔王様。コレは後で僕にも分けてもらえるんだよね?」


「ああ、余ったらな。」


 コーニーには、フェニックスの灰が余ったら彼の研究用に譲る約束をしていた。

 これだけの量があれば、恐らくコーニーの分も確保できるだろう。


「お前ら、灰の採取も終わったしそろそろ帰るぞ。」


 魔石と灰を採取して目的を終えた俺達は、来た道を戻って森の中にあるダンジョンから出ていった。

 行きで出会った魔物を全て倒していたからか、帰りはほとんど魔物と遭遇する事はなかった。


 ダンジョンから出た俺達は、入り口付近に停めてあった馬車に乗って、俺のダンジョンへと向かう。

 今回手に入れたアイテムでレモリーが目覚めるかもしれないという希望があるからか、帰りの馬車の中は明るい雰囲気が漂っていた。

 サラやリリスには笑顔が見られ、ソフィアに至っては俺の肩で小躍りしていた。


 馬車を操縦するコーニーも上機嫌な様子ではあったが、彼の場合は研究材料が手に入ったというのもあるのだろう。

 かく言う俺自身も、少しばかり肩の荷が下りてホッとしていた。




 特にアクシデントが起こることもなく、俺達はエスノムの外れにあるダンジョンへと帰ってきた。

 フェニックスのいるダンジョンへの遠征で疲労が溜まっていた俺達は、その日は解散して休むことに決めた。

 みんなよほど疲れていたのか特に反対の声は出ず、各々自分の部屋へと帰っていく。


 その夜、俺は一人レモリーの部屋へとやって来た。

 久しぶりに彼女の顔を覗き込むと、最後に見た時と変わらない穏やかな顔で眠っていた。


 イルシオンの言っていた方法がうまくいけば、明日にでもレモリーは意識を取り戻す。

 目を覚ました時、彼女は一体どんな言葉を発するのだろう。

 やはり「おはようございます、魔王様。」なんて挨拶でもするのだろうか。

 もしかしたら、いつも早起きだった彼女の寝ぼけた顔を初めて見られるかもしれない。

 そんなことを想像していたら、知らないうちに俺の口元が少し緩んでいた。


 けれども、もしイルシオンの方法が失敗して、レモリーが目を覚まさなかったら…

 ふと嫌な想像が俺の頭をよぎり、なんだか不安になってくる。

 一度生まれた不安は風船のようにどんどんと膨れ上がり、俺の心を蝕んでいった。

 俺の思考に靄がかかり、嫌な想像がループするように頭の中で流れ続ける。


 気が付けば俺は、レモリーの頬へと手を伸ばしていた。

 俺の手が触れた彼女の頬は温かく、レモリーは生きているんだという事を実感させてくれた。

 その瞬間、俺の頭にかかっていた靄が晴れる。

 彼女から感じる体温と手首にかかるその吐息は、不安に蝕まれていた俺の心を落ち着け、平静を取り戻させてくれた。


 もう少しだけこのままでいたかったが、明日はレモリーを起こすために朝早くから準備をしないといけないので、自室へ帰ることにした。

 レモリーの頬から手を離す。


「…ッ……」


 何か言葉をかけてから去ろうと思ったが、何も思いつかなくてやめた。

 俺は踵を返して彼女に背を向け、この場を後にした。




 次の日、ダンジョン内の広間にて準備を終えた俺達は、早速レモリーを起こすための儀式を始める。

 地面に敷かれた布に横たえられたレモリーにフェニックスの灰をかけ、心臓の上あたりに真紅の魔石を置いた。


「これでやっとレモリーさんの目が覚めるんだな。」


 サラがレモリーの方を見ながらそんなことを呟く。


「ええ、これでやっとあの方に恩返しができるわぁ。」


 リリスはサラの言葉を聞いて、微笑みながら言った。

 そんな会話を横目に、ソフィアは俺の肩の上で足をプラプラと揺らしていた。


「なんじゃ、お前さんたち。今日はええ顔しとるのう。ガハハハハハハ!」


 ベルはいつも通りうるさかった。

 彼はここ最近、魔族が支配するエスノムに新しく建てられたサキュバスの娼館に入り浸っていたが、今日は珍しくダンジョンに来ていた。

 この中で言えば俺とレモリーとの付き合いが一番長いのはベルだ。

 なんだかんだで彼もレモリーに思い入れがあるのだろう。


「さて、それじゃあ魔王様、頼んだよ。」


 コーニーは俺の方を向いてそう言った。


「ああ。」


 俺が返事をすると、ソフィアが肩の上から飛び立ち、俺の横にいたフィンの頭の上へと着地した。

 皆が見守る中、俺はレモリーへとゆっくり歩いて近づいていく。

 一歩踏み出す度に、緊張感が高まっていくのを感じた。

 レモリーの真横で足を止め、彼女の顔をちらりと見ると、相変わらず穏やかな顔をしているのがわかる。

 俺は数秒の間目を閉じて大きく息を吐いた。

 これで多少緊張は和らいだのだろうか。

 再び目を開けると、俺は片膝をついてレモリーの上にある魔石へと軽く手をかざす。


「…いくぞ。」


 かざした手のひらからフェニックスの魔石へと魔力を流し込む。

 魔石は俺の魔力に反応して赤く発光し、その形を失ってレモリーの体内へと溶けていく。

 すると、フェニックスの灰が徐々に熱を帯び始め、ついにはフェニックスが再生するときに纏っていた青い炎が灰から立ち上っていた。

 まさか灰が燃えるなんて思ってもいなかった俺は、突然の出来事に驚いて思わずのけぞってしまう。

 だが落ち着いてよくよく周りを見てみたら、燃えているのは灰がかかっているところだけで、火が燃え移ったりはしていないことに気づいた。

 それに不思議なことに、炎の近くにいても熱いと感じることはなく、せいぜいが温かい程度でだった。


「なるほど、こうやって使うのか…」


 興味深そうにこちらを見ていたコーニーは、目の前で起こっている現象に感心したような声を上げた。

 特に危険はなさそうだったが、俺はレモリーから少し離れた位置に移動する。

 フェニックスの灰が燃える様子を、俺は腕を組みながらただただ黙って眺めていた。


 しばらく経って、レモリーの上で燃えていた炎が勢いを弱める。

 気が付けば、レモリーを覆っていたフェニックスの灰はどこかへ消え去ってしまった。

 なんとも不思議な現象だったな。

 そんなことを考えながらレモリーへと近づき、彼女の隣に来る頃には青い炎が完全に消えていた。


 これでイルシオンの言っていたレモリーを起こすための儀式は終わった。

 あと俺達にできるのは結果を待つことくらいで、他には何もない。

 俺はその場で両膝をつき、期待と不安の入り混じった複雑な感情でレモリーの顔を見る。

 やはり彼女は穏やかな顔で眠っていたが、少しだけ雰囲気が変わった気がする。

 実際は何も変わっておらず、目を覚ましてほしいという俺の願望が見せた幻かもしれないが。


 それからしばらくの間、俺達は誰一人言葉を発することなく黙ったまま、レモリーの目が覚めるのを待った。

 しかし、なかなかレモリーが目を覚ます気配はない。

 ここまで来ると、儀式が失敗したのではないかという不安が強くなってくる。


 しびれを切らしてレモリーの頬に触れようと俺が手を伸ばしたその瞬間、彼女のまぶたが小さく動いた気がした。

 俺は思わず伸ばしたその手を止める。


「ん…ぅ…」


 ゆっくりとレモリーの目が開き、彼女は小さく声を上げる。

 一年にも渡る長い眠りの後、彼女はようやく目を覚ました。

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