フェニックスの炎
「グルアアアアアァァァ!」
フェニックスは自分のテリトリーに入ってきた俺達を認識して、高らかに雄叫びを上げた。
「チッ!来るぞ!」
本来は俺が魔法でフェニックスに先制攻撃を入れる予定だったのだが、魔法が届く距離まで近づく前に気づかれてしまい、思わず舌打ちをする。
俺達は、翼を大きく羽ばたかせて飛び立ったフェニックスの攻撃に備え、それぞれ自分の持ち場についた。
「グルウウウウウウゥゥゥ!」
空を飛ぶフェニックスが一鳴きし、その翼に真っ赤な炎を纏わせる。
そして翼を大きくはためかせて暴風を巻き起こし、その風に乗せて纏った炎を飛ばしてきた。
「【岩壁】」
突如前方にある地面がせり上がり、一瞬で巨大な岩の壁が出現する。
岩の壁はフェニックスの炎を遮るようにして、俺たち全員をすっぽりと覆い隠した。
壁の向こうから耳障りな風切り音が聞こえ、炎の熱が壁を通り越してかすかに伝わってくる。
しかし、俺が魔法で作った壁が崩れることはなく、フェニックスの初撃を完全に耐えきった。
「グル…グルルァァァァ!」
一撃で仕留めるつもりで攻撃したにもかかわらず俺達が生きていることが気に食わないのか、フェニックスは先程よりも大きな鳴き声を上げてさらに高く飛ぶ。
「おっと、そうはさせないよ。【水撃】」
コーニーが事前に用意していた水の魔法を使う。
不定形の水の塊がフェニックスへ向かって撃ちだされた。
最初こそ勢いよく飛び出した水だが、上に進むにつれてその勢いは徐々に減衰していく。
弾速が遅くなってしまった分威力が弱まり、水の塊を避けようと急旋回するフェニックスの片翼に辛うじて当たりはしたが、大したダメージを与えることはできなかった。
「グラルルル…!」
だが片翼が濡れて体のバランスを崩したのか、体勢を崩したフェニックスの高度が下がり地上にいる俺達へと近づいてくる。
「サラちゃん!」
リリスは片膝をついて両手重ね合わせ、それを前に突き出すような格好をしながらサラの名を呼んだ。
その姿を見たサラは、リリスが自分に何をさせようとしているのかを察して彼女の下へ走る。
サラはリリスの目の前まで来てもブレーキをかけることなく加速し、リリスの両手の上へと片足踏み込み、後ろ脚で地面を蹴り上げる。
絶妙なタイミングでリリスが両腕を振り上げると、サラの体はリリスの頭の上を軽々超えて上空へと浮き上がった。
上空から落ちてきたフェニックスが、宙を駆けるように天高く舞い上がったサラの間合いへと入る。
「ハァッ!」
サラは腰に下げていた刀を素早く抜刀し、フェニックスへその羽を切り落としてしまうのではないかという程鋭い一閃を繰り出した。
しかし、サラが攻撃を仕掛けるすんでのところでバランスを取り戻したフェニックスがその大きな足でガードしたせいで、彼女の居合切りはフェニックスの足の指を一本切り落とすだけに終わってしまった。
刀を振りぬいたサラの体は急激に減速して高度を下げ、俺達がいる所からフェニックスを挟んで反対側へと着地した。
「グルアアアアアァァァァァァァァ!」
痛みからか怒ったように大声を上げるフェニックス。
すると、指を切り落とされた方の足が青い炎に包まれた。
よく見ると、フェニックスの足にあった傷口が塞がり、指が徐々に再生していた。
「…何だありゃあ?」
治癒魔法の一種なのだろうか。
だが、炎による治癒魔法なんて聞いたこともない。
「ふむ、どうやらあれが【再生の炎】らしいね。フェニックスにのみ使える魔法のようなもので、あの炎を身に纏うことで失った体の一部を再生できるんだ。」
俺の疑問にコーニーが淡々と答えた。
「体の一部を再生…それはまた厄介な力ねぇ…」
リリスは苦い顔をしてそんな事を呟いた。
彼女は以前フィリップがダンジョンに攻め入ってきた時に、どんな怪我でも一瞬で治してしまう騎士と戦ったと言っていたし、その時の事を思い出しているのだろう。
「確かに面倒な能力だけど、弱点もある。【再生の炎】で体を再生させるには数秒の時間が必要なんだ。だから、フェニックスの体が再生するよりも速く、あいつの命を刈り取ってやればいいのさ!」
「お前、んな簡単そうに…」
コーニーは簡単そうに言うが、飛んでいる敵を一瞬で倒すなんてなかなかに難しい注文だ。
だが、無敵じゃないというのであれば勝機はあるな。
俺は次の魔法を発動するために詠唱を始める。
「生命の根源たる水よ、魔力を帯びて荒々しき奔流となり天高くより降り注げ。」
そんな中、完全に足を再生させたフェニックスが再び飛び上がり、着地直後で体勢の整っていないサラへ向かって大きく口を開ける。
「グオオオオオオォォォォォ!」
その大きく開いた口の中から、密度の高い高温の炎がサラへ向かって一直線に放たれた。
「…ッ!」
サラは慌てて避けようとするが、体勢が悪くて足にうまく力が入らず動き出しが遅れてしまった。
このままでは恐らく回避が間に合わずに直撃を食らってしまう。
「マズいっ…!【水壁】!」
コーニーがサラを守るように、彼女の前に水でできた壁を展開させた。
フェニックスから放たれた炎は水の壁に衝突して一瞬だけその動きを止めるも、その熱が伝わってきた表面の部分から水の壁がジュ―と音を立てて蒸発する。
炎の勢いに押され、水の壁の厚さが徐々に薄くなってきた。
いずれ押し切られると悟ったのか、コーニーが苦虫を嚙み潰したような顔で俺の名を叫ぶ。
「このままでは…魔王様!」
「【大瀑布】」
フェニックスの頭上、はるか上空から大量の水が滝のように流れ落ちてくる。
死角から落ちてきた水を避けることができず、モロに水をかぶってしまったフェニックスは、その衝撃で口から吐いていた炎を止めた。
そしてそれだけではなく、ずぶ濡れになってしまった体でうまく飛ぶことができなくなったフェニックスは、再度上空から落下してきた。
先程は落下中にうまく体勢を立て直されたが、今回はそうはいかなかったようで、地面に背中を強く打ちつけるフェニックス。
完全に無防備な状態になった今がチャンスと、まずはリリスが攻勢に出た。
彼女は一気にフェニックスとの距離を詰めると、全身の力を籠めた掌底を大きな羽へと叩き込む。
ボキリと骨の折れる音がはっきり聞こえた。
サラも体勢を立て直せたようで、地に落ちたフェニックスへと一直線に突っ込んでいく。
そして全力で刀を振るい、もう片方の羽を切り落とした。
「グルアアアアアァァァァァァァァ!」
痛みで苦しむようにじたばたするフェニックス。
地上で暴れるフェニックスに巻き込まれないよう、一撃を入れた後サラとリリスはすぐにその場を飛び退いた。
「さて…最後は頼んだよ、魔王様?」
コーニーは薄っすらと笑みを浮かべながら、冗談交じりにそう言ってトドメを俺に譲ってきた。
…コイツ、さては一人だけ楽をしようとしてないか?
そんな考えを飲み込んで、俺は一歩前に出る。
「グルル…」
そんな俺を、フェニックスは低く唸り声を上げてにらみつける。
その羽には青い炎が灯されており、傷ついた部分の再生はすでに始まっていた。
「…燃えろ。」
俺は前方に向かって手のひらをかざす。
手の先から高エネルギーの炎が生まれ、フェニックスへと飛んでいった。
炎は絡みつくようにフェニックスの全身を包み込む。
「グ…グルオオオオォォォォォ!」
フェニックスは炎を扱う魔物ではあるが、別に炎の魔法に耐性があるというわけではない。
自らの炎を使って体を再生できるというだけだ。
俺が放った炎は青い【再生の炎】を飲み込んでより一層大きな炎となり、大声で悶え苦しむフェニックスの体を焼きつくした。
フェニックスの体を覆う炎が消えた跡には、さらさらとした大量の灰と半透明な真紅の魔石だけが残されていた。




