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古い知り合い

 レモリーが目覚めなくなってから約一年が経った。

 俺はこの一年で幾分か背が高くなり、魔力量が大きく増えたし力も強くなった。

 もしも彼女が目を覚ましたら、俺の成長ぶりに驚くことだろう。

 だが、今まで彼女が起き上がることは一度もなかった。


 フィリップの襲来後、俺は彼らとの戦いで得た魔素から大量の魔物を召喚し、エスノムの街を襲った。

 冒険者や騎士達の抵抗はあったが、絶え間なく押し寄せる魔物達の波を耐えきることはできず、僅か一週間程でエスノムの街は陥落した。

 人間の街で生きる魔族達が魔王()の噂を聞きつけたのか、もぬけの殻となったエスノムには行き場のない魔族達が集まり、現在では魔族の住む街となっている。

 その中には、エキナセア王国の王都で会ったミミックのジャンの姿もあった。


 エスノムの陥落後、人間達はエスノムを取り返そうと俺達のダンジョンを何度も襲ってきた。

 初めはエキナセア王国の騎士団だった。

 死にものぐるいで向かってきた彼らだが、フィリップという大黒柱を失った騎士団は脆く、俺達の敵ではなかった。


 その後も冒険者や他国の軍など、様々な人間達と戦った。

 腕に覚えのある猛者達を前に、死にかけた事も何度かある。

 だが俺達が負けることはなかった。

 これまでの人間達の襲撃は全て退けている。

 そのおかげか、魔王の悪名は文字通り大陸中に轟いていた。




 とある朝、俺はレモリーの部屋へとやって来た。

 彼女が眠っているベッドの横に立ち、顔を覗き込む。


「………」


 その顔には血色が良く肌に艶もあり、今にでも起き上がって「おはようございます。」なんて言葉が出てきそうな程だ。

 とても魂が抜けてしまった状態には見えない。


 レモリーが深い眠りについてから、彼女の部屋を訪ねて顔を見るのが俺の日課になっていた。

 声をかけたり触れたりするわけでもなく、ただただ彼女の事を見ているだけだ。

 全く動かない彼女の姿を見ていると、なんだかもの悲しさが込み上げてきた。

 けれどもこれをしなければ、俺は自責の念に飲み込まれて何も手につかない程憂鬱な気分になる。

 なので、ここへ来ないという選択肢は俺の中にはなかった。


 未だ目の覚める気配がないレモリーの部屋は、彼女が呼吸する音がかすかに聞こえるだけで、気の紛れる余地もない程に静かだった。


 俺はベッドで眠るレモリーに黙って背を向け、彼女の部屋を後にする。

 すると、部屋の外で俺を待っていたのか、リリスがこちらに近寄ってきた。


「あ、出てきたわねぇ。魔王様ぁ、お客さんが来てるわよぉ。」


「客?」


 魔王の名が大陸に広まってからというもの、俺との面会を求めてこのダンジョンにやって来る魔族が後を絶たない。

 その全てに応えるわけにはいかないので、俺が話を聞くべきかどうかの選別を事前に行っていた。

 その選別を越えてきたという事は、それなりの用件なのだろう。


「ええ。何の用かはわからないのだけれど、私ではちょっと断りきれない人だったわぁ。」


 リリスが断りきれないとはどういうことなのだろう。

 彼女よりも力を持った魔族とかなのだろうか?

 俺は疑問に思いながら、リリスと共に応接室のようになっている部屋へと向かった。


 リリスが応接室の扉をノックして中に入り、俺もそれに続く。

 部屋の中では頭に角を生やしたデーモンの男が静かに椅子に腰かけていた。

 その顔には細かな皺が見られるが、年老いているという雰囲気はなく、人間でいえば恐らく中年ぐらいの年齢に見える。

 彼は俺達の姿を見て立ち上がった。


「おまたせいたしました、イルシオン様。魔王様ぁ、こちらが今回魔王様との面会を申し出た『夢幻のイルシオン』様よぉ。」


 リリスは掌で男の方を指し示して俺に紹介し、後ろに下がる。

 すると、イルシオンと呼ばれた男は俺に敬意を示すように手を胸の辺りに当てて軽く会釈をした。


「お初にお目にかかります、魔王様。ただいまご紹介にあずかりました通り、私はイルシオンと申します。以前は先代の魔王様の下で、魔王軍の特殊部隊長を務めておりました。」


 なるほど、先代の魔王軍の幹部か。

 リリスも確か先代の魔王軍の所属だと言っていたし、立場的に彼女では断りづらかったのだろう。


「そうか。俺が魔王だ。で、何の用があってここまで来たんだ?」


 俺はイルシオンに何をしに来たのかを尋ねる。

 すると彼は表情の読めない笑顔を俺に見せ、話を始めた。


「そうですね…本題に入る前に少々私の事についてお話してもよろしいでしょうか?」


 イルシオンの問いに俺は黙って頷き肯定の意を示す。


「ありがとうございます、魔王様。私は『夢幻』という二つ名が指し示す通り、幻術魔法の使い手でしてね。人の認識をずらし、ありもしない幻を見せることができるのです。ほらこの通り。」


 そう言って彼は幻術魔法を発動し、自分の見た目を人間へと変化させる。

 この場で魔法が発動した場面を見ていなければ、彼が本当に人間なのではないかと疑ってしまう程に精巧だった。


「この力を使い、現在はエキナセア王国騎士団の団長として騎士団に潜入し、人間達の動向を探っているのです。」


 そういえば以前、騎士団の上層部にフィリップの動きを阻害する者がいる事をコーニーがほのめかしていたが、イルシオンのことだろうか。

 騎士団長という立場を手に入れているのならばきっとそうなのだろう。

 しかし、騎士団に潜入して今まで正体がバレていないなんてよほど彼が優秀なのか、あるいは王国騎士団がザルなのか。

 俺はきっと前者なのだろうと結論付けた。


「騎士団長ってんなら、サラの事も知ってるのか?」


 サラも元はといえば王国騎士団員だ。

 このダンジョンに来るよう団長から直々に命じられたと言っていたし、面識があるのだろうか?

 俺は興味本位でそんな事を聞いてみた。


「サラ…?…ああ、あの時の。彼女は生きているので?」


 イルシオンは興味がなさそうな顔で俺にそう聞いてきた。


「ああ、アイツは今、俺の味方としてこのダンジョンにいるぞ。」


 この一年で人間と戦う機会が増えたが、彼女は特に躊躇う様子もなく前線に出て人間達を切り捨てている。

 そこに騎士としての面影はなく、俺達の仲間であることは疑いようもなかった。


「そうですか…っと失礼、話が逸れましたね。それで、一年程前にこのダンジョンへ潜入した騎士から気になる話を聞きつけましてね。」


 一年前というと、フィリップと共にやって来た騎士達の事だろうか。

 今さら彼らがどうしたのだろう?


「魔王様、レモリーという魔族の女がこのダンジョンにおりますな?彼女は私が先代の魔王様に仕えていた頃の知り合いで、今代の魔王様に仕えていると王都で会った時に聞きましてね。」


 レモリーという名前が出た瞬間、俺の心臓の鼓動が速くなり、肩に力が入ったような気がした。

 王都で会ったという事は、あの時言っていたレモリーの古い知り合いというのはこいつの事か。

 王都の付近で転移の魔方陣を張った時の協力者は、どうやらイルシオンの事らしい。


 彼は一呼吸置いて軽く息を吸うと、再び話を始めた。


「そのレモリーをフィリップが魔封じのナイフでひと突きにしたと、例の騎士が述べておりました。…単刀直入に伺います、魔王様。彼女は今、魔力を抜かれた状態で眠っているのではありませんか?」


 イルシオンがそう言い放った瞬間、自分の呼吸も心臓の音も、この世に存在する一切の音が消えてしまったかのような感覚に陥った。

 その静寂はほんの一瞬の出来事だったのだが、俺にとっては永遠にこの時間が続くのではないかと思える程長く感じた。


「あ…ああ。そうだ。アイツはこの一年、目を覚ます気配すらねえ。…それがどうしたってんだ。」


 俺は思わず語気を強めてしまった。

 現在のレモリーの状態を言い当てられ、動揺を隠しきることはできなかった。


「やはりそうですか…」


 イルシオンはそう呟くと、顎に手を当て上を向いて何かを考え始めるた。

 少しの間黙っていた彼は、俺の方に視線を戻し口を開く。


「そうですね…魔王様。もしも彼女が目を覚ますかもしれない、と言ったらいかがいたしますか?」

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