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魔王の産声

「…い…」


 夢の中で女が何か喋っている。


「…な……」


 誰もいない真っ白な空間で、彼女はたった一人喋り続けていた。


 ~~~


 目を覚ました俺は、ベッドの上で寝かされていた。


「…ッ…!」


 ベッドから体を起こそうとすると、全身が割けるような痛みが俺の体を襲う。

 声にならない声を上げ、俺はベッドに倒れこんだ。


「…ううん…!」


 俺の横で眠そうに目をこすっていたサラは、俺の事を見て目を丸くする。

 そして彼女は一筋の涙を流した。


「マオ…君…!目が覚めたのか…!」


 サラはそう言って俺に抱き着いて来た。


「ア゛ッ…!」


 サラが触れた部分から激痛が走る。

 彼女を押しのけようと思ったが、力が入らない今の俺にそんなことはできなかった。


「………!」

「クゥーン!クゥーン!」


 ソフィアとフィンもこの場にいたらしい。

 ソフィアは俺の頬へとしがみつき、フィンは俺の顔をなめ回す。

 そんなやり取りをしていたらリリスがやって来た。


「あ!起きたのねぇ、魔王様ぁ!…みんなぁ?嬉しいのは分かるけど、早く離れてあげないと魔王様が辛そうよぉ…」


 苦笑いをしたレモリーが言う。

 彼女の目じりにもキラリと光るものが薄っすら浮かんでいた。


「む…?あ!す、すまないマオ君!」


 サラ達は慌てて俺から離れた。

 すると、俺が起きたことを聞きつけたのか、ベルとコーニーがやって来た。


「おお、起きたか大将!ホレみい!ワシが言った通りすぐに起き上ったじゃろう?ガハハハハハハ!」


 そう言ってベルは俺の肩をバシンと一回叩いた。


「お前ら…クソッ!」


 俺は文句の一つでも言ってやろうと思ったが、喋る度に体が痛むのでそんな気分にはならなかった。


「ハァ…お前ら、それよりもあの後どうなった?」


 俺は自分が気絶した後に何が起こったのかを聞くことにした。

 ぼんやりとしているが、わけのわからない力が湧いてきてフィリップを倒したところまでは覚えている。

 他の奴らはあの後どうなったのだろうか?


「あの後…魔王様が気絶した後の事かしらぁ?魔王様が気絶した後、状況が悪いと判断した私達は、魔王様とレモリー様を担いで撤退を選択したわぁ。…完全に止めを刺したと思ってたのだけれど、あのパトリックとか言う騎士、生きてたのよねぇ…」


 どうやら地面に倒れて死んでいるように見えた騎士は生きていたらしい。

 手負いとはいえ敵が一人増えた状態で俺達を守りながら戦うのは、相当に厳しかったのだろう。


「…すまない、マオ君。私の体力が回復していれば…そしたら騎士達もダンジョンから撤退したようで、二人を安全な場所に逃がしてから戻ってきたら誰もいなくなっていたんだ。」


 俺達も満身創痍ではあったが、騎士達の方も戦えるほどの力は残っていなかったらしい。

 騎士達を退けたという事は、一応俺達の目的は達成し、当面の危機は去ったという事でいいのだろう。

 その事実に俺は安堵した。

 肩の力が抜けた状態で周りを見ると、俺はある疑問が浮かんできた。


「そういえばレモリーはどうした?さっきから姿が見当たらないが…」


 いつもなら真っ先に俺の下へとやって来るはずのレモリーが見当たらなかった。

 かなりの深手を負っていたから、俺と同じようにまだケガが治りきっていないのだろうか?

 軽い気持ちで質問してみたら、なんだかこの場の空気が重くなった気がした。


「いや…その…」


 サラが返答しようとするもなかなか言葉が出てこず、どこか言いづらそうにしていた。

 それを見かねたコーニーが口を開く。


「…彼女はあの日からずっと…まだ目を覚ましていないんだ。」


「は…?」


 俺はレモリーの状況について、淡々と話すコーニーの説明を受けた。

 フィリップが持っていた魔封じのナイフに刺されたレモリーは、全ての魔力が体から抜けて意識が戻らないとのことだ。


 魔法という超常の力の源である魔力とは何か。

 その謎を解くために、この世界では大昔から数多くの研究者達がありとあらゆる角度で研究を進めてきた。

 その結果、現代で最も有力な説として提唱されている説は『魔力とは魂の源である』というものだ。

 自然現象を捻じ曲げて超常の力を引き起こすという、とてつもないエネルギーが必要な事象に対して、そのエネルギー源を魂とすれば辻褄が合うらしい。

 つまり魔力がなくなってしまった今のレモリーは、身体という器から魔力という魂が完全に抜け去ってしまった状態らしい。

 普通は一時的に魔力を使い切ってしまっても、減った魔力を補うために外部から魔素を吸収して、それを自分の体内で魔力へと変換することで魂を維持できる。

 だが、彼女の場合は魔封じのナイフのせいでそれができなかった。

 そして、歴史的にもこのような事例は見たことがなく、レモリーが再び目を覚ます可能性は限りなく低いとのことだ。


「…とまあ…こんな感じかな?」


 コーニーが話を終えたところで、レモリーの意識が戻らないことに対する悲しさとやるせなさが同時に俺を襲ってきた。

 寝転がっている俺のこめかみに水滴が垂れる。

 気が付けば俺は涙を流していた。


「………」


 レモリーは俺がこの世界で初めて出会った魔族だ。

 それから今まで、ずっと俺は彼女と共に生きてきた。

 目を閉じて思い浮かぶのは、俺が強くなるために毎日レモリーから戦闘の訓練を受け、彼女の用意した料理を食べ、うらやましそうな視線を送って来る彼女を横目にフィンの頭をなでる…そんな生活。

 前の世界で独りだった俺は、いつしかレモリーがいる日常というのが当たり前になっていた。

 そんな彼女は今、死んだも同然の状態で眠っているという。

 この時俺は、人のために涙を流すことの意味を生まれて初めて理解できた。


 なぜもっと早くあの力を使うことができなかったのだろうか。

 そんな後悔の念が押し寄せてくる。

 俺はしばらく何も考えることができなかった。


 どれくらい時間が経ったのかは分らないが、いつの間にか俺の涙は枯れていた。

 そして涙の代わりに、胸の奥にどす黒い粘つくような感情が湧き上がって来る。

 だが、レモリーをこんな状態にした当の本人(フィリップ)は、俺が既にこの手で葬り去っていた。

 行き場のない感情が宙に浮きながら、どんどんと膨れ上がっていく。


 俺はふと、王都での光景を想い出した。

 幸せそうに生きる平民街の人間達、奴隷を買い漁ろうとしていた貴族や商人達。

 奴らは今も平和な日々を送っているのだろう。

 生きるために命がけで戦っていた俺達のことなど知らずに、フィリップ達が必死で戦っていたことなど気にも留めずに。

 そう考えたら、自分達だけのうのうと平和な日常を享受している人間達が許せなかった。

 憎しみ、恨み、怒り…行き場のない俺の感情の矛先は人間達へと向けられた。


 俺は目を閉じる。

 思えば俺が魔王になったのはこの世界で生きるためだった。

 けれども今回の件で、俺は魔王として人間の敵になる覚悟を決めた。


 そして俺は魔王としてある決断をする。


 ~~~


 フィリップ達によるダンジョンの襲撃から約一ヵ月。

 つい最近まで賑わいを見せていたエスノムの街からは、人間の姿がきれいさっぱりなくなっていた。


 新たな魔王が現れたという情報は、エキナセア王国最強の騎士フィリップの死と、エスノムの陥落と共に大陸中へと広まっていった。

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