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治癒魔法

 金属と金属がぶつかるような甲高い音が何度も鳴り響いていた。

 サラとパトリックは剣と刀の激しい打ち合いの末、鍔ぜり合いに転じる。

 パワーではパトリックの方が勝っており、サラの刀を少し押し返したと思ったら、彼の横からリリスの蹴りが飛んできた。


「クッ…!」


 このままいけばサラには押し勝てるが、リリスの蹴りはモロに食らってしまう。

 パトリックはリリスの逆側へ大きく跳んで二人から距離を取った。


「うぅん…また避けられちゃったわぁ。」


 リリスは不満げにそう言った。

 今と同じような状況を作って何度か攻撃を仕掛けていたが、全てパトリックにうまく対処されて空振りに終わっていた。


「だが、今のところ私達の方が押しているんだ。焦ることはないさ。」


 サラの言う通り、先程からずっと彼女達の攻撃に翻弄されていたパトリックは防戦一方で、サラとリリスの方が優位に立ち回れている。

 パトリックへ大したダメージこそ入れられてないが、彼女達にとって焦るような状況ではなかった。


 それとは逆に、パトリックは表情こそ変えないものの内心かなり苛ついていた。

 先程からまともに攻撃を仕掛けることすらできていないのだ。

 ここまでフィリップが見つからなかった事や、モンスターハウスに置いて行ったロベールの事など、この戦闘に入る前の不安や焦りなども相まって、彼にかかっているストレスは相当なものなのだろう。

 一度冷静になるために彼は大きく息を吐く。


「サラと言ったな。貴様、それだけの力を持っていながらなぜ騎士団を裏切って魔王に与したのだ?」


 険しい顔でパトリックが問い詰める。


「…私は別に騎士団を裏切ったわけではない。ワルター大た…ワルターに裏切られ、行くアテがなくなったところを魔王様に拾われたのだ。」


 それに対してサラは、自分は騎士団を裏切ったのではなく裏切られた側だと主張した。


「…ああ、ワルター殿か。」


 王都でワルターに関する噂を聞いていたパトリックは、その名前を聞いた瞬間何とも言えない顔になる。


「幼い頃に拾われた恩を返すために騎士になったが…殺されかけてまで続ける義理などないからな。」


 そう言い放つサラの顔は、少しだけ寂しそうな表情をしていた。


「そうか、あの男が…か。貴様にも同情できる部分はあるが…だがそれでも、魔王に与した貴様は騎士の風上にも置けん。やはり今ここで始末せねば。」


 パトリックは両手で剣を握り直すと、魔法を使うための詠唱を始めた。


「崇高なる主よ、我が魔力と引き換えに、卑しき我が身にもその奇跡に触れる慈悲を与え給え。」


「…!マズい!」


 何の魔法を使おうとしているのかはわからなかったが、急激な魔力の高まりを感じたサラは、パトリック目がけて突進する。

 彼女は渾身の力を込めて袈裟懸けに刀を振るうが、パトリックの剣でガードされてしまった。

 リリスはサラの攻撃に続こうとするが間に合わない。

 それよりも先にパトリックが呪文を唱える。


「【女神の祝福(パナケイア)】」


 パトリックの魔法を阻止することはできなかった。

 何が起こるのかと身構えるサラとリリス。

 だが、特に攻撃が飛んでくる様子はない。

 ならばと思いパトリックを見るが、特に大きな変化はなかった。

 まさか不発に終わったのだろうかと一瞬だけ考えたが、目の前の騎士に限ってそれはないだろうと思い直すリリス。


 警戒しつつも彼女はサラと連携してパトリックに攻撃を仕掛ける。


「いくわよぉ、サラちゃん!」


「ああ!」


 サラはパトリックへと斬りかかり、再び剣と刀の打ち合いが始まる。


「クッ…!」


 パワーでは勝てないサラも、手数とスピードでパトリックを徐々に押し始めており、彼は苦々しい顔をしていた。

 そして数合剣と刀を合わせたところで、パトリックはサラのスピードについていけず、大きな隙ができる。


「ここよぉ!」


 横からやってきたリリスがパトリックに全力で殴りかかった。

 リリスの拳はパトリックの右肩を捉える。

 骨がへし折れる感触があった。

 パトリックの肩からボキリとものすごい音が聞こえ、彼の腕があらぬ方向に曲がる。

 すかさずサラが追撃を仕掛けようと刀を振り上げたところで、彼女は信じられないものを見た。


「おおおおおおおおお!」


 肩の骨が折れたはずのパトリックが、両手で剣を握りしめて逆袈裟に斬りかかってきたのだ。


「なっ…!」


 サラは咄嗟に刀を振るわれた剣に合わせて打ちつける。

 肩の骨を折った者の一撃とは思えない程の威力に、サラの腕がジンジンと痛む。

 彼女は困惑しながらパトリックの肩を見ると、まるで最初から何事もなかったかのように、折れた骨が元に戻っていた。


 パトリックがそのまま剣を振りきると、力負けして刀を弾かれたサラがたたらを踏む。

 そして好機と言わんばかりに、パトリックは剣を返してサラを斬り下ろす。

 バランスを崩してしまったサラにこの一撃を防ぐ手立てはない。

 あわやその剣がサラの体へ届くかと思われた瞬間、リリスの蹴りがパトリックの腕を弾いて剣の軌道が変わり、地面にぶつかってその動きを止めた。

 二人は慌ててパトリックから距離を取る。


「なんだ今のは…?」


 リリスがパトリックの肩の骨を折って満足に動けなかったはずなのに、彼は凄まじく重たい一撃を放ってきた。


「幻覚…?いや、でも確かに骨を折った感触はあったし…」


 リリスは一瞬だけ幻覚を見せられているのかと疑ったが、彼女の手に伝わってきた骨が折れる感触は紛れもなく本物だった。

 今の一連の流れの中で治癒魔法を使った様子もない。

 となれば先程発動を防げなかった魔法の効果なのだろう。

 困惑しながらも、二人はパトリックの魔法の正体を突き止めようと頭を

悩ませる。


「フン!何を考えているのが知らんが無駄だ。貴様らにこの魔法は破れん。」


 見下すような視線を二人に向けるパトリック。

 ここでサラがふとある事に気が付いた。


「奴の傷が治っている…?」


 パトリックの肌がむき出しになっている部分をよく見ると、先程まであった細かい擦り傷や切り傷がなくなっていた。


「あらぁ?本当ねぇ。もしかして、事前に発動することでケガを治す魔法…とかかしらぁ?」


 サラの指摘を聞き、リリスはパトリックの魔法をそう推測する。


「…そうだ。【女神の祝福】は一度発動すれば永続的に効果を発揮し、どんな大きな傷をも一瞬で治す治癒魔法。もはや私の体に傷一つつけることができなくなった貴様らに、勝ち目などないわ!」


 よほどその魔法に自信があったのだろう。

 サラとリリスに剣の先を向けながら、パトリックは声高らかに言い放った。


「どんなケガでも一瞬で治しちゃうなんて、確かに恐ろしい魔法ねぇ。でも…」


 リリスは口を三日月型に歪ませる。


「どれだけ完璧に見えるものにも、必ず弱点はあるものよねぇ?」


 その笑みは恐ろしい程に妖艶で挑発的だった。


「ああ、全くその通りだな。今すぐその魔法を引っぺがして、二度と魔王様に歯向かえないようにしてやろう。」


 リリスの意見にサラは同調し、刀を鞘に納めて居合の構えを見せる。


 パトリックの使った【女神の祝福】を打ち破るべく、二人は動き出すのだった。

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