初めての戦闘
さっきゴブリンを罠にかけた部屋の前に着いた俺とレモリー。
元々そんなに広くないダンジョンだったので、ここまで来るのに時間はかからなかった。
部屋の中を見ると、スライムたちがゴブリンの退路を塞いでいる。
ここに来る前、スライムたちに部屋の入口を塞ぐよう指示しておいたのだ。
「いいぞお前ら!そのままゴブリンを逃がすんじゃねえぞ!」
スライムたちからの返事はない。
だが俺の声にゴブリンが反応して、こちらを振り返った。
「ゲギャギャ?」
ゴブリンはダンジョンの奥から現れた俺たちのことを不思議そうに見ている。
恐らく、なぜこんな場所に人間の子供がいるのか疑問に思ったのだろう。
そして少し何かをか悩んだ後、こちらに向かってくる。
「スライムよりも俺のほうが勝てそうだってか?…ふん!バカめ!」
そう毒づいた俺だが、この世界に来て初めての戦闘に緊張して、気づけば手足が震えていた。
圧倒的な体のスペック差があり、負けることはないというのはわかっている。
それに、万が一の場合にはレモリーが助けてはくれるのだろう。
だがやはり、命のやり取りをするとなれば、怖いものは怖いのだ。
「魔王様、大丈夫です。」
レモリーの声を聞いて、俺は深く息を吐く。
まだ手足は震えているが、幾分か緊張が和らいだ。
これならまだなんとかなるだろう。
そんなことをしているうちに、ゴブリンが自分の間合いまで距離を詰めていた。
そして、粗末な弓にボロボロの矢を番え、俺に向かって放つ。
放物線のような軌道を描いて矢が飛んでくる。
なんだか目の前の映像がやたらとスローに感じる。
ぐわんぐわんとたわみながら飛んでくる矢の、矢じりの先まではっきりと認識できた。
なんだこの感覚は?
これも魔王の体の恩恵なのか?
初めての感覚に戸惑い呆けていると、俺の真横を矢が通り過ぎた。
一瞬で現実に引き戻された俺は、慌てて横に転がる。
「うおっ!危ねえ!」
「ま…魔王様…」
矢が飛び去ってから回避行動を取った俺は、傍から見たらさぞ滑稽に映っただろう。
レモリーはそんな俺に、なんとも言えない声で呼びかけた。
「クソっ、なんだ今のは!つい見入っちまった…こんなんでやられたらシャレになんねえぞ!」
そう吐き捨てるように言ってゴブリンの方を見る。
ゴブリンは矢筒から矢を取り出して、2射目の準備をしているところだった。
「やらせねえよ!」
俺は手のひらへと魔力を集める。
「【火球】」
魔法を発動するためのキーとなる呪文を唱え、手のひらから魔力を放出すると、目の前に火の玉が現れる。
最初は小さかった火の玉だが、魔王の魔力を吸ってぐんぐん成長し、最終的に30cmほどの大きさになった。
大きくなった火の玉を、ゴブリンめがけて飛ばす。
そのスピードは、さっきゴブリンが放った矢よりも断然速い。
避ける間もなく火の玉がゴブリンに直撃したかと思うと、あっという間に火が燃え広がって、ゴブリンの体を炎が包みこんだ。
炎が止むと、黒焦げにになって息絶えたゴブリンの姿がそこにあった。
「ハア…ハア…」
勝った。
初めての戦闘で俺は、ゴブリンを殺した。
もう緊張はしなくてもいいはずだ。
だというのに全身の震えが止まらない。
疲れてもいないのに呼吸が乱れる。
あとはダンジョンコアのある部屋に帰るだけなのに、俺の体は一歩も動かなかった。
少しの間そうしていると、レモリーがこちらに歩いてきて、俺の背中を優しく撫でた。
「魔王様、お見事でした。」
という言葉とともに、穏やかな笑みをこちらに向ける。
全てを委ねてしまいたくなるほどの優しい表情をしていた。
「本日はお疲れでしょうから、早く戻ってゆっくりとお休みになってください。」
そう言うと、俺の手を取ってダンジョンコアのある部屋へと向かうのだった。