爆発
目の前の騎士が槍を構えて突っ込んできた。
「フンッ!」
騎士が放った鋭い突きを俺がサイドステップで避けると、その突きは横薙ぎへと変化する。
槍の柄の部分に掌底を当て、その軌道を上にずらして攻撃を防いだ。
そして、腕が伸びて隙ができた状態の騎士へと踏み込み、俺の間合いに入れる。
顔面目掛けて右の拳を振りぬくが、俺の攻撃が騎士に届くことはなく、強引に引き戻された槍の柄で防がれてしまった。
俺の右拳に鈍い痛みが走る。
俺との距離が近すぎて、リーチの長い槍では不利だと悟ったのか、騎士は大きく後ろに跳んで俺から離れようとした。
俺は距離を取られるまいとそれについて行こうとしたが、騎士が後ろに下がりながら槍で俺をけん制したせいで、あまり距離を詰められなかった。
「…やるじゃねえか、ガキんちょ。お前、名は何て言うんだ?」
騎士は俺に名を名乗るよう促す。
「俺は魔王だ。…名前なんて大層なもんはねえよ。」
自分の名を持たない俺はそう返すしかなかった。
「…そうかい。俺はロベールってんだ。名も知らねえ奴に殺されるなんて虚しくなるだろうからな。冥土の土産に教えといてやるよ。」
ロベールと名乗った騎士は、再び槍を構える。
「ハッ!そういうことなら残念だったな!お前は名前のねえ俺にやられて死んでいくんだからな!」
俺はロベールを煽ったが、彼は顔色一つ変わえず動揺する素振りを見せなかった。
リーチの長い槍で戦うロベールは、俺の間合いの外から攻撃を仕掛けられる。
さっきのように懐へ潜り込めれば俺の方が有利になるが、あれはたまたま出鼻をくじけただけで、恐らく次からは警戒され、ロベールを俺の間合いへ入れることすらできないだろう。
素手で戦う俺にとって、あまり相性の良い相手とは言えなかった。
となれば魔法を使いたいところだが、そう簡単に魔法を撃つ隙を与えてはくれないだろう。
だが、それはあくまでも1対1の場合。
今回の俺には魔物という手駒があった。
俺は二体のオークに指示を出し、同時にロベールへと差し向ける。
ロベールは横に大きく槍を薙ぎ、左右からやって来るオークを斬り伏せた。
オーク達は一瞬で腕を失ってしまったが、俺が魔法を使うための時間を稼いでくれた。
「【火球】」
大きな火の玉がロベールへ向かって飛んでいく。
「セイヤッ!」
そのかけ声と共に振るわれた槍によって、ロベールに迫っていた火の玉は完全にかき消えてしまう。
「チッ…」
あまりにも簡単に魔法を防がれ、思わず舌打ちが出る。
味方の魔物を巻き込まないよう効果範囲の狭い魔法を使ったのだが、これはそんな甘っちょろいことをしてる場合じゃないな。
先程のオーク達を再びロベールへぶつける。
だが、腕をなくしたしオーク達の動きは鈍く、今度は二体同時に首を切り落とされてしまった。
地面へと崩れ落ちる二体のオーク達。
「【荒れ狂う炎】」
俺の目の前に現れた炎は、大きくうねりながらロベールへと襲いかかる。
ロベールは咄嗟に足元で転がっていたオークの死体を持ち上げ、炎を防ぐ盾として使った。
炎がオークへと直撃しその体を包み込むと、肉が焼ける嫌な匂いが立ち込めた。
オークがこんがりと焼けて炎が消えると、その向こうに槍を持った騎士の姿が現れる。
またしても完全に魔法を防がれてしまった。
「クァァァァァッ!」
いつの間にかロベールの背後へ回り込んでいた夜烏は、魔法で作った風の刃を飛ばした。
背後から魔法が迫ってくるのを感じ取ったのか、ロベールは大きく横へ転がって風の刃を避ける。
「フンッ!」
そして素早く立ち上がると、手に持っていた槍を夜烏に向かって投げた。
槍は重力を無視して斜め上に直進し、夜烏の脳天を貫くとダンジョンの壁に突き刺さった。
槍を手放した今が好機と、俺はロベールへ近づくために駆け出した。
すると、ロベールはその場で何かをを手繰り寄せるような動作をとる。
その手元には、魔力でできた糸のようなものが見えた。
糸は槍へと繋がれていて、ロベールの動きと同時に突き刺さった穂先が壁から抜け、槍がロベールの手元へと帰っていく。
俺の間合いに入れる前にロベールが槍を手にしたので、不利な対面ができてしまった。
「残念だったな、魔王。」
ロベールへと猛スピードで突っ込む俺に、彼は鋭い突きを放ってきた。
「クッ…」
あまりにも的確に急所を狙われ、一瞬で全身の毛穴から汗が噴き出る程の戦慄を覚えた。
ロベールの突きに対して俺はなんとか体を捩ったのだが、槍の穂先が頬を掠めた。
頬に一文字の傷が刻まれる。
かなり危なかったが、なんとか直撃は避けた。
「おおおぉぉオオオ!」
そう思ったのも束の間、ロベールは槍を両手に持ち替えて横に振り、柄の部分を俺に打ちつけてくる。
「ガッ…!」
俺の横腹にものすごい衝撃が伝わってくる。
あまり力が入らないはずの柄の部分なのに、なんというパワーだろう。
ロベールはそのままフルスイングで槍を振り抜き、俺をダンジョンの壁まで吹っとばした。
重たい衝突音と共に、背中にジンジンとした痛みがやってくる。
「ゲホッ!ハァ…ハァ…」
俺は咳き込みながら立ち上がった。
俺のローブの中から、割れたスライムの核とゲル状の物体が落ちてくる。
「妙な感触があったと思ったら…なるほど、スライムか。」
身体強化でかなりの出力を出せるようになったが、元が子供のこの体ではどうしてもパワーで勝てない相手もいる。
ベルなんかがいい例だ。
そんな相手が来たときのために、俺はスライムをアーマーのように纏わりつかせていた。
スライムがいなかったら、骨が何本か折れていたかもしれない。
だが、これでスライムのアーマーはなくなり、ダメージを軽減する事はできなくなった。
戦闘の中心から離れた位置にいたソフィアは、俺が吹き飛ばされたのを見てこちらへすっ飛んで来る。
俺達が狙われないように、ロベールへ魔物を差し向けた。
ロベールが槍で魔物を次々と薙ぎ倒していく中、ソフィアが俺に治癒魔法をかける。
「………っ……!」
今受けた痛みはすぐに引いていった。
体が癒えたところでモンスターハウスの中を見渡す。
部屋中にひしめき合っていた魔物も、気がつけば残り三体にまで数を減らしていた。
「ハァ…ハァ…」
だが、無駄にロベールにやられたわけでは無い。
魔物達の絶え間ない強襲は、確実にロベールの体力を削っていた。
俺が戦う前よりもかなり息が上がっている。
決着の時は近そうだ。
俺はここで勝負に出ることにした。
ラピッドヴォルフがロベールの間合いギリギリのライン保ちながら、攻撃を受けないように駆け回る。
「アォォオオオオオオオン!」
ラピッドヴォルフが一鳴きすると、空を飛んでいた夜烏の魔法によって、ロベールへと向かって猛烈な風が吹きつける。
その風に後を押されるように、残された魔物たちが一斉にロベールへ向かって駆け出した。
ロベールは右からやって来るオークが振るった剣を捌き、左から突撃してきたラピッドヴォルフを蹴り飛ばす。
そして返す槍でオークの腹を切り付けた。
「焼き尽くせ!【荒れ狂う炎】」
さっき使った【荒れ狂う炎】よりもさらに大きな炎が現れ、風に乗って猛スピードでロベールへと飛んでいく。
近くにいたオークを巻き込みながら、炎はロベールへと襲いかかった。
「ハァ…ハァ…クッ…!」
ロベールは槍を風車のように回しながら、風圧で炎の直撃を避ける。
細かい火の粉が彼に降りかかるが、その体が炎で焼かれることはなかった。
そして近くにいたオークは、燃え盛る炎の中から飛び出してきた。
火傷の痕はあるが、どうやら無事のようだ。
ロベールへと襲いかかった魔法の炎は、魔力というエネルギーを使い果たし、その役目を果たすことなく消える。
次の瞬間、ロベールは目を見開いて驚愕の表情を見せた。
炎が消え開けた視界で彼が見たものは、目の前で俺が拳を振りかぶる姿だった。
俺は魔法で炎を生み出すと同時に、その炎をブラインドにして今の場所まで移動していたのだ。
この距離ならば、リーチの長い槍は使いづらい。
俺はロベールへと全力で拳を振り抜いた。
「うおおぉぉォオラアァァァァ!」
乾いた打撃音がこの場に響き渡る。
ロベールは咄嗟に槍を手放し、苦しい顔をしながら手のひらで俺の拳を受け止めていた。
「ハァ…ハァ…これでお前の攻撃は防…」
「【爆発】」
呪文を唱えた俺は後ろへ跳ぶ。
俺の魔力が目の前の空間へと流れ、爆発した。
爆発の余波を受けて、俺の体は後ろへと吹き飛ばされる。
だが予め後ろに跳んでいたので、そこまで大きなダメージにはならなかった。
ロベールの方を見ると、彼はモロにダメージを受けたようで、片方の腕がなくなった状態で壁に打ちつけられていた。
ロベールは痛みを堪えながら、壁に手をついて弱々しく立ち上がった。
「…まだ生きてんのか。」
そのしぶとさには敵ながら感心してしまうが、ロベールはもはや虫の息だ。
さっさとトドメを刺そうと一歩踏み出したところで、モンスターハウスの入口から人の気配を感じた。
「【風の刃】」
俺に向かって風の刃が飛んでくる。
だが風の刃にそれほどのスピードはなく、俺は軽く横へ跳んでそれを避けた。
フィリップが連れてきた騎士は、コイツとダンジョンの奥へ行ったもう一人だけのはずだ。
何事かと思って魔法の発生源に目をやると、一組の少年と少女がこの部屋へ入ってくるところだった。
「おい!大丈夫か!」
少年は満身創痍のロベールへと叫ぶ。
「ハァ…ハァ…お前…どうして…ハァ…ここに…!」
少年の登場はロベールにも予想外だったようで、目を丸くしていた。
「あん時は止められたけど、やっぱり嫌な予感がしたから追いかけてきたんだ!んなことより、重症じゃねえか!ハンナ!」
ハンナと呼ばれた少女は、少年が名を呼ぶとロベールの下へ駆け寄った。
「わかったわ!…ロベールさん、今治療しますからじっとしててください。」
そう言って彼女はロベールへ治癒魔法をかける。
なくした片腕は返ってこなかったが、ロベールの体にあった大きな傷は塞がっていた。
ハンナが治療している間、少年は俺の事を警戒しているのかこちらへ剣を向けていた。
「お前、もしかしてあの時の奴か?」
少年は俺へと問いかける。
どうやら俺は彼と面識があるらしい。
あの時とはどの時のことだ?
俺は頭の中の記憶を引っかき回し、この少年に関する情報を探す。
「…ああ、なるほど。あの時逃がした奴か。」
思い出した。
初めてダンジョンにやって来た少年と少女だ。
確かエルヴィンとかいう名前だったな。
「チッ!お前にとって俺はその程度の存在なのかよ!」
俺がエルヴィンの存在を思い出すのに時間がかかったからか、エルヴィンは悪態をつく。
よく見れば剣を持つ手が震えていた。
「…俺は…お前に負けてから今日まで、あの時の事はずっと忘れられなかった。だから今!ここで!…お前ともう一度戦って…あの時受けた恐怖を乗り越える!」
エルヴィンは俺に向かってそう宣言した。
「なんかよくわからんが…やれるもんならやってみろ!あの時みてえに返り討ちにしてやるよ!」
俺とエルヴィンとの再戦が始まった。




