モンスターハウス
「…アイツら、先に進んでるみてえだな。」
フィリップの転移後、俺達はその場に残された騎士たちの動向を見ていた。
冒険者と何かしらの話をつけた彼らは、どうやら前に進むことにしたようだ。
「おや、本当だ。片方は引き返して応援でも呼ぶんじゃないかと思ったんだけど…」
どうやらコーニーの予想は外れたようだ。
だが、予定通りフィリップは隔離できているので問題ない。
「ま、奴らを出迎える準備はできてんだ。たっぷりと歓迎してやろうぜ。」
俺はそう言って騎士二人の監視を続ける。
本当は転移したフィリップの動向も確認しておきたいところだが、彼の行き先にはレモリーがいる。
それに、こちらの騎士達から目を離すわけにもいかないので、フィリップに関しては完全にレモリーに任せることにした。
ダンジョンの中を進む騎士二人はフィリップが連れてきただけあって、かなりの腕が立つ。
フィリップが抜ける前程ではないが、襲い掛かって来る魔物をものともせず、かなりの勢いでダンジョンを攻略していく。
階層を踏破し階段を見つけ地下へと地下へと潜っていき、気づけば地下八階まである内の地下五階に到達していた。
「…もうこんなとこまで来たのか。」
あまりの攻略の早さに、思わずそんな言葉が俺の口を衝く。
「まあ倒した魔物から素材を回収したりせず、単純に前に進んでいるだけだからね。あれだけの力があればこんなもんじゃないかな。」
コーニーは呑気そうにそんなことを言った。
「あらぁ、結構ピンチだったりするのぉ?」
俺の背中側から声がしたかと思うと、リリスが優しく肩に手を置いてきた。
「いや、あそこにはちょっとした仕掛けがあるから問題ねえ。…それよりお前、本当にいけるのか?」
俺は顔を動かしてリリスの方を見る。
ソフィアの治癒魔法で治療したとはいえ、リリスとベルはかなりの大怪我を負っていた。
治癒魔法で傷は塞げても流れた血が戻ってくるわけではないし、完全に体力を回復できるわけでもない。
実際ベルなんかは日常生活に支障はないが、今回の騎士達と戦えるほどの体力が戻っていなかった。
…まあアイツは夜な夜な体力を消費しているというのもあるが。
そんな中で、リリスは自分も騎士と戦うなんて言っていた。
「ええ、私の事なら問題ないわぁ。なぜだか知らないけど、昔から体の回復だけは早いのよねぇ。」
リリスは笑顔でそう返した。
まあ本人がそう言うのならば大丈夫なのだろう。
サラと組ませて行動させるし、足手まといにはならないのではないかと俺は自分を納得させた。
「そうか。なら頼んだ。」
「ええ、任せてちょうだい!」
リリスはそう言うと、俺の額に軽くキスをして自分の持ち場へと向かって行った。
俺はそれを見送って騎士たちの方へ意識を戻す。
すると騎士達は、小部屋へ入る手前の通路を歩いているところだった。
『魔物がいそうな場所があるな。』
前方にある広い空間を見て、真面目そうな騎士が言った。
『…またか。ったく、いつになったら隊長か魔王に会えるんだ!』
魔物との連戦で疲れたのか、やんちゃそうな騎士の方は少し苛ついているようだった。
その後、二人は無言で小部屋へ向かって歩いていく。
すると、何かに気づいたようで部屋の手前で立ち止まった。
『やけに嫌な気配がするな…』
部屋の中を覗き見る騎士達。
そこには数体の魔物が、侵入者が来るのを待つように佇んでいた。
『パッと見は特に何もなさそうだが…ふむ…』
真面目そうな騎士は顎に手を当てて何かを考え込んでいる。
しばらくしてしびれを切らしたのか、やんちゃそうな騎士が大声を出す。
『だあーもう面倒くせぇ!俺たちには時間がねえんだ!罠だろうがなんだろうが無理矢理突破して進めばいいじゃねえか!』
そう言って彼はズカズカと小部屋の中へ入っていった。
『あ、おい!待て、貴様!』
もう一人の騎士もその後を追うように部屋の中へと入る。
「ちょっとバレそうだったけど…結果良ければ全てヨシってやつかな?」
俺の顔を伺うようにコーニーがこちらを向く。
「まあな。よし、お前ら!出番だ!」
俺は【念話】を使って味方に指示を出す。
すると、騎士達のいる部屋の壁が崩れ落ちた。
ゴブリン工作部隊特製のダミーの壁だ。
壁の向こうにある広い空間から、大量の魔物達が現れた。
『チッ、コイツがモンスターハウスってやつか。』
先に部屋へと入ってきた騎士が舌打ちをする。
「よし、じゃあ僕ももうひと仕事しますか。【死霊の集い】」
コーニーは例の水晶がついた杖で魔法を送り、モンスターハウスにゾンビを発生させる。
モンスターハウスは魔物達でひしめき合っていた。
『しかもゾンビまでいるとはな…』
もう一人の騎士は、何とも煩わしそうな声を出した。
これだけの数を相手にするのは骨が折れるのだろう。
それに今回はコーニーの【死霊の集い】まで使っている。
いくら騎士達が強いとはいえ、魔物達が押し勝てる可能性もあった。
騎士達はそれぞれの武器を手に取り、魔物達へと振るっていく。
攻撃を受けた魔物は一瞬でやられてしまうが、その後ろからまた別の魔物が騎士へと突っ込む。
さらには倒された魔物もゾンビとして復活し、騎士へと襲いかかった。
魔物達の絶え間ない攻撃に、さすがの騎士達も疲労の色が出始める。
『ハァ…クッ、貴様がもっと慎重に進んでいれば…』
『うるせえ!冒険者じゃねえ俺らにモンスターハウスなんざ見分けがつかねえし、モンスターハウスだとわかったところで、結局戦うしかねえから一緒じゃねえか!』
魔物達を切り捨てながら言い合う騎士達。
それからお互い少しの間無言になったかと思うと、やんちゃそうな見た目の騎士がふと口を開く。
『だがこの状況はマジでヤバいな…チッ、仕方ねえ。おい!パトリック!ここは俺が引き受けるから、お前は先に進め!』
多少なりとも罠にかかってしまった負い目があったのだろうか。
彼は身体強化の強度をさらに上げながらそう言った。
『…フン!そういう事ならば遠慮なく先へ行くぞ。』
そう言ってもう一人の騎士は、魔物が手薄な部分を無理やり突き進んで、部屋の反対側にある通路へと進んで行く。
ここで騎士二人の体力を消耗させる予定だったが、二手に分かれて戦力を分散してくれるのであれば、それはそれで好都合だ。
俺は不自然にならない程度に、騎士を逃がすよう魔物を誘導した。
「おい!一人そっちに行ったぞ!」
【念話】を使って遠くにいるサラに情報を伝える。
彼女にはモンスターハウスで消耗した騎士達を仕留めるという役割を与えていた。
『了解!マオ君、君のためにがんばるから私の勇姿を見ていてくれ!そしてこれが終わったら…』
「あ、リリスも今そっちに向かってるから、二人で協力して戦えよ。」
なんだか長くなりそうだったので、サラの話を遮ってリリスを応援に送ることを伝えた。
『…了解した。』
サラはそう言って【念話】を切る。
今回は騎士が相手で彼女にとっては元同僚と戦うことになる。
先日、それについてどう考えているのか尋ねたところ、『今はマオ君の味方だから。』なんて答えが返ってきた。
彼女は元々国というよりも個人に忠誠を誓っていたようで、あまり騎士団に対する思い入れはないらしい。
まあ【念話】で聞いた声もかなり気合が入っているようだったし大丈夫だろう。
「さて…」
騎士達への妨害を一通り終えた俺は、ダンジョンコアから手を離して一息つく。
コアルームの中に残っているのは、俺、コーニー、ソフィア、フィンだけだ。
「じゃあ俺も魔物たちが残ってるうちに出るか。」
そう言って俺は出撃の準備をする。
狙うのはモンスターハウスに残っている騎士だ。
もし騎士二人がモンスターハウスに残るのであればサラ達と合流して3対2で相手をし、二手に分かれるのであれば俺が直接モンスターハウスに乗り込む、そういう手筈だった。
「行ってらっしゃい、魔王様。ここは僕に任せてくれ!…と言っても、ほとんどやる事なんてないんだけど。」
笑いながらコーニーが冗談めかして言った。
フィンが俺の方へ近づいてくる。
「わふぅ…」
少しばかり不安げな瞳でこちらを見つめながら一鳴きするフィンの頭を雑になでると、フィンは嬉しそうに目を細めた。
「ソフィア!お前は俺と一緒に来い!」
俺は治癒魔法が使えないので、何かあったときのためにソフィアを連れていく。
エスノムでフィリップと戦った時に知ったが、彼女は機動力に長けているので、戦場へ出ても己の身ぐらいは守れるだろし、足手まといになる心配もない。
ソフィアは俺の近くまで飛んでくると、ローブのフードの中へ入った。
「よし、それじゃあ行ってくる。」
俺はここにいた面々にそう告げると、モンスターハウスへと向かって行った。
~~~
「…!」
モンスターハウスを抜け、ダンジョンの奥へと進んでいたパトリックは、前方から人の気配を感じとった。
「この感じ…例の魔王か?」
パトリックは人の気配がする大部屋へと足を踏み入れる。
するとそこには、刀を腰に下げた金髪の女と、背の高いサキュバスがいた。
「魔王…ではないようだな。」
部屋の中にいたのが魔王ではなかった事に、少々落胆するパトリック。
彼は魔王を倒せば尊敬するフィリップの助けになれると、今回の任務にかなり意気込んでいた。
だが直ぐに頭を切り替え冷静になる。
「魔王様じゃなくて残念だったわねぇ。でもぉ、きっとすぐにそんな事言える余裕なんてなくなるわよぉ。」
リリスはパトリックを挑発する。
間延びした声からは想像がつかないような殺気がパトリックに向かって飛ばされていた。
「お前なんかのためにマオ…ウ様の手を煩わせるまでもない。さっさと終わらせよう。」
サラは腰の刀へ手をかける。
次の瞬間、パトリックの目の前からサラの姿が消えた。
正確にはパトリックに向かって走り出しただけなのだが、その速さは消えたように錯覚するほどだ。
そしてパトリックの目の前に現れると、その勢いを乗せて高速で抜刀する。
サラが抜いた刀は、パトリックの首筋を目がけて美しい軌道を描く。
だが、刀はパトリックが抜いた剣に阻まれて、その首を切り落とすことはなかった。
「その刀…貴様、もしやサラとかいう騎士か?」
激しい鍔迫り合いの中、パトリックがサラへ問いかける。
力勝負になったら分が悪いと、サラは刀を引いて大きく後ろへ跳んだ。
「…だったらどうしたというのだ?」
両手で刀の柄を持ち、パトリックを睨みつけた。
「ダンジョンから帰ってこないとは聞いていたが、まさか魔王の手先になっているとは…このままでは騎士団の沽券に関わる。身内の始末は身内で、それが我々王国騎士団の暗黙の了解だ。」
パトリックの身体強化の出力が上がる。
今のは小手調べで、ここからは正真正銘全力での戦いになるのだろう。
それに呼応するように、サラも身体強化の出力を上げた。
「私はもう騎士なんかではない。私は魔王様の寵臣にして未来の妻だ!」
サラは堂々とした態度でそう宣言した。
「あら?じゃあ私は寵臣その2兼愛人よぉ。」
リリスはそれに乗っかる。
「………」
魔王が子どもだとフィリップから聞き及んでいたパトリックはちょっとだけ引いていた。
~~~
俺はソフィアを連れ、ダンジョンのメンバーしか知らない通路を通ってモンスターハウスへとやって来る。
「ハァ…ハァ…」
モンスターハウスの中では、騎士が魔物と戦い続けていた。
魔物の数は数体まで減っており、コーニーの魔力も切れたのかゾンビもほとんどいない。
だが、騎士はかなり疲弊しているのか息が荒く、全身には切り傷や擦り傷が目立っていた。
俺は部屋の奥からゆっくりと歩き、騎士の間合いの外で立ち止まる。
残った魔物達も、一旦騎士の間合いの外まで退避させていた。
「よお。どうだ?俺達のダンジョンは。楽しんでくれたか?」
嘲るような笑みを顔に張り付けて、煽るように俺は騎士へと話しかけた。
「黒い髪のガキ…お前、魔王か?」
騎士は俺の事をにらみつける。
「ああ。俺が魔王だ。」
そう答えた俺の顔は、騎士からしたらさぞ嫌らしい笑みに見えたことだろう。
だが、俺が魔王だと名乗った瞬間に、騎士はこらえきれないといった様子で笑い始めた。
「クックッ…ハッハッハッハ!そうか!お前が魔王か!俺は運がいいな!お前の首を取れば、俺は今回のMVPだ!」
そう言って騎士は槍を構える。
「ハッ!バカが!お前なんぞにこの俺が負けるとでも思ってんのか?第一お前、ボロボロじゃねえか。」
息は上がり、体は傷だらけの奴なんかに負けるわけはないと、騎士を嘲笑する。
「バカはお前だ。俺はまだまだ力を温存してあんだよ。それに、手負いの獣程怖えもんはねえってな!」
そう言った騎士からものすごいプレッシャーが発せられた。
気を抜くと押しつぶされてしまいそうだ。
だが、フィリップ程ではなかった。
「ハン!やれるもんならやってみろってんだ!」
俺がそう言うと、騎士は槍の穂先を俺に向けて突っ込んできた。




