静
フィリップが罠にかかって転移されていく様を見ていた騎士二人は、少しの間呆然と立ち尽くしていた。
だが、状況を把握したのか二人はすぐに正気に戻る。
「やべえな、隊長がどっかに飛ばされちまった。」
割れた水晶を見つめるロベールからはそんな言葉が漏れ出てきた。
だが、その言葉の割には冷静なようで、彼は自分たちがどう行動するべきか目を閉じて考え始める。
そんな中、パトリックは徐に割れた水晶へと近づき、その破片を一つ拾い上げる。
「…ふむ、この水晶は魔法を遠隔へ送るための装置のようだな。となると…」
彼はそう言って地面に視線を落とした。
消えかかってはいるが、人が一人上に乗れそうなくらいの大きさの魔方陣が薄っすらと残っている。
パトリックはその魔方陣をじっくりと観察していた。
「この魔方陣か。どうやら転移の魔方陣のようだな。行き先は…チッ、文字が消えて読めぬか。だがダンジョンの罠だ。同じダンジョン内にいるだろうな。まああの方ならこれくらいのアクシデント、問題ないだろう。」
魔方陣の文字が掠れて正確な転移先は割り出せなかったが、フィリップは同じダンジョンに飛ばされたと推測するパトリック。
フィリップは現在、ダンジョン内のとある場所にてレモリーと対峙していた。
「さて、となると我々はどう動くかだが…」
「ああ!やめだやめ!ゴチャゴチャ考えんのは性に合わねえ!」
突然ロベールが大声を出す。
パトリックは何事かと思い彼の方を見る。
「隊長はどうせダンジョンの中にいんだろ?なら俺達は前に進みゃあいいじゃねえか!」
元々頭を使ってどうこうするタイプではないのだろう。
考えるのが面倒になったロベールは、先へ進もうと主張する。
その言葉にパトリックはなんとも微妙な顔をした。
「…珍しく意見が合うじゃないか。私も先へ進もうと思っていたところだ。だが、せめてエスノムで待機している同胞達へ報告はしておきたいのだが…」
そんな事を話していると、奥から冒険者の一団が現れた。
現在このダンジョンは新たに立ち入る禁止していたので、元々ダンジョンの中にいて、泊まり込みで攻略を続けていたのだろう。
「お、丁度いいのがいるじゃねえか!」
冒険者達の姿を見つけたロベールは、ネギを背負った鴨でも見るかのような視線を彼らに向ける。
「おい!お前ら!ちょっと騎士団の詰所までお使いを頼む!」
ロベールは大声でそう言い放った。
「え…?」
いきなり声をかけられ、状況を把握できず困惑する冒険者達。
「まったく!説明不足にも程があるぞ、貴様は。」
パトリックは、所々ぼかしながら冒険者達にロベールの言葉の意図を説明した。
「ということであなた達には、これを騎士団の詰所に届けてもらいたい。」
そう言って彼はいつの間に用意したのか、封がされた封筒を手に取った。
「…もちろん引き受けてくれたらいくらか報酬は弾む。」
「なるほど、事情はわかりました。それなら謹んでお受けします。」
微妙な反応をしていた冒険者達だったが、報酬という言葉を聞いて騎士の依頼を引き受けることにした。
大した額ではないだろうが、街への帰還ついでにこなせる依頼となれば、彼らにとってメリットしかなかった。
「助かる。それでは、できるだけ早く届けてくれ。頼んだぞ!」
パトリックは冒険者達に封筒を手渡すと、ロベールと共にダンジョンの奥へと去っていった。
〜〜〜
ダンジョン内のとある空間では、レモリーとフィリップが武器を持って対峙していた。
両者共に一歩も動き出す気配はない。
だが、水面下では互いに激しい読み合いがなされており、見えない攻防が繰り広げられている。
不用意に攻撃を仕掛ければ、手痛いカウンターが飛んでくるだろう。
どちらも動くに動けないという状況だった。
そんな中で不意にフィリップが口を開く。
「ハァ…いきなり君みたいな猛者と戦わなくちゃいけないなんて…嫌んなるよ、まったく…」
フィリップは頭の中でレモリーに切り込むが、あの薙刀に軽く絡め取られ、肩口を切り裂かれるイメージが返ってきた。
「あなたのような方にそこまで言っていただけるとは光栄です。」
レモリーはフィリップへ横薙ぎの一閃を振るおうとするも、鮮やかにいなされ腕を切り落とされる予感がしてやめた。
「またまたあ…謙遜なんてしちゃって。」
レモリーの体を魔法で凍らせて動きを封じようにも、王都で見た彼女の魔法でレジストされて、無駄に魔力を消費してしまうだろうと、フィリップは撃とうとした魔法を引っ込める。
「いえ。紛れもない本心でございます。」
炎でフィリップを押し切ろうと考えたレモリーだが、魔王から聞いていた氷の防御を突破できないと自らの直感が告げ、炎の魔法は諦める。
互いに最初の一手が決まらぬまま、ただただ時間だけが過ぎていった。
「そういやあ…君、先代の魔王が生きてた頃にも魔王の隣にいなかったっけ?」
ふと、何か思い出したかのようにフィリップが言う。
「君のその魔力、そして存在感…昔どっかで見たことがあるような気がしてたけど、やっと思い出したよ。俺はこれでも若い頃は真面目な騎士でねえ。昔前線に出た時に、遠くからだけど君が魔王の近くにいるとこを見たんだった。」
若かりし頃のフィリップに現在程の強さはなく、数いる騎士の中の一人だった。
そんな彼にとって、初めて見る魔王の姿は非常に鮮烈だった。
敵の大将でありながらも先陣を切って戦地に飛び込み、人間の兵士達をばったばったとなぎ倒していく。
そして魔法を撃てば、緻密に組み上げられた味方の陣形が崩れてしまう。
フィリップだけでなくその場にいた兵士たちは皆、魔王に対して人知の及ばぬ怪物にでも出会ったかのような恐れを抱いていた。
だが、敵ながらに魔族の命運を背負って戦うその姿に、英雄譚の主人公にでも出会ったかのような、ある種の憧れにも似た感情がフィリップの心に芽生えていた。
そして、そんな魔王の近くにいた面々の事も、なんとなくではあるが印象に残っている。
レモリーもその中の一人だった。
「あの時の魔王は俺達人間の敵だったけど…あの強さと魔族の先頭に立って戦うその姿には敬意を覚えたよ。ま、単純に強い奴ってのはみんな好きだからねえ。」
フィリップは当時思っていたことを素直に口にした。
「…そのお言葉、先代の魔王様が生きていればさぞ喜んでいただけることでしょう。」
嘘偽りのない言葉に、レモリーもまた思ったことをそのまま言葉にする。
「それでさあ、今の魔王の事なんだけど…」
王都の地下ホールとエスノムのサキュバスの館、そこで見た魔王の事をフィリップは思い浮かべた。
幼くもその歳に似合わぬ強さを持った危険な人間の魔王だ。
先代の魔王と同じように、黒い髪をした人間の魔王。
「どことなく先代の魔王と似てる気がするんだけど…気のせいかな?」
フィリップは魔王に対して抱いていた感想を言葉にする。
意識しなければ気づかない程にごくわずかではあるが、フィリップの言葉を聞いたレモリーの感情が揺らいだように彼の瞳には映った。
その瞬間、フィリップは全身に魔力を巡らせ、レモリーへと跳びかかる。
レモリーに隙らしい隙は無く、特に好機でもなんでもなかったのだが、フィリップはこの小さな変化に勝機を感じ取ったのだろう。
王国最強の騎士とレモリーの戦いの火蓋が切って落とされた。
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騎士の道案内を終えたエルヴィン達は、エスノムへの帰路についていた。
「ハァ…気が楽になったからうまくいくと思ったんだけどな…」
エルヴィンは道中襲ってきた魔物との戦闘を思い出し、ため息をつく。
フィリップの言葉で肩の荷が下りていたので、恐れを克服して戦えると思ったのだが、あまりいい動きができなかった。
「あら、私はエルが今までよりもうまく魔物の動きを誘導してくれて、戦いやすかったわよ。私達は着実に前に進んでいるし、フィリップさんも言っていたじゃない。ゆっくり成長すればいいって。…あら?」
エルと話をしていたら、遠くから知り合いの冒険者パーティーが近づいてくるのが見えた。
「おう!お前達!元気か?」
冒険者パーティーのリーダーらしき男が、エルヴィン達に向かって声をかける。
「お久しぶりです、デニスさん。」
「デニスのおっさんじゃねえか。そんなに急いでどうしたんだ?」
速足で歩くデニス達にエルヴィンが尋ねる。
「ああ、ダンジョンから帰ろうと思ったら、そこにいた騎士にお使いを頼まれてな。何やらアクシデントがあったらしく、エスノムにいる騎士に状況を伝えてほしいとのことだ。」
「アクシデント?」
あのフィリップ達に何かあったのだろうか?
そう思ってエルヴィンはデニスに聞き返す。
「細かいことはよくわからん。なんせ急いでるみたいで、かなり説明を省いていた様子だったからな。でもまあ、強そうな奴らだったし大丈夫だろ。」
軽い口調でデニスはそう答えた。
「…っと、いけねえ。できるだけ急げっつー話だった。悪いな、お前ら。俺らはさっさとエスノムへ帰らねえといけねえんだ。じゃあな。」
騎士になるべく早くと言われたことを思い出し、デニスはエルヴィン達との会話を打ち切って足早に去って行った。
「………」
その場に残されたエルヴィンは、何やら目を閉じて考え込んでいる。
「…?どうしたの、エル?」
その姿をハンナは不思議そうに見ていた。
「いや、なんか胸の奥がざわつくっつーかなんつーか…」
フィリップ達にアクシデントがあった。
あれだけ強い騎士ならば不測の事態が起ころうと、力ずくで切り抜けられてしまいそうだ、なんて普段ならば思っていたことだろう。
だが、なぜかエルヴィンの胸の内にそのような感情は湧いてこず、言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
漠然と、彼らの事を助けにダンジョンへと行かなければいけない気がした。
だがフィリップに釘を刺されたように、今の自分達では実力不足で、助けに行くどころかその途中で力尽きて死んでしまうかもしれない。
果たして、今自分がダンジョンへ行く意味があるのかとエルヴィンは葛藤する。
「…俺、やっぱりダンジョンに行くよ。」
熟考の末、ゆっくりと目を開いたエルヴィンはハンナにそう告げた。
「…何を言ってるの?今のダンジョンは立ち入り禁止だって言われたじゃない!それに、今の私達にはまだ早いって、フィリップさんにも釘を刺されたのを忘れたの?」
突拍子もないことを言い出したエルヴィンの事を諫めるようにハンナは言った。
だが、エルヴィンの決意は固いようで、真っすぐとハンナの方を見て言い返す。
「それは…わかってる。でも、今行かねえと一生後悔する気がするんだ!もしハンナが一緒に来れねえってんなら…俺一人でも行くよ。」
そしてエルヴィンは踵を返し、今来た道を戻ってダンジョンへと向かって行く。
「あ、ちょっと、待ちなさい!…まったくもう!」
ハンナは慌ててエルヴィンの後を追いかける。
「…危ないと思ったら無理にでも引っ張って帰るからね!」
昔からこうなったエルヴィンは、誰に何を言われても絶対に自分の意見を曲げない。
ならせめて、パーティーの仲間として一緒について行こう。
今の自分にできることはそれくらいだと、ハンナはエルヴィンと共にダンジョンへ潜入することに決めた。
「ありがとよ!」
それを見たエルヴィンは、不揃いな歯が見えるくらいの笑顔でハンナに礼を言った。




