死霊使いの罠
「…とうとう来たか!」
ダンジョン内の様子を見ていたら、入口にフィリップの姿を見つけた。
フィリップ以外にも、彼の部下らしき騎士が二人いる。
どれ程の実力があるかはわからないが、あのフィリップが連れてくる奴らだ。
警戒しておくべきだろう。
「おい!コーニー!お前もこっちに来い!」
俺はコアルームにいたコーニーを呼び寄せ、ダンジョン内の様子を共有する。
「はいはい、魔王様。彼がとうとうやって来たんだね?」
コーニーはゆっくりと俺の方へ歩いて来た。
「ああ。お前が言った通り仲間の騎士が二人いるな。それじゃあアレを使うから手筈通り頼んだ。」
「よおし、タイミングは僕に任せてくれたまえ。」
事前の打ち合わせで、コーニーはフィリップが仲間を連れてくることを予想し、とある罠の設置を俺に勧めてきた。
手動で発動させるタイプの罠なので、発動のタイミングはコーニーに任せることにしてある。
フィリップ達の位置から罠まではまだ距離があるが、奴らはダンジョンに配置した魔物なんてものともせずに、ものすごいスピードで進んで来るだろう。
ダンジョン内の魔物たちに指示を出し、早めに準備することにした。
「さて…騎士様の歓迎会といこうじゃねえか!」
案の定フィリップ達は出会った魔物に苦戦することはなく、スイスイとダンジョンの奥へ進んでいく。
彼らの通った後には、切り捨てられた魔物達の残骸だけが残っていた。
「…さすがに魔物じゃ相手にもならねえか。」
せめて魔法の一つでも使わせて、少しくらい魔力を消費させたいところではあったが、致し方ないだろう。
それに、これくらいは予想の範囲内だったので、特に問題はない。
「まあいい。そろそろアイツらが例の場所に着くぞ!」
俺は隣でダンジョン内の様子を見ているコーニーに言った。
「そうだね。それじゃあまずはうちの子達にがんばってもらうとしますか。」
コーニーはどこからか杖を取り出す。
杖は大人の腕くらいの長さがあり、先端には灰色に濁った水晶のようなものがついている。
そして、手を上に伸ばしてその杖を掲げたコーニーは、魔法を使うために呪文を唱える。
「生と死が混じる間の世界に因われし魂よ、我が呼びかけに応えよ。【死霊の集い】」
コーニーの魔力は杖を通して水晶へと吸い取られ、どこかへと送られていった。
俺はフィリップ達のいる場所へ意識を向ける。
そこは少し広い空間ができており、小部屋のようになっていた。
戦闘があったようで、オークやラピッドヴォルフなどの死骸が落ちている。
そしてその一角には、拳くらいの大きさをした灰色に濁った水晶が埋められていた。
水晶は遠くから送られてきたコーニーの魔力を受け取ると、鈍い光を放つ。
『うん…?何だ…?』
その光を視認したフィリップは、警戒するように剣を構えた。
他の騎士二人もそれぞれの獲物を手に、水晶の方を向く。
『気色の悪りい光だな。こんな時はたいていロクな事が起きやしねえ。』
『…無駄口を叩いている暇があったら、光の元を確かめに…っ!』
真面目そうな騎士は、眼の前の光景に思わず言葉を飲んだ。
地面から手が生えてきたかと思うと人間が出てきた。
血色が悪く肌はボロボロで、怪しい薬でも使ったかのように焦点の定まらない目をしている。
そしてそれだけではなく、先程騎士達が倒した魔物の死骸が、まるで生を取り戻したかのように動いているのだ。
『…アンデットか!』
コーニーが水晶を通して使ったのは、アンデットを召喚する魔法だった。
アンデットとは早い話、ゾンビや亡霊などのような一度死んだはずなのに動ける魔物の事だ。
死者の蘇生を研究していたら、副産物としてアンデットに関する魔法が使えるようになったらしい。
「それゆけ僕のアンデット達!」
コーニーが召喚したアンデット達は、騎士達へと襲い掛かった。
『ハアッ!』
『オラァ!』
騎士二人は即座に襲い掛かってきたアンデット達を切り捨てる。
アンデット達はグシャリという音と共に、地面へ倒れこんだ。
『ハハハ!君たちが全部やってくれるし、俺は楽ができて助かるねえ。…おや…?』
フィリップが部下の騎士たちを労おうとすると、水晶がまた鈍い光を放った。
『これは…なかなか面倒だねえ…』
そうぼやくフィリップの視線の先では、倒したはずのアンデットが再び立ち上がろうとしているところだった。
『マジかよ!首を切り落としても死なねえのか、コイツら!』
ロベールは再度武器を構え直す。
『クッ…できれば魔力を温存しておきたかったが仕方ない。フィリップ隊長!私がやります!…【浄化】』
パトリックが呪文を唱えると、優しい光がアンデット達を包み込む。
そして光が消えると、アンデット達は白い灰へと変わっていた。
「ううん…しまった!【浄化】を使えるのか。」
それを見ていたコーニーの口からそんな言葉が出てくる。
どうやら【浄化】はアンデットにしか効かないが、アンデットを一瞬で無力化してしまう魔法らしい。
「コイツはマズいんじゃねえか?」
「でもまあ、予備はたくさんいるから大丈夫さ。」
そう言ってコーニーは再び水晶へ魔力を送る。
地面から新たなアンデットが数体生えてきた。
『チッ…倒したと思えば次から次へと…キリがねえな。』
ロベールは手に持っていた槍でアンデットの首を切り落としながら言う。
『恐らくあの水晶がアンデット達を発生させているのであろう。』
パトリックは次の【浄化】を使うための魔力を溜めながら、鈍い光を放つ水晶を顎で指す。
『よし、じゃあ俺がアレを壊してくるから、君たちは邪魔なアンデット達を引き付けておいてくれ。』
フィリップはそう言うと、水晶の方へと近づいて行った。
『了解!オラァ!』
『承知しました。【浄化】』
騎士二人は、フィリップに襲い掛かろうとするアンデット達を切り捨て、魔法で灰に変えていく。
フィリップは優秀な部下たちのおかげで、特に苦労することなく水晶の前までやって来た。
『…嫌な魔力が流れてるねえ。さて、どう壊すかだけど…』
フィリップは手に持っていた剣を振りかぶる。
『できれば魔力も使いたくないしこれしかないよねえ。』
鈍い光を放つ水晶に向かって、フィリップの鋭い一撃が振り下ろされた。
「今だ!魔王様!」
「おう!」
コーニーの合図に、俺はダンジョンコアを通して罠を起動する。
フィリップの足元に、人一人が入れそうな魔方陣が現れた。
ダンジョンコアに溜まった魔素をありったけ注いだ転移の魔方陣だ。
この罠のせいで、ダンジョンコアの魔素はほとんど空になってしまった。
『…!何だ!?』
剣で水晶を砕いたフィリップが咄嗟に魔方陣から飛び退こうとするがもう遅い。
『隊長!』
『フィリップ隊長!』
眩い光に包まれたフィリップは別の場所へと飛ばされ、彼がいた小部屋の中には砕けた水晶と二人の騎士が取り残されていた。
「っしゃあ!これであいつは切り離した!でかしたぞ、コーニー!」
「ハハハ、お褒めにあずかり光栄だね。」
興奮して大声を出した俺に、コーニーは笑ってそう答えた。
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「…まんまとやられちゃったねえ。」
フィリップが飛ばされたのは、ダンジョン内にある別の空間だった。
状況を整理するために彼は辺りを見回すと、奥へと続いてそうな通路を見つけた。
「なるほど、ここは袋小路で進めそうな道はあそこだけ…と。」
他に進めそうな道は見当たらず、明らかに誘われている。
「なーんかやな感じ…でも、他に選択肢もないんだよなあ…ハァ…」
フィリップは、魔力を温存しようとしてダンジョンの罠にかかってしまった自分の不用意さを呪う。
普段ダンジョンなんて入らない騎士は、魔物との戦闘は問題なくこなせても、この手の罠への対処は苦手だった。
だが、過ぎ去ったことを後悔しても仕方ないと彼は気持ちを切り替える。
「ま、一応持ってきた切り札は無事みたいだし、なるようになるさ。」
そう呟くと、フィリップはダンジョンの奥へ続く通路を進んで行く。
しばらく歩くと、先程の小部屋よりも広い開けた空間へと出た。
反対側にはさらに奥へと続く通路がある。
そしてその手前には、尋常ならざる気配を漂わせた一人のデーモンが目を閉じて佇んでいた。
デーモンはフィリップの気配を感じ取ると、地面に置いてあった薙刀を手に取り立ち上がる。
「お待ちしておりました…名も知らぬ騎士の方。」
感情のわからない顔でデーモンが言う。
それ程大きくない声だったが、雑音の無い静かなこの広間では、フィリップの耳にもはっきりと聞き取れた。
「…美人にそんなことを言われるのはうれしいけど、俺はできれば会いたくなかったなあ…」
フィリップは目の前のデーモンへ最大限の警戒を向け、デーモンに向かって剣を構える。
レモリーとフィリップが相対するのは王都の時以来だった。




