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騎士と少年

「ここか…」


 そう呟いたフィリップは洞窟の入口を見つめる。

 ここに送り込んだ騎士が帰ってこないという例の危険なダンジョンであり、先日逃がした魔王が拠点にしている可能性の高い場所だ。

 一見すると普通のダンジョンにしか見えない。

 エスノムの街を出て来る前に王国騎士団の権限を使い、凶悪犯が潜伏しているという名目で冒険者ギルドにダンジョンの立ち入り禁止を要請していた。


「ありがとね、君達。ええと…エルヴィン君とハンナちゃん。」


 フィリップはダンジョンまでの道案内をしてくれた冒険者の少年(エルヴィン)少女(ハンナ)に礼を言う。

 聞けば、このダンジョンは彼らが最初に発見したものらしい。

 その時に一度挑戦したと言っていたが、よくぞ無事で帰ってきてくれたものだとフィリップは心の中で二人に感謝していた。

 もし彼らがダンジョンで死んでいたら、このダンジョンの存在が明るみになるのが遅れ、驚異的な速度で成長している魔王が更に力をつけていたかもしれない。

 そうなれば、自分は手のつけられない化け物と戦うハメになっていただろうと想像して、フィリップはゾッとするような感覚に陥った。


 だが、幸いにもまだ魔王は未熟で、フィリップならばそこまで苦労することなく勝てる相手だ。

 前回は妙なマジックアイテムに不覚を取ったが、守るべき市民がおらずネタが割れた今ならば簡単に対処できる。

 実際前回は、街中でマジックアイテムを使われるまでは3対1でもフィリップが押していた。

 問題は王都で見た女デーモンの存在だ。

 彼女は、唯一自分が勝てるかどうかわからないとフィリップに思わせるような相手だった。

 一応彼女への対策はしてきているが、気を抜けない戦いになるのは間違いないだろう。

 フィリップはそんなことを考えながら小さく息を吐いた。


 肩の力が抜けた彼は、エルヴィンがこちらをじっと見つめていることにふと気づく。


「うん?どうしたんだい?」


 もしかして報酬の値上げ交渉か何かだろうか。

 フィリップがそんな風に思っていたら、エルヴィンが話しかけてきた。


「なあ…フィリップさん?俺達もダンジョンの中に連れて行ってくれねえか?」


 思いもしなかった願い出に、フィリップは目を丸くする。

 エルヴィンの仲間のハンナも予想外だったようで、驚いた顔をしていた。


「ううん…君の頼みを聞いてあげたいのはヤマヤマなんだけど…今回は事が事だからねえ。このダンジョンに逃げ込んだのは本当に危険な奴なんだ。悪いけどそれはできないな。」


 二人には魔王という言葉は伏せて、このダンジョンに来た目的を事前に教えていた。

 何かあった時に守りきれるかどうかわからないし、連れていくわけには行かないだろうとフィリップはエルヴィンの願い出を断る。


「そこをなんとか、頼む!」


「ちょ、ちょっとエル!」


 それでもエルヴィンは頭を下げて食い下がった。

 ハンナはそんな彼を慌てて止めようとする。

 ここまでして頼み込むとは、何がこの少年の心を駆り立てるのだろうか。


「…なんで君はそんなにダンジョンへ行きたいんだい?」


 少しばかり興味を持ったフィリップは、直接エルヴィンに尋ねてみることにした。


「…半年くらい前にこのダンジョンに来るまで、俺達は冒険者としての自信があったんだ。そんじょそこらの大人には負けねえ、街一番の冒険者だって自信が!」


 街からダンジョンに向かうまでの道中、フィリップは何度かこの冒険者達の実力を見ていたが、実際に彼らは強く、街一番ではないにしろ大口を叩いても許される程の実力は持っていた。


「だが、そんなときにアイツに出会ったんだ…ダンジョンの奥にいたアイツに!」


「…!」


 フィリップにとって聞き捨てならない言葉がエルヴィンから出てきた。

 アイツとは恐らく魔王の事だろう。

 十中八九このダンジョンが魔王の拠点だと推測していたが、それが事実であることが確定した。


「アイツが使った炎の魔法に俺達はなす術なくやられ、命からがらダンジョンから逃げ帰って…それからというもの俺は、みっともねえことに戦うことが怖くなっちまった。昔は何の躊躇いもなく倒せてたゴブリンにすらビビって手が震えちまう!…そのせいでハンナを危ない目に遭わせちまうこともあった。」


 どうやらエルヴィンは、魔王と戦って死にかけたことがトラウマになり、冒険者としてスランプに陥っているようだった。

 彼ように、冒険中に起こった出来事がトラウマになってスランプに陥るというのは、冒険者にとって珍しくない。

 特に、常に体を張って最も危険な位置で戦う前衛の若い冒険者にはよくある話だった。

 そしてそのまま冒険者を引退せざるを得なくなることも。


「このままじゃあ、冒険者としての俺は死んじまう…アイツを倒さねえ限り、この恐怖を拭い去ることはできねえ!だから頼む!俺を一緒に連れて行ってくれ!」


「エル…」


 三度(みたび)頭を下げてフィリップへと頼み込むエルヴィン。

 今度はハンナも止めなかった。

 トラウマを克服するために、その原因となった魔王を倒そうというのは理にかなっている。

 それに、この年にして自らと向き合い、恐怖から逃げ出すのではなく立ち向かうという決断をした彼は、なんと勇ましい事だろう。

 その殊勝な心意気にフィリップは感心した。


「…君の事情はよく分かった。」


「じゃあ…!」


 だがそうであればこそ、なおさらこの未来ある若者を危険なダンジョンへ連れていくわけにはいかなかった。


「けどダメだ。ここから先のステージは、君達にはまだ早い。あまりにも危険すぎる。」


 フィリップもまたエルヴィンの頼みを拒否する。


「なんで…」


「くどいぞ!貴様!」


 エルヴィンがなお食い下がろうとすると、そんな横槍が入ってきた。

 声のした方を見ると、騎士の制服を来た二人の男がそこに立っていた。

 この二人は、フィリップがダンジョンで魔王と戦うために連れてきた腹心の騎士達だ。


「黙って聞いていれば何度も何度も…」


「まあまあ、落ち着けってパトリック。ガキの言うことに一々腹を立ててたら余分な体力を使っちまうぞ。それに、こいつらの気持ちは分らんでもないだろ?」


 青みがかった短髪に髭をたくわえやんちゃそうな顔をした騎士が、真面目そうな顔つきの騎士を宥める。


「…コイツは駄々をこねて我々にムダな時間を使わせるだけでなく、フィリップ隊長に無理を言って困らせているのだ。見過ごせるわけがないだろう!」


 パトリックがそう言い返すと、騎士同士で言い合いが始まる。


「はいはーい、君達!そこでケンカしてちゃあ意味ないでしょ?この子の説得は俺に任せて、ダンジョンに入る準備でもしてなさい。」


 フィリップは手を叩いて言い争っている彼らを諫めた。


「ハア…まったく、アイツらときたら…」


 そんなことをぼやいてフィリップはエルヴィンの方に向き直る。


「ウチのパトリックとロベールが悪かったねえ。悪い奴らじゃないんだけど…どうにもアクが強すぎてなあ。それに、こんな状況でちょっとばかし気が立っちまってるみたいだし。」


 パトリックとロベールとってフィリップは、誰にも負けない最強の騎士であり、憧れの存在だ。

 彼らはフィリップに対して、崇拝にも近い尊敬の念を持っていた。

 そのフィリップが取り逃がした人物を追うというのだから、緊張して気が立ってしまうのはある意味当然なのかもしれない。

 それ程事情を理解していなかったエルヴィンも、ここに来るまでの道中で騎士達の人となりを少しは知っていたからか、特に何を言うでもなく無言で頷いた。


「ハハハ、助かるよ。…君が決して弱くはないことは知ってるし、恐れを乗り越えようとするその心意気は嫌いじゃないよ。ただ、今回は俺でも勝てないかもしれない奴が相手なんだ。この王国で最強なんて言われてる俺でも…ね。正直に言おう、ここから先に進むためには、君は足手まといなんだ。」


 これははっきりと言わないといけないだろうと考え、フィリップは最も分かりやすい言葉でエルヴィンに拒絶の意を示す。

 ここまで言われてしまってはさすがのエルヴィンも諦めたようで、これ以上ダンジョンへの同行を願い出ることはなく、顔を俯けて黙っていた。


 これはちょっと言いすぎたかな?

 そんなことを思い、フィリップは少しだけフォローを入れることにした。


「まあ…なんだ。君は戦うことが怖くなったなんて言ったけど、俺も同じさ。自分よりも強いか弱いかなんて関係ない。人も魔物も…剣を向けて相対するだけでとてつもない恐怖が俺の心を襲って来る。俺はここでコイツにやられて死んでしまうんじゃないか、ってね。…ここから逃げ出してやろうなんて何度思ったことか。」


 王国最強と謳われる騎士からの思いもよらない言葉に、エルヴィンは顔を上げてフィリップの顔を見る。

 これだけの力を持った男が、戦うことを怖いと言ったのか?

 エルヴィンの頭には疑問符が浮かんだ。


「でもね、その恐怖があるからこそ俺はここまで強くなれたと思ってる。死を恐れているからこそ、次の戦場で死なないよう常に自分を鍛え続けてこられたんだ。この恐怖がなければ俺は今頃、どこかの戦場で調子に乗って死んでいただろうね。」


 フィリップは若いころの苦い記憶を思い出したのか、なんとも言えないような顔でそう言った。


「そのダンジョンの奥にいた奴と会うまで、君達の冒険者生活は順風満帆だったわけだよね?恐れなんて無縁と言ってもいいくらいに。…戦うのが怖くなったていうのはさ、ある意味成長したってことなんじゃないかな?だって命のやり取りをする恐怖を知ることができたんだから。」


 エルヴィンは反論するでもなく、相槌を入れるでもなく、ただただ黙ってフィリップの言葉に聞き入っていた。


「君たちはまだまだ若い。そんなに生き急がなくとも、一歩ずつ着実に前に進んで行けばいい。無理にそのアイツとやらを倒さずとも、ゆっくりと時間をかけて恐怖を乗り越えていけばいいさ。」


 諭すように話すフィリップの顔は優しかった。

 エルヴィンは彼の言葉を聞いて、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。


「…わかった。」


 唾を飲み込んだエルヴィンは、なんとか言葉を絞り出す。

 それを見たフィリップは大丈夫そうだなと思い、騎士たちの方を向く。


「さて、お前たち。準備はいいかい?そろそろ出発するぞ!」


「了解です、フィリップ隊長!」

「俺はいつでもいけますぜ、隊長!」


 フィリップの問いかけに、パトリックとロベールはそれぞれ返事をする。


「さて…それじゃあ行くか。」


 ダンジョンに入ろうとすると、エルヴィンが何か言いたげに自分達を見ていることにフィリップは気づいた。

 まだ何かあるのだろうか。


「ほら、エル!行っちゃうよ!」


 ハンナがエルヴィンを急かす。


「わかってるよ!…俺、あんたに言われてやっと自分が焦ってることに気づいたよ。どんだけかかるかわからねえけど、必ずこの恐怖を乗り越えて、あんたみてえに強くなってやるからな!…ええと…だから…その…ありがとうございました!」


 言葉がまとまらなかったのだろうか。

 しどろもどろになりながらエルヴィンはフィリップに感謝の言葉を述べ、頭を下げる。

 その隣ではハンナもフィリップ達に向かってお辞儀をしていた。


「おう!恐れを知って真の勇者たれってね!…あれ?なんか違うな?…まあいいや。がんばれよ、若者達よ!」


 エルヴィンとハンナに向かってフィリップは笑顔で手を振る。


「…締まらねえな、隊長。」


「ハハハ、まあいつものこった。気にしないでくれ。」


 騎士達は後ろを振り返ることなくダンジョンの中へと消えていった。

 少年と少女はその背中をじっと見つめていた。

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