デーモンとサキュバス
ダンジョンに戻った俺達は、ひとまずコアルームへと向かった。
元々コアルームにいたレモリーとサラは、俺の姿を見ると笑顔を見せた。
だが、その後にぞろぞろとやって来るサキュバスの集団を見て、サラが顔を引きつらせる。
「ま…マオ君…?なんだそのサキュバス達は…?」
サキュバス達の方を見てサラが俺に問いかける。
「ああ、こいつらはしばらくここで面倒を見ることにした。」
「え…?」
どこから声を出したのかと聞きたくなるくらいの間抜けな声がサラの口から帰ってきた。
とりあえず俺はこれまでの経緯をサラとレモリーに説明する。
「なるほど、あの時の騎士がエスノムの街まで…」
そう言ったレモリーは、手を口元に当てながら何かを考えているようだった。
「ああ。しかもこのダンジョンのことも割れちまってる。いつ乗り込んでくるかわからねえし、なんとかしねえとな。」
フィリップはサキュバスの館にいた時に、このダンジョンの事について言及していた。
俺を逃がしたとなれば、間違いなく近いうちに乗り込んでくるはずだ。
早いとこフィリップを迎え撃つ態勢を整えなくては。
「そうですね…魔王様!あの騎士に対しては私が出ます。」
レモリーは俺の目を見てそう言った。
「ああ、頼む。」
彼女以外、フィリップに対抗できる者はこのダンジョンにいない。
レモリーが言い出さなくてもフィリップと戦うよう頼もうと思っていた俺は、彼女の言葉に同意して頷いた。
「後はダンジョン内部の罠や魔物をどうするかだが…これはコーニーも入れて考えた方がいいな。」
フィリップがこのダンジョンに乗り込んでくることは確定している。
だが、奴の他にも仲間がいるのか、奴らがやって来る正確な日時はいつかなど、わからないことの方が多い。
あらゆる事態を想定して、コーニーも交えて対応策を考えるべきだろう。
早速コーニーを呼び出そうとすると、何やら小さな声でブツブツと呟いているサラの姿が目に入った。
「…か……んが……て…」
何を言ってるのかは聞き取れないが、なんだか面倒そうな予感がする。
そんなふうに思っていたら、サラの首がグルリと回って彼女と目が合った。
「…なんて…サキュバスをここに滞在させるなんて、私は認めないからな!そんなことをしたらマオ君が…私のマオ君が…ああああああああ!」
サラがおかしくなってしまった。
いや、元々おかしい奴ではあったが。
そして俺はお前のものじゃねえ。
「…魔王様、サキュバスの方達のお食事の方はどうするおつもりですか?これだけの人数となりますと、かなりの量になるのですが…」
その様子を見ていたレモリーが口をはさむ。
サラとは違って単純に俺の体を心配しているような雰囲気だった。
「ああ、アイツがいればなんとかなるだろ。」
俺はベルの方を目で指す。
ベルは両脇にサキュバスを侍らせ、さらに数人のサキュバスに言い寄られてご満悦の様子だった。
鼻の下が伸びきっている。
…あいつ、いっぺん搾り取られて干からびてくんねえかな?
「なるほど、そういう事ですか。ベル様でしたら確かに大丈夫そうですね。」
レモリーは俺の考えに納得したように頷いていた。
だが、サラにはまだ不満があるらしい。
「待ってくれレモリーさん!あれだけのサキュバスがいれば、マオ君をつまみ食いしようとする不届き物の一人や二人いるかもしれないじゃないか!飢えた性獣達の群れの中にこんなかわいいマオ君を放り込んでしまったら…ああああああああ!」
サラが頭を抱えて叫ぶ。
すると、その様子を見ていたリリスが俺達の方にやって来た。
「うふふ、魔王様ぁ。ここはなんだか賑やかで楽しそうねぇ。」
彼女は男心をくすぐるような甘い声で話しかけてくる。
そして自然な手つきで俺の二の腕を触ってきた。
その様子を見ていたサラは、顔が茹でダコのように真っ赤になる。
「な…な…なっ…なんだ貴様ああああ!マオ君にベタベタと触るとはこの不埒者めええええ!」
リリスに指を指し、これ以上ないくらいの大声でサラが叫ぶ。
そして俺をリリスからひったくるように抱き寄せ、自分の背中側へと隠した。
「マオ君はなあ!貴様のようなサキュバスの世話にはならないんだ!わかったらここから出ていけ!」
サラは威嚇するようにリリスを睨みつけた。
二人の間に険悪なムードが漂う。
「あら…それは本当かしら、魔王様ぁ?あんなことまでしたっていうのに…」
リリスは両手で顔を覆い泣くフリをした。
「あ…あんなこと…?貴様、あんなこととは何だ!マオ君と一体何をした!?」
「何をって…こんな人前で私の口からそんな事は言えないわぁ!」
顔を赤らめながら腰をくねらせるリリス。
コイツ、もしかしてサラをからかって楽しんでないか?
リリスの言葉にサラは目を見開く。
「ま…まさか…そんな…」
サラは絶望したかのような表情で膝から崩れ落ちた。
それを見てリリスは満足したのか、クスクスと笑う。
そして優し気な笑みを浮かべながらサラへと話しかけた。
「いいわぁ、その反応!あなた、かわいいわねぇ。私、あなたの事を応援したくなっちゃったわぁ。…お姉さんがいいこと教えてあげるから、ちょっとだけ耳を貸して頂戴?」
そう言ってサラに近寄るリリス。
「私は敵の施しなど…」
「いいからいいからぁ。」
サラの拒否を無視し、リリスは腰を落としてサラの耳元に顔を近づける。
「…は……だから………すればぁ……」
「…え!?…いや、だがしかし………」
「そういう時は……………で………」
「なるほど!………は………なのか?」
二人が何を喋っているのかは聞こえないが、目を白黒させたり頬を朱に染めたりと、サラの表情がコロコロ変わっていた。
きっとロクでもない会話に違いない。
話が終わったのかリリスが立ち上がる。
サラはそんなリリスに、憧れの人を見るかのような尊敬の眼差しを向けた。
「一生ついて行きます、お姉様…」
その言葉を聞いたリリスは、とてもいい笑顔をしていた。
…一体何を吹き込んだのだろう。
「うふふ、サラちゃんだったかしら?これからもよろしくねぇ。」
サラを懐柔したリリスは、レモリーの方を向く。
「あら…?あなたは…?」
彼女はレモリーの顔をまじまじと見ると、何かに気づいて目を見張り居住まいを正した。
「あなたはあの時の…!私は旧魔王軍に在籍していたリリスと申します。魔王様の没後、リシトンであなたに助け出されたサキュバス隊の一人です!」
いつもの甘えるような間延びした口調ではなく、軍人のようなかしこまった雰囲気でリリスはレモリーに言い立てた。
そういえば彼女は昔誰かに助けられたと言っていたな。
なるほど、リリスを助けたのはレモリーだったのか。
レモリーは目を瞑って少しの間考えると、リリスの事を思い出したようで口を開く。
「…あの時のサキュバスの方でしたか。リシトンではあの場からあなたたちを逃がすことしかできず、その後どうなったかがわからなくて心苦しく思っておりましたが…お互いに生きていたようで何よりです。」
レモリーはよく俺にするような微笑みの表情を見せた。
互いに次の言葉が出てこず、少しの間沈黙が走る。
「あの時からずっと、いつかあなたにもう一度会ってお礼を申し上げたいと思っておりました。我々サキュバスを助けていただきありがとうございました。」
先に沈黙を破ったのはリリスだった。
彼女はそう言うと、深々と頭を下げる。
「こうして魔王様の下であなたのような方と共に戦えること、本当にうれしく思います。」
尊敬と感謝と喜びと、そんな感情が混ざった声だった。
「それは私もですよ、リリス様。」
レモリーがリリスに手を差し伸べ、二人は固い握手を交わす。
この感じなら、サキュバス達もダンジョンでうまくやっていけそうだ。
リリス達の顔合わせも一段落ついたことだし、近いうちにやって来るであろうフィリップの対策をしなれば。
俺はコーニーをコアルームに呼び出し、このダンジョンの主だった面々を交えて策を練るのだった。




