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爆炎

「うーん…さすがに3対1は厳しいかな…」


 フィリップがぼやく。

 だがその言葉とは裏腹に、ベルの拳も、俺の魔法も、リリスの攻撃も完全に受けきっていた。

 しかし、フィリップの剣はベルが抑え、魔法は俺が撃ち落としている。

 互いに決め手を欠き、戦況は膠着していた。


「…見たところあのデーモンの女が出てくる様子はないし、君達だけみたいだからいいか。出し惜しみはなしだ!」


 フィリップはそう言うと、自身の身体強化の出力を上げた。

 この男、あれだけの強さを見せてまだ力をセーブしていたというのか。

 その事実に俺は戦慄した。


 直後、フィリップの動きが目に見えて速くなる。

 拮抗しているように見えていたベルとフィリップのせめぎ合いは、徐々にフィリップが押し始め、ベルの体に浅い切り傷を増やしていく。

 このままではベルがやられるのも時間の問題だ。


「【火球(ファイヤーボール)】」


 俺はベルをサポートすべく、フィリップに向かって火の玉を放つ。

 だが、突如現れた氷の壁に阻まれ、火の玉はフィリップまで届かない。


「クソっ…!」


 リリスは本来近接戦闘でこそ真価を発揮するが、俺達がここへ到着する前に受けたダメージが大きいのか、動きが鈍っていてフィリップへ近づけない。

 ナイフなどの武器を投擲するも、やはりフィリップには当たらなかった。


 フィリップが人間離れした凄まじい力で俺達を圧倒する中、それは起こった。

 横薙ぎの一閃を避けるためにベルが後ろへ跳んだ瞬間、足を踏み外して隙ができる。

 決して大きな隙ではないが、それでもフィリップがベルに一撃与えるには十分すぎる間だった。


「凍れ…【凍結】」


 ベルの動きが止まった。

 フィリップの目の前にいたベルは、全身を氷に覆われて雪国の氷像のように佇んでいる。


「ハァ…やっぱこいつは結構魔力を持ってかれるな…でもこれで面倒な奴は止めた。次は君だよ、小さい魔王。」


 そう言ってベルから俺の方へ視線を移すフィリップ。


 力をセーブしていたフィリップの猛攻に対応するために、限界を超えた身体強化を使っていた俺には、今のフィリップの攻撃を捌き切ることはできない。

 そして、体力が戻り切っていない今のリリスには前衛としての役割を期待できそうにない。

 ベルの離脱によって、かなり絶望的な状況へとなってしまった。

 マズい。

 俺達ではもうどうしようもない。

 何かこの状況を一発で逆転できるようなものは…


 ふと、俺はローブの懐に隠していた物の存在を思い出す。

 そうだ。

 何かあったときのためにと、コーニーからこのマジックアイテムをもらったんだった。

 正直、この場所で使えばベルもかなり危険なのだが…アイツならなんとかなるよな?

 まあ、俺がフィリップに殺されればどのみち全員お終いなのだ。

 迷っている暇はない。


 俺は懐から魔法爆弾を取り出すと、ピンを抜いてフィリップとベルの間へ投げた。


「おっと!」


 フィリップは俺が投げた魔法爆弾を警戒して、軽く後ろにステップを踏んでそれを避ける。


「【岩壁(ストーンウォール)】」


 突如、フィリップとベルを隔離するように岩の壁が現れる。

 リリスとソフィアに関しては、俺の後ろへ下がらせていた。


 魔法爆弾がコツンと床にぶつかり、強く発光する。

 その瞬間、魔法爆弾の中に閉じ込められていた魔力が勢いよく外へと流れ出る。

 そして、魔力が外の空気に触れると、本来の力を取り戻すかのように魔法へと変換されていった。


 鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡る。

 魔法爆弾が落ちた位置を中心に、地獄と見まがうほどの炎が広がっていった。

荒れ狂う炎(フレイムブラスト)】という魔法で作り出された炎だ。

 俺の持つ魔力のほとんどを込めたおかげで、ものすごい威力になっていた。

 炎は近くにいたフィリップを飲み込み、凍っていたベルを飲み込み、それでもなお勢いを増していく。

 そして俺が出した岩の壁にぶつかって止まるも、炎と共に現れた爆風が岩の壁を凄まじい力で押し崩す。

 岩の壁で守られていたはずの俺達がいる場所を、爆風が通り抜ける。

 立っているのもやっとだ。

 遅れて炎の方もやって来たが、炎は俺の手前まで来て勢いを弱め、俺達に襲い掛かってくることはなかった。


「結構ギリギリだったな…」


 俺は冷や汗を垂らしながら炎の中心地へ目を向ける。

 するとそこには、炎から逃れるように出てくる人影があった。


「あちちちちちちち!大将、なんて無茶をするんじゃ!焼け死ぬかと思ったわい!」


 ベルは俺に文句を言いながらこっちに向かってきた。

 体中火傷の跡がみられるが、その割には元気そうだ。

 かなりの魔力を込めた魔法でフィリップに凍らされていたからだろうか?


「うるせえ!これ以外どうしようもなかったろ!むしろ凍死しなかったことを感謝しろよ!」


 俺がやられていれば、コイツは凍死することが確定していたのだ。

 生きているだけマシだろう。

 リリスの近くにいたソフィアが、ベルの方へ飛んでいって治癒魔法を使う。


「まったく…ワシもついて行く者を間違えたかのう…?」


 笑いながらベルはそう言った。

 相変わらずタフな奴だ。


 俺はもう一度炎の中心地を見る。

 すると、人が一人入れそうな卵型の透明な物体が佇んでいた。

 そしてその中には、フィリップがじっとこちらを睨んで立っていた。

 あの爆発の中、彼は咄嗟に氷を身に纏って炎をガードしていたのだ。


 その姿を見た俺は、言い知れぬ恐怖を感じた。

 あの時とは違う、今の俺の全力を込めた魔法をもってしても、まだ膝をつかないどころか傷を負う様子すらないことに。

 王国最強と謳われる騎士の圧倒的なまでの力に。


「チッ…これでダメなのかよ…」


 思わずそんな言葉が出てしまう。

 俺達はフィリップの反撃に備えた。


 だが、炎の中にいるフィリップが攻撃を仕掛けてくる様子はない。


「なんだ…?」


 フィリップは炎が止むのを待つように、その場にじっと佇んでいた。


「もしかして…あの炎から出てこられないとかかしらぁ?」


 俺の全力の魔法が完全に破られたと思ったが、思いのほか効いているのか…?

 魔法爆弾に込めた【荒れ狂う炎(フレイムブラスト)】はもうすぐ効果が切れる。

 何かアクションを起こすなら、フィリップが炎の中に囚われている今がチャンスだ。


「よし…お前ら、逃げるぞ!裏口はどこだ!」


 俺は逃走を選択した。

 この状況でフィリップを追撃しても、恐らく大したダメージは入らない。

 それならば、逃げて態勢を立て直す方がいい。


「魔王様!こっちよぉ。」


 俺達はリリスに先導されて裏口へと駆け出す。


「リリス!」


 俺は走りながら魔法爆弾をリリスに投げて渡す。

 彼女はそれを両手で受け取る。


「使い方は見てたな!」


「ええ!」


 俺がダンジョンから持ってきた魔法爆弾は三つ。

 一つはフィリップに使い、一つはリリスに渡し、俺の手元には残り一つ。

 この魔法爆弾は慎重に使わなければ。


「おい、こっからは二手に分かれるぞ。ベルは俺と来い!ソフィアはリリスと逃げろ!ダンジョンで落ち合うぞ!」


 フィリップの狙いは俺だ。

 ここで二手に分かれれば必ず俺の方を追ってくる。

 体力が回復しきっておらず、俺達よりも速く走れないリリスは切り離すことにした。

 そして、ダンジョンへの誘導役としてソフィアをつけている。

 これなら道に迷うこともないだろう。

 皆俺の意図を理解したのか、俺の案をすぐに了承した。


 俺達はサキュバスの館を出ると、二手に分かれて逃げ出す。

 そろそろ【荒れ狂う炎】の魔法が消える。

 急がなければ。

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