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なんか寒くねえか?

 サキュバスの館の用心棒になってから数日が経った。

 用心棒と言っても、たまにいちゃもんをつけに来る客を無理矢理追い返すくらいで、大したことはしていない。

 用心棒をする対価として、俺達はサキュバスの館を宿代わりにしていた。


 朝、窓から差し込む日差しを浴びて、俺は目を覚ます。

 ベッドの上で上半身を起こすと、欠伸をしながら軽く体を伸ばした。


「あらぁ、起きたのねぇ。」


 一足先に起きて身だしなみを整え、椅子に座って本を呼んでいたリリスは、俺が起きたことに気づいて声をかける。


「ああ。」


 俺は短く返事をしてベッドから降りる。

 テーブルの上に視線を向けると、急造の小さなベッドで眠るソフィアの姿があった。

 このベッドはサキュバス達が作ったものだ。

 見た目愛らしい小さなフェアリーは、サキュバスに大人気だった。

 彼女達はカワイイものに目がないのか、気がつけばソフィアは取り合いになっていた。

 リリスの鶴の一声で、基本的にはリリスの部屋で面倒を見る事になったが。

 それでもソフィアの気を少しでも惹こうと、サキュバス達はソフィアの生活用具を手作りしていた。


「…用心棒も今日までだな。」


 俺達は元々、数日間エスノムの街に滞在して帰る予定だった。

 ダンジョンに帰るということは、必然的に用心棒としての役目も終わる。


「ううん…私としてはずっとここにいてくれると嬉しいんだけどぉ?」


 リリスは唇を尖らせて、さも残念そうな声でそう言った。

 俺としても残念ではあるが、ダンジョンのことがある。

 ずっとこの場所にいるわけには行かなかった。


「まあ、そいつは無理な相談だな。」


 俺はリリスの言葉を一蹴した。

 別に彼女も本気で言ったわけではないだろうが。


「とりあえずベルに出発の準備をするよう伝えてくるか…ハァ…」


 俺はため息をついて、部屋の外へ出ようとドアノブに手をかけた。


「うふふ、いってらっしゃぁい!」


 その後ろ姿を、リリスは笑顔で見送った。




「嫌じゃあああああああああ!」


 大の大人が駄々をこねる大きな声が響き渡る。

 ベルが寝泊まりしている部屋へとやって来た俺がダンジョンに帰る旨を伝えると、それをベルは全力で拒否した。


「街を追い出されてから二十余年、ワシを受け入れてくれる場所を探し続けておったが…そいつはここにあった。ワシの楽園はここにあったんじゃあああああ!ワシャぁこの楽園で一生サキュバスちゃん達と暮らすんじゃああああああああ!うおおおおおおおお!」


 捨てられた子犬のような目…ではなく、命乞いをするゴブリンのように嫌悪感を催す目で、ベルは俺に懇願する。

 そのあまりの見苦しさに、俺は思わずベルの頬を全力でぶん殴ってしまった。

 もちろん身体強化は使っている。


「グヘァ…グッ、こんな可哀想なワシをぶん殴るなんて大将!お前さんにゃあ血も涙もねえのか!?」


 ベルが頬を抑えて叫ぶ。

 何故か被害者ヅラをしているが、別にコイツは可哀想ではない。

 サキュバスの館の前で俺を置き去りにしたこと、今でも忘れてないからな!


 その後もしばらく俺とベルの押し問答が続く。

 このままでは埒が明かない。


「チッ…しゃーねえな…ダンジョンに何人かサキュバスを寄越すようリリスに頼んでやるから、そろそろそのうるせえ口を閉じろ!」


 俺はベルにそう提案した。


 用心棒の話を受けた翌日、リリスには既に俺が魔王だと話していた。

 彼女が魔族だからというのもあるが、何となく彼女は俺の正体に気づいてそうな感じがしたからだ。

 そしたらリリスは特に驚く様子もなく、『やっぱりそんな気がしたのよねぇ。どことなく先代の魔王様に雰囲気が似ているわぁ。』と言っていた。

 ダンジョンについてもその時一緒に説明してある。


「その話、本当かのう?」


 急に期待に満ちた視線を俺に送って来るベル。


「ああ、なんとかしてやるから早く帰る準備をしておけ!」


 俺はベルにそう言い捨てて部屋を後にする。


「ふうむ…ならば別れる前に一発…」


 何か後ろから聞こえてきた気がするが、気にしないことにした。




「本当に行っちゃうのぉ?ベル様ぁ?」


 帰りの支度を済ませいざ店から出ようとすると、ロビーにいたベルにサキュバス達が集まる。

 ここにいる間、ベルはサキュバス達からものすごくモテていた。

 それもそのはず、毎晩数体のサキュバスを相手にする彼は、サキュバス達にとっていい食糧だったからだ。

 絶倫の変態(ベル)と男の精を糧に生きるサキュバス、互いの利害が一致する彼らは相当相性がよかったのだろう。


「これも大将からの命令だから仕方ないのう…ワシは死ぬまでここにいてもいいんじゃが…」


 チラチラと俺の方を見ながらそんなことをのたまうベル。

 さっきは拳だったが今度は魔法でもぶち込んでやろうか…?

 そんなことを考えていたら、何かを察したベルが大声で笑いだす。


「ガハハハハハハ!冗談じゃ、大将!ワシもそろそろあのオークの様子を見に行かんとのう?」


 そしてベルはサキュバス達に別れの挨拶を済ませ、俺に近づいてくる。

 さすがのベルも、今回はすんなりと言う事を聞いてくれた。


 俺は見送りに来ていたリリスの方を向く。


「おい、例の件についてはどうなった?」


 例の件とは、サキュバスのダンジョンへの派遣の事だ。


「うふふ、前向きに考えておくわ、魔王様ぁ。」


 彼女は優艶な笑みを浮かべて色よい返事を返した。


「これで文句はねえな?」


 俺はベルに向かって念押しするように聞く。


「ああ、もちろんじゃ!大将!」


 いい笑顔でベルは答えた。

 それを見て俺は再びリリスの方へ顔を向けた。


「じゃあな。」


 短い別れの言葉と共に、俺達はサキュバスの館を後にする。

 俺の肩に乗っていたソフィアは、サキュバス達に大きく手を振ると俺のローブの中へと隠れた。


「またねぇ、魔王様ぁ。」


 リリスはそんな言葉で俺達の背中を見送った。




 太陽が街を明るく照らす昼下がりの歓楽街は、夜の賑わいが嘘のように閑散としていた。

 人通りがまばらで、開いている店もあまりない。


「なあんじゃ、やっぱり昼の街は寂しいのう。」


 それはこの歓楽街に限った話ではあるが、確かに夜の事を思えばかなり寂しくはある。

 だが、あまり人目につかずにこの街を抜け出すことができると考えれば、俺達にとっては好都合だ。


「まあ別にいいじゃねえか。誰かに見つかる心配もしなくていいし。」


「まあそうじゃのう…あ!」


 何てことない雑談をしていたら、ベルが突然なにかを思い出したように間抜けな声を上げた。


「どうした?」


「いや、サキュバス達から土産をもらったんじゃが忘れてきちまってのう。…大将、取りに戻ってもええか?」


 まさか、サキュバスの館へ戻る口実じゃなかろうか。

 でも一度はダンジョンに帰ると首を縦に振ったし、ダンジョンにサキュバスを派遣させる予定もあるから、それはないかと思い直す。


「ああ。」


 それくらいならばいいだろうと俺は許可を出す。

 俺達は踵を返してサキュバスの館へと向かった。


 道中、何となく気温が低くなったような気がした。

 まあ今の季節は冬だし、さっきから太陽が雲で隠れて陽が当たらなくなってきたので、そういうこともあるのだろうと特に気にすることはなかった。

 俺達はサキュバスの館へと歩みを進める。

 だが、サキュバスの館へ近づくにつれて明らかに気温が下がっていく。


「…なんかさっきから寒くねえか?」


 おかしい。

 陽が当たらないからとかそんなレベルの寒さじゃない。

 エスノムの冬は比較的暖かいのだが、なんだか雪国のように寒い。


「ふうむ…この地域でこの寒さはちとおかしいのう。異常気象でもあったんか?」


 ベルも俺と同じようにこの寒さについて疑問を持っていた。

 俺のローブから顔を出して街の様子を眺めていたいたソフィアは、あまりの寒さに俺の懐へ隠れてしまっている。


「さっさと忘れもん貰って帰ろうぜ?」


「それがよさそうじゃのう。」


 俺達はさっきよりも速足で進んで行った。




 しばらく歩き続け、俺達はようやくサキュバスの館へと戻ってきた。


「なんだこれ…?」


 目の前の光景に俺は思わず口を衝く。

 そこで見たものは、氷が張ったサキュバスの館だった。


「氷…?何が起こってるんじゃ…?」


 予想だにしていなかった事態に、ベルも混乱している様子。

 つい数時間前まで何の変哲もない娼館だったものが、いきなり氷漬けにされているのだ。

 この反応も無理はないだろう。

 なんだか嫌な予感がする。


「…っ!ワシのサキュバスちゃんたちは無事か!?」


 サキュバス達を心配して、サキュバスの館へと駆け込むベル。


「あっ、おい!待て!」


 俺は慌ててその後を追った。


 サキュバスの館の店内は、店の外よりもひどい惨状だった。

 ガラス張りの部屋にいるサキュバス達は完全に氷漬けにされ、何かに驚愕した顔や怯えた顔のまま固まっている。

 そしてロビーでは、一人のサキュバスが全身を赤く染めて横たわっていた。

 リリスだ。

 リリスが血を流して倒れている。

 そして俺達に背を向けるように、剣を持った騎士のような男が立っていた。


 騎士の男は俺達の足音に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返る。


「やあ、また会ったねえ…少年!」


 騎士の男はニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

 その姿はまるで、獲物を見つけた猛獣のようだった。


 俺はこの顔を…この男を知っている。

 白髪交じりのボサボサ頭、雑に剃られた跡のある無精髭、このテキトーそうな口調…

 そこにいたのは王国最強の騎士、フィリップだった。

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