過激派信徒
リリスからこの店の用心棒をしないかという提案があった。
だが、俺は魔王としてダンジョンでやることがある。
この話は断ろうかと考えていたところ、リリスは先の提案からさらに条件を付け加えた。
「少しの間だけでもいいから、どうかしらぁ?」
俺はベルとソフィアと共に、数日間この街に滞在する予定だった。
その間だけならば受けてもいいのかもしれない。
だが、なぜ彼女はそこまでして用心棒を雇いたいのだろう?
リリス程の実力があれば、正直一人でこの店を守れそうなものだ。
それに、今回は油断したのか捕まっていたが、サキュバスという種族自体が元々かなりの強さを持っている。
そんな中で、本当に用心棒が必要なのだろうか?
「この街にいる間だけなら別にいいが、何でそこまでして用心棒が必要なんだ?」
俺は疑問に思ったことをリリスに尋ねる。
「ええと…そうねぇ…何だか最近ちょっと物騒なのよねぇ。」
リリスは物憂げにため息をついた。
本人が意識しているのかどうかはわからないが、とても色気のある仕草だ。
「でも、さっきみたいなのはよくある事なんじゃねえのか?」
ヘンテコな服を来た男達の襲撃を、リリスはよくある事として片付けていた。
「確かにうちのお店に誰かがいちゃもんをつけに来るのはよくある事よぉ。それに、さっきはうちの子たちの手前そう言ったんだけれど…ううん…何ていうかこう…サキュバスのカン、とでも言うのかしら?嫌な予感がするのよねぇ…」
うまく言葉がまとまらなかったのか、あいまいな言い方をするリリス。
「嫌な予感?」
予感というのは、その人自身の経験に基づくものだ。
先程戦っている姿を見て思ったが、このサキュバスはそれなりの修羅場を潜り抜けた経験があるのだろう。
そんな彼女の予感というのは、案外馬鹿にできないかもしれない。
「一言での説明は難しいし、話が長くなりそうなのだけどいいかしらぁ?」
俺はリリスの言葉にうなずく。
「そうねぇ…どこから話そうかしらねぇ…イリサイ教の事は知ってるかしら?」
「ああ、この大陸で最大派閥の宗教だったか?」
確か、ダンジョンの事を神聖視しているとコーニーが言っていたな。
「うふふ、物知りねぇ。そのイリサイ教よぉ。」
リリスは子供を褒めるように俺の頭をなでる。
「イリサイ教は元々人間の多い地域で開かれた宗教で、他の種族にも比較的寛容な教えだったの。でも、魔族と人間の長い争いの中でその教えの解釈が分かれ、魔族との友好を図る穏健派、魔族を排除する過激派、そのどちらでもない中立派の、三つの派閥が出来上がったの。」
宗教の多くは、神様の教えと称して人々に道徳や倫理観などを根付かせ、時には心の有りどころとして人々の心の安寧をもたらす役割がある。
また、原理の説明が難しい自然災害などの現象を神様の怒りだとして、人々を危険から遠ざけていたりもする。
だがその一方で、都合にいいようにその教えを解釈すれば、信徒たちの行動をコントロールすることもできる。
あらゆる思惑が絡み合った結果、同一宗教内で派閥争いが起こるなんてこともよくある話だ。
イリサイ教での派閥の分裂も、大方そんなところだろう。
「長らくの間、中立派がイリサイ教の大多数を占める主流派で、過激派と穏健派はそのなりを潜めていたわ。でも最近になって、過激派の動向が目立つようになってきたの。」
そういえばさっきの奴らも、主の裁きがどうとか言っていたな。
もしかしてあいつらもイリサイ教の過激派だったのだろうか?
「さっきのもイリサイ教の過激派だと思うのだけれど…なんかそれだけじゃない感じなのよねぇ。」
やはり過激派のようだ。
だが、それだけじゃないとはどういう事なのだろう?
「たぶんだけれど、彼らを焚き付けている者がいるわ。例えば…私達にお客を取られると困る娼館の元締めとかかしらぁ?」
サキュバスの館のように、グレーな商売をしているライバル店を暴力で潰すというのは、夜の商人の常套手段だ。
その鉄砲玉として利用されたという可能性は大いにある。
「あと思いつくのは…過激派を使って自分たちの影響力を強めたい貴族や成り上がりの商人たちねぇ。」
よくあるのが、魔族を捕まえて奴隷にし、後ろ暗い仕事をさせることだとか。
人を雇うよりも奴隷に落とした者を使えば懐が痛まないし、何より暗殺や要人の襲撃事件の犯人が魔族であれば、魔族に対する市井の人々の印象が悪くなる。
そうなるとイリサイ教の過激派が増え、過激派を支援する貴族や商人の影響力も相対的に上がるという考えだそうだ。
魔族の中でもサキュバスは、戦闘だけでなくハニートラップにも使えるので、奴隷としての価値が高いらしい。
「そういうわけで、私達サキュバスには恐らくイリサイ教過激派の魔の手が迫っているのよぉ。」
なるほど。
人間の街で生きる彼女達には敵が多い。
宗教の特定派閥を丸々敵相手しないといけないというのは、なかなかに厄介なことだ。
「大抵のことは私一人でも対処できし、他の子たちもある程度は自力で何とかできる力があるのだけれど…今回みたいにもしもってこともあるでしょぉ?そこであなた達みたいな力を持った人にも助けてほしいってわけ。」
そう言ってリリスは人差し指で優しく俺の胸元を小突き、そのまま指を下へスライドさせる。
彼女が用心棒をしてほしいと言った理由はよくわかった。
これはぜひともサキュバスを守らないといけない。
そんな事を考えたところで、ふとある疑問が俺の頭をよぎる。
「なあ、一ついいか?そんなに危険なら、なんでお前らこんな人間の街で生きてんだ?魔族の街まで行きゃあいいじゃねえか。」
別に無理をして人間の街で暮らさずとも、魔族のいる土地まで行けば安全に生きていけるはずだ。
なぜここのサキュバス達は、危険を冒してまでも人間の街で生きるのだろうか?
「そうねぇ…私達も故郷に帰りたいのはヤマヤマなんだけれど…それが難しいのよねぇ…」
彼女は少しだけ寂しそうな顔をして答えた。
「私達サキュバスはね?人がお肉やパンを食べて生きる糧としているように、行為によって男の人の精を吸収して生きる糧としているの。」
サキュバスにとっての栄養とは、男が出した精の事らしい。
どうやらこのサキュバスの館という店は、人間達にとっては金を払ってサービスを受ける場であり、サキュバスにとっては食事の場でもあるようだ。
「このお店はこの街の領主のお墨付きで、信用があるから人間の男の人から精をもらえるけど…もし私達サキュバスが魔族の街へ帰るとすれば、その道中で人間から精をもらえるかと言うと…難しいわねぇ。」
魔族と人間の対立が続く中で、魔族に協力する人間というのはほぼいない。
無理矢理人間の男を襲ってしまえば、討伐対象として指名手配され、無事に魔族の街まで辿り着けない可能性がある。
特殊な食事をする彼女達にとって、故郷へ帰るためには食糧事情という困難が立ちはだかっていた。
「もし故郷へ帰ろうと思ったら、大半の子達が干からびて死んでしまうでしょうねぇ…」
リリスはため息をつく。
「…魔王軍の一員として人間と戦い、魔王様が亡くなられてからも戦い続け、気がつけば援軍も来ない場所で孤立して…そんなところをあの方に助けられ、そして人間の街を彷徨いここに流れ着いてから20年くらい…」
リリスは自らの過去を振り返るように語り続ける。
「魔王軍としての…魔族としてのプライドを捨て、人間の助けを得て行き続けたわ。生きてさえいればいつかは故郷へ帰れると信じて。」
人間の助けを受ける。
その言葉が出た時、彼女の手には力が入っていた。
自分達を魔族として、あるいは淫魔として蔑む人間の助力を得ることは、彼女にとって何よりの苦痛だったのだろう。
「…あ、ごめんなさいねぇ、何だか湿っぽい話になっちゃってぇ。」
そう言うと彼女は若干強張っていた顔の筋肉を緩め、優しい顔つきになる。
そして少しばかり体勢を変え、俺と密着するような形になると、その両腕を俺の腰に回して抱きついてきた。
「うふふ!それじゃあうちの子達を助けてくれたお礼に、今日はいっぱい楽しみましょうねぇ!」
リリスは俺の耳元で優しく囁いてきた。
心地の良い吐息が耳にかかる。
今夜は寝苦しい夜になりそうだ。




