サキュバスの館2号館
ある日の夕方、俺はベルと共にサキュバスの館を目指してエスノムの街に来ていた。
コーニーからもらったマジックアイテムのローブを着て気配を薄め、俺達、というか主にベルの姿がバレないようにしていた。
俺の胸の辺りからは、ローブの襟元を握った一体のフェアリーがひょっこりと顔を出している。
別に俺のケツを気にしたわけではないが、俺とベルは回復魔法を使えないので、念のためソフィアも連れて来ていたのだ。
彼女は初めて来る人間の街に興味津々のようで、キョロキョロと街の様子を眺めていた。
「ソフィア、あんま顔出し過ぎるなよ?」
浮かれ気味のソフィアに注意する。
このローブはなかなか高性能で、今のところ街の人々がこちらに注意を向ける気配はないが、それでも用心しておくに越したことはないだろう。
俺の言葉にススっと頭を引っ込めるソフィア。
だが、よっぽど街の様子が気になるようで、すぐに俺の胸元から頭を半分くらい出すような形で、目の前の光景を眺めていた。
「ガハハハハハハ!大将!気持ちはわかるが、せっかくの遠出なんじゃ。楽しんだ方がええと思うぞ。」
ベルが俺の言葉を豪快に笑い飛ばした。
「いや、お前はもっと気ぃつけろよ。」
ベルの笑顔を見て、思わずそんな言葉が俺の口からついて出る。
エスノムの街に来るまでに、道中ベルは2回ほど魔物でお楽しみだった。
冒険者にばったり出会って見つからないかとヒヤヒヤしたものだ。
まあコイツに我慢なんてさせれば俺に被害が来るし、やめさせることはなかったが。
「ガハハハハハ!大将はちいとばかし神経質すぎるんじゃろうて。そんなに気を張ってばかりいると疲れちまうぞ?」
「ハァ…」
返事をするのが面倒になった俺は、相槌代わりにため息をつく。
ベルと喋っていると、なんだかここまで警戒している俺が馬鹿らしくなってきた。
俺の心を知ってか知らずか、相変わらずベルは馬鹿みたいにでかい声で無神経に笑っていた。
気が付けば俺の胸元から街の様子を観察していたソフィアは、肩から上が全部ローブの外に出ている。
今度はそのことを注意する気にならなかった。
その後も少しエスノムの街をブラつき、俺達はテキトーな店で夕飯を済ませた。
久々の人間の作る料理にベルは、「懐かしいのう。」なんて言いながら舌鼓を打っていた。
俺のローブの中で隠れ、出てきた料理をこっそりと食べていたソフィアも、いつもとは違う料理に満足そうな様子だ。
ソフィアにねだられてフォークに突き刺した肉を懐へ持っていく時は、さすがにバレやしないかと緊張した。
だが店の中の客も店員も、皆こちらの事を気に留める素振りはなかった。
恐らくコーニーのローブのおかげだ。
このローブがなければ、恐らくこの旅は成り立たなかっただろう。
辺りが暗くなって夜も更けてきた。
その頃俺達は、まばらな街灯が足元を照らす中、サキュバスの館へと歩みを進めていった。
昼間とは全く違う街の光景に、ソフィアは興味津々の様子だ。
ローブから頭どころか肩のあたりまで出ている。
まあこれだけ暗ければ、胸元にフェアリーがいても気づかれることはないだろう。
高性能なローブもあるし。
しばらく進むと、先ほどまでまばらだった街灯の光がだんだんと強くなっていく。
道路脇の店は、夜中とは思えないような賑わいを見せていた。
昼間は優しい顔つきをした子連れの男女や老人が多かった道行く人々の顔触れも一変し、荒々しさを感じるいかつい男や、素肌の露出が多い妖しい恰好をした女など、いかにも陽の当たらない場所で生きているような人たちが目立つ。
エスノムの街の歓楽街だ。
「なあ、サキュバスの館っつーのはどこにあるんだ?」
俺は立ち止まってベルに尋ねる。
さっきからかなり歩いているのだが、一向に目的地へたどり着かない。
「ふうむ…この辺にあると思ったのだが…」
そう言ってベルは懐から例の広告を取り出す。
まじまじと手に持った紙を見た彼は、ある一点を見つめて「あ…」と呟いた。
「すまんのう、大将。2号店なんて言うからには人気がありそうじゃし、ワシゃあてっきり歓楽街の中心にでもあるんかと思うとったが…結構端の方じゃったわい。」
どうやら場所を勘違いしていたようだ。
「そうか。」
そして俺達は今度こそサキュバスの館を目指して歩き出した。
その途中、1号・2号・3号の顔が見えた気がしたが、互いに見なかったことにしてスルーする。
こんな場所で彼らと接触するのは避けた方がいいだろう。
それにキチンと諜報員としての仕事はこなしているのだ。
俺達が不利になるような行動を取らなければ問題はないし、あまり行動を制限しすぎて、他の冒険者達から【洗脳】について怪しまれては困る。
しばらく進むと、先程まで爛々とこの街を照らしていた街灯がだんだんとまばらになってきた。
歓楽街の端の方まで来たのだろう、人通りもそこまで多くはない。
だが少し先の方に、その周りだけ異様に明るくて賑っている店を見つけた。
店先では、下着と言ってもいいほど布面積が少なく、ただ局部を覆い隠すだけの服を来た女魔族が客引きをしていた。
頭には角が、背中には羽が生えており、胸元にある大きな双丘に反して腰回りはくびれており、均整の取れた奇跡のような体つきをしている。
その姿は男達の情欲を掻き立てるように扇情的だ。
「おお!あったあった!あそこじゃ!」
ベルが嬉しそうに前方にある店を指さす。
そして俺達は速足で店先へと近づいて行った。
「あらぁ、そこのお兄さぁん。こんなところまできてお疲れでしょぉ?うちの店で休んでいってはいかがぁ?」
甘ったるい媚びるような声を出したサキュバスがベルの腕を取り、店の中へと誘導する。
ベルの方を見たら、だらしなく頬を緩ませた鼻息の荒いおっさんがそこにはいた。
「ガ…ガハハ!そんなこと言われちまったら仕方ないのう!朝までゆっくりと休ませとくれ。」
そう言ってベルは俺を放って店の中へと消えていった。
…あれ?俺は?
サキュバスの鮮やかな客引きに見とれていたら、店に入るタイミングを見失ってしまった。
ベルめ、いつもは頼んでもないのに俺に構いに来るくせに、こういう時だけ俺をほったらかしやがって!
店の前で呆然と立ち尽くしていると、店から新しいサキュバスが出てきた。
先程のサキュバスよりも少し大柄で肉付きが良く、だが引き締まった体をしている彼女は、半透明なネグリジェのような服を着ていた。
服の透けた部分から見える素肌が艶めかしい。
「あらぁ、どうしたの?僕ぅ?迷子かしらぁ?」
店から出てきたサキュバスは俺を見つけ、やはりベルを連れて行ったサキュバスと同じように甘ったるくて媚びるような声で俺に話しかけた。
「いや…」
別に俺は迷子ではない。
ただあのアホに置いて行かれただけだ。
俺は彼女の言葉を否定した。
「そうなのぉ?あ!じゃあもしかしてお客さんかしらぁ?うふふ、他のお店じゃそうはいかないでしょうけど、ウチは君みたいなお坊ちゃんも大歓迎よぉ!」
そう言って艶のある笑みを見せて俺の手を取るサキュバス。
俺の手のひらに妖しく指を這わせたかと思うと、いわゆる恋人繋ぎで手をつないできた。
その目から魔力が漏れ出ており、何かしらの魔法を使っていることがうかがえる。
なるほど、こうして客を引き寄せていくのか。
普通の奴らなら魔法をレジストできず、この誘惑に抗えないのだろうな。
普通じゃない俺はサキュバスの魔法をレジストする。
だがサキュバスの素の魅力に抗うことはできず、普通に店の中へと連れていかれた。
だって仕方ないだろう、いい匂いがしたんだから。
「…うふふ、こっちよぉ。」
何か一瞬間があった気がするが、気のせいだろう。
店の中に入ると、ショーケースのようなガラス張りになっている部屋が目についた。
その中では何人ものサキュバスが待機している。
背の低い者、スレンダーで胸が小さい者、肉付きが良くてふくよかな者、垂れ目の愛らしい顔つきの者、切れ長でクールな印象の目をした者、とてもバリエーションが豊かで、どんなニーズにも対応できそうな面々だ。
普通に店に入った者は恐らく、あのガラスの向こうにいるサキュバスを指名するというシステムなのだろう。
だが客引きのサキュバスに掴まった俺は、彼女に手を引かれ店の奥へと連れられて行く。
店の奥は宿屋のように部屋が並んでいた。
その中の一室に連れられた俺は、近くにあったベッドに腰を掛ける。
部屋にはベッドと小さなテーブルくらいしかなかった。
俺をここまで連れてきたサキュバスは俺の隣に座り、俺の膝の上に手を置きしなだれかかる。
「あ、一応聞いておくけど、私でいいのよねぇ?」
サキュバスが俺の方を見て尋ねる。
甘い香りの吐息が俺の頬にかかった。
私でいいの?とは、指名の確認だろう。
「ああ。」
俺は頷く。
「うふふ、こんなカワイイ子に指名してもらえるなんて、おねえさん嬉しいわぁ。私の事はリリスって呼んでねぇ。」
そう言ってリリスは俺の膝に置いていた手を腰に回し、もう片方の手で頭を抱えるように俺を抱きしめた。
巨大な二つの果実に鼻と口をふさがれ、息ができなくなる。
だがなぜだろう。
サラにも似たようなことをされたのだが、あの時とは違って恐怖感はなく、なんとも言えない満足感があった。
「そう…いい子ねぇ。そのまま力を抜いてぇ。」
サキュバスのリリスは一度抱きしめていた手を離すと、徐に俺をベッドへ押し倒す。
別に力で押されたわけでもないのにリリスの手には抗えず、俺は彼女のなすがままにベッドへと倒れこんだ。
すると、リリスの手が俺の服の中へと入れられ、彼女の指が腹の上を這うように動く。
くすぐったくもクセになるような感触だ。
「どう?だんだんと気持ちよくなってきたでしょぉ?」
俺の耳に甘ったるい吐息がかかる。
ゾクゾクと快楽を伴う寒気が背筋を通り抜けた。
「うふふ、いいわねぇ。それじゃあ…」
「キャー!」
突如、サキュバスのショーケースがあった方から大きな悲鳴が聞こえた。
何やら外が騒がしい。
俺もサキュバスも何事かとこの部屋の扉へ目をやる。
「あらぁ…ごめんねぇ。せっかく盛り上がってきたところなのだけれど、私一応このお店の責任者だから、ちょっと見に行かないといけないのよねぇ。」
ベッドの上で少し乱れた俺の服装を正しながらリリスはそう言った。
「ちょっとだけここで待っててねぇ。お詫びに後でたっぷりサービスしてあげるから!」
そして彼女は立ち上がると自分の服も軽くしわを伸ばし、しなやかな足取りでこの部屋を後にした。
またしても取り残される俺。
すると俺のローブの中からもぞもぞとソフィアが這い出てきた。
頬を真っ赤に染めながら何かを訴えるように俺の頬をポコポコと叩く。
別に痛くはないが、急に先程までの興奮が冷めて冷静になってしまった。
リリスが出ていってから5分ほど経つが、一向に彼女が帰って来る気配がない。
店内の騒ぎはリリスが出ていく前よりも増している気がする。
さて、どうしたものか。
このまま待っていればリリスは戻ってくると思うが、率直に言って暇だった。
なんせこの部屋、ヤること以外にやることがないのだ。
まあそれ以外の目的で作られていないだろうし、文句を言っても仕方ないのだが。
あまりにも暇だった俺は、野次馬根性で部屋の外の様子を見に行くことに決めた。
別に何か手を出そうとかそういう事ではないし、ただの暇つぶしだ。
息を切らしながらも未だに俺の頬をたたき続けているフェアリーをつまみ上げ、ベッドの上へと置く。
そして俺はベッドから立ち上がり、部屋の外へと出ていった。
ソフィアは俺に慌ててついて来る。
部屋の外の廊下を歩き、店のロビーへと向かう。
「ハハハハハ!ついに捕まえたぞ!このサキュバスめ!」
ロビーへ着いた俺が真っ先に目にした者は、ショーケースの中で拘束されていたサキュバス達と、おかしな服を身にまとった怪しい一団の姿だった。




