それって逆なのでは…?
「シャアアアアアアアア!」
ダンジョンから少し離れた森の中にある沼地。
俺は4体の野生のリザードマンと相対していた。
リザードマンは、全身を鱗に覆われた蜥蜴のような二足歩行の魔物だ。
その鱗は硬く、並の攻撃では突破できない程高い防御力を持つ。
また、蜥蜴と言いながらも器用な手を持っていて、剣や盾などの武器も使ってくるのでかなり厄介だ。
俺は持っていたマジックアイテムの安全ピンを抜き、リザードマンの足元へと投げつける。
リザードマンの足元に転がったマジックアイテムは、突如として光を放ったかと思うと、風の刃を四方八方へとぶちまけた。
「グガアアァァァァァ…」
手に、足に、首に、風の刃はリザードマンの体中を切り裂くと、4体のリザードマンはその場に倒れ伏した。
「なかなかいいじゃねぇか、これ。」
俺は、込められた魔法が空になってその場に転がるマジックアイテムを見ながら言った。
火薬の代わりに魔法を込めた爆弾のようなものだ。
「フフフ、そうだろう?気に入ってもらえたみたいでうれしいよ。」
コーニーが満足そうな顔で俺に言う。
このマジックアイテムはコーニーがキリンゾロで開発したもので、魔法爆弾と呼んでいるそうだ。
その製法はキリンゾロの国家機密らしく、「流出がバレたら大変なことになるだろうね。」とコーニーは言っていたが、魔王である俺には関係のない話だな。
「一回一回魔法を込め直さないといけないけど、あらかじめ準備しておけばいざという時の備えにもなるし、コンパクトで懐に忍ばせておけるしで、なかなか便利なんだよね。」
コーニーの自画自賛はさておき、コイツは本当に便利だ。
かなりの量の魔力も込められるので、俺の切り札として持っておいてもいいだろう。
「他にはなんかねぇのか?」
さらなる玩具をコーニーに催促する。
「ああ、もちろん。こんなのはどうだい?――」
魔石や魔力をエネルギーに動く馬車、魔法を込めた弾を撃ち出す拳銃、空を翔ける靴、コーニーが出すマジックアイテムは、どれも便利で面白いものばかりだった。
「正直、今初めてお前のことを受け入れてよかったと思ったな。」
コーニーがダンジョンにやって来てから約1カ月間、彼は特に怪しい動きもなく研究に埋没している様子だった。
当初、サラはコーニーの事を怪しいと受け入れに反対していたのだが、意外なことにレモリーはコーニーの事を特に疑う様子もなく、すんなりと受け入れていた。
何か知っていたのか、それとも思うことでもあったのか、その辺はよくわからない。
だが、何かを確信したかのように『彼は恐らく大丈夫でしょう。』と言っていた。
1カ月経って特に妙な動きを見せることもなく、レモリーが言うのなら大丈夫だろうという事で、ダンジョンの外に出てコーニーの研究成果とやらを披露させていた。
その技術力の高さを見せつけられた今は、本当に彼を受け入れてよかったと思う。
「ハハハ!魔王様にそういわれるなんて光栄だね!で、どうだい?そろそろ本格的に僕を君の仲間に加えてくれる気にはなったかい?」
ダンジョン内で用事がある時に、わざわざ自分の部屋とコアルームを往復するのがよほど面倒だったのだろう。
【ダンジョン契約】の存在を知ったコーニーは、事あるごとに自分にも使ってくれと言っていた。
最初は断っていたが、これだけの研究成果を提供してくれるのなら、契約を結んでもいいかもしれない。
「そうだな、考えておこう。」
俺は曖昧に返事をする。
するとコーニーは苦笑いをした。
「アハハ、相変わらず手厳しいね。でもまあ前よりは一歩進んだかな?…さて、帰る前にちょっとだけいいかな?」
コーニーのマジックアイテムのお披露目も終わり、ダンジョンへ帰ろうという空気が出てくると、コーニーは俺に一声かけてリザードマンの死体へと近づいた。
「なんだ?素材でも剥ぎ取るのか?」
魔石か何かが必要なのだろうか?
「僕の研究には死体が必要だからね。できれば鮮度が高いうちに持って帰りたいんだ。」
そう言ってリザードマンの死体を、荷車型のマジックアイテムに積み込むコーニー。
どうやらこの荷車は、積み込んでいる物の時間の流れを遅らせ、腐敗を防ぐ効果があるらしい。
ただし、生きているものの時間の流れを遅らせることはできないのだとか。
無意識のうちに魔法をレジストしてしまうのだろうか?
「よし。リザードマンも積み終わったし、そろそろ行こうか。」
「そうだな。」
コーニーの荷積みが終わり、俺達はダンジョンへと帰っていくのだった。
結局俺はコーニーに【ダンジョン契約】を使った。
これまでの行動を鑑みて、この男が敵になることはないだろうと判断してのことだ。
コーニーは研究成果の提供以外に、ダンジョンの改善にも協力してくれていた。
マジックアイテムを使った罠の作成に、魔物が負傷しにくくなるような陣形や配置の提案に、このダンジョンへの貢献度は相当なものだろう。
ある日、コアルームでコーニーとダンジョンについての相談をしていると、そこにベルがやって来た。
「おお、今日もやっとるのう!大将、コーニー殿!」
開口一番、ベルの快活でバカでかい声がコアルームにこだまする。
「やあ、ベル君。」
「おう、なんか用か?」
ベルは手に小さな紙を持っていた。
いつもは暇ができたらコアルームまで俺の事を茶化しに来る彼だが、今日は何か用事でもあるのだろうか?
「用ってほどの事じゃあないんだが…ワシもちとダンジョンの外へ行きたくてのう。」
「却下だ。」
ダンジョンの外には、こいつの欲求を満たせるような従順な魔物はいない。
欲求が溜まりに溜まった状態で人間と鉢合わせたらどうなるのかは、火を見るよりも明らかだ。
それ自体は別にいいのだが、問題を起こしたコイツがもし尾行されて、このダンジョンに帰って来るところを見られたらマズい。
大した見返りもなさそうなのに、できればそんなリスクは負いたくなかった。
「ガハハ…すぐに否定しおって。まあとりあえずワシの話だけでも聞いてくれんかのう?大将。」
ベルは苦笑交じりに俺へ話を聞くよう求めた。
「しゃーねえな。聞くだけだぞ?」
ベルがここまで頼み込むのであれば、よっぽど何かあるのだろう。
特に外出の許可を出す気はなかったが、話だけは聞いてやることにした。
「ワシに付けてくれていたオークがおったじゃろ?実はな、大将。アレが妊娠しちまったんじゃ…」
「は…?」
妊娠…?
人間がオークを孕ますなんてそんな事できるのか…?
それって逆なのでは…?
恐るべし、ベルの性欲。
オークが妊娠したという言葉を聞いた瞬間、コーニーの目が怪しく輝いた気がした。
「オークが人間の子を産む…ねえ。異種族間交配なんて、生物の神秘を解き明かすようで、死者蘇生の研究に繋がりそうな話だね。ぜひとも研究させてほしいな。」
爛々とした瞳でオークの事を研究材料にさせてくれとせがむコーニー。
「ガハハ、できればあまり負担のかからない方法で頼む。」
苦笑いでベルはこれに答えた。
「さて、そんなオークも昔のワシならば気にせずに犯っちまってるんだが…なんだか愛着が湧いちまってのう。ワシの事を黙って受け入れた身重のオークに、あまり無理させる気が起きなんだ。」
ベルが矛を収めた…?
この性欲の塊にそんなことができるのか…?
生き物とみれば誰彼構わず襲い掛かるあの性欲の権化が…?
恐るべし、オークへの情。
「そうか、なら新しいオークでも回してやろうか?」
それならば、新しくメスのオークを生み出して同じ役割を担わせればいい。
なんならテキトーな冒険者をとっ捕まえて、【洗脳】を使った後にベルに渡してやれば済む話だ。
「それもアリっちゃアリなんじゃが…あのオークの顔を見てると、なんか気分が乗らなくてのう…それに、ワシの行為に耐えられる者もなかなかおらなんだ。」
どうにも歯切れの悪い返事だ。
何かあるのだろうか?
「ふうん。僕としては今後のためにもっとオークを懐妊させてほしいけどね。」
コーニーはあまり興味がなさそうな様子。
まあ死者を蘇らせる研究以外には興味がなさそうだし、当然なのだろう。
「ワハハ…そこでじゃ!この前捕まえた冒険者の荷物の中に、こんなものを見つけてのう。」
そこでベルは俺に1枚の小さな紙きれを渡してくる。
そこにはポップな書体の文字と、妖しい絵が描かれていた。
「うん…?『新規開店!サキュバスの館エスノム2号店!当店自慢のサキュバスが、疲れたあなたを癒します!』。これは…」
この紙、何かと思ったら夜の店の広告なのでは…?
「うむ。サキュバスならばワシの気分も乗るんじゃないかと思っての。それに、ワシがどれだけ性欲をぶつけても問題ないときた。」
確かにベルのいう事はわからんでもない。
だが…
「コレお前が夜の店に行きたいだけじゃねえか!」
半分くらい、いや、半分以上ただのコイツの願望なのでは?俺はそう思った。
「ガハハハハハハハ!確かにワシが行ってみたいってのもある!じゃが他の魔物や冒険者でというのに気分が乗らんのも事実じゃ!」
さも可笑しそうに、そして誤魔化すような笑い声をベルが上げた。
「どうする?大将。ワシをダンジョンの外へ出さずに我慢させりゃあ、溜まりに溜まって気が付いた時には大将を襲っとるかもしれんぞ?」
ワハハ、と笑いながら俺に軽く脅しをかけるベル。
コイツ、本当にいい性格してやがるな。
そん時はぶっ殺してやる!なんて言いたいところだったが、このダンジョンに定着したベルという一大戦力を、そんなつまらない事で失うのは正直愚策だ。
どうする…?
俺が悩んでいると、コーニーが横から口を出してきた。
「ハハハ、いいじゃないか魔王様。僕もマジックアイテムくらいなら貸すから、行かせてあげなよ。あ、なんなら魔王様がお目付け役としてついて行くってのはどうだい?」
「おお!コーニー殿!さすが話がわかるわい!」
こいつら…結託しやがった。
コーニーは誰にも邪魔されずにオークの体について研究したいだけだろう。
だがまあ、ベルが暴走しないように俺が同行すれば問題ない…のか?
「なんならついでにソフィア君を連れていくといいよ。お尻が痛くなったときのために。」
「ガハハハハハハハ!そうじゃそうじゃ!ガハハハハハハハ!」
二度と口を開けないようボコボコにしてやろうか。
そんな怒りを飲み込み、俺は口を開く。
「ハァ…わかった。俺も同行する。ただし、襲ってきたら殺してやるからな!」
根負けした俺は、条件付きでベルに外出の許可を出す。
「ガハハハハ!さすがはワシらの大将じゃ!物分かりがええのう!」
本当にいい笑顔で笑うベル。
だがまあ、別に俺にも悪い事ばかりではない。
魔族と人間の戦争が起こっている中、サキュバスという魔族が人間社会でどのような暮らしを送っているのかというのも気になる。
それに俺も男だ。
子どもの姿だから誤解されているかもしれないが、そういう事に興味がないわけではない。
ただ、レモリーにはなんとなくそういう気が起きなかったし、ソフィアはそもそも小さいし、サラは…まあ…うん…なんか怖いから今まで何もなかったが、性欲くらいある。
サキュバスの館か。
そう思うとなんだか少し楽しみになってきたな。
不満な顔をしながらも、俺の心はほんの少しだけ踊っていた。
こうして俺達は、ダンジョンの外へ出る準備を始めた。




