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賢者の夢

「ええと…いいかい?」


 思考が停止して固まっている俺に、コーニーが話しかける。


「あ…ああ。」


 思考を取り戻した俺は、なんとか返事を絞り出す。

 この男、急に自分を保護しろなんて言い出したが、一体どういうことだ?


「僕にはやりたいことがあるんだけど、それがどうやらキリンゾロでは叶わないとわかってね。そこでキリンゾロを脱出して、僕の夢を叶えられそうな場所を求めてここへたどり着いたというわけだ。」


 なるほど、わけがわからん。

 とりあえず俺はコーニーに細かな説明を要求した。


「まあいろいろと聞きてえことはあるが…キリンゾロから脱出してきたっつーことは、俺らやこのダンジョンを潰しに来たわけじゃねえんだな?」


 一番の懸念点はそこだ。

 この男が敵なのか味方なのか、それとも中立なのか。

 それによって今後の対応が変わって来る。


「ああ、もちろんだよ。君達と敵対するつもりはさらさらない。キリンゾロの使者としてではなく、僕が個人的にやって来ただけさ。…僕はこれでも祖国(キリンゾロ)でそれなりのポストについていたし、今頃国はしっちゃかめっちゃかの大騒ぎだろうね。」


 さらっと何でもない事のように話すコーニー。

 どこまで信用のできる話かは分からないが、とりあえず今この状況で敵対することはなさそうだ。


「そうか…そんじゃあお前の言う夢ってのは何だ?」


 キリンゾロでの地位を約束され、ありとあらゆるものを手に入れた英雄。

 そんな男がキリンゾロで叶えられないようなものなのだ。

 何がしたいのか少しだけ興味があった。


「僕の夢かい?それは…死んだ人間を蘇らせることさ。」


 そう俺の方を見て答えたコーニーの瞳は、どこか遠くの景色を見ているような気がした。

 死者の蘇生、それは魔法という摩訶不思議な力を以てしても未だに叶わぬ、正に夢のような話だ。

 この男はその夢を叶えたいとのたまった。

 正気なのだろうか?


「僕はキリンゾロで国の仕事の傍ら、研究者としても活動していてね。その時に興味深い文献を見つけたんだ。遥か昔、こことは別の大陸で死者の蘇生を研究していたという文献を、ね。」


 それがこの男が死者を生き返らせる研究を志したきっかけだった。


「僕はキリンゾロで早速研究を始めようとした。だが、死者を蘇らせることは神への冒涜だとされ、研究の許可は下りなかった。」


 それで研究をするためにキリンゾロを脱出し、今に至るのか。

 コーニーが国を捨ててここへ来た理由はわかった。


「ふーん、なるほどな。お前の事情はわかった。だが、一体誰を蘇らせるってんだ?」


 自ら築き上げた地位を捨ててまでここへ来たのだ。

 そこまでして蘇らせたい人物とは、一体誰なのだろうか?


「僕の…妻と息子さ。」


 少し間を置いてからコーニーが答えた。

 その時、念のため俺の近くで控えさせていたレモリーの肩が、一瞬だけピクリと動いた気がした。


「あれは30年くらい前だろうか?僕ら家族は、地方にある小さな街で仲睦まじく暮らしていたんだ。裕福とは言えないが貧しくもなく、今思い出しても幸せな日々を送っていたよ。」


 コーニーは自らの過去を語り始める。


「だが、僕らの住んでいた街は、魔族の土地と比較的近い場所にあってね。人間と魔族の戦争の戦場も近かったんだ。まあ幸いなことに、その時はなんとか人間側が戦線を保って、街が戦火にさらされることはなかったけど。」


 コーニーが戦士として頭角を現す前のことだ。

 このときはまだ、兵士として戦争にも参加していなかったらしい。


「だがある時、僕の息子が疫病にかかってね。回復魔法を使っても治らないときた。この疫病を治すためには、特別なマジックアイテムが必要だったんだ。」


 回復魔法は傷や痛みを癒してくれるが、病気を治療することはできない。

 病気の治療には、専門的な知識を持つ医者でもいない限り、特別なマジックアイテムが必要らしい。

 そしてこの世界における医者は数が少なく、コーニーの街に医者は存在しなかったそうだ。


「ちょうど同じ時期に、前線の兵士達も同じような疫病が流行ってしまってね。病気を治すマジックアイテムは軍に流れていき、僕らの下へは届かなかったんだ。」


 戦時中という事で、ありとあらゆる物資は優先的に軍へと流れた。

 総合的に考えて、国家としては妥当な判断なのだろう。


「そこで僕は軍に入隊し、マジックアイテムを拝借してコッソリと持ち帰った。…でもそれは遅すぎたんだ。僕は息子の死に目にも立ち会えなかったよ。」


 なんとなく力のない声でコーニーが言った。

 当時の事を思い出したのか、悲しいようなやるせないような、そんな感情が渦巻いているようだ。


「何も考えられなかった。その日から僕ら夫婦の会話が減り、妻はあまりのショックに塞ぎこんでしまったんだ。…日に日に弱っていく彼女の姿を見ていられずに、僕はそこから逃げ出すように戦場へ出ていった。」


 家族がいない俺にとって、コーニーとその妻が受けた心の痛みは正直理解できない。

 だが、彼の話を真剣に聞いているレモリーの姿が印象的だった。


「泥にまみれ血を浴びて、修羅場を何度も潜り抜け…戦っている時だけが息子の死を、家族の事を忘れさせてくれた。そしてある日家に帰ると、冷たくなった妻の姿があったんだ。」


 息子を亡くしたコーニーは、今度は妻をも失った。


「そこから先の事は…あまり覚えていないな。憂さを晴らすように戦場に出ては暴れ…僕は死に場所を求めていたのかもしれない。だが残念なことに、僕には戦の才能があった。戦場で暴れているうちに功績を認められ、いつからか指揮官として死の気配から遠い場所に置かれ、キリンゾロの英雄なんて呼ばれて…ここまで生き残ってしまったんだ。」


 まるで今生きていることを憂い、恥じるかのように、コーニーは語った。


「とまあ、僕が妻と息子を蘇らそうと思った経緯はこんな感じかな。どうだい?面白かったかい?」


 今までとは打って変わって、おどけるように俺に問いかけたコーニー。


「まあまあだな。」


 俺は雑に返事をする。

 キリンゾロに対する思い入れは特になさそうだし、人間側の間者の可能性も低そうだ。

 100%の信頼はおけないが、コーニーをダンジョンで保護するのはアリかもしれない。


「さて、それじゃあ改めてどうだい?魔王様。僕の事を受け入れてくれる気にはなったかい?」


「ああ、そうだ…っ!」


 何だ?

 今この男は俺の事を魔王と言わなかったか?

 俺が魔王だと名乗っていないにも関わらず、確信を持っているかのように俺の事を魔王だと呼んだコーニーに、この場の緊張感が高まった。

 俺は体中に魔力を循環させていつ戦闘が起きてもいいように備え、レモリーは鋭い視線をコーニーに向けていた。

 また、コーニーが本物かどうかを確認するためにコアルームにいたサラは、腰の刀に手を掛けている。


「ハハハ、ごめんよ。最初に言った通り君達と敵対する気はないから、そう警戒しないでくれたまえ。」


 両手を上げて俺に手のひらを見せ、戦う気はないとアピールするコーニー。


「なんで俺が魔王だと思ったんだ…?」


「うーん、そうだねえ…このご時世、ダンジョンの魔物を従えられる存在なんて魔王くらいしかいないからね。他には君やその仲間たちに内包されている魔力の強さだったり、最近エキナセアの王都である騎士から聞いた話だったり…あらゆる情報から総合的に判断して君が魔王だと推測したんだ。」


「騎士から聞いた話…?」


 一号・二号・三号の話では、魔王に関する噂は出回っていなかったとのことだが、さすがに騎士団内には情報が回っているのだろうか。

 俺の考えが顔に出てしまっていたのか、コーニーは先回りして俺に言葉を掛ける。


「ああ、別に新たな魔王が現れたとか、そういうのじゃないから安心してくれたまえ。むしろその逆で、僕が聞いたのは、魔王が現れたと嘘の情報を吹聴する者がいるから気を着けろ、と上からお達しが来たいう話だ。」


 まるで騎士団が魔王の存在を否定しているかのようだ。

 どういうことなのだろう?


「何か隠し事があるってすぐにわかったよ。それと、こんな風に指令を出せる騎士団の上層部には心当たりがあってね。」


 そう言ってコーニーは意味ありげな視線を俺達に向けてきた。


「それはまあいいや。なんでこんな話が上がってきたかってつまるところ、魔王が誕生したことが世間に広まると困る人たちがいるってことさ。例えば、貧民街の魔族を使って奴隷を作る商売をしてる人とかね。」


 確かに魔王の誕生を知れば、魔族たちが貧民街での生活を捨てて魔王の下へ向かい、安い労働力が減るかもしれない。

 他にも似たような例はあるのだろう。

 だが、本当にそれだけなのだろうか?


「一部の既得権益を持つ魔族にとってもあまり面白い話ではないだろうね。なんせ、自分達より立場が上の魔王という存在が、魔族のためという名目で介入することになるんだ。」


 なるほど、人間だけでなく魔族の中にも魔王の誕生を望まない者がいるのか。

 確かに自分の取り分や影響力が減るのであれば、積極的に協力したくないという感情も理解できる。


「それと…君達はイリサイ教とその教えを知っているかい?」


 イリサイ教?何だそれは?

 聞き覚えのない言葉にレモリーの方を向くが、彼女は首を振った。

 どうやらレモリーも知らないようだ。

 ならばと思い、サラの方を見ると、彼女は知っていたのか口を開く。


「イリサイ教はこの大陸で最大派閥の宗教のことだな。この大陸にある人間の国の多くが、イリサイ教を国教に指定している。」


 得意げに答えたサラに、コーニーは安っぽい拍手を送った。


「そうそう、そのイリサイ教だよ、お嬢さん。で、イリサイ教の教えの一つに、ダンジョンは神様が人間に与えた神聖な物だっていうのがあってね。彼らによると、ダンジョンで見つかるマジックアイテムは神様からの贈り物さ。だからダンジョンを支配する魔王がいると、その教えが間違っていることになるんだ。」


 ダンジョンを神聖視するとは、この世界の人間が考えることはよくわからないな。


「もしも教えが間違っているとすれば、イリサイ教の威厳が薄れてしまう。イリサイ教の影響力が落ちれば、信徒達のコントロールが難しくなり、それは国家としても困るんだ。だからこそ騎士団は魔王の存在を認めたくないんだろうね。」


 騎士団が魔王の存在を隠したがる理由はなんとなくわかった。

 もしかして、ベルが言っていた魔王の能力を知るものがいないというのも、イリサイ教の教えが関係しているのだろうか?


「…まあ、魔王の存在を隠す理由は他にもありそうだったんだけど、騎士の話についてはこんな感じかな?」


 コーニーは話に一区切りつけると、俺に含みのある笑顔を向ける。


「さて、話を戻そうか。僕の保護をしてほしいという話だけど、君達にもメリットがないわけではないよ。もし研究をさせてくれるのであれば、君達への協力は惜しまないつもりさ。自分で言うのはなんだけど、これでも僕は一端の研究者でね。今までの、そしてこれからの研究の成果を提供しようじゃないか。」


 コーニーが持ってきた大荷物の中に、彼の研究の成果が入っているのだろう。

 どれ程のものかは知らないが、その表情を見るに余程自信があるのだろう。


「どうだい?悪い話じゃないだろう?」


 コーニーがそう俺に問う。

 確かに俺たちにとっても、技術力が上がるというのは悪い話ではない。

 だが、この男が本当に祖国と手を切っていればの話だが。

 正直、完全な信頼を置くことはできないが、このダンジョンの戦力は高い。

 監視の魔物を置くなりすれば、もし怪しい動きを見せたとして、どうとでもなるだろう。


「そうだな。じゃあ、ダンジョンの部屋を貸してやるよ。」


 こうしてダンジョンに居候(コーニー)が住むことになった。

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