僕を保護してくれないか?
「ウオオオオォォォォン!」
部屋中にラピッドヴォルフの遠吠えが響き渡る。
「来るぞ!」
大盾を構えた男が叫んだ。
それに呼応するように、男の仲間たちが配置につく。
「我らの内に秘められし魔よ、我らに鬼の如き力を与えたまえ。【強化】」
魔法使いの男が魔法を使うと、仲間たちの動きが軽くなった。
どうやら力を強くする魔法のようだ。
「リラ!頼む!」
大盾の男が弓使いの女に指示を出す。
「オーケー、任せて!」
弓使いの女は、ラピッドヴォルフに向かって矢を放った。
一直線に飛んでくる矢を、ラピッドヴォルフは横にひらりと跳んで躱した。
その横からオークが走って男達に向かってくる。
「みんな、下がれ!」
大盾の男が前に出た。
オークは持っていた大剣を振りかぶると、斜めに切り下ろす。
「ブオオオオオオオオオオオォォォ!」
「うおおおおおおおおお!」
オークの大剣に合わせて男は大盾を構えた。
大剣が大盾にぶつかると、甲高い金属音と共に重たい衝撃が大盾から伝わってくる。
「クッ…ハアアアアアアア!」
大盾の男が腰を落として踏ん張ると、オークの大剣が完全に止まった。
彼はオークにも対抗し得る膂力を持っているようだ。
「今だ!」
大盾の男が叫ぶ。
すると彼の後ろから、大盾を目隠しにするようにオークへ向かって槍が突かれた。
槍を持った戦士の一撃だ。
魔法使いが仲間にバフを与え、弓使いが敵をけん制し、大盾の男が敵の動きを止め、一瞬の隙をついて槍使いが敵を仕留める。
この冒険者パーティーの黄金パターンだ。
このやり方で今まで多くの魔物を屠ってきた。
槍使いの一撃はオークの左目に突き刺さり、オークの視界を奪った。
一発でオークを仕留めることはできなかったが、かなりの力は削げたはずだ。
「っしゃあ!次いくぞ!」
槍使いの男が己と仲間を鼓舞するように叫ぶ。
冒険者達は再び元の陣形に戻った。
「グルルルル…」
オークがやられたところを見てか、ラピッドヴォルフは警戒したような唸り声を上げる。
お互い見合うような形になり、膠着状態が続いた。
「バウ!」
ラピッドヴォルフが吠える。
次の攻撃が来るかと身構えた4人は、小さくて素早い何かがチョロチョロと駆け回っている姿を見た。
ホーンラビットだ。
単体ではそこまで強い魔物とは言えないが、戦闘の邪魔をされると鬱陶しいことこの上ない。
「リラ!」
「ええ。」
弓使いがホーンラビットに矢を放つ。
だが動き回っているホーンラビットに矢を当てるのは一流の狩人でも難しく、その矢は大きく外れてしまった。
次こそは仕留めようと、もう一度矢を番える弓使い。
「アアアアアアァァァァァァァァ!」
カラスの鳴き声が聞こえたかと思うと、空へと羽ばたいていく夜烏の姿があった。
足には何か掴んでいる。
「トム!」
大盾の男は魔法使いの名を呼ぶ。
「わかった!風よ、切り裂け!【風の刃】」
風でできた刃が夜烏に向かって飛んでいく。
「アアアアアァァァァァ!」
それを見たカラスは一鳴きした。
すると、同じく風でできた刃ができる。
それは飛んできた風の刃にぶつかると、せめぎ合いの末に両方の風の刃が霧散した。
「クッ…!風よ、切り…うわっぷ!」
魔法使いが再び魔法を使おうとしたところで、顔に水が飛んできた。
ホーンラビットの【水球】だ。
ダメージはないが、魔法の詠唱が中断されてしまった。
夜烏が大盾の男の真上に来ると、足で掴んでいた何かを離した。
何かは重力に従って魔下へと落ちていく。
大盾の男は咄嗟に大盾を真上に構えると、ペチョッというなんとも言えない感覚が大盾から伝わってきた。
この感触はスライムだ。
「ブオオオオオオオオ!」
大盾の男に隙ができたのを見計らって、オークが駆け寄ってきた。
マズい、この体勢ではオークの一撃を受けられない。
そう大盾の男が思った瞬間、後ろからオークの顔目がけて矢が飛んできた。
矢はオークの左目へ突き刺さり、オークは痛みでたたらを踏む。
一瞬間ができたそのうちに、大盾の男はスライムを振り払って核を踏みつぶし、オークの攻撃に備えて大盾を構える。
「ウオオオォォォン!」
するといつの間にか大盾の男の横を抜けたラピッドヴォルフが、弓使いに向かって跳びかかろうとタメを作る。
「しまった!」
青い顔をする大盾の男。
「オラアアアアアァァァァァ!」
いち早く弓使いの危機を察知していた槍使いが、持っていた槍をラピッドヴォルフに向かって投げる。
ラピッドヴォルフは弓使いに飛びかかる直前で跳躍の方向を変え、飛んできた槍を避ける。
槍は地面へと突き刺さった。
慌てて弓使いがラピッドヴォルフに照準を合わせる。
ラピッドヴォルフは形勢が不利だと判断し、一瞬で距離を取った。
「ありがとう、助かったわ。」
弓使いが槍使いに礼を言う。
そして近くにあった槍を地面から引き抜き、槍使いに渡す。
互いに決め手を欠き、戦況はまた膠着状態に戻った。
「どうする?ヘンリー!このままじゃあジリ貧だぞ!」
この状況に危機感を覚えた槍使いが、大盾の男に問いかける。
「…そうだな、俺は撤退するべきだと思うんだが、みんなはどうだ?」
たとえこの戦闘に勝ったとして、彼らはそれでお終いではない。
その足でダンジョンを抜け、拠点まで帰るための体力を残しておかなければならないのだ。
その事を考慮して、大盾の男は撤退を提案する。
「僕もそれでいいと思うよ。」
「そうね。このままだと矢が尽きそうだわ。」
「ああ、そうしよう。」
仲間たちは大盾の男に賛同した。
「よし…じゃあリラ、頼んだ。」
「オッケー、いくわよ?」
弓使いは腰のポーチから煙玉を取り出し、それを自分達の前に投げつける。
すると煙幕ができ、魔物達から彼らの姿を隠した。
「よし、今のうちに逃げるぞ!」
足早にこの場を後にする4人の冒険者達。
こうして彼らは魔物から逃げ延びたのだった。
〜〜〜
「うーん…オークが負傷しちまったか。」
俺は魔物と冒険者の戦闘の一部始終を見ていた。
魔物達は俺の指示を守って、程よく戦って冒険者達を追い返している。
今の戦闘も、恐らく予備戦力として待機しているオークを増援に向かわせれば、冒険者達を逃がすことなく勝っていただろう。
だが、ダンジョンでの死亡率を調整しないといけない都合上、これで問題はなかった。
俺は【念話】を使って、ソフィアにオークが負傷したことを伝えた。
するとソフィアは、「任せて!」と言わんばかりにその小さな胸をたたく。
ドラゴンに託されたフェアリーは回復魔法が使えた。
彼女にダンジョンの一角を割り当て、負傷した魔物を治療する役割を担わせていた。
予備戦力として待機していたオークを負傷したオークと配置転換すると、負傷したオークはソフィアの下へと向かって行く。
「まあこんなもんか。」
俺はダンジョンコアから手を離し、大きく体を伸ばす。
長時間同じような姿勢で作業していたら、肩が凝った気がする。
運動がてら、レモリーに戦闘の訓練でも付き合ってもらおうか?
そんなことを考えていると、ダンジョンコアがピカピカと光り出す。
何だ?侵入者か?
そう思ってダンジョンコアに手をかざす。
すると、ダンジョンの入り口から【洗脳】を使った冒険者達が入って来るところだった。
「ああ、そうか。そういやあ今日が報告の日か。」
俺は誘導係のゴブリンに指示を出すために【念話】を使おうとして…
「…は?」
そこで奇妙なものを見た。
冒険者達が来るのはいい。
だがその後ろに、ガイゼル髭にモノクルを着けた50代くらいの男がいた。
しかも、その男はマジックアイテムらしき荷台を引き、大量の荷物をダンジョンに持ち込んでいる。
「どうなってんだ…?【洗脳】が解除されたのか?」
冒険者達の【洗脳】がこの男に解除されて、俺達を殺しに来たのだろうか?
だが、それにしては戦う気のなさそうな装備だ。
男の目的が何なのかと頭を悩ませていると、男は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
俺が一方的に覗いているだけのはずなのに、何だか一瞬目が合った気がする。
すると男は、あろうことにこちらに向かって手を振り始めた。
『ここかな?おおい、ダンジョンの主よ!今からそっちに行くから、僕らを案内してくれたまえ!あ、敵対するつもりはないし、交渉をしに来ただけだから、安心してくれ。』
なんだこの男は…?
なんで俺がどこからダンジョンを覗いているのかがわかったんだ?
氷でも当てられたかのような寒気が背筋に広がる。
すると、コアルームにサラがやって来た。
「あ、おい!サラ!お前この男を見たことがあるか?」
俺はサラを呼びつけてその手を取る。
「む…?どこかで見たような…」
サラは額に手を当てて考え込む。
そして何か思い出したのか、ハッとしたような表情になった。
「そうだ!思い出した!この男、コーニー殿だ!直接会ったことはないが、昔、任務でキリンゾロに行った時に見たことがある。あまり変わってないな。」
コーニーといえば、先日三号が言っていたキリンゾロの賢者様だ。
そんな奴がなぜこんな辺境にあるダンジョンに…?
友好的な雰囲気を出しているが、ここまで通してしまってもいいのだろうか?
「なあ、なんか俺と話があるらしいんだが、コイツは大丈夫な奴なのか?」
どうするべきか迷っていた俺は、サラに意見を求める。
「ううむ…何か企んでいるのなら追い返した方がいいと言いたいところだが…生憎コーニー殿はかなり腕が立つと聞く。今のこのダンジョンならば、無理やり突破してここまでやって来てしまうだろう。無駄な犠牲を出すくらいならば、ここまで通して話を聞いた方がいいのだろうな。幸いなことに、こちらにはレモリーさんという最強の切り札があるし。」
追い返しても意味がないから通してしまおうというのが彼女の意見だった。
確かに無駄な犠牲を増やすよりは、その方がいいかもしれない。
「そうか…なら話だけきいてみるか。」
俺は誘導係のゴブリン達を使いに出した。
レモリーもいることだし、いざとなったらこのダンジョン総出でコーニーを潰しにかかればいい。
『お、この子が僕らを先導してくれるのかい?よろしくね。』
ダンジョンコアを通してそんな声が聞こえてきた。
「いやあ、突然押しかけて悪いね。君がこのダンジョンの主かい?僕はコーニーと言うんだ。キリンゾロの軍務大臣の補佐さ。」
コアルームにやって来たコーニーは、俺に向かってにこやかに話しかけてきた。
「ああ、マオだ。ここには何をしに来た。」
魔王だと名乗るのは危険だと思ったので、俺はエスノムの街でも使っていた偽名を使った。
歓迎の雰囲気が一切感じられない俺の言葉に、コーニーは苦笑いしながら用件を伝える。
「ハハハ、これは回りくどいことを言っても仕方なさそうだね…うん。単刀直入に言おう、僕のことをこのダンジョンで保護してくれないかい?」
「は…?」
あまりにも衝撃的なコーニーの言葉は、しばらくの間俺から言葉を奪い取った。




