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『―――、―――。』


 頭の遥か上から声が聞こえる。

 優しく話しかけられているかのようだ。


『―――、―――?』


 今度は前の方から声が聞こえてくる。

 その声の発生源も高いところにあった。


 ふと、脇の下から何かに掴まれ、持ち上げられる感覚があった。

 足が空中に浮かび、俺は自由を失う。

 だが、全身を包むような柔らかで温かいその感触は心地よく、絶対的な存在に守られているかのような安心感があった。

 頭の上にゴツゴツした何かが置かれる。

 それは割れ物でも触るかのように、優しく頭を撫でた。


『―――、―――!―――。』


 ああ、今日もいい1日になりそうだ。

 できることならこのまま…


 ~~~


 俺はベットの上で目を覚ます。

 なんだか幸せな夢を見ていたような気がするが、思い出せない。

 俺の記憶にはない光景だった気がするが…


「おはようございます、魔王様。」


 寝起きのベッドの上でぼんやりしていたら、朝食の準備を終えたレモリーが俺を呼びに来た。


「おう。」


 俺はベッドから下りて、ダンジョン内に作った食堂へと向かう。

 結局どんな夢を見たのかは、全く思い出せなかった。




 俺がマジックアイテムを作って、ダンジョンを改革してから約1カ月が経った。


 マジックアイテムで冒険者達を釣るというサラの案は、見事に大当たりした。

 俺が【洗脳】を掛けた冒険者たちに持ち帰らせたマジックアイテムが噂になり、このダンジョンにやって来る冒険者の数が増加したのだ。

 冒険者達の強さの平均も上がっており、以前は駆け出しを過ぎたあたりの冒険者が多かったが、今では中堅どころの冒険者もちらほら攻略しに来ている。

 おかげでダンジョンコアが大量の魔素を吸収して、かなり成長した。


 このダンジョンにやって来る冒険者が増えたとはいえ、今までのようにやたらめったら冒険者を殺していては、また冒険者ギルドに目をつけられてしまう。

 なので、ある程度戦って魔素を吸収出来たら意図的に逃がし、ダンジョンでの死亡率を下げていた。

 まあいつかはこのダンジョンの違和感に気づき、俺達の存在も見つかってしまうかもしれないが、それまである程度の時間はあるだろうし、その間に俺が成長して力をつけていれば問題ない。


 俺は現在、いつも通りダンジョンの改修に勤しんでいた。

 ダンジョンコアが成長したおかげで、ダンジョンの階層が地下8階にまで増えている。

 また、ホーンラビットと夜烏(よがらす)という、魔法を使える魔物を召喚できるようになっていた。


 ホーンラビットは、角の生えたウサギのような見た目をしており、水系の魔法が使える魔物だ。

 小さくて素早いその体は、敵の攻撃を受けにくいというメリットがあり、なかなかに倒しづらい。

 魔法自体はそこまで強くないのだが、魔法で敵の視線を誘導したりかく乱したりできるので、戦闘のサポート要員としてはそれなりに使える。


 夜烏は、闇に紛れるような真っ黒の体と長い尾を持つカラスで、風系の魔法が使える魔物だ。

 単純に飛べるというだけでも、冒険者からしたら対空の対策が必要になるのでかなり厄介だと思う。

 今まで地上で戦う魔物たちばかりだったが、夜烏に上からの攻撃を任せることでかなり戦略の幅が広がった。

 しかもこちらはホーンラビットと違って、それなりに強力な魔法が使える。

 冒険者が何の策も無く突っ込んできたら、じわじわと魔法で体力を削って完封することも可能だ。


「お、来たな。」


 ダンジョンコアからダンジョン内の様子を見ていたら、【洗脳】を使った冒険者達の姿が見えた。

 彼らは大体2週間に1回のペースで、定期的に俺達へエスノムの様子を報告するよう指示してある。

 ゴブリン工兵部隊を使って、最短経路でコアルームへと誘導した。

 ちなみに、この冒険者達には使わせていないが、俺の仲間だけが知るコアルームから各階層への直通ルートというものがある。


「よう、お前ら。ダンジョンの評判はどんな感じだ?」


 コアルームへとやって来た冒険者達に問いかける。


「エスノムの街では、このダンジョンで強力なマジックアイテムを見つけたという噂で持ちきりです。また、ダンジョンからの帰還率が上がったためか、冒険者ギルドからの規制の噂などは特にありません。」


 剣士の男が答える。

 名前は忘れてしまったが、俺はこの男を一号と呼んでいた。

 一号の報告に、特に問題はなさそうだと思った俺は、次の質問をする。


「そうか。なら、王都から何か伝わってきた噂話とかはねえか?例えば騎士が魔族とやり合ったとか。」


 俺達が奴隷オークションで暴れたのが、1ヶ月半くらい前の話だ。

 あの時俺は魔王として名乗りを上げた。

 少なくともあの場に居合わせたフィリップという騎士は、俺の言葉を聞いている。

 もし魔王の誕生が騎士団から発表され、王都で噂になっているとしたら、そろそろエスノムの街にもその噂話が下りてくる頃だろう。


「いえ、特にそのような話は確認できませんでした。」


 もう一人の剣士の男、二号がそう答えた。

 どういうことだ?

 魔王の誕生どころか、奴隷オークションで魔族が暴れたという話すら無いなんて。

 王国最強の騎士が退けられたというのに。


 意図的に情報を絞っているのか、どこかで握り潰されているのかはわからないが、俺達にとっては渡りに船だ。


「わかった。他に何か気になる事とかはねえか?」


「そうですね、このダンジョンの噂に引き寄せられたのか、最近ギルドで見かける冒険者の数がかなり増えた気がします。それも、名の知れた実力者がちらほらと。」


 ダンジョンの冒険者が増えているのは感じていたが、ギルドにいる冒険者の数自体が増えていたのか。

 この様子だと、冒険者の増加はしばらく続きそうだな。


「あの、よろしいでしょうか?」


 俺が二号からの報告を受けていると、魔法使いの男、三号がおずおずと声をかけてきた。

 俺は目で話すように促す。


「ええと、まだ噂程度なのですが、あのコーニーが失踪したという話を耳にしました。」


「コーニー?誰だそいつは?」


 初めて聞く名前だった。

 俺はこの世界のことをあまり知らないから当たり前ではあるのだが。


「はい、コーニーはエキナセア王国の東にあるキリンゾロ共和国で、軍務大臣の補佐をしていた男です。キリンゾロにこの男ありと他国に言わしめる程卓越した頭脳を持ち、軍事学だけでなく魔法学や地政学など、彼はあらゆる学問に精通しております。20年前にアイン平原での戦いで一兵士として頭角を現し、」その後魔法兵の部隊長に抜擢されると瞬く間に功績を上げ、現在の地位まで上り詰めたと言われています。」


 キリンゾロ共和国は魔族が治めている国と隣接している。

 そのため、常に人間と魔族の戦争の最前線として戦ってきた。

 キリンゾロ共和国で一兵卒から成り上がった叩き上げの男は、民衆からも人気のある英雄的存在らしい。

 民衆は彼の事を愛称を込めて、賢者と呼んでいる。

 そんな英雄が失踪したとなれば、国を揺るがすような大事件だ。


「ほーん。英雄の賢者様が失踪ねぇ…」


 細かいことはよくわからんが、ダンジョンにいる俺には関係のなさそうな話だ。

 そんなふうに思っていたら、三号にはまだ気になる点があったようで、話をつづけた。


「ええ。それが、そのコーニーらしき人物を、エスノムの街で見かけたと言う人物がいるのです。」


「は…?」


 国をほっぽらかして賢者がエスノムにいる…?


「見間違いじゃねぇのか?」


 仮にも国の要人がそんなことをするのだろうか?

 俺はその話をただの見間違いだと結論付けた。


「いえ、私もそうは思ったのですが…その者はキリンゾロ共和国の出身で、どうやら直にコーニーの姿を見たことがあり、『あの髭と雰囲気はコーニーに違いない。』と自信ありげに言い張っているのです。」


 よっぽど顔が似ていたのだろうか?

 まあ同じ顔の人間は世界に3人くらいいると言うし、そんなこともあるのだろう。


「まあ…そうか。お前ら、他には何かあるか?」


 賢者に関する話は終わったようで、俺は他に何か報告があるかを3人に聞く。

 全員、持っている情報は全て出し終えたようだった。


「なさそうだな。んじゃあ、もう帰っていいぞ。あ、ついでにこいつを持ってけ。」


 俺はマジックアイテムをいくつか冒険者たちに渡す。

 彼らはダンジョンを攻略しに来ているという体でここにいるので、さすがに何の収穫もなく街に帰るのは不自然だ。

 カモフラージュのためにマジックアイテムを持たせていた。

 マジックアイテムが高く売れるのか、この冒険者達の装備は最初に見た時よりも地味に良くなっている。

 まあその方がこのダンジョンの宣伝にもなるし、特に問題はないが。


 冒険者達は、ゴブリンの案内で来た道を戻っていく。


「賢者…か。」


 別に、エスノムの街にいる奴が本物だと信じたわけではない。

 ただ何か胸がざわつく様な感覚があった。

 少しだけ心にとどめておくことにしよう。


 俺は中断していたダンジョンの改修作業へともどるのだった。

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