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ドラゴンの別れは唐突に

 俺達はエキナセア王国のさらに東にあるドラゴニア山脈と呼ばれる場所にいた。

 ちなみに魔王城があるのはここより遥か東、ザキエラ大陸の果てだ。

 ドラゴニア山脈には太古の昔からドラゴンが住んでおり、魔物はドラゴンを恐れるようにこの地を避け、独自の生態系が築かれている。

 青々とし生い茂る木々の上では子鳥たちが楽しそうに歌い、多種多様な水草を水面に浮かばせ、水底が見えるくらいに水が澄んでいる池では、魚たちが自由を謳歌するように泳いでいた。

 木々の間からは木漏れ日が差し込み、まるで絵画のように幻想的な風景だ。


「しかし、【転移】は本当に便利だな。」


 俺達はレモリーの【転移】を使って、エキナセア王国王都エクセブルグから魔王城を経由し、ドラゴニア山脈まで来ていた。


「ありがとうございます、魔王様。エクセブルグでたまたま知り合いを見つけ、【転移】の魔方陣を置けたのが功を奏しましたね。」


 もう二度と乗り合いの馬車には乗りたくなかったので、彼女の【転移】を王都で使えるようになったことは、単純にありがたかった。


「レモリーさん、ドラゴンに会うと言っていたが、勧誘でもするのか?」


 サラがレモリー尋ねる。

 ダンジョンに戻るという選択肢もあったが、彼女もこのドラゴニア山脈まで俺達と一緒に来ていた。


「いえ。ドラゴンとは、私達の存在がちっぽけに見えるほど雄大で、強大な生き物。私達には理解の及ばぬ価値観で動いています。たとえどれだけ懇願したとしても、魔族にも人間にも味方をすることはないでしょう。」


 魔族と人間にとっては種族の命運がかかった戦争も、ドラゴンには興味がないらしい。

 なんとも大物然とした生き物なこった。


「仲間にならないのなら、何のためにそのドラゴンに会いに行くのだ?」


 敵にも味方にもならない、完全に中立で自由気ままなドラゴンに会って何をするのかというのは当然の疑問だった。

 俺としても、その点は気になるとこだ。


「フフ、私達の争いに介入してくることはなくとも、ご近所さんに挨拶して、良い関係を築いておくことは大切ですよ。それがこの大陸の覇者であるドラゴンであれば、なおさらですね。」


 レモリーは笑顔で諭すようにそう説明した。

 確かに、いくら俺たちの争いに興味がない中立な存在であるとはいえ、何かのはずみで襲われることはあるのかもしれない。

 少しでも敵対する可能性を減らしておくために、ドラゴンと顔見知りになっておいた方がいいのだろう。

 レモリーの言葉に納得した俺たちは、山頂にあるドラゴンの住処に向かって歩き出した。




 山を登るにつれて、大気中に漂う魔力が濃密になっていく。

 これもドラゴンが住んでいる影響だろうか。

 そしてふよふよと宙を舞う精霊たちの姿も現れ始めた。

 精霊たちは特定の形を持っておらず、その見た目はまるで発光する綿毛のようだ。


「驚いたな…まさか精霊の姿が見えるようになるとは…」


 サラは精霊達の姿をまじまじと見ていた。

 精霊の姿は、相当に魔力の濃い場所でしか肉眼で見ることはできない。

 彼女が精霊を見るのはこれが初めてなのだろう。

 まあ俺もだが。


「魔王様、サラ様、そろそろドラゴンの『エルドラド』様がいらっしゃる住処に着きます。心の準備はよろしいですか?」


「ああ。」


「大丈夫だ。」


 俺達はドラゴンの住処へと足を踏み入れた。




「お久しぶりです、エルドラド様。本日は新たなる魔王誕生の挨拶に伺いました。」


 レモリーが一礼する。

 俺達の目の前には、見上げるだけで首が痛くなりそうなくらい巨大なドラゴンが佇んでいた。

 ただそこにいるだけだというのに、強烈な存在感だ。

 頭だけでも俺の体より大きく見える。

 丸太のようにたくましい足は、少し小突かれただけで大怪我をしてしまうのではないか、と思わせる程だ。

 背中にある1対の翼で空を飛ぶのだろうか。

 ドラゴンが羽ばたくだけで、ついこの前までいた王都の建物は全て吹き飛ばされてしまいそうだ。


『うむ、久しぶりだな、デーモンの小娘。息災であったか?』


 ドラゴンが口を開くと、威厳のある重たい声が出てきた。

 そして意外なことに、それは人間の俺にも理解できる言語で話された言葉だった。

 ドラゴンは、魔物でもなければ魔族でもなく、ドラゴンという非常に特殊な分類の生き物だ。

 言語体系なんかも別物だと思っていただけに、なんというか不思議な感覚だった。


「ええ、ご覧の通りでございます。エルドラド様も40年前とお変わりないようで。」


 デーモンの寿命は人間よりも長い。

 20歳くらいの見た目をしているレモリーは、話の内容からすると40年以上生きているらしい。


『うむ。魔王誕生の挨拶ということだったな。お主もあの男のように、魔王として生きる覚悟を決めたというのか?』


 あの男というのは、おそらく先代の魔王のことだ。

 先代の魔王就任時にも、レモリーはドラゴンへ挨拶に来ていたらしい。

 ならば、彼女は先代の魔王にも仕えていたのか。

 初耳だ。


 俺がこの世界に来てから数か月が経つが、思えばレモリーの事についてあまり知らなかった。

 彼女がどこで生まれたのか、過去に何をしていたのか、なぜ一人で俺に仕えているのか。

 俺が知っていることといえば、強くて飯が美味くて犬が好きだということくらいだ。


「いえ、あくまでも私は魔王の従者であり、魔王となるのは私ではありません。」


 レモリーは首を振った。


『む…そうか。それでは、お主にそこまで言わせる魔王とはどのような者なのだ?』


 レモリーの事を一目置いているかのようなドラゴンの口ぶりだった。


「はい、こちらが今代の魔王様です。」


 そう言ってレモリーが手の先を俺に向ける。

 ドラゴンの瞳ギョロリとが動き、値踏みするような視線が俺に突き刺さる。


『こやつがか…?…フフ、フハハハハハハハ!』


 唐突にドラゴンが笑い出した。


『フハハハハハハハ!どんな奴かと思えば、まだケツの青い頼りない小僧ではないか!お主程の者が何を言うかと思えば…ついに頭がおかしくなったか!』


 ドラゴンの愉快そうな声があたり一面に響く。

 さて、どうしたものか。

 目の前の存在があまりにも大きすぎて、バカにされたところで特に何も思わないが、反論くらいしておいた方がいいのだろうか?

 そんなことを考えていたら、レモリーが徐に口を開く。


「エルドラド様。確かに今の魔王様はまだ未熟かもしれません。ですがいずれは私を…歴代の魔王様をも超える器だと存じております。」


 レモリーはドラゴンの顔をまっすぐに見ていた。

 するとドラゴンは俺とレモリーの顔を交互に見比べ、果てには『ふむ…』と呟き目を閉じた。

 しばしの沈黙が流れる。

 このドラゴンは今何を考えているのだろうか。

 そう思ってドラゴンの顔を見たら、何だが鼻の辺りがヒクヒクと動いている。

 ゆっくりと目を開いたドラゴンが俺の方を見た。


『…小僧、何やらお主から懐かしい香りが漂ってくる。お主、どこからやって来た!』


 懐かしいとはどういうことだろうか。

 だが、レモリーでもサラでもなく俺だけだということは、おそらくこのドラゴンは異世界の事を言っているのだろう。


「どこ、ってのは異世界の事か?」


 そう答えたら、ドラゴンは『そうか。』と言って上を向いた。

 その瞳には、ほんの少しの後悔と憧れと郷愁と、様々な感情が入り混じっているような気がした。

 徐にドラゴンがこちらへ顔を向ける。


『お主も異世界の人間だったか。…小僧、お主の異世界での話を聞かせよ!』


「前の世界の話?…大したもんはねえぞ。」


『構わぬ。お主の話を聞かせてくれ。』


 それから俺は前の世界でのことを、このドラゴンに話した。

 エクセブルグの貧民街のようなところで生活してきたこと。

 そこで虐げられ、隠れるように生きてきたこと。

 美しい隣の街に憧れていたこと。

 仲間も両親もいないこと。

 自分には名前がないこと。

 ドラゴンは俺の話に口をはさむことなく、たまに『ふむ』だの『ほう』だの相槌を打ちながら聞いていた。

 俺の後ろにいたサラも黙って話を聞いているが、その顔は少し俯いている。

 同じように黙って話を聞いていたレモリーは、あまり感情を露にすることがない彼女にしては珍しく、なんだか暗い表情をしていた。


「とまあこんな感じだが…どうだ?面白かったか?」


 俺がそうドラゴンに尋ねてみたが、ドラゴンはすぐには答えず、少しの間ができてしまった。


『ふむ…』


 肯定とも否定とも取れない歎声のようなものを出し、ドラゴンは目を瞑る。

 そして深く深く、思考の海に潜り込むかのように、しばらくの間ドラゴンは沈黙を続けた。


 …俺の話がつまらなくて眠くなったんじゃなかろうか?

 そんなことを思い、ドラゴンに声をかけるべきかどうか迷っていると、ドラゴンは徐に目を開く。


『…小僧、我の頼みを一つ聞いてくれぬか?』


 ドラゴンの頼みとは何なのだろう。

 俺が首をかしげていると、ドラゴンは何かを呼びつけるように名前を呼んだ。


『ソフィア、ここへ参れ。』


 すると、トンボのような翅をもった小さな人型がふよふよと飛んできて、ドラゴンの鼻の先あたりに浮かんでいた。


『こやつは声を出すことができないフェアリーでな。20年くらい前に故郷を失い、ここへたどり着いたらしい。気が付けばここに住み着いておった。』


 フェアリーは俺たちの姿を確認すると、丁寧にお辞儀を見せた。

 小さくて愛らしいその姿に、サラやレモリーは若干頬を緩ませている。


『我は長い間この土地に住み、気が付けば大陸の覇者とまで呼ばれるようになった。この大陸で我を倒せる者なぞいないだろう。…だが、寄る年波には勝てぬもので、我の体は衰えを見せ始めた。』


 これだけの存在感を放ちながら衰えたというドラゴンの言葉は、にわかには信じられなかった。


『我は昔から、最期の時は故郷で迎えたいと考えていてな。この土地は若い衆に譲ることに決めたのだ。…ただ心残りが一つだけあっての。』


 ドラゴンはそう言ってフェアリーの方へ視線を向けた。

 フェアリーはかわいらしく小首をかしげている。


『我は気まぐれでソフィアがここにいることを許したが、ドラゴンは本来単独で行動する自由気ままな生き物。後から来る若い衆が、快くソフィアを受け入れるとは限らん。』


 ドラゴンは少し間をおいてから口を開いた。


『…我は魔族と人間の争いに介入するつもりもなければ、興味もない。だが、ソフィアだけは別だ。短い間とはいえ、共に同じ場所で過ごせば情くらい湧こう。』


 俺達人間にとって20年はかなりの長さだが、ドラゴンからしたらほんのわずかな期間だ。

 だが、そのわずかな期間でこのドラゴンとフェアリーは、確かな友誼を深めたのだろう。


『小僧…いや、新たなる魔王よ。ソフィアの事をお主に任せたい。』


 ドラゴンが真っすぐに俺の目を見て言う。

 すると、ドラゴンの言葉を聞いたフェアリーが、泣きながらドラゴンの目の前まで浮遊していった。

 大きく首を振って、別れたくないという意思を示している。


『ソフィアよ…我とてお主と別れるのは辛い。だが、前々から言っていた通り、我らにも別れの時が来たのだ。我が故郷はお主が生きるには耐えられぬ環境。お主のような魔族と我のようなドラゴンが共に生きるには、決して超えることのできぬ大きな壁があるのだ。』


 そう諭すように説得するドラゴンの瞳は慈愛に満ち溢れ、優しい声をしていた。

 フェアリーは涙を流しながら、俯いて黙ってしまう。


『ソフィア、お主と共に過ごした日々は楽しかったぞ。これからはこの魔王について行き、一人の魔族として新たな人生を生きなさい。』


 フェアリーは泣きながら首を縦に振ると、そのままドラゴンの鼻の上まで飛んでいき、ドラゴンの顔に抱き着いた。


『ソフィア…さて、魔王よ。改めて言うがソフィアの事をお主に任せたい。』


 顔面にフェアリーが張り付いたドラゴンが俺に向かって言う。

 恐らく感動的な場面なのに、このドラゴンとフェアリーになんの情もない俺からしたら、かなり滑稽な姿だ。


「別にいいが…一つ聞いてもいいか?なんで俺なんだ?」


 このドラゴンは、レモリーの事を高く評価していた。

 それは力なのか人柄なのか、何をもって評しているのかはわからないが、とにかく彼女に一目置いているのは確かだ。

 一応俺の従者ではあるが、それ程までに買っているのであれば、レモリーにフェアリーの事を託すという選択肢もあったのではないだろうか。

 俺はふと出てきた疑問をドラゴンにぶつけてみた。


『なぜ…か。ふむ…わからん。勘だ。』


「は…?」


 ドラゴンは賢い。

 長く生きるということは、それだけたくさんの知識や知恵をつけることができ、ドラゴンの中でも特に長命な目の前のドラゴンは、この世界で見ても比類できるものがないくらい賢いはずだ。

 だというのに、自らの胸の内にあるはずのものをわからないと言った。

 そんなことはあり得るのだろうか。


『魔王よ、長く生きていても…いや、長く生きているからこそか。だからこそわからない、という事もあるものだ。別にお主に任せずとも、そこのデーモンの小娘にでも頼めばよいことくらいはわかっておる。だが、我の直感が囁くのだ。ソフィアの事は魔王に任せてみたらどうか、と。』



 長く生きているからこそ、多くを知っているからこそわからないこともある。

 そんなものなのだろうか?

 俺には理解できなかった。

 多くの知恵や知識があれば、何でも解することができそうなものだが。

 だが、人間とドラゴンという、何もかもが違う種族なのだ。

 理解できなくて当然なのだろうと、自分を納得させることにした。


『老竜の直感というのは案外馬鹿にできぬものだ。我はこの直感に幾度となく助けられた。とまあそれはともかく、ソフィアを引き受けてくれること、感謝する。』


「ああ。」


 俺達の会話が途切れた頃合いを見計らって、レモリーが話し始めた。


「エルドラド様。ソフィア様が私どもの下へお出でになるとのことですが、準備はどれくらいかかりそうでしょうか?もしお時間がかかるようでしたら、後日改めて伺おうと思うのですが…」


『ふむ、そうだな。準備と言っても、我は特にすることはない。ソフィア、お主はどうだ?』


 ふるふると首を横にふるフェアリー。


『ソフィアも特にないようだ。ならばそうだな、明日ソフィアを連れて行ってもらうことにしよう。今日はここに泊まってゆくがよい。』


「明日なんてそんなすぐでもいいのか?」


 心の準備とかはいらないのだろうか?


『別れとは常に唐突なもの。お主も魔王であればこれから先、それを嫌というほど知ることになるであろう。』


 まるで俺の行く末を見ているかのような口ぶりだ。

 だが、何千年もの間生きているドラゴンの言葉は重たかった。


『だが、それと同じように出会いも唐突にやって来る。今ここで、我とソフィアがお主と出会ったように、な。それに、心の準備というのであれば、我らは元よりできている。』


 ならばなぜあのフェアリーはさっきゴネたのかと思ったが、わかっていても感情が追いつかなかったのだろう。

 あのやり取りは別れの儀式的なものだ。


「まあそれなら別にいいんだが…」




 その後俺達は、ドラゴンの住処で一泊した。

 住処といっても別に洞窟とかではなく、屋根もない屋外での野宿だ。

 まあドラゴンのお陰で、魔物やほかの動物が近寄って来ることはなかったが。


 そして例のドラゴンは、少し離れたところでフェアリーと話し込んでいた。

「今生の別れですし、互いに伝えたいことがあるのでしょう。」とはレモリーの言葉。

 何を話しているのかは聞こえなかったが、俺達は親子のような一人と1体をそっとしておく事にした。




 そして翌日、目を腫らして眠たそうな、それでも晴れやかな顔をしたフェアリーの、旅立ちの時が来た。

 ドラゴンの方も、涙を堪えているように見える。


『魔王よ、ソフィアの事を頼んだぞ。』


 先日も同じことを言われたが、改めてドラゴンにソフィアを託された。


「ああ。」


 ドラゴンの言葉に俺は頷く。


『それと、これは()()()()としてのアドバイスだ。お主はもう少しだけ近くにあるものを見たほうが良い。』


 そんなアドバイスを送り、ドラゴンはソフィアの方を向いた。


『ソフィア…』


 ドラゴンはフェアリーの名前を呼ぶが、その後の言葉が出てこない。

 しばらくの間、ドラゴンとフェアリーはお互いに見つめ合っていた。


『…これからはお主のために生きるがよい。』


 俺はドラゴンとフェアリーが、どのように今まで過ごしてきたのかは知らない。

 だが、その言葉に万感の想いが込められていることだけは理解できた。

「私、がんばるよ!」とばかりに両手でガッツポーズを作り、フェアリーはドラゴンの言葉に応えた。


『それでは、新たなる出会いとこの別れに、龍神様のご加護があらんことを。』


「ああ、じゃあな。」

「エルドラド様もお元気で。」

「短い間ですが、お世話になりました。」


 ドラゴンは龍神にフェアリーと俺達の無事を祈り、フェアリーはドラゴンに向かって大きく手を振り、俺とレモリーとサラは思い思いの別れの挨拶を口にする。

 そして俺達はドラゴンの下を去っていった。


 ドラゴンは、遠ざかっていく俺達の事をじっと見ていた。

 俺達がいなくなってからも、ずっと俺達が歩いて行った方向を見ていたそうだ。


『…龍神様のご加護があらんことを。』

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