力なき者達
レモリーは、俺の目の前に立っているフィリップを見た。
「そこのあなた!魔王様から離れなさい!」
「あらら…保護者の方までおいでなすって。…こりゃあちっとマズいか?」
相変わらず軽い口調のフィリップだが、その顔は真剣で、レモリーへ最大限の注意を払っていた。
「うーん…嫌だって言ったら?お嬢さん。」
「私の魔法であなたの頭を撃ち抜きます。」
膨大な魔力を手の平に溜め、鋭い目をしたレモリーはそう言った。
フィリップが俺のことを攻撃する素振りを見せた瞬間に、あの魔力をフィリップへとぶつけるつもりだ。
いかにフィリップが強いと言えど、俺を殺す瞬間の隙をレモリーに突かれたら、彼女の攻撃を受けきることはできないだろう。
「うーん…だいぶ魔力も使っちまったし、こいつは分が悪そうだねぇ。」
フィリップは俺に背を向けてスタスタと歩き出す。
なんだ?
レモリーを前にして諦めたのか?
瞬間、凄まじいほどの魔力の塊がフィリップの前に現れた。
魔力の塊は小さく凝縮され、密度が高くなった小さな魔力の塊は、氷の弾丸へと変わった。
氷の弾丸は目にも止まらぬ速さでレモリー目がけて飛んでいく。
フィリップから無言で放たれた氷の魔法だ。
だというのになんと美しく、なんと破壊的な魔法なのだろう。
どれだけの研鑽を積めば、これほどまでに正確で高威力の魔法を、詠唱も呪文もなしに撃てるようになるのだろうか。
フィリップの魔法に見とれていた俺だったが、今度はレモリーの前に膨大な魔力の塊が現れた。
彼女はそれを圧縮し、岩の弾丸へと変換する。
そして岩の弾丸はとてつもない速さで発射された。
岩の弾丸と氷の弾丸は、ちょうど魔法を使った二人の中間地点でぶつかり合い、激しい破裂音を伴う衝撃波を生み出した。
ビリビリという空気の振動が、離れた場所にいる俺のところまでやってきた。
なんとか踏ん張ってはいるが、まるで大きな壁にでも押されているかのように、体が後ろへ流される。
二人の術者から放たれた二つの魔法は、衝突後激しくせめぎ合い、拮抗した。
そして数秒間の停滞の後、対消滅するように岩と氷の弾丸はそこから消え去った。
二つの魔法が停滞していた空間は、まるで最初から何もなかったかのようにがらんとしている。
「ダメだ、今日は勝てねぇ!やめだやめだ!」
冷や汗を流したフィリップが言った。
「…賢明な判断かと思われます。どうぞお引き取りください。」
そう言って階段までの道を譲るレモリー。
彼女もまた、いつものような余裕は感じられなかった。
フィリップがスタスタと階段まで歩いて行ったかと思うと、何かを思い出したかのように振り返った。
「あ、そうだ。そういえば…」
「【魔法解除】」
フィリップの言葉を遮ってレモリーが呪文を唱えると、ホールにあった氷が消え去った。
サラや奴隷や魔族達は、急に動けるようになったからか、たたらを踏む。
「マジかよ…やっぱ今戦わなくてよかったわ…」
フィリップは【氷の世界】を解除されて、引きつったような笑みを浮かべていた。
その後彼は一瞬だけ俺の方を見て踵を返すと、地上へ去って行った。
その様子を見届けて、レモリーが俺の方へ走って駆け寄ってくる。
「【治癒】」
俺の火傷や傷が、みるみる内に治っていく。
流れた血は治癒魔法ではどうしようもなく、貧血で足がふらついているが、どうにか自力で立てる程には回復していた。
「申し訳ありません、魔王様。古い知り合いと会っていたら、魔王様の危機に駆け付けるのが遅れました。」
「いや…助かった。」
彼女に助けられたのは、サラの時と合わせて2回目だな。
レモリーが俺に隠れてついて来ている気はしていたが、本当に彼女がいてくれて良かった。
彼女がいなければ、今頃俺を競り落としたあの商人の奴隷になっていたのだろう。
そんな事を考えて俺は身震いした。
「マオ君!無事か!」
氷で奪われた体温が戻って動けるようになったサラが、心配そうに俺の方へ駆け寄ってきた。
…レモリーが俺のことを魔王と呼ぶこの状況で、マオという偽名を使う必要はもう無いのだが、彼女はその呼び方が気に入ったのか、まだ俺のことをマオと呼んでいる。
「ああ、問題ない。」
だが彼女にも危ないところを助けられた手前、俺のことは魔王と呼べ、などと言いづらかった。
「良かった…心配したんだぞ。」
俺が無事で安心したのか、目尻が緩んでうっすら涙が溜まっている気がした。
「お前も…サラも助かった。」
俺達がそんなやり取りをしていたら、近くまで歩いてくる者の姿があった。
ジャンだ。
「ありがとう!君のお陰で奴隷になった同胞たちを何とか逃がす目処がついたよ。」
そう言って彼は俺の方へ手を伸ばす。
俺は何も考えずにその手を取って、握手を交わした。
「さっきは小さい魔王様なんて冗談のつもりで言ったけど…どうやら本物みたいだね。」
「ああ。」
恐らく、レモリーという圧倒的な存在が俺に付き従っている姿を見て、そう思ったのだろう。
ジャンは真剣な顔を作って片膝を地面につく。
「小さな魔王様。僕は…いや、僕たちは君のために戦うことをここに誓うよ。何かあったらすぐに駆けつけよう。」
「そうか。」
俺のぶっきらぼうな返事にジャンは苦笑した。
そして立ち上がって元奴隷達の方を見る。
「フフ…さて。せっかくあのフィリップを退けて、ここから脱出するチャンスができたんだ。グズグズしていられないな。」
ジャンは仲間の魔族たちに指示を出すと、元奴隷達を地上へと誘導した。
そして彼は、地上へと続く階段前で俺の方を振り向く。
「また会おう!小さい魔王様!」
俺に向かって大きく手を振り、ジャンは地上へと出て行った。
「魔王様、レモリーさん、私達も早いとここの街を出ることにしようか。時間が経つと、騎士団の警備が強化されるかもしれない。」
サラの言うことには一利あった。
王国最強の騎士を退けたのだ。
次は討伐隊でも組まれるかもしれない。
「そうですね、それでは急ぎましょうか、魔王様。」
二人が同意を求めて俺の方を見る。
「ああ、だがその前に一つやることがある。」
俺をこんな目に合わせた奴らへ、オトシマエをつけに行かなければ。
エキナセア王国王都エクスブルグにある貧民街にて。
俺達は街のチンピラ共を脅し、俺を拐った者たちの居場所を突き止めた。
「ここか。」
目の前には2階建てで、粗末な土造り建物が建っていた。
壁が薄いのか、中から怒鳴り声が聞こえてくる。
何やら揉めているようだ。
『そんな…!人攫いがうまくいったら、腹いっぱいメシを食わせてくれるって約束だったじゃねえか!』
この声は確か、オーガのチンピラだろうか。
『ああん?んな金ぁねえよ!大体お前ら、あのガキにノされちまって何もしてねえじゃねえか!』
この声は忘れもしない。
俺に毒を塗った吹き矢を撃ち、俺を奴隷商に売った人間の声だ。
『うるせえ!お前らはコソコソ物陰に隠れて、卑怯な手でガキを眠らせただけのくせに!』
『黙れ!この魔族が!』
人を殴りつけるような打撃音が聞こえてきた。
『大体てめぇら、誰のおかげでこの街で生きていられると思ってんだ!』
2発、3発と、繰り返し打撃音が聞こえる。
「どうやらここにいるのは人間が二人と魔族が5人のようだな。」
俺達は念のため、建物に突入する前に中の様子を探っていた。
こんな貧民街でやられることは無いと思うが、前回はそう思って油断したところをやられていたので、用心はしておくに越したことはない。
「ああ。まあ俺達ならそれくらい問題ねぇな。俺がやるからお前らは手ぇ出すなよ?」
二人が頷いたのを見て、俺はドアを蹴破って建物に潜入した。
「!?なっ…なんだお前ぇら!」
二人組の人間の片割れが狼狽えながら言う。
だがそれに取り合うつもりはない。
「燃やせ、貫け【炎岩弾】」
炎を纏った岩の弾丸が、片方の人間の頭を撃ち抜き、その体を燃やす。
彼は悲鳴を上げることすらできず、その命を散らした。
「もう一発【炎岩弾】」
またもや現れた弾丸は、残った人間の心臓を貫き、その命を奪った。
燃え盛る二つの遺体を前に、俺は溜飲を下げる。
この場には俺とサラとレモリーと、5人のオーガが残っていた。
オーガは一瞬で死んでいった人間の方を見て、そして俺の方へ視線を移し、ガタガタと震えていた。
「た…たす…助け…」
歯がカチカチと鳴っているオーガもいて、うまく言葉が出ない様子だ。
俺はオーガ達の顔を見る。
目の周りや頬は腫れ、青タンになったり赤くなったりしている。
人間たちに殴られた痕なのだろう。
約束を反故にされ、暴力を振るわれ、人間達に虐げられているオーガ達。
以前襲われたときは、このオーガ達の姿が前の世界にいたチンピラどもと重なって見えたが、今は前の世界で生きていた頃の俺に似ていると思った。
ふと、今魔法で倒した人間達も、奴隷商に金をボッタクられていたことを思い出す。
力を持つ者が力のない者から搾取し、力ない者はさらに力ない者から搾取し…
どうやら俺の知っている世界は、弱い者を虐めることで成り立っているようだった。
俺が前の世界でチンピラどもから受けた仕打ちは、今まで忘れたことがない。
だがもしかしたら彼らも被害者で、どこかで俺と同じように虐げられていたのだろうか。
そして俺が憧れていたあの街は、そんな力なき者達の犠牲の下に成り立った、力を持つ者達のための街だったのだろうか。
そんなことを考えていたら、胸がモヤモヤとしてきた。
ここに来る前は、俺を襲ったこのオーガ達の事も燃やしてやろうと思っていた。
しかし、このオーガ達を殺したところで、この胸のモヤモヤが晴れることはないのだろう。
「チッ…!」
別にこのオーガ達に同情したわけではない。
だが、オーガに向かって魔法を撃つ気にもならなかった。
「おい、行くぞ!」
俺はサラとレモリーに声をかけ、この建物を後にする。
レモリーは何も言わず俺について来た。
「あ…き、君達!ここから西へ行った森の中にミミックがいる。何かあったらそいつを頼るといい!」
サラは去り際にそう言い捨て、慌てて俺の後を追った。
「え…?あ…」
オーガ達はその様子を呆然とした顔で見ていた。
「よろしかったのですか?魔王様。」
貧民街を抜ける道すがら、レモリーは俺にオーガを見逃したことについて聞いてきた。
「…別に。」
オーガを見逃したのは、ただの気まぐれだ。
だが俺の心の内を知らなければ、魔族の同胞の事を許したとも捉えられなくない。
奴隷達の件も合わせて、ある意味魔王としての器をアピールできたので、結果的には悪くないのだろう。
「そうですか。」
優しい微笑みを見せながらレモリーはそう言った。
そして彼女は顎に手を当てて少しの間何かを考えると、俺にある提案をしてきた。
「魔王様、これからのことについて少々提案があるのですが…ドラゴンに会ってみませんか?」




