ダンジョン
話を一話にまとめました。
少し書き直しましたが、話の流れは以前と同じです。
俺の魔王就任が決まった後、レモリーに「本日はお疲れでしょうから、もうおやすみください。」と言って寝室まで連れてこられた。
途中でいくつもの部屋を見かけ、やけに広い建物だと思っていたら、どうやらここは城らしい。
魔王城と言って、歴代の魔王たちが拠点として使ってきた城だ。
レモリー曰く、長年魔王の座が空位だったので、今ではほとんど使われていないそうだ。
彼女が一人で管理している状態で、「広すぎてお掃除が大変です。」なんて言ってた。
人生初めてのベッドで眠った翌朝、レモリーと朝食を取った後、今後の方針について話があると言われた。
「魔王様には、しばらくダンジョンで力を蓄えていただこうと思います。」
「ダンジョン?」
魔王の知識によると、ダンジョンとは、人を襲う魔物という生物が湧き出る場所らしい。
魔法を使うためのエネルギーである魔力、その元になる魔素に満ちあふれていて、普通に魔物と戦うよりもダンジョン内で戦った方が、より大きな成長を見込めるとかなんとか。
「いやちょっと待て。俺は魔石の力で強くなったって言ってたよな?わざわざ修行なんてする必要あるのか?」
俺の体は、元いた世界なら敵なしと思えるほどに強くなっていた。
「確かに魔石の力で、魔王様は元の体よりも強くなられました。今のままでも、並みの者なら一捻りで倒せることでしょう。さらにその体の持つポテンシャルは高く、この世界でも指折りの強者になる可能性を秘めております。」
レモリーは俺の疑問に対して一部肯定しつつも、「ですが」と言って話を続ける。
「ですが、それはあくまで可能性の話。今の魔王様は発展途上の段階で、魔王様以上の者は人間にも魔族にもいます。そのような状態で戦場に向かわれるのはかなり危険が伴うかと。それに、実力不足の魔王に付き従う魔族も少ないでしょう。」
なるほど、この世界には今の俺以上の猛者がゴロゴロしているのか。
なら生き延びるためにもっと強くなっておかないといけないな。
「そうか。じゃあ、ダンジョンに籠もって魔物を倒しまくればいいのか?」
レモリーは首を横に振った。
どうやらそういうことではないみたいだ。
「いいえ。確かにダンジョン内の魔物を倒すのも良いのですが、今回は別の方法で魔王様に強くなっていただくつもりです。」
「別の方法?」
魔物と戦うよりも、もっといい方法があるらしい。
「ダンジョンで魔物を倒すのではなく、人間領にあるダンジョンを運営して、人間たちと戦っていただきます。」
「ダンジョンの運営?なんだそれ?そんなことできるのか?」
「はい。通常ではコントロールできないダンジョンも、魔石の力によって魔王様ならばコントロールできるようになっています。ええと…細かいことは実物を見ていただいた方が早いかと。」
そう言うと彼女は、俺にダンジョンに行く準備をするよう促した。
魔王城にある転移室という部屋にやって来た俺達。
ここには魔法陣がいくつも描かれており、俺達はその中の一つに乗る。
「大いなる精霊王よ、空間を超える力をお貸しください…【転移】」
「うおっ!?こいつはあの時の…」
レモリーが呪文を唱えると、俺強い光に包まれて目を閉じた。
目を開けると、辺り一面に木々が生い茂っている。
近くにある木を触ってみたら、凸凹とした樹皮の感触があったので、幻なんかではなく本物らしい。
どうやらここは森の中のようだ。
「すげーな…一瞬で違う場所に…」
この世界に来て初めて魔法というものを見たが、驚きのあまりそんな陳腐な感情しか湧いてこなかった。
「しかしこんな魔法があるんなら、油断してる人間どもに奇襲をかけりゃあいいんじゃねえか?」
【転移】で瞬間移動して、人間の統治者や指揮官に奇襲を仕掛け、暗殺することができれば、人間たちの指揮系統を壊して戦況を有利にできたのではないだろうか?
そう思って隣にいるレモリーに目をやると、うっすらと額に汗をかいていた彼女は、呼吸を整えてから口を開いた。
「確かにその作戦は良さそうに見えるのですが、【転移】の魔法による転移にはかなりの欠陥があり、現実的ではありません。まず第一に、【転移】はその起点と終点の双方に魔法陣が必要なのです。」
聞けば、魔法陣がなければ正確な位置に転移できないとか。
魔法陣ナシで【転移】を使用した結果、空高くに転移してそのまま落下死したなんて事故が起こったこともあるらしい。
「そして【転移】の魔法は、詠唱で魔力消費を抑えないといけない程、発動に多くの魔力を必要とするのです。」
【転移】を使用後のレモリーが少し疲れた様子だったのは、多くの魔力を消費したからだろうか?
どれくらい魔力を消費するのかはわからないが、もし片道だけしか使えないのなら、【転移】で奇襲する意味はあまりないなと思った。
「そうか…わかった。じゃあそろそろダンジョンまで行こうか。案内してくれ。」
「かしこまりました。それでは付いて来てください。」
レモリーがそう言うと、俺たちは森の奥へと歩いていった。
森の奥に進むと、小さな洞窟があった。
洞窟の手前まで来ると、レモリーがこちらを向いて微笑む。
「お疲れ様です、魔王様。このエキナセア王国の外れにある洞窟が、魔王様の管理するダンジョンです。」
外から見た感じ、何の変哲もない普通の洞窟だ。
コウモリくらいはいそうなのだが、本当にここがダンジョンと呼ばれるなんだろうか?
そんな疑問をよそに、俺はレモリーと共に洞窟へと入っていった。
洞窟は見た目通りの小ささで、すぐに最奥までたどり着いた。
最奥は少し広めの空間があり、小部屋のようになっている。
そしてその中央には、琥珀色をした半透明の小さな石が埋まっているのが見えた。
「あっ、ありました。魔王様、あの琥珀色の石がダンジョンコアという、ダンジョンの核になる魔石です。」
そう言って、レモリーは琥珀色の石…ダンジョンコアを指さした。
「へぇー。これがあればダンジョンができるのか?」
「そうですね。ダンジョンというのは、ダンジョンコアの力によって作られます。そしてこのダンジョンコアが、ダンジョンをコントロールするために必要なのです。」
「ふーん…しかしダンジョンと言う割には、一度も魔物の姿を見なかったな。」
ダンジョンには魔物がいるという話なのだが、魔物の気配も痕跡すらもなかった。
いくら小さな洞窟とはいえ、こんなことはあるのだろうか?
「それは恐らく、このダンジョンがまだできて間もないからだと思われます。私もつい数日前に発見したばかりですからね。ダンジョンコアに吸収された魔素が、魔物の生成ではなくダンジョンの拡張に使われたのでしょう。」
確かにこの狭さでは、魔物を出せたとしてもせいぜい数体が限界かもしれない。
俺たちがここに来る前は、これよりももっと狭かったからダンジョンの拡張が優先されたのだろう。
「さて…それではこのダンジョンを魔王様が使えるようにしましょうか。ダンジョンをコントロールするには、ダンジョンコアにダンジョンマスターとして認められる必要があるのですが…魔王様、そこのダンジョンコアに魔力を流していただけますか?」
そう言われて俺はダンジョンコアの前に立った。
「魔力を流し込むってどうやればいいんだ?」
当然ながら俺の元いた世界に魔法なんてものはかなった。
魔力を流し込めなんて言われても、やり方がわからない。
「ええと…まずは魔石に手をかざしてください。そして目を閉じて、自分の内側にある温かいもの、ふよふよとした形のないエネルギーの塊を探し出していただけますか?」
早速魔石の上に手を置いて目を閉じる。
自分の内側にあるエネルギーの塊…どこだ?
「魔素を魔力に変換する器官が鳩尾あたりにあるので、その近くをお探しください。」
鳩尾らへんに意識を向ける。
するとなにやら禍々しいほどのエネルギーの塊が、今にも体から溢れ出そうとしているのを感じる。
「これが魔力か。こいつをどうすればいいんだ?」
「感じ取った魔力を手の先まで持っていって、一気に放出してください。丹田に力を込めて押し出すイメージです。」
言われた通り丹田に力を込めると、魔力の塊が動くのを感じる。
鳩尾のあたりから腕を通って手のひらへ、そしてここから一気に体の外へと押し出すイメージで、さらに力を込める。
体の中にある何かが、手のひらから外へ抜けていった気がした。
次の瞬間、ダンジョンコアが淡く光り始める。
「うおっ!?なんか光ったぞ!」
「おめでとうございます。成功です、魔王様。普通は魔力の感知から操作まで、体得するまでに一月ほどかかるのですが、流石は魔王様です。」
レモリーにダンジョンコアへ魔力を込めるよう言われてから、一時間ほど経過していた。
普通の奴らが一ヶ月かかることをたったの数十分で終わらせるなんて…もしかして俺は天才とかいうやつじゃなかろうか?
…まあ十中八九この体のおかげなんだろうが、それでもすごいことを成し遂げたようなので、少しくらい調子に乗ってもバチは当たらないだろう。
『魔王の魔力を感知しました。この魔力の持ち主を、ダンジョンマスターとして承認します。以降、このダンジョンの管理運営は、ダンジョンマスターの意向に沿って行われます。』
魔力を流していたら、突然ダンジョンコアから声が聞こえてきた。
その声は録音されたようなものではなく、まるで人に語りかけられているかのように鮮明で、ダンジョンコアが生きているんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
「…しかしさっきからずっとに魔力を持っていかれてるけど、いつになったら止まるんだ?」
そう、さっきからずっとダンジョンコアに魔力を注いでいるのだが、一向に止まる気配がない。
すでにダンジョンマスターとして認められたのにだ。
しかもたちの悪いことに、魔力の供給を止めようと思っても、ダンジョンコアの方から俺の魔力を無理やり吸ってくる。
夏に人間の血を吸う蚊の如く、ストレスで猫を吸う下僕の如く、色街で母乳を吸う成人済みの赤子の如く。
ダンジョンコアから手を離すこともできず、仕方がないので魔力をこめる。
ダンジョンコアが魔力を吸収する。
さらに魔力を込める。
ダンジョンコアがさらに魔力を吸収する。
さらにさらに魔力を込める。
ダンジョンコアがさらにさらに魔力を吸収する。
さらにさらにさらに魔力を込め…
「あ…あれ?」
急に体がふらついて背中から倒れそうになったが、慌ててレモリーが受け止めてくれたおかげで、転倒することはなかった。
だが、足の力が抜けて立っていられず、俺の体はレモリーに支えられながらゆっくりと横たえられた。
だんだんと意識が遠のいていき、心配そうなレモリーの声も聞こえなくなってくる。
『ごちそうさまでした』
俺が意識を手放す直前に聞いたのは、ダンジョンコアの恍惚そうな声だった。
目を覚ますと、心配そうにこちらを覗き込んでいるレモリーの姿があった。
「すみません、魔王様。私がついていながら…魔力切れのリスクについて先に説明しておくべきでしたね。」
レモリーが申し訳なさそうな顔をする。
別に彼女のせいで気絶したわけではないが、彼女の口からは謝罪の言葉が出てきた。
「そうだあのヤロー!俺の魔力を限界まで搾り取りやがって!」
怒声を上げながらダンジョンコアの方を見る。
するとダンジョンコアは、ごめんねと言わんばかりに優しい光で点滅した。
「…あれ?なんかコイツさっきより大きくなってねえか?」
よく見ると一回り…いや、二回りくらい大きくなっている。
最初に見たときは拳くらいの大きさだったのに、今見たら子どもの顔くらいの大きさになっていた。
俺の言葉を聞いて、ダンジョンコアはうれしそうにキラキラと輝く。
…絶対にコイツ、自分の意志があるよな?
「…チッ。まあいい。それよりもダンジョンだ。ダンジョンの管理はどうやってやればいい?」
今度はダンジョンコアが、何かを主張するようにピカピカと点滅した。
「ええと…とりあえずダンジョンコアにもう一度触れてみるのが良いかと。」
ダンジョンコアの方を見て、苦笑いをしながらそう答えるレモリー。
あまり気乗りはしなかったが、彼女の言うとおりダンジョンコアの上に手を添える。
すると、ダンジョンコアからまばゆい光が放たれた。
「ちょっ…」
数秒後、ダンジョンコアの発光が止んだ。
どうやら、魔法でダンジョンに関する情報を、直接俺の脳内に送り込んだらしい。
ダンジョンコアから送られてきた情報を見ていこうと思う。
〜〜〜〜〜
・ダンジョンマスターは、ダンジョンコアに込められた魔力を使って、魔物の召喚やダンジョンの拡張を行う。
・ダンジョンコアの魔力は、ダンジョンマスターが魔力を注ぐか、ダンジョン内の魔素を吸収することで回復する。
・ダンジョン内にいる侵入者を倒すと、侵入者の魔力を吸収してダンジョンコアが成長し、それに伴ってダンジョンマスターも成長する。
・ダンジョンコアが成長することによって、召喚できる魔物の数や種類が増えたり、ダンジョンをより大きく拡張できたりするようになる。
・侵入者にダンジョンコアを破壊されると、そのダンジョンは機能を停止する。
・ダンジョンマスターには、ダンジョンコアのことをちゃんと構ってほしい。
・できれば四六時中一緒にいてほしい。
・というか、の初めて(の魔力注入)をあげたんだからそうするべきだと思う。
・もし構ってくれないのなら、が召喚した魔物であなたを殺して私も…あ、でも放置プレイも悪く…
〜〜〜〜〜
俺は自分の思考回路をそっ閉じした。
後半、なんだか呪詛のようなメッセージが送られてきた気がするが、気のせいだろう。
それはさておき、ダンジョンの運営でどうやって強くなるのか疑問だったが、ダンジョンコアが成長したら俺も一緒に成長するのなら大丈夫そうだ。
しばらくは、ダンジョンの拡張と魔物の召喚をメインに行って、侵入者を魔物に撃退させる形になるだろう。
ちなみに現時点で召喚できる魔物は、普通のスライムだけだ。
「さて…何をすればいいのかもわかったことだし、早速ダンジョンを整備するか。」
ダンジョンの形やら魔物の配置やら、あーでもないこーでもないなんて頭を悩ませながら作業していると、これが意外と楽しく、あっという間に時間が過ぎてゆく。
俺たちが泊まり込みでの作業を始めてから数日後、ダンジョンに初めての侵入者が現れた。