小さい魔王様
しんと静まり返ったホールに、俺の声は良く響いた。
『魔王』という単語が出た瞬間、この場の空気がさらに冷たくなった気がした。
「うーん、魔王かぁ…そいつはあんまり冗談で使うような言葉じゃねぇなあ、少年。テキトーにやって何人かは見逃してやろうと思ってたけど…君が魔王だってなると話が変わってくるねぇ。」
フィリップの顔は笑っていたが、視線が若干鋭くなる。
ジャンは俺の目をじっと見ていた。
「…もし仮に君が魔王様だったとしても、子供に戦わせるというのは僕は反対だ。」
ジャンは俺の方から顔を背け、フィリップの方を見据える。
「でも今はそんなこと言ってられないくらいに切羽詰まった状況だ。どうやら君の言うことの方が正しいらしい。」
俺の場所からではジャンの横顔しか見えないが、口元が笑っている気がした。
「それに、君の実力なら少しは希望がありそうだ。ぶっつけ本番だけど頼んだよ、小さい魔王様!」
俺に向かってそう言ったジャンは、フィリップに向けて切りかかる。
だがフィリップはジャンの斬撃を軽くいなし、カウンターを入れようと剣を振るう。
「【岩弾】」
岩でできた弾が高速で回転しながら飛んでいき、フィリップの剣を弾く。
カウンターは不発に終わった。
「おお!やるねぇ君達!急増にしてはいいコンビだ。」
ジャンが再びフィリップに剣を振るう。
だがやはりその一撃はフィリップに届かない。
軽々とかわされて距離を取られた。
「【炎岩弾】」
今度は炎を纏い熱を帯びた岩の弾丸を、俺はフィリップに向かって撃った。
「【氷壁】」
フィリップの目の前に、突如氷の壁が現れる。
弾丸は氷の壁にぶつかり、氷を溶かしながら進んで行く…ということはなく、衝突の瞬間にその熱を壁に吸収されて弾かれ、地面へ落ちた。
「チッ!」
思わず舌打ちをする。
氷の壁には傷一つついた様子はない。
なんという強度だ。
どれだけ正確に魔力を練りこめばあんなに固くなるのだろう。
「よおし、今度はこっちから行くぞ!」
フィリップはそう言うと、ジャンの方へ一歩踏み込む。
そして一瞬でその間を詰め、横薙ぎの一閃を放った。
「クッ…!」
それをなんとか剣の腹で受け止めるジャン。
しかしよほど重い一撃なのか、その顔は苦しそうだ。
ジャンはフィリップに押し負け、フィリップの剣がジャンの腕を浅く切り裂く。
そして追撃を入れようと剣を振り上げるフィリップ。
俺は全力の身体強化を使って、一瞬でフィリップに近寄り殴りかかる。
「おっと危ない。」
フィリップは咄嗟に防御の体制を取り、剣の腹で俺の拳を受け止めていた。
「おおおおおおおお【小爆発】!」
「は…?」
俺の拳から魔力があふれ出し、爆発した。
その衝撃で、俺とフィリップはそれぞれ逆方向へと吹っ飛ばされる。
俺は客席を破壊しながら地面に背中を打った。
ゆっくりと立ち上がると、壊れた客席の破片がバラバラと落ちる。
「ハァ…ハァ…」
正面を見ると、壁に背中を打ったフィリップが起き上るところだった。
だが大したケガはしてない様子だ。
一方で俺は、爆発の衝撃で左手の拳が砕けていた。
「なんて無茶な…いやでも助かった。君、大丈夫か!」
ジャンが俺の事を心配して駆け寄って来る。
「おい、お前治癒魔法は使えるか?」
左手を治療したいが、俺は治癒魔法が使えなかった。
レモリーに毎日あらゆる魔法を教えてもらっていたのだが、才能がないのかなぜか治癒魔法だけは、いくら練習しても発動すらできないのだ。
「すまない、僕に魔法の才能はないみたいで、そっちはからっきしなんだ。」
「そうか。」
これで俺の左手は、この戦闘が終わるまで使えないことが確定した。
正直かなりの痛手ではある。
だが、あそこで中途半端なことをしていたら、カウンターを食らって俺かジャンのどちらかが落とされていただろう。
必要な犠牲だと割り切って切り替えることにした。
「うーん…少年。君、名前はなんて言うの?」
俺達が次の攻撃に備えて身構えていたら、フィリップは不意にそんなことを聞いてきた。
「俺は魔王だ!…名前なんざねぇよ。」
俺に名乗れるような名なんてない。
「ふうん、そう。その歳でここまでの力…名無しの魔王君、君が本当に魔王かどうかは知らないけど、俺達の敵になるんならやっぱり君の事は見過ごせないわ。」
フィリップからはこの戦いを楽しむような笑顔が消えていた。
「悪いけど君、ここで死んでくれる?【氷の世界】」
フィリップの体内で練られた魔力が、衝撃波の如く一気にホール中へ広がる。
ホール内にあった全てのものが凍りついた。
椅子も、壁も、ステージも、魔族も、奴隷も。
正に氷の世界と呼ぶにふさわしい景色だ。
この世界で動くことができる者はただ一人、フィリップだけだった。
「…?」
この場を片付けるために増援を呼びに行こうと踵を返したフィリップだったが、なにか奇妙なことでもあったのか、その場で立ち止まる。
「…オイオイ、嘘だろ?」
驚いたような顔をした彼が振り返ってこちらを見ている。
俺はギリギリのところで自分に向かって火の魔法を放ち、周囲の氷を溶かしていた。
火傷でデロデロになった唇を動かし、俺は呪文を唱える。
「灼熱の砂漠の如き熱で包み込め【熱波】」
ホールの気温が少しだけ上がる。
俺の1番近くで最も熱の影響を受けたのか、ジャンの体を覆う氷が溶け始める。
彼は内側から無理矢理氷を砕き、上半身を覆う氷を取り除いた。
「プハッて!なっ…君!大丈夫か!?クソッ!足元の氷さえ溶ければ…」
上半身を捩って俺の方を見たジャンが言う。
俺の体は火傷で全身爛れていた。
彼の下半身は依然として凍ったままで、その場から動くことはできない様子だ。
「楽に逝かせてやれなくてすまんね。」
フィリップはそう言うと、俺の方へと踏み込んできた。
そして上段に剣を構える。
「ハァ…ハァ…ウッ…!」
後ろに下がって避けたかったが、火傷のせいで足が満足に動かない。
フィリップは袈裟懸けに剣を振り下ろし、俺の胸に大きな傷をつけた。
そして彼は追撃を入れようと剣を薙ぐ。
「【岩弾】」
俺は咄嗟に岩の弾丸を剣に当てる。
何とか剣の軌道を逸らすも、腕を浅く切り裂かれた。
だがこれで隙ができた。
俺が魔法で一撃入れようと思った瞬間、フィリップが俺を蹴り飛ばす。
俺の体は数秒間宙を舞い、ドサリと地面に落ちた。
「っ………!」
ジャンはそんな俺を見て、言葉を失っていた。
体が重い。
胸のあたりから、生温かい液体が流れ出ていくのを感じる。
だがまだ息があった。
死にたくない。
俺はまだ生きていたい。
「ウ…グッ…!」
そんな衝動に突き動かされ、俺は再び立ち上がった。
「まだ立つか。」
感情のこもっていない声で、フィリップは呟いた。
そんな俺達の姿を見て、ジャンが叫ぶ。
「フィリップ!お前はこんな子供を…たとえ魔王様だとしても、こんな子供に手をかけてなんとも思わないのか!」
フィリップは答えなかった。
が、ほんの一瞬だけ寂しそうな目をしたような気がした。
そして俺に止めを刺そうと、1歩足を踏み出す。
ああ、ここまでか。
立っているのがやっとという俺は、そんな事を考えながら目の前の光景を見ていた。
だが、フィリップの足はそこで止まってしまう。
突然ホールの階段から足音が聞こえてきた。
そして何かが階段からホールに飛び込んできた。
「ハァ…ハァ…っ!いた!すまない、マオ君!遅くなった!」
サラだ。
サラは俺の姿を確認すると、一瞬だけ安堵の顔を浮かべたが、火傷の跡を見て険しい表情に変わった。
「そのケガ…誰だ!マオ君をそんな姿にしたのは!」
そう言ってあたりを見回すサラ。
すると彼女の視界に、フィリップの姿が写った。
「な…!た…フィリップ…!」
サラが目を見開く。
彼女は元騎士だ。
当然フィリップの異常な強さくらいは知っているのだろう。
「うーん…君、俺とどっかで会ったことない?いやナンパ的な意味じゃなくて。…まいいや。敵ならどの道斬り伏せるだけさ。」
フィリップはサラの方に体を向けた。
「クッ…やるしかないのか…!オオオオオオオオオオ!」
覚悟を決めたサラは、フィリップへ斬りかかる。
袈裟斬り、横薙ぎ、唐竹割り…
それは息つく暇もない凄まじい猛攻だった。
だがその剣は、一度ももフィリップへと届くことはなかった。
ある時は体をずらして躱し、ある時は剣で受け流し、またある時は剣で受け止め、全くムダのない完璧な対応だ。
「ハァ…ハァ…」
全力で剣を振るったためか、疲労でサラの動きが鈍くなってくる。
フィリップはその隙を見逃さなかった。
「【凍結】」
サラは剣を構えたまま凍らされ、彫刻のように動かなくなった。
それを見て、サラを凍らせたフィリップが呟く。
「ハァ…今日はちょっと魔力を使いすぎたな…さっさと終わらせるか。」
サラがやられた。
彼女は俺の仲間だが、俺がこの世界で生きるために利用していた仲間、ただそれだけの存在だ。
別に彼女が凍らされたとしても、特に何とも思わない。
だというのに、俺の胸が少し痛む。
フィリップに切られたからだろうか?
「それじゃあ少年、今度こそ楽にしてやるよ。」
そう言ってフィリップは歩き出す。
「クソッ!動け!この!」
ジャンは剣で足に張り付く氷を叩いていたが、未だに割れる様子がない。
俺は今度こそおしまいなのだろうか。
ならせめて、最後の抵抗くらいはしてやろう。
「あ…【熱波】…」
俺は出来得る限りの魔力を込めて魔法を使った。
先程よりも強力な【熱波】がホールを駆け巡り、この場の氷を溶かし始める。
これならすぐにサラやジャンの氷は溶けて動けるようになるだろうが、俺の救援には間に合わないだろう。
フィリップの間合いに入った俺は、死を覚悟して目を閉じる。
だが、いつまで経ってもフィリップの一撃がやって来ない。
目を開けると、今まで涼しそうな顔をしていたフィリップが、こめかみに一筋の汗を垂らして階段の方を見ていた。
何事かと思い、俺も階段の方に意識を向ける。
するとそちらの方から、とてつもなく大きな魔力の奔流を感じた。
ああ、やはりそうか。
俺はこの魔力の持ち主を知っている。
俺はこの状況を作るためにバケモノの攻撃を耐えてきたのだ。
今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、俺は膝から崩れ落ちた。
すると、急ぐような足音と共に、ローブを羽織り銀色の髪をなびかせた女魔族がやって来た。
「すみません、魔王様。遅くなりました。」
ここにいる者すべてが分かる程に魔力を荒ぶらせながら、俺の方を見て女魔族はそう言った。
完全に忘れていたのですが、そろそろ(仮)じゃなくてちゃんとしたタイトルを考えます。




