王国最強の騎士
「な…何が起こっているんだ!」
奴隷商は目の前の光景に、唖然とした様子で呟いた。
ホールの客席では武装した魔族たちが、オークションの警備に当たらせていた私兵たちと戦闘を繰り広げている。
貴族や商人の客たちは、我先にとホールの外へ逃げ出そうとして怒号が飛び交い、オークション会場は阿鼻叫喚に包まれていた。
事の発端は数分前、最後の奴隷の落札が決まったかと思ったら、客の一人である商人が突然暴れ始めた。
奴隷商は商人をつまみ出すよう私兵たちに言いつけ、地上へと追い出した。
そして閉幕のあいさつも終わり、奴隷の引き渡しに移ろうとしたところで、奴隷商は地上へと続く階段の方が何やら騒がしいことに気づく。
先程の客がまだ暴れているのだろうか。
あの厄介な客は後で落とし前をつけないとな、そんなことを考えながら階段の方に目をやる奴隷商。
「なんだ…?」
しかし何やら様子がおかしい。
武装した私兵たちが、険しい顔をして地上への階段を駆け上がっていく。
私兵のうちの一人が奴隷商の近くへと走ってきた。
客の前で慌ただしい姿を見せている私兵を、奴隷商は不快そうな顔をしながら咎める。
「おい、お前!お客様の前だぞ!もっと落ち着いて…」
「ハァ…ハァ…先程追い出した商人が、武装した魔族の一団を伴って攻め込んできました!その数およそ15!イワン様、ここから避難のご指示を!」
息を切らした私兵は、奴隷商の言葉を遮って切羽詰まったように報告した。
「魔族だって?そのくらいお前たちで対処しろ!」
「地上にいた警備兵たちは魔族にやられ壊滅!現在は地上からここへ続く階段で辛くも食い止めていますが、突破されるのは時間の問題かと!」
「は…?」
奴隷商が再び階段の方に目を向けると、私兵たちが押し込まれて魔族の一団がなだれ込んでくるところだった。
そしてそれを目撃した会場の人々が恐慌状態に陥り、現在に至る。
しばしの間思考を停止していた奴隷商だが、ふと我に返る。
この場に現れたのは魔族ばかり。
ということは、魔族の奴隷達を奪い返しに来たのだろうか。
ならば、商品を盗られないよう隠さなければ。
いや待てよ?奴隷たちを人質にすれば、この状況を切り抜けられるかもしれない。
冴えない頭をぐるぐると回してそんなことを考えていた彼だが、私兵に指示を出そうとしてあることに気づいた。
いるべきはずの人間がいない。
「おい!あいつはどこだ!この前雇ったあいつだ!」
用心棒に魔族を食い止めるよう指示を出そうとしたが、姿が見当たらなかった。
先日高い金を払って雇ったばかりだというのに、肝心な時にどこへ消えたのか。
「チッ!今はそれよりも奴隷達だ!」
奴隷商は近くにいた私兵を引き連れ、バックヤードへと向かう。
するとその途中、奴隷を引き連れた用心棒にバッタリと出会った。
「オイてめぇ!今までどこで油売ってやがった!高けぇ金払ってんだからさっさと…」
鮮血が宙を舞う。
奴隷商の胸はパックリと切り裂かれ、致死量を超える血が流れていた。
「みんな、急ぐぞ!外で僕の仲間が待ってる!」
倒れゆく奴隷商の姿を一瞥することもなく、用心棒は奴隷達にそう呼びかけた。
彼が持つ剣の先からは、赤い血が滴り落ちている。
彼らは息絶えた奴隷商を足蹴にして進み、ホールのステージまでやって来た。
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ジャンたちに連れられてやって来たホールのステージ上で俺が見たものは、客席で魔族と警備兵が戦っている光景だった。
魔族がジャンの仲間なのだろうか。
今は警備兵がなんとか耐えているが、状況的には魔族側が優勢に見える。
客席から俺たちの姿を確認した警備兵の一人が、こちらに向かって駆け出してきた。
「ハアッ!」
だが即座にジャンがこれに反応して、警備兵を一閃で切り捨てる。
この男、なかなかの腕前だな。
ジャンの実力に感心していると、俺の方へ近づいてくる警備兵の姿を視界の端に捕らえた。
「しまった!」
ジャンが焦った顔で叫ぶ。
完全に出遅れた彼は、おそらく間に合わないだろう。
警備兵は俺を標的に決めたようで、剣を上段に構えて襲い掛かってきた。
俺は即座に魔力を体内で循環させ、身体強化を使う。
ダンジョンから離れる前はレモリーとの特訓を毎日続け、旅の間も暇ができたら手慰みに魔力を体内で循環させていた俺は、以前に比べると魔力コントロールの精度が格段に上がっていた。
魔力を吸い取る首輪さえなければ、一瞬で身体強化を発動させることなんて朝飯前だ。
「おおおおおお!」
警備兵が俺に向かって剣を振り下ろす。
だが、剣は空を切って地面にぶつかる。
「ガハッ…」
俺は警備兵のがら空きになった胴に、全力の一撃を叩き込んだ。
警備兵の体は客席まで飛んでいき、ホールに備え付けられた座席に頭を打つとそのまま気絶した。
その様子を見て、青い顔をしていたジャンがほっとした様子で息を吐く。
「よかった…すまない、君!ケガはないか!」
「ああ、問題ない。」
こんなザコを相手にケガなんてしていられない。
「そうか…助かった。ありがとう。」
ジャンは俺に向かって礼を言うと、奴隷達に警備兵が襲い掛からないよう警戒を強めた。
客席にいた警備兵達が徐々に押されていき、一人、また一人と倒れていく。
警備兵の何人かが戦闘不能になったところで、とうとう魔族の猛攻を食い止められなくなり、一気に戦局が魔族側へと傾く。
そして、このホールにいた警備兵の最後の一人が、魔族の剣で切り伏せられた。
「うおおおおおおおおお!」
魔族達が勝鬨を上げる。
このホールは魔族の一団が完全に占拠した。
ジャンはここにいる全員に見えるよう、剣を高く掲げる。
「敵は倒した!あとは闇に紛れてこの街から逃げ出すだけだ!さあ、行く…ぞ…?」
突如、客席の奥にある階段からすさまじい気配がした。
近くにいるだけで背筋が凍ってしまうような、そんな寒気がする気配。
ここにいた者達は皆、反射的に気配の方へ目を向けた。
「【凍結】」
それは呟くような呪文だった。
ホールの気温が下がったかと思うと、階段の近くにいた二人の魔族が氷像と化していた。
「え…?」
ジャンは目を大きく見開き、驚きを隠すこともしなかった。
一瞬で魔族が二人もが凍らされてしまったのだ。
呆然としてしまうのも無理はないだろう。
かくいう俺も、目の前の出来事に理解が追い付かず、ただ気配がする方を見ていることしかできなかった。
この場にいる誰もが言葉を発することすらできず、ホールは静寂に包まれる。
カツン、カツンと、階段を下りる人の足音が響き渡る。
白髪交じりのボサボサな頭に無精髭を生やした騎士の男が、半笑いでポリポリと頭を掻きながら現れた。
「おうおう!やってるねぇ、君達!」
知り合いでも話しかけるかのように、軽い口調で騎士の男はそう言った。
だがその飄々とした態度とは裏腹に、男の存在感は凄まじい。
男が内包する魔力のあまりの大きさに、目には見えないはずの魔力が、オーラのように男の周りで漂っていると錯覚してしまう。
「クッ…『氷のフィリップ』か!なぜ奴がここに…?今日は非番のハズじゃあ…」
苦い顔をしたジャンの呟きが聞こえた。
「おっ!君、俺のことを知ってるのかい?嬉しいねぇ。ハハハ、しかも俺の勤務予定まで把握済みときた!後でその剣にサインでもしてやろうか?」
騎士の男がニヤリと笑う。
「氷のフィリップ…?なんだその絶妙にダセェあだ名は。」
あまりのダサさに、思わず俺の口から本音がポロリと出る。
「剣の実力を認められて騎士となった男が、氷の魔法で魔物の大群を退け、ついた二つ名が『氷のフィリップ』。…彼はエキナセア王国最強の騎士だ。」
俺の疑問にジャンが答えた。
「うーん…君みたいにいたいけな子供にそんな事を言われるなんて、オジサン悲しいなぁ…」
騎士の男は額に手を当てて、悲しんでますアピールをしてくる。
その姿は少し…だいぶウザかった。
「そうそう、何で俺がここにいるか、だったか?いやー、実はこの間、色街へ遊びに行ったのが騎士仲間にバレてな。カミさんにゃあ内緒にする代わりに、今日の勤務を代わってやったんだ。」
話だけ聞いていると、本当にこの男がエキナセア王国最強の騎士なのかと疑問に思うかもしれない。
だがフィリップが放つプレッシャーは、彼が圧倒的強者であることに疑いの余地を与えなかった。
「さて…それじゃあ来て早々ですまんが君達、大人しく捕まってくれないかい?」
何でもない事のようにそう言うと、フィリップはプレッシャーを強めた。
さっきよりも少し息苦しくなった気がする。
「最悪だ…彼がここに出てくるなんて…」
ジャンは独りごちる。
フィリップの勤務予定まで知っているということは、入念に下調べをして、フィリップと鉢合わないよう準備してきたのだろう。
それでもこの状況を回避できなかったのだ。
泣き言の一つも言ってしまっても仕方がないのかもしれない。
狼狽えていたジャンだったが、一瞬だけ目を閉じると、決意に満ちた表情へと変わる。
「皆んな、聞いてくれ!ここは僕が時間を稼ぐ!だから皆んなは何とかして逃げてくれ!」
「おっ!俺とやろうってのかい?いいぜ。最近は俺の顔を見たら逃げるか降参するかで、骨のない奴らばっかりだったんだ。…楽しませてくれよ?」
フィリップは嬉しそうに、そして楽しそうに剣を構える。
ジャンはそれに呼応するように剣を構えた。
先程警備兵が襲ってきた時に見たが、このジャンという男はベルやサラ程ではないが、それなりに腕が立つ。
警備兵に全く苦戦しなかったところを見ても、その実力は明らかだ。
だが、フィリップという男は文字通り次元が違う。
一瞬とは言わずとも、すぐにやられてしまうだろう。
ここでリーダー格のジャンが倒されたら、間違いなくこの集団は全滅する。
そうなればも危ない。
せっかく奴隷になる運命を回避できたというのに、何とかする方法はないだろうか?
何とか…
……………
ない。
この人類最強クラスの騎士を前に、ここから脱出して逃げ切る手なんて無いに等しかった。
詰みだ。
完全なる手詰まり。
既に戦意を喪失している者も多く、この状況で全員が束になってフィリップに襲いかかっても、彼を倒すことはできないだろう。
ここで戦って無駄に命を散らすよりも…
予感めいたそれは、唐突に俺の頭に浮かんできた。
それはあまりにも楽観的で、希望的なアイデアだ。
信じて命を賭けるにしては、それはあまりにも拙く分の悪い賭けだ。
本当に命を賭けるほどの価値があるのだろうか?
…いや。
わかっている。
たとえここで降参したとしても、奴隷になって死人と変わらない人生を送ることはわかっている。
たとえ可能性が低くとも、今が命を賭けるべき時だというのはわかっている。
フィリップのオーラに気圧されて足が竦み、この現状に向き合いたくないだけだというのもわかっていた。
恐い、天地がひっくり返っても今の俺には倒せないフィリップという圧倒的な存在が。
怖い、この場で何もできずに死んでいくことが。
だが、ジャンという男はこの恐怖を打ち破り、俺達の前に立った。
俺と同じくらいの実力しか持たないであろうジャンが、だ。
俺は魔王だ。
アイツにできて俺にできないなんてこと、あっていいのだろうか?
俺はこの世界で生きるための覚悟を決めた。
震える足を無理矢理抑え、折れそうになる心を奮い立てながら、俺は1步ずつ前に出る。
そして、ジャンの隣へと並び立った。
「なっ…君!何でここまで出てきたんだ!危ないから下がってくれ!」
「フン…おめえがアイツにやられても危ねぇのは同じだろうが!んなことよりもちょっと手ぇ貸せ!俺もできるだけ時間を稼ぎてえ。」
俺に残された最後の手、それはただひたすらに時間稼ぎをすることだ。
少しでも稼げる時間を増やすために、俺はジャンと協力することにした。
「それはそうだが…いやでも子供に戦わせるなんて…」
俺が警備兵を倒すところはジャンも見ていたはずだが、見た目が子供だということで、あまり俺をフィリップと戦わせたくない様子。
…仕方ない。
こんなところでする気はなかったが、魔族を説得するための切り札を使うことにしよう。
「ゴチャゴチャうるせぇな。俺は魔王だ!お前も魔族なら、黙って俺に手を貸しやがれ!」
俺はここで魔王としての名乗りを上げた。




