この街はよく似ている
俺たちは乗り合いの馬車に乗って移動していた。
エスノムと王都を繋ぐ街道はある程度整備されていたが、時たま馬車の車輪が道路に転がっている小石を噛み、ガタンと馬車が上下に揺れる。
乗り心地は最悪で、座っているだけでも尻や背中がとても痛む。
それはサラも同じようで、疲れたような表情で時々背中をさすっていた。
よくこんな物に乗って王都からエスノムまでやって来たものだ、なんて思って彼女に言ったら、どうやら彼女は乗合馬車ではなく、騎士団の馬を使って移動していたらしい。
俺は小さく伸びをして、軽くあたりを見回す。
乗合馬車の中には、若い冒険者風の3人組、農夫らしき中年の夫婦、聖職者のような服装の男、フードのついたローブを被った顔の見えない人間らしき人物がいた。
盗賊や魔物とばったり出会うなんてトラブルもなく、馬車は順調に進んでゆく。
途中いくつかの街を経由して馬車を乗り継ぎ、王都付近の街道までやって来た。
エスノムの街から同じ馬車に乗っていた面々は、途中の街で一人また一人といなくなり、気づけば馬車に乗る人々の顔触れもかなり変わっている。
そんな中で、ローブを着た人間だけが、俺たちと同じように王都行きの馬車に乗っていた。
馬車は王都の門をくぐり、厩が併設された駅へとたどり着いた。
「皆さんお疲れさまでした。こちらが目的地の王都でございます。足元にお気をつけてご降車ください。」
馬車を運転していた御者がそう言うと、馬車に乗っていた人たちは座席から立ち上がり、馬車から下りていく。
俺たちもその流れに乗って馬車を下り、最後にエスノムの街から一緒だったローブの人間が馬車を下りたところで、馬車を引いていた馬がハーネスを外され、厩へと誘導されて行った。
俺は馬車を下りたところで、軽く体を伸ばした。
「あー…体中が痛ぇ…みんなよくこんなもんに乗ってられんな。」
「乗り合いの馬車は多くの人を運ぶことに特化しているからな。これが貴族や王族が使う専用の馬車ならばもっと快適なのだろうが。」
特権階級ともなれば、自分専用の馬車で遠くへの移動も快適にできるらしい。
なんともうらやましいことだ。
「ハァ…レモリーの【転移】が使えればな…」
残念ながら、エキナセア王国の王都には転移の魔方陣を用意できず、レモリーの【転移】が使えなかった。
【転移】さえ使えればこんな思いをせずに済んだのに、なんて思った。
「フフ、そうだな。でもまあ、他の街の様子も見ることができたしいいじゃないか。」
王都への中継地としていくつかの街に立ち寄ったが、概ねエスノムと似たような雰囲気だった。
それがわかっただけでも収穫があったと、サラが言ったようにポジティブに考えることにした。
「さて、何日かここに滞在することになるし、それじゃあ宿を取りに行こうか。」
「おう、細けえことは任せた。」
王都で暮らしていたサラの案内の下、俺は平民が生活している区画へやって来た。
基本的にどの街でもそうなのだが、貴族たちの住む貴族街、平民たちの住む平民街に分かれている。
その中でもこの王都エクセブルグは特別で、王族の住む城とその周囲の施設を中心に街が作られていた。
平民街の大通りを歩く俺達。
俺の視界に入ってくるのは、オレンジやベージュを基調とした煉瓦造りのノスタルジックな建物、遠くから見ても一目でそれだとわかる程荘厳な雰囲気の教会、寸分の狂いもなく敷き詰められた石畳の道路。
どれを取っても美しかった。
大声を出して市場で客引きをする中年の女、その近くで野菜や果物を手に取って品定めしている老紳士、レストランのテラス席で美味そうにサンドイッチを頬張る子供と、「あらあら」なんて言いながらその口元を拭う母親、楽しそうにお喋りをしながら道路脇を歩く若い男女。
この街は活気に満ち溢れており、心の底からの笑顔が絶えない街だった。
「…似てるな。」
「うん?何がだ?マオ君。」
思わず口を衝いて出た俺の言葉に、サラは聞き返す。
このエクセブルグという街は、俺が元いた世界にあった街とよく似ていた。
俺が住んでいた街から、川を挟んで向こうの区画にある街。
そこにある物全てがキラキラと輝いていて、住む者全てが幸せそうに見える街。
俺が幾度となく憧れ、どれだけ望んでも一生たどり着けなかった街だ。
まるで光の射さぬ海の底でしか生きられない深海魚が、太陽の下を目指すかのようだ。
そんなことを考え、心の中で自嘲した。
「いや、何でもない。」
「む…そうか。」
俺のぶっきらぼうな返事に、サラはそれ以上何も聞いてこなかった。
中身は結構アレだが、彼女は騎士になれるだけあってなかなかに賢い。
俺の物言いから何かを察してくれたのだろう。
そんなこんなで俺たちは、とある宿の前までやって来た。
特に混んでいるという様子でもなく、すんなりと部屋を取れた。
先に支払いを済ませた俺たちは、もういい時間だということで、今日は外出せずに宿で休むことにした。
この旅の間中、俺とサラは基本的に同じ宿の同じ部屋で過ごしている。
意外なことに、同じ部屋にいても彼女に襲われることはなかった。
一応人目もあるということで、自重はしているのだろう。
そのおかげで俺は毎晩ぐっすりと眠れていた。
王都に来て1日が経った。
サラはこの王都で当初の目的を果たすために、「私は一旦自宅へ行ってくるから、その間は好きに過ごしてくれ。」と言って俺に金の入った革袋を渡し、宿から出ていった。
何をしようか少し考え、王都の様子を見て回ることに決める。
今の俺は子供の姿ということもあって、一人で出歩けばトラブルに巻き込まれるかもしれないが、並の人間ならば捻じ伏せられるくらいの力はあるので、なんとかなるだろう。
俺は宿を出て、大通りに向かって歩く。
大通り沿いには武器屋やマジックアイテムショップ、本屋や雑貨屋など、あらゆる店があったが、どれもエスノムの街より品揃えが豊富だ。
やはり王都なだけあって、いい品物や職人が集まってくるのだろうか?
日が高くなってきた頃、腹が減った俺は屋台で串焼きを購入した。
近くにあった広場のベンチに腰掛け、早速串焼きにかぶりつく。
見た目は他の街で売られている串焼きと同じだが、王都の串焼きは他の街よりもスパイスが効いていてパンチがあった。
串焼きを平らげた俺は、再びエクスブルグの平民街を散策する。
前の世界でどれだけ憧れても入れなかった街を歩いているようで、とても気分が良かった。
子供の頃の夢が叶ったかのような感じだ。
浮かれた気分で街を歩いていると、大通りから離れ、道に迷ってしまった。
確かこっちの方から来ただろうか?
そんなことを考えながら歩を進めると、街の喧騒が消え、薄暗い通りまでやって来た。
さっきまでの美しい街並みは何処へやら、素人が雑に組み上げたような、木や布でできた建物が広がっていた。
どうやら貧民街に迷い込んでしまったようだ。
王都の居住区に住めない者たちが、居住区にの外側を不法に占拠してできた街。
王都にあって王都でない街。
王都の人間は、貧民街を王都の一部として認めていなかった。
そんな貧民街を少し進んだところで、ふと後ろから殺気のような嫌な気配がした。
とっさに裏拳の要領で後ろに拳を振り抜く。
「グガッ!」
固い骨のような感触がしたかと思うと、何かがうめき声を上げて倒れた。
俺は倒れた何かを見る。
ボロ切れのようなローブで覆われていて顔が見えないが、15歳くらいの人間だろうか。
「チッ!おい!そこのお前!」
倒れている人間の奥から声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、ローブで頭まで覆った人間らしき人物が4人並んでいた。
「痛い目に遭いたくなかったら、金目のものを置いていけ!」
ローブの男が俺に向かって叫ぶ。
俺は今目の前で起こっている出来事に、どこかで似たような光景を見たことがあるな、なんてのんきな感想を抱いた。
「おい!早くしろよ!」
ここまで強気に出てくるのは、人数に差があるからだろうか。
ローブの男は、俺を脅しながら距離を詰めてくる。
ああ、そうか。
俺は前の世界で似たような体験をしていた。
俺が持っていたなけなしの金を要求して、あるいは腹いせに俺のことを襲ってくるチンピラども。
目の前のローブの4人組は、まさにそのチンピラどもだ。
また俺から全てを奪い、蔑み、虐げる気なのだろうか。
そう思ったら、マグマの如き怒りが沸き上がり、体中が熱を帯びているかのような感覚に陥った。
俺は怒りに身を任せて、ローブを着た4人組の中の一人を殴り飛ばす。
さらにその勢いのまま、もう一人の鳩尾をぶん殴ると、そいつは前のめりに倒れて動かなくなった。
そして隣にいたローブの奴の脇腹を蹴る。
するとそいつは脇腹を抑えて、その場から動かなくなった。
「なっ…!」
残るはこの集団のリーダーらしきローブの男だけだ。
俺は身体強化を使って一瞬で男に接近し、その頬に全力の一撃を叩き込んだ。
「グアッ…」
ローブの男は後ろに吹き飛び、そして地面に倒れこむ。
その時に男の頭を覆っていたローブが脱げた。
男の額には1本の立派な角が生えており、人間よりも赤身がかった肌をしていた。
鬼の名を冠する魔族、オーガだ。
人間と魔族の戦いが絶えないこの世界でも、人間の街で生きる魔族というのは少ないながら存在する。
そしてそのほとんどは、貧民街の住民だった。
俺はオーガの前に立つ。
魔王とは魔を統べる者、つまり魔族の頂点に立つ者のことだ。
魔王である俺はこのオーガの狼藉を許し、魔王としての器を見せるべきなのだろう。
そうすれば俺が魔王として名乗りを上げた時に、俺の下について来る者が増えるかもしれない。
頭ではわかっている。
だが俺から全てを奪おうとしたこのオーガを、チンピラどもを、簡単に許せるほど俺の心は広くなかった。
塵も残らないほどに燃やしてやろうか。
手のひらに魔力を集める。
すると肩の裏側がチクリと痛んだ。
何事かと思って肩の裏側を触ると、1本の針が刺さっていた。
「なんだ…?」
急に俺の手足から力が抜け、立っていられなくなる。
思わず膝をついてしまった。
「ヘッヘッヘッヘ…よくやった魔族ども。」
後ろを振り返ると、暗がりから二人の人間の男が出てきた。
片方の男の手には、吹き矢が握られていた。
「血色もいいし見た目も悪くねえ。こいつはなかなかいい値で売れそうだな。」
こいつらも敵か。
そう思って魔法を撃とうとしたが、うまく魔力を練ることができない。
俺がもたついている内に、二人の男は俺に首輪型のマジックアイテムをつけた。
「ちょうど明日…オークション…アレンの野郎のところに…。」
意識がもうろうとしてきて、耳が遠くなっていく。
クソ!油断した!
普通に戦えばこんな奴ら…
俺は意識を手放して地面に倒れ伏した。




