膝の上の魔王
「ブワハハハハハハハ!ええのう、大将。ワシもそこを変わってほしいわい!」
ベルが俺の姿を見て大笑いしている。
よほど可笑しいのか、その目には涙が浮かんでいた。
「うるせぇ!黙ってろテメぇ!…ったく、バカにしやがって!」
そんなベルの態度にムカついた俺は、彼に向かって怒鳴りつける。
「フフフ、怒っている姿もかわいいなぁ…でもそんなに怒っていては、体に良くないぞ。」
目を細めて穏やかな顔をしながら、俺の頭を優しくなでているのは、新しく仲間になった元騎士のサラという女だ。
彼女は騎士の座を捨てて俺の仲間になった時に、その長くて美しい金色の髪を切り落とし、今ではショートヘアーになっている。
俺は現在、サラの膝の上に座らされていた。
コアルームでダンジョン改修を中断して一息つこうとした時に、彼女が自分の膝をポンポンと叩いて、笑顔で俺の方を見ていたからだ。
サラの願いを何でも一つ聞くと言った手前、仕方なく彼女に従っていた。
そしてたまたまここにいたベルは、そんな俺たちのことを見て茶化していた。
見た目10歳くらいの生意気な魔王が、ムスッとした顔で年上の女の膝の上にいるという絵は、なかなかにからかい甲斐があるのだろう。
「元はと言えばお前が…チッ…クソっ!」
サラに文句の一つでも言ってやりたかったが、自分の口が招いた災いなので言いづらい。
俺は、さっきからバカみたいにゲラゲラと笑っているベルに八つ当たりすることにした。
「ガハハハハハ!ブワハハハハハハハ…」
「オイ!おめえ笑いすぎだコラァ!見せもんじゃねえぞ!そんなに笑うんならこっから出てけ!」
ベルに向かって叫ぶ。
するとベルは苦笑いを浮かべながら、俺の言葉に返事をした。
「ガハハハ…すまんのう、大将。年相応の姿が面白くてついからかいすぎちまったわい。」
そう言いながら部屋の外へと歩いていくベル。
「ふむ…今から部屋に戻ってもやることがないし暇じゃのう…」
彼は何を思ったのかふと立ち止まって、こちらに顔を向ける。
「そうじゃ、大将。暇つぶしにあのオークを借りていくぞい。」
俺がこんな目にあっているというのに、それを放っておいて自分は部屋でお楽しむつもりなのだろうか。
それを考えたら、なんだか余計に腹が立ってきた。
「ベルお前!俺を放ったらかして自分は一人部屋でお楽しみってか?ふざけんな!俺を置いて行くんじゃねえ!」
「…出てけと言ったり行くなと言ったり、まったく大将は忙しいのう…そんじゃワシゃあ部屋におるから、何かあったら呼んでくれ。」
ベルは俺に向かって、子供でもあやすかのように言うと、コアルームを出て行った。
去り際に見せた渾身のヤレヤレ顔に、俺の怒りのボルテージが上がる。
「クソッ…!だがまあこれでお前の願いは一つ叶えたからな!」
俺はサラに向かって、投げ捨てるように言った。
「ふむ…残念ながら私はまだ願いをかなえてもらってないぞ?」
「は…?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出す。
「私は笑いながら自分の膝を叩いただけで、君が自主的に私の上に座ったんだ。だから私のお願い権はまだ使われていないな。」
…………………
「…ああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
騙された。
俺は全力で叫んだ。
それはもう力の限り叫んだ。
ストレスで魔力吐きそう。
「フフフ、こんな子供だましの手に引っかかる魔王様もかわいいなぁ…」
サラは左手を俺の腰の右側辺りまで回し、がっちりとホールドするように抱きしめる。
「ああ…かわいいなぁ…ハァ…ハァ…フフフフフ…」
何かのスイッチが入ったのか、急に呼吸が荒くなるサラ。
そして彼女は、俺の頭に顔をうずめてきた。
「…フフフ、君は本当にいい匂いがするなぁ…」
…やばい。
この状況は非常にマズい。
何がマズいって俺の貞操がマズい。
ベルが見ていたら、「そのままヤっちまえばいいじゃないか。」と言われそうだが、あいつは気が触れた人間に襲われる恐怖を知らないからそんなことが言えるんだ。
1度気の触れた人間に襲われる経験をしてみろ…と思ったけど、性欲の権化である奴ならば普通に受け入れてしまうかもしれない。
そんなことよりも今の状況をどうにかしなければ。
俺は【念話】を使ってフィンを呼び出す。
「ワンワンワンワン!」
コアルームにフィンが入ってきたかと思うと、威嚇するように吠えながら、俺とサラの間を割るように頭を突っ込む。
「む…」
俺の体をまさぐり始めていたサラの手が止まった。
フィンに邪魔されて興が削がれたのだろうか。
いいぞ、ナイスだフィン!
ご褒美として、今日は俺自ら肉球のお手入れをしてやろう。
「サラ様、魔王様が困っておいでなので、そのあたりでおやめください。」
今度はレモリーがやってきた。
恐らくフィンが自分だけではサラを止めるには力不足だと踏んで、彼女も連れてきてくれたのだろう。
フィン、本当にお前ってヤツは…
よし、特別にブラッシングもしてやろう。
「少しからかうだけのつもりだったんだがな…すまない、魔王様。あまりにもいい反応をするものだからつい…」
ついやりすぎてしまったと俺に謝罪するサラ。
申し訳なさそうな顔をしつつ、俺の頭を優しくなでていた。
「ハァ…」
俺はサラの膝から下りて、少し離れた場所にあった椅子に座り、ため息をつく。
ベルとサラにからかわれて怒ってばかりいたからだろうか、なんだか今日は疲れた。
仲間が増えて戦力が増えたのはいいが、面倒なことも増えたな、なんて感想を抱いた。
俺の足元にフィンがやってきたので一撫でする。
するとフィンは、気持ちよさそうに目を細めて体を預けてきた。
そしてレモリーはその様子をうらやましそうに見ていた。
サラも別の意味でうらやましそうに見ていた。
「今日はもう疲れちまったから、ダンジョンの改修の続きは明日でいいか…」
ダンジョンを改修するための気力がなくなった俺は、今日はもうゆっくり過ごすことに決めた。
「魔王様、それでは息抜きにお茶とお菓子はいかがですか?」
「ああ、頼む。」
俺の返事を聞くと、レモリーは俺とサラのお茶とお菓子を持ってきて、テーブルの上に置いた。
お茶もお菓子もいつも通り美味い。
レモリーが食べ終わった皿やカップを片付けていると、突然サラが口を開く。
「魔王様、私のお願いが決まったから聞いてくれないか?」
お願い、その言葉に俺は身構える。
正直さっきのをお願い扱いにして、もうすでに叶えたことにしてやろうかと思ったけど、ひとまず彼女の願いを聞いてみることにした。
「ああ、何だ?」
俺はやや緊張しながら彼女の言葉を待った。
レモリーとフィンも、サラがどんなお願いをするのか気になるようで、彼女の方を注目していた。
コアルームにいる一同の視線がサラに集まる中、彼女は俺にお願いの内容を伝える。
「魔王様…私と一緒にデートをしないか?」




