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錯乱する女騎士と女魔族の怒り

 女騎士が黒装束の首を切り落とすその瞬間を、俺は遠くから黙って見ていた。

 さっき魔法を撃とうとしたところを止められたが、結局殺してしまうのであれば一緒だったんじゃないだろうか?

 黒装束と女騎士の会話の内容が聞こえなかった俺はそう思った。

 でもこれで【洗脳】の実験ができるからまあいいだろう。


【洗脳】の魔法は魔力の消費が大きく、あまり連発して使うことができない。

 この場にいた侵入者全員に【洗脳】を使おうと思うと、しばらくの間捕虜として捕らえておかなければならない者が出てくるだろう。

 捕虜というのは案外維持費がかかる。

 それに捕虜同士が結託して、仲間の【洗脳】を解いてしまう可能性もあった。

 細かい理由は他にもいろいろあるが、一人でダンジョンに来ていた女騎士だけに【洗脳】を使い、残りは始末するというのが俺の判断だ。


 俺は【洗脳】を女騎士に使おうと歩いて近づく。

 その間女騎士は、刀を鞘に収めることもなくその場で俯き、固まっていた。

 ずっとこちらに背を向けているのでその表情を窺うことはできないが、俺にとっては好都合だ。

【洗脳】を使う時に抵抗されなくて済むかもしれない。

 女騎士から2歩半くらいの距離まで近づいて、魔法の詠唱のために俺が口を開いたその時、女騎士の肩が震えたかと思うと、急に笑いだした。


「フ…フフ…ア…ハハ…アハハハハハハハハハ!」


 心が壊れてしまった者特有の、全く心のこもっていない笑い声が響き渡る。

 そして女騎士はゆらりと幽霊みたいに緩慢な動きで振り返り、俺と目を合わせた。

 声は笑っているのに、その目は全く笑っているようには見えない。


「私はワルター大隊長に騙されていたというわけだ…ハハ!ワルター大隊長にとって私は…国のために真面目に生きてきた私は…邪魔な存在だったのか…気高く!誠実で!ひたむきなあの姿を目指して…私はここまでやってきたというのに!」


 悲痛な声で女騎士が叫ぶ。


「…私が憧れその背中を追いかけてきた大隊長は…フフ…アハハ…なんだか笑えてしまうな…アハハハハハハハハハ!」


 ハイライトの消えた女騎士の瞳に恐怖を覚え、声を出せず魔法の詠唱が止まる。

 俺は蛇に睨まれた蛙のように、指一本動かすこともできずその場で固まってしまった。

 滝のような汗でローブの背中側が湿り、なんとも言えない不快感を感じる。

 すると女騎士は、徐に両の手を俺の方に伸ばしてきた。


「…なあ、少年。私はどうすればいい…?目標だった尊敬する上司は嘘で塗り固められたニセモノで、たよれる仲間も後ろだてもない…騎士もどっても命をねらわれる…わたしはこれからいっ体なんのために生きていけばいい!」


 女騎士は片膝をつき、俺の頭と腰に手を置いたかと思うと、自分の方へ抱き寄せる。

 その息遣いを感じるほどに互いの顔が近づく。

 相変わらず全く笑っていないその目と、三日月に歪められた口元のアンバランスさが恐ろしい。


 女騎士は俺の頭を優しくなでた。


「ハァ…それにしても君はサラサラでうつくしい髪をしているなぁ…そのすい込まれるようにきれいなくろい瞳…フフ…つい触れたくなるようなスベスベのはだ…フフフ…かわいいなぁ…」


 甘くとろけるような声でそう囁くと、女騎士は頭をなでていた手を俺の背中に回す。

 そして彼女はまさぐるように俺の全身をなで始めた。

 俺の脳が全力で警鐘を鳴らす。

 早くこの女を引きはがして逃げなければ!

 頭では理解しているのだが、体が動いてくれない。


「フフフ…そうこわばららなくてもいいさ…そうだ!しょうねん…わたしと共に南のしまへゆかないか…?みなみの島にはらくえんがあるというじゃないか!」


 動け!

 逃げろ!

 どれだけ頭の中で念じても、金縛りにあったかのように俺の体は動かない。

 女騎士の手はついに服の中へ入ってきた。


「そうだ!わたしといっしょにみなみのしまでくらすんだ!きしのしょうごうなんてすてて、ぼうけんしゃにもどろう!まものをかって、それをうったおかねでいえをかって、そしてぺっとをかって…しあわせにいきるんだ!アハハハハハハハ!」


 寒気がするような笑い声を上げながら、俺の体をまさぐり続ける女騎士。

 すると俺の後ろ、莫大な魔力を垂れ流しながら近づいてくる何かの存在を感じた。


「こどもはたくさんほしいなぁ…あさはことりたちがさえずるなかおはようのきすでめがさめて、じゃむをぬったとーすととぽたーじゅをたべていちにちがはじまるんだ!それからいっしょに…だれ?」


 気が付くとその何かは、この部屋の入口に立っていた。


「魔王様を離しなさい!」


 怒気をはらんだ声で女騎士に向かって叫ぶ何か。

 それはレモリーだった。

 俺の危機を知って駆けつけたのだろうか。


「なに…?あなたもわたし()()の邪魔をするというのか…?」


 女騎士は俺をまさぐっていた手を止める。

 レモリーの方を見るその視線は険しいが、口元の笑みだけは崩れなかった。


「その手を離しなさい!さもなくば、拘束します。」


 再び女騎士に向かって叫ぶレモリー。

 彼女が声を発するたびに、魔力が放出されて大気中に霧散する。

 魔力の制御がおろそかになってしまうほど彼女の感情は昂っていた。


 その様子を見た女騎士は、俺を抱きしめていた両手を解く。

 そして俺の髪をかき上げると、額に口づけして目線を俺の高さに合わせた。


「フフフ…ちょっとだけまっててね。いまあの邪魔なまぞくをしまつしてくるから。」


 そう言って俺を背に、刀を構えてレモリーと対峙する女騎士。


「…魔王様、すぐにお迎えに上がります。」


「アハハハハはははは!邪魔をするなぁ!」


 女騎士はものすごい勢いでレモリーの方へ走り出した。




 レモリーの足元に女騎士が転がっており、その付近には刀が落ちている。


 勝負は一瞬だった。

 構えていた刀を鞘に納め、抜刀の流れで居合切りを見せる女騎士の刀を避けたレモリー。

 女騎士が刀を振りぬいた方の手をレモリーが掴むと、足をかけてその勢いを利用しながら女騎士を転ばせる。

 地面に転がった女騎士に向かって、その体を拘束する魔法を使った。

 女の手足には、光る輪のようなものがはめられている。


 女騎士を拘束したレモリーは俺に近づき、無事を確認すると口を開く。


「遅くなりました魔王様。お怪我はありませんか?」


「あ…ああ。問題ない。」


 レモリーが女騎士に勝利したことで、恐怖感が薄まり動けるように俺は、なんとか声を絞り出す。

 もしレモリーが助けに来なかったらどうなっていたかを想像し、少しだけ背筋がゾッとした。


「すみません、魔王様。私というものがありながら…」


 レモリーが目を伏せる。

 聞けば、フィンの世話を終えてコアルームに戻ると俺の姿が見当たらず、念のためダンジョンコアで俺の居場所を探したら、ちょうど女騎士に抱きつかれるところだったらしい。

 普通は俺がコアルームにいなくても気にしないであろうに、むしろよく駆けつけてくれたと言える。


「いや、とにかく助かった。」


 危機を乗り越えて安堵した俺は、ほんの少し感謝の意を込めてそう言った。


 少し時間が経って心が落ち着いてきた俺は、拘束されている女騎士の方を見る。

 さっきまで口元にあった笑みは消え、完全な無表情となっていた。

 よく見ると、その目には涙が溜まっているようにも見える。

 俺は女騎士の横に立った。


「…ああ、君か…フフ…無様だろう?上司に捨てられ、戦いにも負け…本当私は何のために騎士になったんだろうな…」


 先程よりも幾分か理性を取り戻した様子の女騎士は、俺の方を見て言う。


「挙句の果てには君に手をかけようと…ハァ…」


 女騎士からため息が漏れ出る。

 何があったから知らないが、恐らく彼女の精神はもう限界が来ているのだろう。

 まあだからといって俺を襲わないでほしいのだが。


「私はもう騎士には戻れない…騎士ではない私に何の価値があるというのだろうか…?」


 弱々しい声で呟く女騎士。

 その声や表情からは、なんとも形容し難い悲哀や絶望の念が感じ取れる。

 だがその中にもほんの少し、怨恨や怒りの情が混じっている気がした。


「騎士ではない私に…生きる意味などあるのだろうか…?」


 女騎士の目からこぼれ落ちた涙が地面に落ちる。

 かなり精神が不安定だが、ちゃんと【洗脳】は効くのだろうか?

 俺はそんな事を考えていた。

 さっきの黒装束には毒で遅れを取ってしまっていたが、まともに戦えばそれなりに強そうな雰囲気をしている。

 彼女は騎士だということを差し引いても、できれば味方につけておきたいところではあった。


 だがよく考えたらこの状況、【洗脳】がなくてもいいかもしれない。


「…なあ、お前、俺のとこに来ねえか?」


 女騎士は、急に何を言い出すのかと言いたげにこちらを見る。


「俺ぁこのダンジョンで魔王をやってんだが、人手が全然足りてねえ。」


「魔王…?」


 女騎士は魔王という言葉に疑問を持ちつつも、俺の話に耳を傾ける。


「ああ、上司に捨てられたって言ったな。そいつに復讐するついでに俺とひと暴れすんだよ。」


 俺はベルの時のように、復讐をダシに仲間になるよう持ちかけた。


「…それはつまり、騎士団の…人間の敵になるということか…?」


 女騎士は顔をしかめる。

 …雲行きが怪しい。

 最悪【洗脳】を使わなければいけなくなるかもしれない。


「まあ…そういうことになるな。だが、お前ももう帰る場所も行くアテもないんだろ?」


「むう…」


 女騎士は黙り込む。

 俺の仲間にならなくても、騎士団に命を狙われる可能性があるのだ。

 彼女の取れる選択肢は限られていた。


「それに俺にはお前が必要だ。騎士かどうかなんて関係ねえ!一人の人間であるお前が必要なんだ!」


「……………」


 女騎士はじっと俺の目を見つめてくる。

 俺のことを見定めるかのような視線だった。


「もし騎士団がお前のことを殺りに来たら、俺が一緒に戦ってやる!だからこれからは俺のために生きろ!もう一度言う、俺のところへ来い!」


「……………」


 女騎士は相変わらず俺の目を見ている。

 まだ足りないのだろうか。

 あともう一押し…


「…もし俺と一緒に来れば、何か一つだけ願いを聞いてやろう。」


 瞬間、女騎士の瞳の奥がギラリと光った気がした。


「願いを…それは本当か?」


「あ…ああ。約束しよう。」


 墓穴を掘ったかもしれない。

 そんな事を考えながら、できるだけ威厳のある態度でいるよう努めた。

 よく考えれば…いや、よく考えなくても錯乱した女騎士のしたことを思うと、俺の体が危ない気がする。

 主に貞操的な意味で。


「…フフ!わかった、少年。私は騎士である自分を捨て…これからは君と共に生きることにしよう。」


 俺が自分の発言を訂正する間もなく、女騎士は仲間になる宣言をしてしまった。


「私の願いは…そうだな…後で聞いてもらうことにしよう。」


 これはもうどうしようもないな。

 困ったら【洗脳】でなんとかできないだろうか?

 …変な願いが来ないことを祈ろう。


 いつの間にか拘束が解かれていた元女騎士は、俺の方へ向かって手を伸ばす。


「それでは…これからよろしくな、魔王様!」


 俺達は固い握手を交わすのだった。



 ちなみに俺達の一連のやり取りを、レモリーはなんとも言えない顔をして見ていた。

 特に俺が元女騎士の願いを叶えると約束した辺りで…

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