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女騎士の絶望

今回の話は長いです。

 サラがエスノムの街に来てから約2週間。

 彼女はとある洞窟の前に立っていた。


「ここが例のダンジョンか。」


 案外普通のダンジョンと変わらないな、と彼女は思った。

 だがその見た目とは裏腹に、多くの冒険者を屠ってきたダンジョンだ。

 サラは小さく息を吐くと、気を引き締める。


「よし。」


 彼女の姿は洞窟の中へと消えていった。


 サラがダンジョンの調査を始めてから数分後、黒装束の怪しい4人の男達が洞窟の中へと入って行くのであった。


 〜〜〜


「うーん…うまくいかねえな。」


 俺は目の前の目が死んでいる人間を見てそう言った。


「ふうむ…昨日ワシが使った後じゃからな。元々精神が壊れてしまっている者には効かないのかの?」


 俺の目の前にいるのはベルが自分の欲求を処理するために捕まえてきた人間で、ベルの行為によって精神が壊されていた。


「すまんのう、大将。ワシも別にここまでする気はないんだが、猛っちまってつい…な。」


 ベルは申し訳無さそうな表情で俺の方を見る。


「しゃあねえ。今回はまあいいさ。元々実験みたいなもんだしな。」


 俺たちが何をしているのかというと、ダンジョンコアの成長で新しく使えるようになった【洗脳】の魔法を試していた。

【洗脳】は、他人の意思や思考能力を奪って意のままに操る魔法だ。

 魔法の効果としては強力だが、第三者によって割と簡単に解除できるという弱点を持っていた。

 だが【洗脳】を食らった本人が解除するのは難しく、単体の相手だと絶大な効力を発揮する。


「それに、精神が壊れてる相手には効かないってのがわかっただけでもある意味収穫があっただろ。」


 今回の実験で、精神が壊れた者には【洗脳】が効かないということがわかった。

 心がなくなってしまった人間に対して、精神を操作しようとしても意味がないということだろうか。


「ワンッ!ワンッ!」


 そんな事を考えていたら、突然フィンが鳴き声を上げた。

 そっちの方を見ると、ダンジョンコアがピカピカと点滅している。


「なんだ?侵入者か?」


 俺はダンジョンコアに手をかざす。

 すると騎士の女がダンジョンに入ってくる様子が見えた。


「これはまたお誂え向きと言うか、願ってもないタイミングじゃのう。」


 俺と同じように、ダンジョンコアを通してそれを見ていたベルが言った。


「そうだな。じゃああの女は、【洗脳】の実験台にするか。ベル、今回は我慢してくれ。」


 俺がそう言うと、ベルは残念そうな顔になる。


「うーむ…あの女騎士、なかなかの上玉に見えるんじゃが仕方ないのぅ。なら大将、あのオークを貸してくれやせんか?」


 あのオークとは、ベルが初めてダンジョンに来た時に犯したオークのことだ。

 ダンジョンで侵入者の捕獲ができなかった時、たまにこうしてオークの貸し出しを求められる。

 オークを貸し出すかどうかの決定権は俺にあるのだが、許可を出した時にオークはそれを嫌がることもなく、毎回すんなり受け入れている。


「ああ、いいぞ。っつーかそのオークならずっとお前の部屋にいるじゃねえか。」


 オークはベルの要求を嫌がるどころか、進んで引き受けているように見える節があった。

 今ではベルの部屋で1日を過ごすようになり、半ばベルの所有物と化している。


「まあこういうのは気分の問題じゃからの。…む?」


 ベルとそんなやり取りをしていたら、また新たな侵入者がやってきた。


「なんだこいつら?お前を殺しに来たやつらみてえな格好をしてるな。流行ってんのか?」


 その侵入者たちは全員黒装束を身にまとい、とても身軽そうな格好をしていた。

 やはり冒険者のようには見えない。


「大将、奴らはたぶん暗殺者じゃが、ありゃあワシを殺りに来た刺客とはちと違う。おそらく闇ギルドの者じゃろう。」


「闇ギルド?なんだそりゃあ?」


 字面からどんなギルドなのかはなんとなく想像がつくが、この前の刺客達とは何が違うのだろうか?


「ああ、殺しに盗みに人さらい、なんでもござれの犯罪者集団じゃな。組織としては巨大な分、素人みたいな奴も多くての。この前の刺客は恐らくプロの暗殺者じゃ。」


 闇ギルドというのは、元々表で生きていけなくなったような犯罪者が集まってできたギルドだ。

 殺人鬼や盗賊のようなゴリゴリの犯罪者から、コソ泥みたいなしょーもない犯罪者まで、メンバーの経歴は多岐にわたる。

 また、ギルドに所属しているのはならず者ばかりということで、当然のことながら統率が取れていない。

 暗殺者としての教育を受けて育てられたプロの暗殺者と、ただのならず者(闇ギルドのメンバー)とでは、実力に雲泥の差があった。


「ふうん。ならただのザコか。」


 俺が黒装束達のことをザコと呼んで切り捨てようとすると、ベルが首を振る。


「いや、そうとも限らん。素人だらけの集団とはいえ、たまにとんでもない奴がおることもあるでの。」


 ならず者たちの中にも、優秀な奴がいるのか。

 数が多ければたまにはそういう人間が出てくることもあるのだろう。

 今回はそうでないことを祈るばかりだ。


「なるほど、そういうこともあるのか。しかしなんで闇ギルドの奴らがうちのダンジョンに来るんだ?」


「たぶんあの女騎士を追ってきたんじゃろうて。」


 俺の疑問にベルが答える。

 黒装束たちの視線や会話の内容、現れたタイミングなどからそう推測したのだろう。


「そうか…闇ギルドの奴らに狙われるなんてあの女、一体どんな恨みを買ったんだ?」


「さあのう…お!黒装束と女騎士が接触するぞ!」


 ベルの言葉に反応してダンジョンの様子を見ると、魔物たちとの戦闘を終えた女騎士のいる部屋に、黒装束たちが突入するところだった。


 ~~~


「誰だ!」


 突然現れた黒装束の男たちに向かってサラは叫んだ。

 いかにも怪しいその見た目といい、戦闘が終わるのを見計らうかのように入ってきたタイミングといい、友好的でないことは間違いないだろう。


「中々にいい女じゃねーか…ヒヒッ!」

「…………フン、さっさと終わらせるぞ。」

「おい、殺る前にちょっと味見しようぜ。」

「ハァ…ハァ…フ…フヘヘ…イェヒヒ…!」


 黒装束たちは思い思いの言葉を口にする。

 約1名言葉にすらならない奇声を上げている者もいるが…


「貴様ら!何者だと聞いているんだ!答えろ!」


 サラは黒装束たちに向かって剣を構え、声を張り上げる。


「ああ〜?見てわかんねえのか〜?俺達は泣く子も黙る闇ギルドの…」


「おい!」


 口の軽い黒装束の男に向かって、別の黒装束が窘めるように声を上げる。


「んだよ!どうせ殺るんだからいいじゃねえか!ったく、この堅物が!」


 口の軽い男は、いかにも鬱陶しげに悪態をつく。

 この二人の仲はあまり良くないのだろう。


「闇ギルド…だと…!?」


 闇ギルドという言葉を聞いたサラは、驚きのあまり顔をしかめる。

 その言葉には聞き覚えがあった。

 自分の尊敬する上司であるワルター大隊長が、闇ギルドとつながっているという噂をつい最近聞いたのだ。

 もしやこの男たちはワルター大隊長が自分に差し向けた刺客なのだろうか。

 悪い想像がサラの頭をよぎる。


「貴様らの雇い主は誰だ!」


 サラが不安になるのは、ワルターと闇ギルドの噂について聞いていたからだけではない。

 スタンリー団長からその噂を聞いた後、サラはワルターの潔白を証明しようと、ワルターを取り巻く状況について調べていたのだ。

 その結果、ワルターにはかなりの額の借金があることを知った。

 ここ数年、ワルターの収める領地は歴史的な不作に見舞われており、その補填のために借金をしていたのだ。

 借金返済のために、騎士団の金を横領しているかのような帳簿もあった。


 別にサラだって、自分が手に入れた情報の全てが真実だとは思っていない。

 誰かが意図的に事実を捻じ曲げた可能性がある。

 だがこれだけ怪しい話が積み重なると、どうしても気になってしまうのは仕方がないことだろう。


「あー?そいつは言えねえなあ!ギャハハハハハ!」


 男はサラをおちょくるかのように嘲る。

 口が軽そうだから答えてくれるかと思ったが、さすがにそこは弁えているみたいだ。


「クッ…もういい!お前たちを拘束して…」


 すると、先ほど奇声を上げていた黒装束が突然サラに向かって走り出す。


「イヒヒヒヒェアハハハハ!殺る!殺ってやる!イヒァアアアアアァァァ!」


「あっ!おい、バカ!戻れ!」


 気が触れているのだろうか。

 懐からナイフを取り出して、刃先をサラへと向けて突き出す男。

 だが直線的で素直すぎるその一撃が、サラに届くことはなかった。


「ハッ!」


 サラは動揺する心を無理やり抑え、腰に差していた刀を抜刀し、流れるような動作で横薙ぎの一閃を放つ。

 居合抜きと呼ばれる技だ。

 ナイフを持って飛び込んできた黒装束の首から上が消え去った。

 数瞬の後に、首から離れる前と全く同じ表情をした頭が落ちてくる。

 何が起こったのかを理解できないまま死んでいったのだろう。


「チッ!勝手に動きやがって!」


 口の軽い男がぼやく。


「フン、邪魔な者が消えただけだ。」

「んなことよりもさっさとヤっちまおうぜ!」


 やはり各々が好きなように喋る黒装束たち。

 その姿はあまり纏まりがあるように見えなかった。


「…まあいいか。っしゃ!行くぞおめえら!」


「【火球(ファイヤーボール)】」


 黒装束の一人が魔法を放つ。

 火の玉がサラめがけて飛んでいくが、彼女はこれを横にずれて躱す。

 そこにナイフを持った黒装束が突っ込んできた。

 ナイフから滴る液体が見えたが、あれは恐らく毒薬を塗っているのだろう。

 まともにナイフが当たらずとも、掠っただけで毒をくらってしまうかもしれない。

 そう考えたサラは、大きく後ろに跳んでナイフを回避した。


「オオオォ!」


 すると黒装束は、強引に毒を塗ったナイフをサラに当てるために、かなり無理な体勢でもう1歩踏み込んでくる。

 その隙を見逃すほどサラは甘くない。


「ハアッ!」


 刀を袈裟懸けに振るい、黒装束の伸び切った腕を切り落とした。


「グアアアアアアアアア!」


 痛みのあまり叫ぶ黒装束。

 このまま追撃をしようかと思ったサラだったが、もう一人の黒装束が迫ってきているのを視界の端に捕らえてやめた。

 黒装束はものすごいスピードでさらに迫り、その腕を振りかぶってサラに殴りかかる。


「オラァァァァァァ!」


「クッ…」


 避けられないと判断したサラは、刀の腹でそれを受け止める。

 直後、ガキンと甲高い金属音が聞こえた。

 黒装束はガントレットを装備しているのだろうか。

 拳が受け止められたのにも構わず、そのまま押し込もうと黒装束はさらに力を籠めた。

 だが、サラの持つ刀はピクリとも動かない。


「フン…この私に力勝負を挑もうとは愚か者め。」


 サラは馬鹿力の持ち主だった。

 そう呟いたサラは、黒装束の拳を押し返してそのまま剣の腹で男を吹っ飛ばした。


「ガッ…!」


 黒装束はゴロゴロと後ろに転がっていき、壁にぶつかって止まった。


 さあ、あとは魔法使いの黒装束の男だけだ。


「…なんだ?」


 そう思って黒装束に一太刀入れるべくサラが動こうとすると、急に体の力が抜けて膝をついてしまった。


「ク…へへへ!おい、やったぞお前ら!」


 声がした方を見る。

 すると先ほど腕を切り落とした黒装束が、残った方の手で懐に忍ばせたていた吹き矢を持っていた。

 吹き矢の先にあった自分の二の腕を見る。

 ほんの少しだけ血が出ていた。

 その時は気づかなかったが、ガントレットの黒装束を押し返す際にやられたのだろう。


「でかした。おい!やれ!」


 吹っ飛ばされた黒装束がむくりと上半身を起こし、魔法使いに指示を出す。

 満身創痍で起きているのがやっとといった様子だが、戦闘が長引くと体力を回復されて不利な状況に陥るかもしれない。


「俺に命令するな!…水の精よ、白き靄にて目に見得る全ての真実を隠し給え。【(ミスト)】」


 魔法使いが呪文を唱えると、黒装束達の姿を隠すように霧が出てきた。

 マズい、サラは直感的にそう思った。

 ただでさえ力が入らなくて厳しいのに、敵の姿を見失っては対抗できない。

 すぐに黒装束達を倒すべく立ち上がろうとするサラだが、その思いとは裏腹に体の力が入らず、その場から動けなかった。


「【風の刃(ウィンドカッター)】」


 サラに向かって風でできた刃が飛んでくる。


「っアッ…!」


 風の刃が肩に直撃し、大きなダメージを負ってしまうサラ。


「ヒヒヒヒヒ!ざまあねえなあ、騎士様あ!」


 サラの肩口から血がぽたぽたと流れ落ちる。

 体が動かないからこの場から逃げることもかなわず、反撃に出ることもできない。

 黒装束達にやられ、自分はここで終わってしまうのだろうか。

 サラが諦めかけたその時、部屋の外から魔法が飛んできた。


「吹き荒れろ。【暴風(ストーム)】」


 暴れ狂ったかのような激しい風が吹き荒れ、部屋の中に充満していた霧を吹き飛ばした。

 そしてついでと言わんばかりに片腕の無い黒装束を巻き込み、天高くかち上げる。

 すると風が止み、黒装束が頭から自由落下してきた。

 体勢を整えることができなかった黒装束はそのまま頭を地面にぶつけ、その衝撃で命を落す。


「な…!」


「【炎岩弾(フレイムバレット)】」


 突然の出来事に驚き呆ける魔法使いに向かって、炎を纏った鋭い岩の銃弾が高速回転しながら飛んでくる。


「【石壁(ストーンウォール)】」


 魔法使いは咄嗟に石の壁を作って対抗する。

 銃弾が石の壁にぶつかった。

 止まった!魔法使いはそう思って一瞬表情を緩める。

 だが銃弾は石の壁にぶつかると、ギュルギュルと回転して石の壁を削り、ついには貫通してしまう。

 そしてそのまままっすぐ進み、男の胸を貫いた。


「ガハッ…!」


 銃弾が心臓にでも当たったのか、魔法使いが血を吐く。

 その直後、銃弾を受けた箇所が突然発火して魔法使いの体を炎が包む。


「うあああああああああ!」


 そのまま炎を消火することもできず、魔法使いの男は黒炭と化した。


「なんだ…?何が起こってるんだ…?」


 つい数十秒前まで余裕そうな顔をしていた黒装束の顔は、あまりの出来事に青白くなった。


 サラはただただ黒装束がやられていくところを見ているだけで、何が起こっているのかを理解できなかったが、魔法が止んで間ができたところで魔法の発生源を見る。

 するとそこには、ローブを着た10歳くらいの少年が立っていた。

 自分を助けるように魔法を放っていた彼は味方なのだろうか。

 サラは心の底からそうであってほしいと願った。


「…を燃やす…」


 少年は再び魔法を使おうと詠唱を始める。


「…!待ってくれ!あの男にはまだ聞きたいことがあるんだ!」


 黒装束の雇い主を聞き出さなければいけないサラは、慌てて少年を止める。

 すると少年は詠唱を中断した。

 やはり彼は味方なのだろう。

 少年が敵ではないことと、黒装束を魔法で殺されなかったこと、二つの意味で安堵した。


 時間が経って毒の耐性がついてきたのか、幾分か体の力が戻ってきたサラ。

 彼女は刀を持って立ち上がると、未だに動けない様子の黒装束に向かって歩き出す。

 サラが黒装束を見下ろすような構図になった。


「さあ、貴様の雇い主は誰だ!言え!…もし言わないのであれば貴様の指を1本ずつ落とす。」


 冷たい声でサラは黒装束に向かって言い放つ。

 だが、黒装束は何も言わず黙ったままだった。


 しばし沈黙が続き、しびれを切らしたサラが指を切り落とそうとすると、唐突に黒装束が気色の悪い笑い声を上げる。


「キ…ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!騎士様はなあんにも知らねえんだなあ。」


 小馬鹿にしたような言葉をサラに投げかける黒装束。


「なんだと…!」


 サラはこめかみに青筋を立て、怒りの表情を浮かべる。

 それを見て黒装束は気を良くしたように喋り続ける。


「どうせ俺ももうここでおしまいだ。俺の雇い主くらい最期に教えてやるよ。俺の雇い主はなんと…騎士団のお偉いさんだ!どうだ!驚いたか!ヒャッヒャッヒャッ!つまりお前は仲間に裏切られても気づかないとんだマヌ…」


 急に黒装束の言葉が止まる。

 その前でサラは、刀を横に薙いだ状態で静止していた。

 その顔は感情のない能面のようだ。

 普段よりも酷く鈍ったその太刀筋は、黒装束の胴体と首から上を切り離した。

 痛みで苦痛に歪んだ表情を浮かべる黒装束の頭は、一瞬だけ宙に舞ってぽとりと地面に落ちる。

 その様子をサラは無言で見下ろしていた。

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